メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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抗命

 ゲルドラ城での帝国と公国の睨み合いは、あっけなく攻撃側である公国の撤退で幕が閉じた。

 別にどちらかが大損害を受けただとかそういった劇的な変化は起こっていない。ただ、野戦では不利な帝国がひたすらに守りを固め、いくばくかの投石では突破は不可能と見た公国が撤退しただけであった。だが引いていった公国にたいして帝国側も穏やかではいられない。本拠地であるゲルドラ城に攻め込まれ、戦果もあげられぬまま撤退となれば軍の沽券にかかわる。

 公国軍の撤退を受けて、帝国は出撃を決意した。既に第二軍との戦訓共有は終わっており、帝国は公国より多い9万の大軍を万全な状態で前に出すことができるからだ。これだけの戦力を抱えて城に籠りっぱなしの選択はできないだろう。

 

「楽しそうだな」

 

「そうですか?」

 

 出撃していく帝国軍第二軍の先鋒を率いるアルセリアの隣で、これからの戦いに思いをはせていると怪訝な顔をして彼女はゼフォルに声をかけてきた。

 

「私のおかげでなにやらいい策を思い付いたのだろう。どういったものだ?」

 

「今は教えられませんね」

 

「……私でもか?」

 

「はい」

 

「ならいい」

 

 策を秘匿するゼフォルにアルセリアは何も聞いてこなかった。ここで階級を出して強制しないあたり、できた人間だと思おうとしたが、またこいつ碌なことを考えていないな……と言わんばかりの面倒そうな顔をしているあたり、巻き込まれたくないだけなのかもしれない。

 

「聞いてはこないのですね」

 

「まぁな。エスメル閣下には言っているのだろう?」

 

「そこはぬかりありません」

 

「閣下が許可を出したなら私は何も言わん」

 

 もしこれがゼフォルの独断だったら、アルセリアは烈火のごとく怒っただろう。なにせ前科があるからだ。だがこうしておとなしく聞き出さないあたりアルセリアから見てもエスメルは信頼に値するのだろう。

 アルセリアもエスメルのことを信頼してくれている。二人をよく知っている身としては非常に喜ばしいことだった。

 

「見ていてくださいよ。私の戦術。とくと味わわせてやりますよ」

 

 そうゼフォルはにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 城の守りに1万を残し、8万を超える大軍は急いで布陣を完了した。兵の大半が北部方面軍の物であるが、流石ベルズーフ直属の軍勢である。これだけの大軍だというのにあっという間に陣の設置を終えていた。ゼフォルも対抗心を燃やして周りの兵をせっついていた。

 そして全軍素早く陣を張り終えると、軍議が始まる。ゼフォルも第二軍の幹部の一人として参加していた。

 列席者には総大将であるベラムトを中心に、北部方面軍の重鎮たちが勢そろいし、それに相対するようにエスメル率いる帝国軍第二軍の面々が並んでいた。

 軍議自体はよどみなく進行していた。

 列席者全員が一定以上の練度を持つ人間ばかりだ。特に北部方面軍の人材はベラムトをはじめとしてこの帝国北部で戦い続けた古豪ぞろいで、この地の戦いに慣れきっている。さも当然といった状態で作戦を説明していた。

 一方でエスメル率いる第二軍の面々だが、北部方面軍の展開する作戦案に何とかついて行っているといった感じであった。

 まぁ無理もない。エスメル率いる第二軍はここ最近編成されたばかりだ。所属している士官たちはオドールに属していた参謀達や、新任の士官たちも多い。エスメル、クレッチマー、アルセリア、そしてゼフォルといった幹部連中こそ高い能力を持つが、他はあまり高いとはいえない。

 とはいえここ数週間の間で北部での戦い方や作戦を頭に叩き込んだ彼らは何とか北部方面軍の軍人との話に食らいついていた。こういった所は訓練と戦訓教育を担当したエスメルとクレッチマーが良くやってくれたのだろう。

 それはそれとして、軍議の主導権はベラムトらの北部方面軍将校が握っていた。それに関しては少しゼフォルは気に入らなかった。エスメルがないがしろにされている気がしたからだ。

 だがこれも当然の摂理だ。この地になれた北部方面軍が第二軍をエスコートするのが自然だし、少将でなにより最年少といっていい、エスメルがあまりベラムトを差し置いてでしゃばるのもそれは違うだろう。だがやはり気に入らないものは気に入らなかった。

 

「そうだ。ゼフォル中佐、貴官も何かあるだろうか」

 

 だから今のようにベラムトから声をかけられるのを心のどこかで待っていたのかもしれなかった。

 

「いえ……私は……」

 

「ベラムト中将、ゼフォル中佐は……」

 

