ゲルドラ城の第二軍に割り振られた会議室でゼフォルらは先の小競り合いの成果を話し合うために集結していた。
参加者は総司令官にして少将であるエスメル。准将にして副司令官のクレッチマー、大佐の今回の小競り合いで主要な役割を果たした大佐であるアルセリア、そして司令官付きの副官にして中佐であるゼフォルと、第二軍の主要メンバーがそろっていた。
「アルセリア、部隊の指揮官としてよく大きな損害もなく撤退してくれたわ。よくやってくれたわ」
「はっ……しかし補給を受けておきながらむざむざと物資を連中に奪われました」
「構わないわ、クレッチマー准将、今の帝国軍北部前線の補給状態は?」
「はっ!北部方面軍はベルズーフ閣下が総司令官を務めたときから補給網の構築に力を入れておりました。そのため幸い物資は潤沢です。多少の補給物資が奪われたくらいでさしたる問題はありません。それにバルグリフ陛下の施策により、帝国北部と中央を結ぶ大街道の敷設工事が進んでおり、北部の物資事象は潤沢なものとなっております」
エスメルの質問にクレッチマーがよどみなく答えた。ゼフォルとアルセリアが出陣中にクレッチマーも彼なりに北部の情報をまとめていたのだろう。
「それに今期はヴァンダル高原が豊作だったらしいわ、もう帝国軍が飢えることはないでしょう」
さらにエスメルの補足が入る。要約すれば帝国軍はよほど無理な攻勢を行って補給線を伸ばしきらなければ飢えることはないらしい。
「北部方面軍の台所事情はこんなものよ、さて、最前線で戦ってきた二人はどうかしら?」
「はっ!まずガジュ公国の主力は騎兵部隊です。やはりその速さは脅威となります」
「最も、この場の4人なら相手になりませんが」
「それに連中はこちらの弱点を知り尽くしており、補給線をとく狙ってきます」
「向こうの台所事情はもっと酷そうですからね」
「……しかし奴らは氏族ごとに指揮系統が分かれていて、そこが弱点になるかと」
「顔の模様でわざわざ分かりやすくしてます」
「ゼフォル!変な茶々を入れるな!」
「いえいえ、副将として補足情報を入れてるだけですとも」
張りきってアルセリアが報告するのでつい合いの手のように口を出してしまった。よくよく考えれば報告内容のほとんどがゼフォルが考えたのだから。別にいいだろう。
「閣下の前だぞ、二人とも……」
「まぁまぁ、今は四人しかいないからそんな堅苦しくなくてもいいじゃない」
「閣下も甘やかさないでいただきたい。東部方面軍ではこの二人にどれだけ振り回されたか」
「アンス侯爵よりはましです」「アンス侯爵よりはましです!」
「けどあれを起用したのはお前だけどな」
「言ってくれますね……!」
クレッチマーの言葉につい同時に反論してしまうが、しめたとばかりのアルセリアの言葉に、ゼフォルも反論できなくなった。
「二人とも仲いいのは分かったからいちゃつくのはやめなさい。クレッチマー将軍が困ってるわ」
ふと振り返るとクレッチマーはいつもと変わらぬ顔をしているように見えたが、目が笑ってない、これ以上はやばいと思ったのでゼフォルもアルセリアもやり取りを切り上げた。
「で、こちらの状況と、敵の特徴は出そろったわね。この上でどう戦うべきかしら」
「連中を撃退するだけなら何も問題はないです。エスメル閣下とクレッチマー将軍が歩兵を率いて陣地を固め、私とアルセリア大佐で騎兵を率いれば十分です。さらにこの地で戦慣れした北部方面軍が入るのです。負けることはないでしょう」
「その自信は嘘ではないのでしょうね、けど、それだけでは足りない。確かにあなた達なら公国を撃退するのは訳ないわ。けど我らは帝国中央第二軍、いつまでも北方にとどまっているわけにはいかないのよ」
「我々がいれば撃退はたやすい。が、我々がいないときにまた攻め込まれたらトンボ帰りするのか、ということですね。上層部から、ですか?」
「察しがいいわね。皇帝陛下含む上層部はガジュ公国への大打撃を求めているわ」
「編成されたばかりの第二軍に無茶を言いますね」
「確かに、そうかもしれない。けどそれだけ期待されているということよ」
口ではそう言いつつもゼフォルとしては望むところだった。
いくら名目上公国と名乗っても、急に兵士が増えたり、兵器が生えてくるわけでもない。ガジュ公国の攻撃を防ぐだけならば他の二線級の軍団を援軍に回してゲルドラ城の兵力を増しておけば十分のはずなのだ。攻城戦が不得意な公国軍が帝国で平均以上の防備を持っているゲルドラ城を抜くことなんてできないからだ。
だが、一転してガジュ公国に大打撃を与えるとなると話は違ってくる。何度も言うようだが、彼らの強みはその逃げ足の速さだ。いくら撃退しても撃退しても、損害自体はろくなものが与えられず、またその力を盛り返して帝国北部を脅かすだろう。
