ガルド族での生活はゼフォルにとって窮屈だった。
しょうがないといえばしょうがないが、四六時中監視の目がある。昼間はその態度を隠しもせず常に誰かが付いているし、夜も誰かが隠れて常に見張っていた。ゼフォルにとってはバレバレだったが。
それにろくに動くこともできない。見方次第では贅沢かもしれないが、食事も何もかも監視の兵が運んできていて、ゼフォルは与えられた天幕から出られなかった。
持ってこられた食事もひどいものだった。別に降将としていじめを受けているわけではなさそうだが、ろくな香辛料がないのか、味が薄いのだ。帝国生まれ帝国育ちのゼフォルにとっては慣れない味付けだ。
この食事もそうだが総じて公国軍は規律がどこか緩い。この天幕に押し込められて初日など、降将が女だと聞いて一目見たいと思ったのか、かなりの数の兵が押しかけてきていた。最も、それらとは一線を画す練度を持つ監視の兵に追いちらされていた。
こんなこと帝国ではありえない、いまだ公国が寄り合い所帯の新興国であることがよくわかった。
「で?帝国の物資集積所はどこにある?」
「だからここだといったではないですか」
そう詰めてくる公国兵に明らかに不満といった表情でゼフォルは回答していた。
「そこの話はもういい!ほかの場所はどこかときいているのだ!」
「それは教えられません」
「なぜだ!」
「私はまだ自分の価値を証明できていません、それなのにすべての情報を渡せば殺されてしまうでしょう?」
「なにが自分の価値だ!降将の分際で気取りおって!」
「私は怨敵を滅ぼしつくすまで死ねないのです。あなたには悪いですがご容赦いただきたい」
「っぐ!え、えーい!不気味なやつめ!」
ゼフォルがその感情のままにすごむ。
今のゼフォルはいつものようなクール系の美女ではない。唯一覗かせている目元こそ面影があるが、それだけで、全体的に包帯ぐるぐる巻きの重病人だ。
偉ぶってはいるが、そんなに気が強い方ではないだろう。公国兵はたじろいだ。
「そもそも、私はカユン様にこの情報を渡して許されたのです。あなたに族長に降るのを認められた私を尋問する権限がありますか?」
「あ、あるに決まっているだろう!」
「本当ですか、私は公国の法に詳しくはないですが、いかなる場所でも命令違反は厳罰でしょうに」
そういうと公国兵は明かに動揺していた。それだけで含むものがあるとわかった。
「まぁまぁ、あまりこの者をいじめないでいただきたい」
そうゼフォルが公国兵を持て遊んでいると天幕に入ってくるものがあった。
「め、メルドゥ様⁉」
「族長がゼフォル殿をお呼びだ。そなたは下がっておれ」
「は、はいっ」
やってきた、アユンの隣で控えていた数少ない文官風の男、メルドゥが公国兵を下げた。
この男、あれだけアユンの前ではへりくだってきたのにゼフォルの前では冷静ぶっている。どうやらこのガルド族の軍師のようなポジションだが、ゼフォルならすぐにでも代わってやれるような能力しかなさそうだった。
先ほどの尋問の兵もメルドゥが用意したのだろう。ゼフォルに探りを入れるのは軍師として当然で、配下の者に探らせるのは良いが後が続いていない。
どうせなら今まさに黙ってカユンの元まで連れていくのではなく、世間話という体でゼフォルに問いただせば良いのだ。先ほどの兵士と違ってメルドゥは確かな立場があるのだから、ゼフォルとて邪険にはできない。
だがそんなチャンスを不意にしているのだ。大方一つ目の策が破られてそのことに頭がいっぱいなのだろう。
真に策士ならば、一つの策が破られても二手目、三手目を用意しておくべきなのだ。それができないあたり大したことはない。これではさぞカユンも苦労しているだろうと思った。
結局、ゼフォルとメルドゥは何も話さず、カユンの玉座に到着した。
「ゼフォル、お前の情報は正しかったようだ。三つの物資集積所、そのすべてで帝国の物資が山積みされていたぞ、二つはノボク族に渡したが、最期の一つは我々のものになった」
「それは何よりです」
そう答えるゼフォルだが、一つ目の集積所で安全と分かれば残り二つはガルド族にわたると思ったのでそこは意外だった。カユンは想像以上に慎重で彼の評価を一段上げた。
「これで貴様の嫌疑は晴れたわけだ。歓迎しようゼフォル」
「光栄でございます」
そういってゼフォルは恭しく頭を下げた。もうこれで急に殺されるということはないだろう。
「だが、お前はわが兵が残りの集積所を訪ねたとき答えなかったようだな?それはどういうことだ?」
「彼の兵に答えたとおりです。私はまだ族長様に価値を伝えきれておりません。万一のことを考えて、保険に取っておきたかったのです」