「あぁわかっている。しかしその件はあのベルズーフ閣下が裁き、皇帝陛下の恩赦で解放されたはずだ。それに私は、彼女の一方面軍で王国と渡り合った手腕を見てみたいのだ」

 

 ベラムトの要請にエスメルが待ったをかけようとするが、ベラムトは意にも返さなかった。こうも指名されたら期待に応えないわけにはいかない。それに第二軍の面々がだんまりというのも気に入らなかったのだ。エスメルは社交性があるし公爵という立場もあるから軽々しく話せないのは分かる。クレッチマーとアルセリアは優秀だが、やはり作戦立案でゼフォルには及ばない。ここは第二軍の頭脳としてゼフォルは発言を始めた。

 

「では遠慮なく……北部方面軍の皆様方はこの平原で、公国軍の野戦での包囲殲滅を計画されました」

 

 結局この軍議で進められている議題はこれだった。事前のクレッチマーからの情報通りだ。このままならこの作戦が実行されるだろう。

 

「ですがはっきり言いまして……成功する可能性は低いでしょう。これなら余計なことはせず、ゲルドラ城に籠っていたほうがマシかと」

 

 ピシりと空気が凍った気がした。確かにここは忌憚なく意見をかわすはずの軍議の場であるが。今の発言は、この場の過半を占める北部方面軍の将校を全て敵に回すようなものだからだ。

 

「……手厳しい意見だな。理由を言ってみろ」

 

 先ほどまで飄々としていたベラムトも顔をしかめてゼフォルに問い詰める。

 

「このだだっ広い平原で騎兵を主体にした公国軍を包囲するなど、不可能です。よくてもほとんどの敵兵を逃がす結果になり、悪ければ帝国軍が各個撃破される結果になります」

 

「しかし!過去に我々はこの作戦を成功させている!その戦術を何度も研究しなおしているのだぞ!」

 

 鉄面皮ですらすらと作戦の穴を指摘するゼフォルに、北部方面軍の年若い参謀が突っかかる。ゼフォルは待っていましたと言わんばかりに口を開いた。

 

「研究し続けたといいますが、それは敵も同じなのでは?野生動物すら一度かかった罠には学習をして二度目はひっかかりません。いくら非文明的な北の蛮族と言えど、動物にすらできることができないということはないでしょう?」

 

「な⁉」

 

「それにこの作戦を成功させていると申しましたが、その時は……あのベルズーフ閣下がいたのでしょう?」

 

 ただでさえ、ゼフォルのせいで険悪な空気が流れていた場が、ベルズーフの名前を出したことでさらに重苦しくなった気がした。やはりベルズーフの名前はこの北部方面軍においては相当に重いのだろう。

 

「私もベルズーフ閣下の勝利はよく研究いたしましたとも。あの時、帝国は四方を敵に囲まれ、何より王国軍に領土に奥深くまで攻め込まれるという危機的状況にあって成立したのです。しかしいま時勢は帝国にあります。早々に敵も仕掛けてこないでしょう。さて……こんな状況で神がかり的な策をベルズーフ閣下なしで成功させられますかな?」

 

「ゼフォル中佐!その発言は我らを馬鹿にしているのか⁉」

 

 その言葉に北部方面軍の比較的若い将校が中心にガタリと立ち上がった。この北部方面軍においてベルズーフとは偉大な司令官にして目標でもあるのだろう。少なくとも、いつぞやの東部方面軍のように副司令官におんぶにだっこで向上心もないよりかはマシではあるが、それでもゼフォルからすれば青いとしか言えなかった。

 

「そんな気はありませんとも……ただ、皆様方ベルズーフ閣下との付き合いは長いでしょうに、閣下の勝因分析が外様の私に劣るのはいかがなものですか?」

 

「き、貴様ぁ⁉」

 

「そんなに猛らないでくださいよ。私はあなた方の大好きなベルズーフ閣下を煽ってみても閣下には全く効きませんでしたよ。……ベルズーフ閣下にあこがれるのは個人の勝手ですが、そのせいで盲目になっているのでは?」

 

 そのゼフォルの言葉にガタンとさらに多くの北部方面軍の将校が立ち上がる。堪え性のなさを批判してやったのに、言った傍からこれである。ゼフォルとしても本心しか言っていなかった。天才ベルズーフの作戦を、分析して再現しようとする心意気は認める。かつてゼフォルがヘルトアに語ったように有用な戦術はどんどん真似して活用するべきだからだ。

 しかしこれまでベルズーフの戦術を研究してきた北部方面軍の作戦は彼の全てを真似しているようではあるが、時勢や環境を無視している姿勢があった。これでは成功するものも成功しない。戦術とは学ぶ姿勢は大事だが、それを適切な場面で発揮しなければ机上の空論に過ぎない。

