「今戻った」
「ご苦労様です」
ゼフォルらが平野に陣地を張ってから三日たった。基本的にはアルセリアが騎兵隊を率いて、ゼフォルが陣地を守るという役割分担で、公国軍と張り合っていた。帰還したアルセリアを副将として恭しい態度で迎える。アルセリアの陣屋まで三歩後ろでひたすらくっついて歩き、屋内に入ってからはわざわざ脱いだコートを受け取って、淹れたばかりの温かい紅茶を渡した。既に暖炉は温められており、室温はちょうどよかった。アルセリアが席に座るとゼフォルはその後ろに立って待機した。
「……副将なんだから前座れ、前」
「おっと失礼、前職の職業病です、失礼しました。して大佐、首尾はどうでしたか」
「お前の読み通りだ。公国軍はわが軍の補給部隊を狙っていたからな。攻撃を仕掛けようとする瞬間を横から狙って叩き潰したさ」
「流石は大佐です」
ゼフォルは大まかな公国軍の動きを予測していた。自らのホームグラウンドである平野の戦いでアルセリアに負けた彼らは次に狙うのならば補給部隊だと踏んだのだ。
豊かとはいえないノルン平原では5千の兵を養うにも一苦労であり、いくらアルセリアが強くても補給物資がなければ戦うことはできない。
そして公国軍の足の速さと国策レベルで収奪をしているという特性から連中は必ず補給を狙うと読んでいたのだ。
アルセリアを苦しめようと収奪に励む彼らをお望み通り彼女をぶつけてやったのだ。
「だがやはり王国軍の時のようにいかん、あいつらとっとと逃げるから全然損害を与えられないぞ」
「まぁ、補給部隊を守る目標は達成できたのです。欲張りはいけません」
そう言って補給部隊が積んでいた嗜好品の茶菓子を渡す。そして紅茶が尽きていたのでもう一杯注いだ。
「紅茶入れるのうまくなったか?」
「釈放直後暇だったので知り合いにまた仕込まれたのですよ。美味しいですか?」
「お前が少将だったときよりうまい……じゃなくて!」
アルセリアは注いだばかりの紅茶を一息に飲み干すと、盛大にやけどした
「ああっっつい⁉」
「そ、そんな急いで飲んだら危ないですよ」
「あ、あぁすまん……じゃなくて!どうしたんだ最近!副将としての業務を通り越してるだろ!」
「別に上官にお茶を注ぐくらい普通ですよ?」
「それぐらいならな!それがお前……目の前で淹れたてを作るし、出陣前にコートは温めてあるし、陣屋ももう温かいし、ってかずっとつけてたのか⁉前線で無駄づかいだろう!」
「いえ、戦況的にそろそろお帰りだと思ったので、10分ほど前に火を入れました」
「とんだ軍才の無駄遣いだな……エスメル閣下ならともかく上官にそんな媚びる人間だったか?らしくないぞ」
「媚びるなんて言い方しなくてもいいじゃないですか」
ゼフォルは前職のようにアルセリアを随分と甲斐甲斐しく世話していた。自分でもなぜかは良くわからない。気心の知れたアルセリアに媚びを売る意味もない。
かつて上官だったオドールや西部貴族達にもうやうやしくしていたときもあったが、あれは完全に打算にまみれていた。唯一ゼフォルが精いっぱい心から尽くした相手はエスメルだけだった。
「アルセリアが理想的な上官だったからだと思います。私の作戦をよく聞いてくれて、採用して前線で成果を上げてくる。そんな上司なら戦場で全力を出してもらうためいくらでも尽くしますとも」
「ハァ……いつもなんか企んでそうな目をしてるのに今日はやたらと真っ直ぐだな……やっぱりお前は尽くすタイプだ。それもかなり厄介な、気位が高すぎる癖に自分の認めた相手なら本当にどこまでも尽くしてくれるいい女だよ」
「なんですか人を都合のいい女みたいに」
「今の私にとっては都合がいいなんてもんじゃないぞ……作戦考えて身の回りの世話をしてくれるって世の中にいないぞこんな副将。やっぱりこのまま私のもとにつかないか」
「ひ、ひとまず今ここにいることに満足してください」