「ほう?ならば、今はすべての情報を吐くということだな?」
「もちろんです」
そうカユンに追及されるとゼフォルはあっさりと集積所の場所をすらすらと答えていった。メモなど見るまででもない。ゼフォルは暗記が得意だが特にこういった軍事情報はすぐに覚えられたのだ。
「すさまじいな……すべて頭の中に入れていたというわけか?」
「人は相手の物や金を奪うことはできます。しかし頭の中ばかりはどうしようもありませんゆえ」
「書物を読みあさる帝国人とは思えぬ発言だな」
「帝国人にもいろいろといます。書物を読んだ気になって生かせぬものと、理解をしてもここぞというときに発揮できないもの色々おります」
「まるで自分は理解してここぞというときに生かせるとでも言いたげだな」
「カユン様の好きなように解釈してください」
少し前のゼフォルならさも当然だといっていただろうが、この場では濁しておいた。あまり自意識過剰に思われてるのはよくないし、なによりゼフォルは一度負けたのだ。もはや絶対などなかった。
「ふふふ……元敵陣だというのにその不遜さ、気に入ったぞ、ゼフォル、お前のその知識存分に俺の陣営で使わせてもらうぞ」
「もちろんでございます」
「ではまず俺の軍団が今回の戦いでどう動くか考えてみよ」
「族長⁉」
カユンの言葉にメルドゥがあわてて声を上げた。無理もない、降将であるゼフォルに軍の進退を考えさせるなど、大胆なことだ。歴史上こういったことがなかったわけではない。特に北部異民族の歴史で捕虜になった帝国人が参謀や部将を務めた歴史がなかったわけではない。それだけ帝国人の教養は深いのだ。しかしそれでも時間というものがある。まだ降ったばかりのゼフォルはまだその例外なのだろう。
だが、信用はされているのだ、ゼフォルは内心喜びつつも、その鉄面皮を維持してそれを悟らせなかった。
「カユン様、もちろんお役に立ちたいとは思っております。しかし私はこのガルド族のもとに来たばかり、あなた様の軍団の特色も知らぬのです。まず、軍の情報を学ばせていただけないことにはお役に立てません」
「ほう?お前は書物の理解ができてここぞというときに生かせる人間ではなかったんのか?」
カユンの言葉に少し怒気が混じったような気がするがこれはブラフだ、この程度で腹を立てる男なら今日ここまでゼフォルを生かしておかないだろう。あくまで冷静にどうすれば役に立つかをゼフォルは心がけた。
「敵や書物以上に己を理解しないというのは三流以下です。失礼ながら先ほどの問いの解釈をカユン様の手に委ねましたが、少なくとも基本はおろそかにはしません」
「ハハハハ!そういうことならば良い!メルドゥ!こいつにわが陣営を案内してやれ!三日後また呼びだす!」
「か、カユン様⁉」
「不服か?」
「い、いえそんなことは……」
さきほどから話しているが、カユンとメルドゥは仲があんまりよろしくないらしい、カユンはともかく、メルドゥは多少は頭が回るかもしれないが、気が利かない。この少しの付き合いでもわかった。
「ご教授、よろしくお願いしますメルドゥ様」
「……」
そう前々職のように恭しく頭を下げるゼフォルだがメルドゥの反応は芳しくなかった。
ガルド族にゼフォルが降って数週間がたった。ゼフォルのもたらした情報によってガルド族は帝国軍の物資集積所を効率よく襲撃し、その戦力を大幅に拡充させていった。
また、それに伴う戦力の増強と、襲撃の成功により、ガジュ公国軍を構成する氏族の中でも頭一つ抜けた発言力を持ち、公族であるガジュ族ですら無視できぬ力を持ち始めていた。
「それであの女の身元は洗えたのか」
「は、はい」
戦勝の勢いで歓声の上がるガルド族陣地の奥、族長であるカユンが腹心のメルドゥを呼び出していた。
ガルド族の中心でもあるこの二人が語る内容は、今や一族の繁栄のカギとなった女のことだ。態度ではゼフォルのことを認めたカユンだが、族長として万全を期さなければならなかった。少なくとも、至近の勝利を素直に喜ぶ一兵卒のようにはできなかった。
「ゼフォル殿の事ですが、帝国軍に探りを入れている者や、ガジュ族に協力している王国軍の仕官型から仕入れた情報によりますと――」
「前置きはいいから結果だけ話さんか」
「し、承知しました。ゼフォル将軍ですがもともと使用人上がりの将校でございます。その後、帝国の内戦や王国との戦いで功を上げたそうです」
「で、なぜやつはこちらに降った?」
ゼフォルの来歴から話そうとするメルドゥに、長くなりそうな予感を感じたカユンは結論を急いた。
あいかわらずこの男は気が利かない。自分の集めた情報すべてを開示しないと気が済まないのだ。