 ゼフォルからすれば北部方面軍はベルズーフの偉大な足跡を辿るだけで他をおざなりにしている印象があった。

 

「ゼフォル中佐、君は我々を馬鹿にしにこの場に来たのかね」

 

「いえいえそういうわけでは」

 

 ついに北部方面軍の指揮官たちの親玉であるベラムトまでが参戦した。彼はあくまで冷静にゼフォルを諭そうといった声色だが、ゼフォルは意にも返さない。

 

「お、おいゼフォルどうしたんだ今日は、お前はプライドは高いが悟られないタイプだったろ……」

 

 隣のアルセリアが何やら小声で止めようとしてくるが、意にも返さない。むしろ変に的確なゼフォル評にむしろ意固地になった。

 

「……ゼフォル、あなたのその発言はこの場にふさわしくないわ」

 

 ついに見かねたエスメルが止めに入った。しかしゼフォルは止まらなかった。周りを見渡せば、第二軍の士官たちは冷や汗をかいていいる。あのクレッチマーですらそうだった。今はゼフォルを咎めているエスメルではあるが、このまま話を続ければどちらが正しいかわかるはずだ。

 

「いいえ!ふさわしくないのはこの北部軍全軍です!あのベルズーフ閣下の!私ですら勝てなかったあの名将の配下でいながらその策略の一端も理解することなくこの北の僻地で無駄を重ねているだけではないですか!公国が盛り返したのも王国との協力よりベルズーフ閣下がいなくなられたからでは?」

 

「口を慎め!中佐!」

 

 ついに事態を軟着陸させようとしていたベラムトも声を荒げた。北部方面軍すべての将校がゼフォルを睨みつけ、殺気すら立っている。しかしこんなものゼフォルは気にも留めない。殺気ならばあの日のハルード要塞で数万の王国軍から向けられていたのだから。

 

「結局!どいつもこいつもベルズーフ閣下を超えることはできない!なのに閣下の猿真似をして公国軍に勝てましょうや!」

 

「命令違反をして大負けした貴様の言えたことか!」

 

「ベルズーフ閣下に叩き潰されて半死半生の北部の蛮族を未だに消せないあなたがたと、あの大国をあと一歩のところまで追い詰めた私を一緒にしないでくれますか?」

 

 北部方面軍の総意として怒鳴りつけるベラムトをゼフォルは正面から相対した。年齢、階級、軍歴すべてが向こうが上だが、ゼフォルは全くひるまなかった。

 

「……中佐、もう出ていきなさい」

 

「エスメル閣下?」

 

 横暴を極めるゼフォルについにエスメルが底冷えた声で待ったをかけた。だがしかしゼフォルは焦らない。正しいのは自分だから。

 

「まぁお待ちください、こんな作戦より私が良い策を――」

 

「聞こえなかったの?出ていけと言っているのよ?」

 

「な、なぜです⁉」

 

「アルセリア大佐、ゼフォル中佐を黙らせなさい。ベラムト中将、目付役として直接の上官として謝罪いたします」

 

「お、お嬢様!なぜなのです!放せアルセリア!」

 

「いくら何でもやりすぎだ!」

 

 すがるゼフォルだが、もはやその姿はエスメルに見えていなかった。どれだけゼフォルが叫ぼうとも無視され、己が身はアルセリアに拘束されていく。

 

「謝罪を受けたいところだが、いくら何でもこんな場で、これだけ侮辱されたのは初めてだ」

 

「えぇもちろん、これだけでは済ませません、ゼフォル中佐に問題あれば受けさせて良い罰があります。魔術をこめた拷問刑です」

 

「なっ⁉」

 

 それはゼフォルの恩赦の条件に合ったものだ。ただの拷問ではなく、魔術をつかってより効果的に痛めつけるものだ。

 事前にゼフォルも恩赦の条件として聞いていたが、その権利がエスメルにあると聞いて、まさか使われるとは思わなかった。

 

「な、なぜです!お嬢様!私は間違っては!」

 

「策があってようがなかろうが人として間違っているわ!陛下の恩赦を無駄にして!せいぜい反省しなさい!アルセリア!」

 

「は、はい!」

 

「この馬鹿を連れ出しなさい!専門の尋問官を待機させているわ!」

 

「か、閣下流石にやりすぎでは⁉」

 

「連れてきなさい!」

 

「わ、わかりました!お、おいゼフォル!お前がこんな馬鹿なことをするからだぞ!」

 

 そんなアルセリアの悲鳴のような声と共にゼフォルはその場から連れ出された。

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