「いやー先鋒だけですごい数と思いましたが本軍はもっとですね」
「あれが……本隊」
ヴァン・ウィルベートの高い櫓の上でゼフォルとエスメルが場外にいる雲霞のごとき大軍を見下ろしていた。ついにロッソ王国の本隊が到着したのである。その数は10万を超え、ヴァン・ウィルベートの周囲を人の山で埋め尽くしていた。
あまりの大軍に戦慄する。エスメルの隣で平静を装って入るがゼフォルも内心では焦っていた。生まれてこの方あれほどの大軍は見たことがない。
「正直に言って欲しいのだけれど勝てると思う?ゼフォル」
「ロッソ王国の有名どころが全部いますねぇ、あっ!あれは王族の旗印!王族も来てますねぇ」
不安の色を隠せないエスメルがゼフォルに声をかけるが公爵家の秘蔵の品の双眼鏡に夢中のゼフォルは気が付かず大きな独り言をつぶやき続けていた。
「ゼフォル!無視しないで!ってか私にも見せなさい!」
「おっと!失礼いたしましたお嬢様、心配ご無用です、ご先祖の作ったこのヴァン・ウィルベートの堅城を信じてください、この城を落とすにはさらに倍はいりますね」
「慰めはいいわ、ゼフォル、私は耳障りの言い言葉を聞いて破滅するような人間になるつもりはないわ」
ゼフォルの少しふざけた態度にも構わず、冷静にエスメルは言った。その目に迷いは感じられず、ゼフォルが本気で言ってるわけではないとわかっているようだ。
数日前の初陣でエスメルは一皮むけたようにゼフォルは感じていた。
これまでも軍学はよくできているとはおもっていたが、やはり実戦は良い刺激になったらしい、あれ以来エスメルはゼフォルとの軍議でよく質問の数も増え時には異議を唱えるようにもなっていた。
「正直に言えばあれが本気で突っ込んでくれば落城は必至です。どうにもなりません」
「だからこうして少なく兵士を配置したのでしょう?」
ゼフォルの言葉に重ねるように得意げにエスメルが言った。
作戦を完全に理解している。本当にあの一戦だけでずいぶん成長したように感じる。
「その通りです、我々の勝機はあの大軍がこの要塞を迂回してどっかに行くことです。そのために兵士は少なく配置しました」
現在ヴァン・ウィルベートの城壁の上には動ける3千の兵士が並んでおり、4千ほどいる負傷兵や少年兵を無理やり立たせるようなことはせず城内で無理のない業務に配置していた。この戦いで足手まといの兵士を壁上に並べても付け焼刃程度にしかならないどころか敵にいらぬ警戒をさせると考えていた。
以前エスメルの会議の時に語ったと同じようにゼフォルの狙いはこのロッソ王国の10万がとっとと帝国中央に攻め込んでこのヴァン・ウィルベートには留守程度の兵士を置いておくことである。そのためいたずらに兵士を並べて1万近い兵士がいますよと馬鹿正直に教えては敵は留守の兵力を置くよりも力押しで落としてしまうという選択をするかもしれない、だが城内に3千程度しかいないと思えばきっと間違いなく王国軍はこんな損害ばかり出るような城にかまわず、戦争を終結させるため本体を迂回させるだろうと踏んでいた。
「博打みたいな作戦ね」
「私は勝てると踏んでおりますが」
「迂回するのを祈るしかないのは分かるけど。迂回した王国軍がイスペリア帝国を滅ぼしちゃったらどうするの」
「今の私たちではどうにもならないことです。悩んでも仕方ありません、たかが10万そこらの軍勢に攻め滅ぼされるなら帝国もそこまでだったということです」
きっぱりと言い切ったゼフォルにエスメルは目を丸くした。こういうところはまだ子供だと少し思った。
「あなたは帝国が滅ぶと思う?」
「いつかは」
「そうじゃなくて目の前の軍勢によ」
「それならば否だと思います」
「何故?」
「敗れたとはいえ帝国軍はまだ温存している兵力は多いのです。危機に直面した国からは逸材がわくものです、これまでの帝国軍では負け続けるでしょうが、そういった人材が実権を握り適切な指揮をすればいくらでも跳ね返せます」
「あなたらしくないわね、運任せじゃない」
「鏡と目の前をご覧ください、誰が一介のメイドが将軍になると思いましたか?誰が継承権のないに等しい女の子が総大将になると思いましたか?この広い帝国に私たちより優れているものが0ということはないでしょう?」
「そうね、少しうぬぼれていたかもしれないわね」
「お嬢様のご心配はごもっともですが遠い帝国中央のことなど私たちにはどうにもなりません、どうにもならないことはこうなるといいなぁくらいに考えて、目の前の最善を尽くしましょう」
