メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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交代

「あーっ‼暇だぞゼフォル」

 

「軍人が暇なのは結構なことではないですか」

 

 ゼフォルはアルセリアと共にゲルドラ城の士官用の休憩室にいた。ゼフォルが用意した茶菓子とお茶が机の上に並べられている。そのほかにも休憩室だけあって本や余暇をつぶすための盤上遊戯などがそろっていた。

 

「この世でお前が一番言わなさそうだろ。そのセリフ」

 

「むっ、何ですか人を野蛮人みたいに。野蛮人はあっちでしょう」

 

 そういうとゼフォルは休憩室の窓を指さす。本来なら風情もなにもありはしないひたすら荒野が広がっている寂しいゲルドラ城の景色はそこにはなく。雲霞のごとくの大軍が広がっていた。

 帝国や王国のように規則だった旗ではなく、様々な模様の旗が立ち並ぶその光景は多くの氏族が参加していることを表している。ガジュ公国軍の大軍がゲルドラ城に来襲していた。

 

「あんな大軍が来てるのに待機命令だぞ!どうなってるんだ!」

 

 まんまとゼフォルらを逃がしたガジュ公国軍の大軍はそのまま手ぶらで帰ることをよしとしなかったのだろう。そのまま周辺にいた部隊を集結させ、6万近い大軍になってゲルドラ城付近まで押しかけていた。

 おそらく公国の主戦力すべてとみてよかった。

 ゼフォルらも再び出陣かとなったが、先ほどの小競り合いで戦ったばかりということで予備兵力として待機命令が出ていたのだ。

 口ではおとなしく休んでいる風を装っているが、やはり前線が気になるのがゼフォルである。あえてガジュ公国軍と対峙する城壁に近く、普段なら見晴らしが良くて人気な休憩室を予約してそこで待機していたのだ。アルセリアはついてきた。

 他にも待機している士官は存在するが、誰も好き好んで最前線近くで休憩していない。城内奥深くのスペースで待機していた。

 

「それだけ余裕があるのですよ。今の帝国は。死ぬまで働かされるよりいいではないですか」

 

「もしかして東部方面軍ってブラックだったのか?」

 

「すみませんね、職場環境を整えられない副司令官サマで」

 

 煽りでも何でもなく、本気でそう思っているであろうアルセリアの強烈な一撃にゼフォルは拗ねることしかできなかった。

 戦争で強く、何かと頭も回るし根性もあるアルセリアだが、意外に本質は貴族のお嬢さまで、一部の世情に疎いところもある。たまにこうして悪意なくゼフォルに痛撃がとんでくるのだ。

 緩くしすぎてたるむのは論外だが、軍隊とはいえ働いているのは人なのだ。ぎりぎりまで酷使して使い潰すよりも、程よく交代して休憩しながら働いた方が能率は上がるに決まっている。

 最近の帝国軍ではそういう風潮があった。特に北部方面軍で顕著なのはベルズーフの影響らしい。

 あいかわらずこういった細部にも気を遣うお方だ。とゼフォルは何回目かもわからない嫉妬の炎を燃やした。最も火力は相当に小さなものになっていた。

 だがそういった総司令官の気配りを抜いても今の帝国には余裕がある。少なくとも、ゼフォルが西部貴族と戦っていた時期にはこんなゆとりはなかった。

 なぜ今はこんなにも余裕があるかというと帝国の戦況が優勢で前線も整理しているからだ。

 現在帝国は新皇帝バルグリフ陛下の元に一つに纏まり、内患はほとんどないに等しい。そして南部小国家群を下した今、敵は北のガジュ公国と東のロッソ王国だけなのだ。今の帝国の国力なら無理もなく相対できる相手でしかない。そういった大局での優勢が今のゼフォルとアルセリアに世暇を与えているのだ。

 

「ふん!あの程度なんてことないさ、いまなんか力がありあまってしょうがないのだからな」

 

 そう返されてゼフォルは逆に申しわけなくなった。言い訳出来ないくらいにゼフォルは東部方面軍時代、アルセリアを酷使していた。

 なにせ信頼していたのは彼女とクレッチマーくらいで、この二人だけは周りより明らかに仕事が多かった。ゼフォルはそれ以上に多かったから許してほしいが、言い訳にもならないだろう。

 

「まぁ私とあなたはともかく、兵は良く休ませなければなりませんからね」

 

 ゼフォルは適当にそう言ってこの場を切り上げた。

 

 

 

「それにしてもなかなかの数だ。だがあれではゲルドラは落ちんだろう」

 

「まぁそうですね、ここを落とすには数が足りません。向こうにもその気はないのでしょう」

 

 カップを空にして持ってきた茶菓子も平らげた二人はすっかり戦況観察に夢中になっていた。前線は全くというほど動きがない。たまに公国騎兵が罵声と矢を放ちながら急接近し、帝国がそれに矢で迎撃する。それだけの繰り返しだった。

 