突然アルセリアからそのように評され、再び勧誘されてゼフォルは困惑していた。前もそういわれたが自分が尽くすタイプだと思ったことは一度もないのに今日聞いたときは妙に信憑性があった気がしたのだ。
自分でわざわざアルセリアを理想的な上官だと言ったのも少し恥ずかしかった。
「お代わり飲みます?」
「飲みたいけど今口がやけどしてるんだ」
「冷ましときましたよ」
「そういうところだぞ、本当」
なんとか話題を逸らそうとするが、それもまた結局信憑性を補強するだけだった。ひとまずその場は二人でお茶と茶菓子を楽しんだ。
「いやいやいや!呑気に三杯も飲んでなんだが、今後の展望を話すつもりだったからな⁉お前の性格についてじゃない!」
「まぁ、休憩は大事ですよ」
しばらく二人でまったりしているとアルセリアが急に切り出した。かなり無理やりだがゼフォルより話題を逸らすのが上手かった。
「思うんだがこのまま対陣していても意味あるのか?ろくに敵に損害を与えられてないぞ?」
「これが北部方面軍がずっと連中を破れなかったわけです。正面で敵を倒してもあっという間に逃げられてしまう。それなのに土地は痩せているから補給線が重要なのに見晴らしが良過ぎて補給部隊を守るのも困難、連中はこのまま散発的な攻撃と補給部隊への攻撃を繰り返し、勝っても殲滅しきれない我々はいずれすり減らされてしまうでしょう」
「随分と北部の戦いに詳しいな」
「私は幼少期から武勲で身を立てようと思っていました。当時はまだ王国との戦いも激化してなかったので戦果を挙げるなら北部だと思って勉強していたのですよ。北部に居を移す余裕もなかったので東部に就職しましたがね」
実はゼフォルは赴いたのこそ今回の北部への援軍が初めてだが、帝国北部のことに関してはよく勉強していた。
書面上ながらどういった戦いをしているかはある程度想像していたし、実際目の当たりにしても想像が大きく外れることはなかった。あの時のエスメルへの化粧もこの時学んだのだ。
「子供の頃から戦争バカだったのか……だがどうする?このまま踏んばっても千日手だぞ」
「前のように陣地を囮に殲滅しますか?あの軽騎兵たちを倒しきるには何とか狭くて足場の悪い地形に追い込まないといけませんが」
「流石に次は引っかからないだろう。それに日に日に逃げる速さが早くなってくる。今日なんか補給部隊を見ても私を見かけたらすぐ逃げたしな」
「陣地の方にも偵察できてましたよ。結局何もしてこなかったですが……」
先ほどのアルセリアの発言にゼフォルは違和感を覚えた。
「アルセリア、連中は補給部隊を見て逃げましたか」
「あぁ、そうだが?」
「これはまずいかもしれません、私としたことが、アルセリアという良い上司に恵まれて少し油断していました」
「……どういうことだ?」
「敵は明日にでも仕掛けてくるかもしれません。少し偵察に出ます。アルセリアはいつでも兵を動けるように準備してください」
「了解した」
唐突な提案だがゼフォルの目の真剣さを察したのかアルセリアはではあっさりと了承した。
物分かりの良すぎる上官に内心でゼフォルは感謝しつつ、急いで陣屋を立った
ゼフォルは軍中で選び抜いた駿馬にまたがってただ1人平原を駆けていた。
服はこの辺の商人から買い込んだ北方異民族の民族衣装を着こみ、今のゼフォルはメイドでも帝国の佐官でもなくただの北方の旅人にしか見えない。それも美人のだ。
敵軍の襲来してくる北へひたすら広い平原を駆けていく、大量の馬の蹄の後を追いつつ、欺瞞行動も予測して駆け続けた。
「やはりいましたか」
ゼフォルは馬から降りると、急いで地面に伏せる。それでは乗ってきた馬が丸見えだが、ガジュ公国では馬の放牧は当然で野生の馬もその辺を走っているのだ。
上に人さえ乗っていなければそんなに怪しまれないだろう。