だが逆に言えばそれだけエスメルの第二軍は期待されているということだ。あの優秀な皇帝陛下は決して時間稼ぎ用の戦力としてではなく、第二軍をその任に堪えうる重要な戦力として見ている。
「つまり、城内で迎撃するだけではなく、野戦にて敵をせん滅しなければならない。ということですね」
「その通り、敵の得意分野で戦わなければ、この任は果たせない。何か意見はあるかしら」
そう参加者に意見を促すと。クレッチマーが手をあげた。
「北部方面軍からお話を聞いたのですが、ベルズーフ閣下が総司令官だったとき、閣下はガジュ公国軍を陣中奥深くに誘い込み、そのまま左翼と右翼を迂回させ、包囲殲滅にて大勝したようです。それを参考にするのはどうでしょう」
確かにいくら公国軍の足が速くても四方を敵に囲まれてしまえば、逃げきれないだろう。
かつてベルズーフがとった作戦でもあり、焼き直しともいえるが、かつての成功記録から読み解いたそれは堅実なクレッチマーらしい案でもある。
「成程、その成功経験がある北部方面軍と連携すれば可能性はあるかもしれませんね」
「はい、エスメル閣下の言うとおり、北部方面軍もガジュ公国軍に有効な戦術として総司令官がベラムト中将に代わってなお研究と訓練を続けております。既に小規模な戦いで成功したこともあるそうです」
ただの思い付きではなく、北部方面軍が入念に準備しているのなら信憑性もある。先の小競り合いでの組み立て式陣地といい、流石あのベルズーフの古巣だけあって戦いに対して真摯なほどだからだ。
北部方面軍の情報を集めていただけあって、エスメルとクレッチマーそれらの情報を元に話を進めた。アルセリアは外に出ていたので、付いていこうと真剣に聞いている。
だがゼフォルはこの作戦が成功するとは思わなかった。
「いえ、成功しないでしょう」
話を遮ってきっぱりと言い切ったゼフォルに三人の注目が集まる。しかしそこに意見を否定された嫌悪といった感情はなく、皆真剣な目でゼフォルの言葉を待っていた。
「確かにベルズーフ閣下はかつて西部貴族との内戦が本格化する前、包囲殲滅にて異民族を大敗させました。それは事実です。しかし今、それを再現するに足りないものが多すぎます」
「それは何かしら」
「時勢と玉です。あの時、帝国は決してこの大陸で優位な立場にあったとは言いにくい状況でした。撃退したとはいえ王国軍に帝都近郊まで攻められ、いまだ皇太子も決まらず、さぞ敵対国から与しやすい国に見えたでしょう」
「玉とは?」
「ベルズーフ閣下ご自身です。閣下が卓越した指揮官というのはありますが、それ以上に北方蛮族から恐れられ、仇敵として恐れられております。包囲殲滅とは結局、どれだけ敵をキルゾーンに誘い込めるかが重要なのです。帝国そのものが弱体化しているという時勢、そんな時に仇敵たるベルズーフ閣下がのこのこ前線へとやってきたのです。さぞうまそうな獲物に見えたでしょう」
「成程、それらに比する獲物を用意しないと食いつかないということね」
「はい。連中はその策で一度敗北に追い込まれているのです。類するか、それ以上の物を要しなければ連中はかかってこないでしょう」
「例えば?」
「西部貴族残党が反旗を翻した。でも足りません、皇帝陛下が危篤でフィリクス皇子が旗を上げたくらいの偽報を大々的に流しましょう」
「不敬なんてもんじゃないわ」
「が、それぐらいのインパクトは必要です。玉は……そうですね、エスメル閣下はご学友に皇子殿下もいたと聞きます」
「そうだけど……」
「閣下が殿下と婚約中で次期皇后だと宣伝すればいけると思います……」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ!……ってなんであなたがそんな歯をくいしばってるのよ」
自分で言っておいてなんだが、エスメルが婚約すると考えるとなぜか怒りがわいてきた。
こんなに強くて賢くて美しいエスメルと婚約するなんてただの皇族程度では烏滸がましい。
皇族は確かに尊い存在だが、やることやって産めば何人でも増やせるのだ。
それに対してエスメルほどの能力の高い美女など数百年に1人しか現れないだろう。何せあのピエールの血筋なのに兄弟は盆暗ばかりだったからだ。
せめて吊り合うためには軍事なり腕っぷしなりでゼフォルを上回るくらいの一芸は持っているべきなのだ。
「とにかくそれくらいの意気込みで挑まねば無理ということです」
「無理だってのはひしひしと伝わってきたわ。で、ゼフォル?そういうあなたはなにか策はあるのかしら?」
すこしこめかみをひくつかせながらエスメルが訪ねた。ゼフォルの問題発言にエスメルだけではなく、クレッチマーも冷や汗かいて額を拭いているし、アルセリアもこいつまじかという顔をしていた。
「あるにはあります。かなり過激ですが」
「さっきの発言以上に過激なんてことないわよ。それを皆で精査するのだから遠慮しないで……いやあなたは多少は発言に遠慮して言いなさい」