「じゃあ何が目的なんだ?落とせなければ意味がないだろうに」

 

「恐らく一種の戦意向上行為でしょう。帝国が城門を固く閉ざす限り帝国に敗北はありませんが、引きこもっていればこちらの戦意は落ちます。それに対して向こうの士気は上がるでしょう」

 

「じゃあ引きこもりをやめて打って出れば?」

 

「それこそ奴らの思う壺です。野戦は連中の十八番ですからね」

 

 この攻撃は城を落とせないのに無駄なことをしているようで公国にとっては有効な作戦だ。

 確かにまとまった大軍を動かす労力はかかるが、帝国が引きこもればそれだけで国威が揚がるし、出てくれば野戦で蹴散らすだけでいいのだ。実際こういった公国軍の襲来は今回だけではなく、この北部前線では割とよくあることらしい。

 

「まぁなにはともあれ敵は騎兵が主体、攻城兵器も持たず、このゲルドラ城を陥落させる可能性はないに等しいのです。兵の士気が下がるのは痛いですが、我々指揮官が判断を誤らず冷静に対処すれば――」

 

「けどあれは投石機じゃないのか?」

 

「はい?公国がそんな大層なものを……投石機ですね」

 

 アルセリアが指さす先、騎兵に囲まれた人工物のようなものが見える。あれは投石機だった。遠くてわかりにくいがその機構がガコンと動いて岩が発射された。

 

「「あ」」

 

 二人がそう言ったのと同時に放たれた投石はきれいにこの休憩室に直撃した。

 

「やってくれたな!おい!大丈夫かゼフォル!」

 

「大丈夫に決まってるでしょう。きれいにここに当たるってどんな確率ですか……」

 

 飛び込んできた岩に部屋は悲惨な有様になる。しかし歴戦の強者である二人は瞬時に直撃を察してとっさに窓際から避け、机を盾にして衝撃に備えた。

 そのおかげで直撃もせず、ガラスやがれきの破片も当たってない。ほとんど無傷だった。

 

「くそ、まさか連中が投石機を持っているとはな」

 

「帝国の鹵獲品かもしれませんね、流石にこの程度でこの城は落ちませんが厄介なことになりました」

 

 ただでさえ野戦を避けて城にこもっているのに、そこに岩まで飛ばされたらいくら城壁があっても兵は恐れおののくだろう。慌てて駆け付けた兵が片付けるのを尻目にゼフォルはこの仕打ちどうしてやろうかと考えていた。

 

 

 

 休憩室が破壊されたため、ゼフォルとアルセリアは素直にゲルドラ城内後方の部屋に退避していた。

 アルセリアはこれを機に勇んで出陣しようとしていたが、エスメルに直談判しても出陣許可が下りるはずがないので、ゼフォルが無理やり後方に下げたのだ。

 しかしあれだけのことをされた二人が唯で引くはずがない、後方に下がるとすぐに二人でああでもないこうでもないと公国への対策を考え始めていた。

 

「実際どうすればいいと思うゼフォル?」

 

「どうせ連中はそろそろ引くでしょう。確かに投石器はこちらの心理を揺さぶるのに最適かもしれませんが、あの程度の規模を数機そろえた程度でこのゲルドラ城は落ちません。それがわかれば向こうもほどほどに引いてくはずです」

 

「そこを追撃するか?」

 

「いえ、変わらず野戦は向こうが有利、そして撤退されればろくに損害を与えられません」

 

 そんな話をしつつもアルセリアがパチリと眼前の駒を動かした。二人は地図の上で作戦を練っているのではない。せっかくなので休憩所の備品である盤面遊戯を気分転換で遊んでいたのだ。

 それでもこの二人の本分は軍人である。遊戯を楽しみつつ、戦況の話ばかりしていた。

 戦況の話こそゼフォルがリードしているが、盤面上の戦局は最悪である。

 ゼフォルもこういった遊戯は子供の頃のエスメルと遊んだが、メキメキと成長していく彼女に負けそうになってからきっぱりやめてしまった。

 それでも平均より強い自負はあったが、流石元伯爵家だけあってアルセリアも普通に強かった。

 

「ふぅん、難儀なものだな」

 

 そうニヤニヤしながら言うアルセリアにその言葉は一体どっちに言っているかと聞き出したくなった。戦況が難儀ともとれるし、ゼフォルの盤面が難儀だとも言いたいのだろう。

 

「……この籠城戦は前哨戦に過ぎないでしょう。やはり連中を野戦でうまいことつり出して一気に殲滅するのが肝要です」

 

「そうなるか、だからこそ私は作った陣地におびき寄せての殲滅を提案したのだが、どう思う?」

 

「前の会議でも言いましたが、悪くない策だと思います。しかし作る手間といくらおびき寄せても人工物のみで敵の大軍を囲うには物理的な無理があるかと思います。せめて囲いやすい地形におびき寄せれないかと思いますが」

 