手にしたいつもの双眼鏡で遠くを伺う。そこにはガジュ公国の戦列が平原を所狭しと埋め尽くしていた。おおよそ3万はいるだろうか、見つかればただでは済まないだろう。
もっともその可能性は著しく低い、これだけ距離があっては直立するゼフォルの乗ってきた馬ですら米粒ほどにしか見えないだろうし、その近くで伏せてるゼフォルなぞその辺の野草以下だ。
そしてこの公爵秘蔵の双眼鏡以上の性能をした遠眼鏡を産業の未熟なガジュ公国が用意できるわけない。
敵にバレず大軍を確認してゼフォルは急いできた道を引き返した。
「戻りました」
「どうだったゼフォル!」
陣地に戻ったゼフォルを一番にアルセリアが迎えた。陣地の入り口付近でうろうろしているあたりアルセリアも人のことを言えないのではないかと思った。
「まずいですね。既にガジュ公国軍は3万の大軍を用意しています」
「本当か⁉私たちが来てまだ三日だぞ⁉」
「連中の逃げ足をそのまま進軍にも適用すればさもありなんですよ。しかも彼らに補給部隊がこの陣地に入るところまで見られました。最も物資が豊かな今を狙うためかと」
「クソっ!はめられたわけか!いっそこちらから先手を打って集結前に奇襲を仕掛けるか⁉」
「いえ、この広い平原で下手な奇襲は不可能です。それに我が軍はこの3日間出撃を繰り返しました。疲労も溜まっています」
「ならば……そうだな、この質問には忖度なしでいい。私とお前で迎撃すれば6倍の兵数に勝てるか?」
「ここが狭い山道や城塞なら何とかなったかもしれませんが、この広い平野で6倍の数を相手にするのは厳しいでしょう。手がたりません」
「ならば致し方あるまい。撤退だな」
アルセリアからの質問にここで決戦かと身構えたが、どうやら杞憂だったらしい。ゼフォルが正直に答えると、アルセリアはあっさりと撤退を決意した。
帝国西部での撤退劇といいアルセリアはこの辺思い切りがいいのは強みでゼフォルも見習いたかった。なにせ自分は東部で撤退の決意ができなかったからだ。
「決めたからには今すぐにだ。陣払いの準備を」
「お待ちを大佐。陣地はこのまま物資も全ておいて逃げるべきです」
「それでは連中の思う壺ではないか」
「そんなもの渡してしまいなさい。貧乏国家のガジュ公国とは違って我が帝国の生産力は圧倒的なのです。作れば得られるものを惜しんで貴重な将兵の命を失うのは避けるべきです」
「ならせめて火を放ってしまうか」
「火の手が上がれば敵は察知してすぐにでも攻めてきます。同様の理由で陣地を片付けている動きが見つかれば同じく攻め寄せてくるでしょう。何も変わりなく布陣する有様を見せていれば敵の攻撃が早まることはありません。それに物資を置き去りにすればそれの収奪で敵の追撃はさらに遅れます」
「ふぅん。なるほど」
ゼフォルが懇々と説明するとアルセリアは目をつむって考え込んだ。と思ったら3秒も立たずに目を開き、命を下した。
「ならば致し方あるまい!物資を全ておいて今すぐ撤退する!」
「承知しました。大佐」
話の分かる上官にゼフォルは敬礼した。
東部方面軍の時は自分一人で指揮を執っているようなものだった。しかし今、アルセリアと競い合い、高めあうように戦う今もエスメルとの戦いの次に良いものだと評価した。
撤退は現状大成功を収めていた。ゲルドラ城への道中の半ばになっても追撃隊は現れなかった。
物資も置き去りにし最低限の装備で進み、ゼフォルたちは悠々と撤退していた。
「本当に敵はこないな!大成功かこれは!」
「このまま撤退しきれば我々の勝ちといっていいでしょう」
「ただ失った物資の言い訳をどうするかだな」
「言い訳に悩む程度で済んでるだけ恵まれてますよ。私も言い出した責任は取りますし、正直に話せばエスメル閣下もベラムト中将も悪いようにしないでしょう」