「そ、それはどうにもゼフォル殿は王国に敗れて一士官にまで落ちぶれてしまい……」
「それはとっくに知っておる」
「す、すみません、そして今回の北部の戦いに回されたとき、ノボク族との戦いで功を上げましたが、その後の軍議でいざこざがありこちらに出奔したのは本当のようです。あのベラムトの不興を買い、直属の上司であるエスメルなるものにも庇われず、あのような刑罰を受けただとか」
「ふむ……」
長年北部方面軍と戦っていたカユンとしては妙なところがあった。あのベルズーフの脇を長年固めていたベラムトがそんなことをするかと思っていたのだ。あの男はベルズーフの部下らしく、士気も堅実で、みだりに部下に暴力を振るうような人間でもない。ひょっとしたらもういい年なので耄碌しているのかと思ったが、それは余りに希望的観測すぎた。
「王国の連中はどういっていた?」
「奴ら随分と手を焼いたようで本当に詳細な情報が集まりました。悪魔の給仕ゼフォル。戦争の才と武勇だけに特化し、情けも容赦もない。しかし功名心が高く、軍を独裁的に運用する。そういった弱点をついてようやく倒したとのことです」
「あのお高く留まった王国の連中がそういうのだから、実力は本当のようだな。良い情報だ。してガジュ族の連中には察知されていまいな」
「えぇ、そこはぬかっていません、奴ら北方での帝国との戦いにゼフォル殿が参加している噂を聞いたときからずっと話題にしており、聞いても不自然がられませんでした」
「で?そのゼフォルの怪我の具合はどうなのだ?」
「それが良くわからんのです」
「わからない?」
「軍医に診察させましたが、ただの傷ではないようでどこか妙なのです。ゼフォル殿本人が言うには帝国中央で研究されている呪いのような魔術だといっております。見せしめのように実験台にされたといっておりました。まるで拷問のような跡と痛みだけが残り、治療もままならず、包帯をはがせばゼフォル殿が激しく痛むと暴れるのでどうにも手が付けられませんでした」
「なんだそれは……」
帝国が公国より進んでいるのは何も技術や文化だけではない。魔術だってそうだ。その才能はすべての人類にまんべんなく与えられているとは言うが、具現化させられるのはごくわずかだ。カユンですら結構な割合でいる身体強化を無意識に使っているだけにすぎず、公国の魔術師といえばせいぜい生活用の炎を吐ければ十分といった所だ。
それに対して帝国や王国は建国の歴史には魔術師がいた。その大人口から選ばれた魔術を使える者を優先して貴族として召し抱え、貴種として血脈を紡いでようやく魔術兵が編成できるという割合だ。とてもではないが魔術の知識や技術で帝国に勝つことはできなかった。
「それでは奴の本領を発揮できないと?」
「えぇ、傷が治る兆候もなく、なんなら数年程度でしか生きられないのではないかと」
その報告にカユンの内心は複雑だった。王国の話が本当なら、ゼフォルが降ったのはガルド族にとって吉報だ。かなり頭が回るのはここ数日だけで実績があるし、ここにその武勇が上乗せされるなら鬼に金棒だ。
今のところガジュ族にも隠し通せており、もしガルド族が公国の実権を取って代わろうとするとき、思いがけない切札になるだろう。
傷が治らないのも、それはそれで都合がいい。人並み外れた武勇を持つものを囲っておくのは至難の業だ。よほど優秀な監視兼護衛をつけなければならないし、馬一つ与えただけで逃げられてしまう可能性もある。
だがあれだけの重症なら、その心配はない。このノルン平原は平気で野生動物がうろつき、公国になったとはいえど氏族同士の喧嘩という名の殺し合いが絶えない大地だ。重症負った女一人、逃げようと外に出てれば次の日には奴隷になっているか、死んでいるだろう。
そしてなにより降将であるゼフォルはこのガルド族に人脈などというものはない。現状、役にたつ駒としてカユンの庇護下にいるだけなのだ。
「それとですねゼフォル殿は――」
「あぁ、もうよい、大体のことは分かった」
まだ話を続けようとするメルドゥの話を手を振って遮る。
この男も、カユンが他の頭の回る者を粛正して仕方がなく登用したが、最近自我を良く出すようになってきた。そろそろ扱いを考えなければならない。
もし、ゼフォルが本当に役に立つならば、メルドゥと同じような立場に就けてしまおう。そうすれば彼もライバルができて焦るだろう。それにゼフォルの命などこのカユンの胸三寸で決まるのだ。もう先が長くなさそうなのも悪くない。変に取り入って増長する前に死ぬからだ。
どう転んでもゼフォルは良い道具として仕えるだろう。そうカユンは判断した。