 そう言って手元の駒を動かす。白い駒が黒い駒をズラリと囲んだ。

 

「平原で四方を囲んでも労力がかかりすぎます。こうなっても騎兵中心のガジュ公国軍なら一点突破で逃げられるでしょう」

 

「……私たち第二軍も北部方面軍も優秀な指揮官が多い、包囲してしまえばやれんことはないだろう」

 

「流石の我々でも数万の大軍を囲うほどの表面積を維持するのは厳しいですよ」

 

 そう言ってゼフォルは役職持ちの強力な駒を包囲の周囲に配置する。そうしてしまうと駒の密度の薄さが明らかだった。

 

「大軍を動かすにあたって個人の能力のゴリ押しは得策ではありません。まずは地の利、天の時をそろえて初めて人の力を頼るべきです」

 

「……確かにそうだな」

 

 真剣な表情でそういうゼフォルにアルセリアも納得したようだ。目の前にいい手本がいたからなおさらだろう。

 

「だがどうすればいいのだ?地の利やら天の時と言っても、この平原では地の利もなにもあったもんじゃないし、天の時もそんな急に情勢が変わるわけではないだろう」

 

「地の利だけなら何とかなるかもしれません。移動中、山が見えたのを覚えていますか?」

 

「あぁ、覚えている」

 

「そうです。あのピレンネ山です。山間部は小さな盆地になっています」

 

 そう言ってゼフォルは盤面の端っこに駒を動かした。

 

「ここにおびき寄せれば一網打尽です。脱出する山に足を取られた騎兵を撃破するだけになります」

 

「だがあの山に連中は寄り付かないだろう」

 

「その通りです」

 

 ピレンネ山は一面まっ平らなノルン平原で唯一の盛り上がった山だ。

 しかし草木もほとんど生えていない岩山で、資源に乏しく、平原で生活を営むガジュ公国民が寄り付くことはない。

 それだけならまだ良かったのだが、50年ほど前、ベルズーフの祖父にあたる将軍がこの山の地形を生かして異民族を大いに撃破した。

 その戦いからというものの、生活に必要ではないし、不吉だしでこの山に異民族は寄り付かなかったのである。

 この話は帝国が大勝した戦いとして北部方面軍では伝説のように語られていたし、先日ゼフォルが偵察に出たときも休憩所代わりに立ちよると本当に人陰一つなく、安心して休憩できた。

 

「ここにおびき寄せられれば、こんな悩むことはなかったのですがね」

 

「しょうがない。今度は全軍での軍議の時に何とか平原で陣地を組めないか聞くとしよう」

 

「そうですね。せっかくの休みなのにこれ以上勤務に仕事することもないでしょう。はい次あなたの番ですよ」

 

「はぁ⁉このまま続けるつもりだったのかお前は⁉私のキング包囲されてるじゃないか!」

 

 ゼフォルが戦況説明で使っていた盤上はすでにアルセリアにとって詰み状態になっていた。黒いコマが盤面の隅に押し込まれ、白いコマに包囲されていた。

 

「私が駒を動かしたとき、何も言ってこなかったではないですか」

 

「そりゃこれで作戦を説明していると思ったからで……あ!お前自分が劣勢だからって汚い手をつかったな!」

 

「濡れ衣です。説明前から私が勝ってました」

 

「嘘つけ!」

 

「放棄するなら私の勝ちでこのお菓子はもらっていきます」

 

 そう言ってゼフォルは今回賭けていた嗜好品のお菓子を持っていこうとする。別に本当に欲しいわけじゃないが負けるのが癪なだけだった。

 

「この卑しん坊メイドめ!」

 

「だれが卑しん坊ですか……!」

 

 ゼフォルが伸ばした手をアルセリアががっちりと掴み、そのままつば競り合いに移行する。理由はともかくお互いに帝国きっての剛の者なので、踏んばった床がミシミシとイヤな音を立てていた。

 

「思えば敵同士だったなぁ!いいぞ!ここで西部の決着をつけても!」

 

「一向に臨むところですが?どちらが上か決めましょうか……!」

 

 そのまま力みあい、いい時間が過ぎていた。お互いにうっすらと汗をかき息も上がっている。

 

「このっ……⁉食い物程度で往生際の悪い!」

 

「それはそちらもでしょう!食べ物ごときでこんな……!……食べ物ごとき?」

 

 アルセリアの買い言葉を思わぬ形で買ったゼフォルは急に力を緩めた。急に圧力がなくなって力みっぱなしのアルセリアは吹っ飛んでいった。ゼフォルはひょいと避けていた。

 

「お前いい加減にしろよ!」

 

「アルセリア、今のでいい作戦を思い付いたかもしれませんよ」

 

「はぁ⁉今ので⁉菓子取り合ってただけだぞ⁉」

 

「だからこのお菓子は上げます」

 

「おちょくってるのかお前……」

 

 口角をひくつかせるアルセリアを尻目にゼフォルは新たな作戦のため、頭がいっぱいだった。

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