「では遠慮して、簡単なことです。このゲルドラ城を明け渡しましょう」
「……は?」
そのゼフォルの発言にエスメルが目を丸くする、最近はこんな表情見ていなかったので、まるで幼いころのようで可愛らしかった。
「ゲルドラ城をある程度の抵抗ののちに明け渡すのです。連中は必ず城内の略奪に夢中で隙を見せます。その隙に奪われたゲルドラ城を包囲し、そのまま攻城戦に持ち込んでしまうのです。確かに野戦では騎兵隊は無類の強さを発揮しますが、籠城戦では無用の長物、大平原を移動して暮らす彼らに籠城戦の心得などなく、城門につながる街道を陣地化して堅守すれば奴らは突破もできず干からびるでしょう。ご自慢の馬もせいぜい馬刺しがいい所です」
「確かに連中の長所を殺しつつ、包囲できる策ではあるわ、けど流石に政治が許さないわ」
ゼフォルの策を一部肯定しつつもエスメルは否定した。
「ゲルドラ城を帝国北部の要よ、ここを中心に数十年も北部前線は整備されてきたわ。一時的だとしてもここの失陥は帝国に動揺が走るわ」
「ですがここでガジュ公国軍をせん滅してしまえば、ゲルドラ城もその任を終えるのです。ならば城ごと葬っても問題はないかと」
「万一にも失敗すれば最悪よ。帝国は北の盾を失ってしまう。特に今は中央へ続く大街道まで整備されているのだから、ガジュ公国軍の帝国中央への侵入すらあり得るわ」
苛烈な舌戦をゼフォルはエスメルと繰り広げた。互いが互いの意見を否定しあい、一見すれば感じ悪く見えるかもしれない実際アルセリアはどこか緊張している。しかしゼフォルはこの時とても楽しかった。
あのエスメルが真正面からゼフォルの意見を受け止め、自分の言葉で反論してくれるのだ。楽しくないはずがなかった。内容こそ物騒極まりないが、ゼフォルに取っては最高のコミュニケーションといって良かった。
「ベルズーフ閣下の策を踏襲する策も、エスメル中佐の策も徹底的な問題があるということですな。また策を練り直さなければなりません」
しかしあまりに二人でヒートアップしすぎたのか、クレッチマーが間に入る。一瞬この時間を邪魔されてイラっとするが、ここはゼフォルとエスメルの勉強会の場ではなく、軍議の場なので、これを機に頭を冷やした。エスメルも紅茶に手をかけて一息ついている。
こういったところで仲裁できるクレッチマーは良い大人だとゼフォルは思った。
「私も意見をいいでしょうか」
「ええ、もちろん」
「確かにゼフォル中佐の意見は余りに博打すぎますが、見るものはあります。ただ平原で包囲するより連中の足を止められるのは大きな利点です」
それまで聞き手に回っていたアルセリアが手をあげて発言した。どうやらゼフォルを擁護してくれたので、内心で好感を持った。
「確かにゲルドラ城を明け渡すのはやりすぎです。そこで!大きな野戦陣地を組んでそれを囮と見立てるのです。先の戦いで北部方面軍の組み立て式陣地を使いましたが、あれを軍団規模で作れば十分機能するかと!」
かなり参考になる意見だった。正直アルセリアは直感的な指揮官でこういった作戦会議では疎いと思ったが、やはり天性の戦の才はあるらしい。
「……悪くないわね」
「ふぅむ……」
どうやら同じ考えらしくエスメルからも評価の声が上がり、クレッチマーもその立派な髭をなでながら考え込んだ。
「眼前でくみ上げれば必ず公国軍は妨害に来ます」
「そ、それは野戦で守り切ればいい!撃退ならできるとゼフォルは言っただろう!」
「えぇ確かにそうです。しかし組み立てながらというとまた勝手が違います」
「そ、そうか……」
「が、その勝手を考慮に入れても採用の価値はあると思います」
「ほ、本当か⁉」
最後に賛成してあげるとアルセリアは顔を綻ばせて喜んだ。少し可愛かった。
敵を撃退すれば必ずその陣地を陥落させるために突入するのだ。偽装退却ののちに陣地事敵を包囲するのは確かに巧妙な用兵が必要かもしれないが、ここの四人は帝国でも上澄みの指揮官だし、北部方面軍の面々も歴戦の猛者ぞろいだ。できないことはないだろう。
「アルセリア大佐、悪くない意見だったわ」
「ありがとうございます!」
「この意見を考慮に入れて、時間をかけて準備をしましょうか、思えば二人がこんな早く帰ってくるのが想定外だったわ。ゼフォル、アルセリア、特に二人はこのゲルドラ城で先の戦いの経験を活かしつつ、今回の案を再考しなさい」
「かしこまりました」 「承知です!」
「そろそろ北部方面軍との連携を本格化させるべきね、その辺の打ち合わせはクレッチマーに任せるわ」
「承知しました」
結論を出してエスメルが第二軍の幹部たる三人に命を下した。
その姿は堂々とした総大将に相応しいもので、二年前、ヴァン・ウィルベートで控えめに日々をすごし、ゼフォルに隠れていた少女の姿はそこになかった。