エスメルはひいき目抜きでも良い指揮官だし、ベラムトだって北部方面軍の歴戦の猛者だ。きっと物資より兵の命を取ったことに怒ったりしないだろうという確信があった。
そうして小休憩を終え、最期にもうひと踏ん張りと帰路を急ぐと後方から早馬が届いた。
「報告!後方に敵影!騎兵です!」
「流石に来ましたね大佐、さてどうしましょうか?」
「決まっているだろう?殿だ!この私がな!」
「フフッ!どこに総大将か殿を務める部隊がいますか?少佐、私と大佐で殿を行います。あとは真っすぐゲルドラ城に帰りなさい」
「承知しました!」
この部隊でゼフォルの次に偉い少佐に全軍の撤退の指示をだした。既にゲルドラ城の長い城壁が視界に収めつつある。後はそれに一直線に向かうだけだ。
彼に指揮権を預けるとゼフォルとアルセリアはそれぞれ500ずつ、計1千騎を率い、弧を描いて反転した。
それまで追撃していたはずなのに突如として正面から攻撃を仕掛けた帝国軍に浮足立ったのか公国軍を面白いように破り、帝国側が押していた。
「アッハッハッハ!楽しいなぁゼフォル!」
「否定はしませんよ!アルセリア!」
特に帝国きっての使い手でもあるゼフォルとアルセリアの武勇はすさまじかった。公国兵をゼフォルが曲剣で切り刻み、アルセリアが長剣で真っ二つにする。
アルセリアが隙を晒せば、それを狙った敵をゼフォルが横合いから切り付け、ゼフォルが守勢に回ればアルセリアが烈火のごとく攻勢を強める。
お互いの実力を信頼してるからこそできる、技巧に富んだ攻めに次々と公国兵は血祭りになった。
「く、クソ!ノボク族きっての勇者!アガル様が女二人なんか……」
「邪魔だ!」
「あ、アガルー⁉︎くそ‼︎第二の強者であるこのザガルが……」
「後にしてください」
何やら腕の立つ奴が名乗ったようだが、今は暴れれば暴れる程討ち取れるのでゼフォルは全く聞いちゃいなかった。隣のアルセリアも似たようなものだ。
「随分倒したがまだいるのか」
「まぁ3万も動かして逃げられましたじゃ恥もいいとこですからね。流石に冷静に対応してきましたし」
一つの生き物のように縦横無尽に暴れまわる二人が率いる一千を何とか公国軍は数を活かして回り込むなどしてとらえようとする。今はまだ追いきれてないがこのままでは危険でもあった。
しかし指揮官たるゼフォルに焦りはなかった。予想ならそろそろだからだ。
今まさにゼフォルらの側面を突こうとした公国軍に紫の閃光がほとばしり爆散する。唖然とする生き残った指揮官クラスの公国兵に巨大な大斧が襲いかかった。
「あなた達がいながら間一髪ねぇ……いやあなた達だったからこそ逃げきれたといえるかしら?」
「少将閣下!」
「おじょ……閣下」
流麗な銀髪に相反する厳つい漆黒の鎧に魔力の紫電をまとい、二人の所属する第二軍の司令官、エスメルが3千ほど率いて突っ込んできていた。
撤退を決意した時点で、馬三頭持たせた早馬でエスメルの本営には報告をしていたのである。ゼフォルらの撤退に合わせて彼女は出陣していたわけだ。
「後は私に任せなさい。二人はこのままゲルドラ城に撤退することね」
「承知!」
「閣下、私はまだ……むぐっ!」
エスメルに従おうとするゼフォルをアルセリアが口を抑えた。抗議の視線をゼフォルは向けるが構わずアルセリアは言った。
「ここは閣下にも花を持たせてやれ。なぁに先走った追撃部隊など閣下の相手にならんよ」
「ですが……」
「今はまだ私の副将だぞ。ほらとっとと帰還だ」
名残惜しくエスメルの方を見るが斧を一振りすれば紫の衝撃波が立ち上って公国騎兵を蹴散らしている。それにすでに形勢不利と見たのか撤退すら始めていた
「わかりましたよ」
「いい判断だ」
エスメルを置いていく、少し前なら絶対にしない行為だが彼女の後姿を見て、心配はないとアルセリアとともに帰還した。この判断ができたことがゼフォルは少し前に進めた気がした。