ゼフォルの言葉にエスメルはコクリとうなずいた。
「いけぇ!イスペリアの城塞を粉砕せよ!」
「ロッソの侵略者を追い出せ!」
そんな怒号がヴァン・ウィルベートの高い城壁のいたるところで吠えていた。ついにロッソ王国の総攻撃が始まったのである。
イスペリア帝国の将軍であるゼフォルは総大将のエスメルとともに高い外壁のさらに一回り高い尖塔の上で指揮を執っていた。
指揮を執りつつも隙があれば弓をつがえ、目立つ甲冑を着たロッソ王国の指揮官を射落とした、これもまた公爵家の上質な品で気に入っていた。その隣ではエスメルが魔術で敵の一団を消し飛ばしている。
10万を超えるロッソ王国の総攻撃だが、ヴァン・ウィルベートの高壁はうまいこと機能し、その侵攻を阻んでいた、死ぬのはロッソの兵ばかりでイスペリアの損害はいまだ軽微だった。
戦況の推移はおおむねゼフォルの考えた通りだった、通常の歩兵による突撃でこのヴァン・ウィルベートが落ちる確率はゼロだ。今もロッソ王国の兵士が必死に梯子をかけようとするがまず長さが届いていない、それでも何とか登ろうとする兵士たちには過剰すぎる兵器が牙をむいていた。
「なんだよこの矢の量⁉おかしいだろ⁉」
そう叫んだロッソ王国の兵士が一瞬で矢ダルマになり梯子から落ちていく。
「城壁に刃?うぁぁぁぁ⁉」
城壁から飛び出た刃が梯子を切断し多くの兵士が真っ逆さまになった。
ヴァン・ウィルベートはまさに奇天烈兵器の見本市のようだった、城壁に取り付けられた連弩が百本単位の矢を降らせ、城壁から飛び出る刃が上っている兵士を両断する。
その様子を見ながら楽しそうにゼフォルがエスメルに言った。
「お嬢様のご実家おすごいですね」
「言い方がなんかいやよ!」
「お嬢様にお友達ができなかったのが残念でありません。こんな面白実家いくらでも自慢出来ますよ」
いつもの冗談まじりにエスメルをからかうゼフォルだが、内心でも大興奮していた。いつもの鉄面皮とクールさも鳴りを潜めている。あの奇襲の時とも違う、一方的に敵を打ち下ろすとでもいえばいいだろうか、そんな感覚がこの防衛戦にはあった。メイド業務の傍らこの城面白そうなものがたくさんあるとは思っていたが実戦で火を噴く姿を見るとなるほどとても強力だと関心しきりで戦場だと言うのに痛快だった。
「それより!来たわよ!あなたが警戒しているやつ!」
興奮仕切りのゼフォルをいさめるようにエスメルが指をさして叫んだ。
ロッソ王国とてこの状況を指をくわえて待っているほどの馬鹿ではない、兵器でハリネズミのように武装した城壁を突破するため、あちらも巨大兵器を繰り出してくる。見上げるような攻城櫓、すべてを突き崩す衝車、奥のほうには投石器を組み立てているのが見えた。
力技でヴァン・ウィルベートを突破するならばそれは巨大な兵器によるものだろうとゼフォルは確信していて、エスメルとも共有していたが、それらの兵器を眺めた時、ゼフォルの心には勝利への核心と、少しの嫉妬心だった。
「ふふふふふ。お嬢様のご家族は盆暗でしたねぇ。聡明なお嬢様と違って」
急に家族をけなしだしたゼフォルにギョッとするエスメル、しかしそれも構わず満面の笑みをしながらゼフォルはつづけた。
「仕方がありませんよ、こんな立派な要塞に住んでちゃぁダメにもなります。ご先祖のピエール様はもっと柔らかく作るべきでした」
そういうと弓を置き赤く塗られた旗を振り上げた。
「対攻城兵器用投射機撃ちなさい!」
ゼフォルらしくない全力の声で叫ぶように指示を出し、旗を振り上げた、そうするとゼフォルの背後からガコンという鈍い機械音とともに巨大な岩が複数発射された。
その岩はヴァン・ウィルベートの高壁を軽々と飛び越え、放物線を描きながら、ロッソ王国の攻城兵器群を破壊した。それとともに城内から歓喜の声が上がり、反対に城外からはそれ以上の嘆きの悲鳴が上がった。
対攻城兵器用投射機――このよくわからない名前の兵器はゼフォルもみつけた当初はよくわからなかった。試作品の珍兵器かと思えば城内にやたらと配置されており、車輪もついていない持ち出せない投石機を城に配置してどうするのかと設計者のピエール・ウィルベートも偶には変なものを作ると思っていたが、調べれば調べるほど合理的な兵器だった
攻城兵器というものはその破壊力に比例するように大きく、重いものである。そんな兵器を運用するならばおのずと通る道は限られてくる。そこに注目したのがこの兵器だ。設計思想はあまりにも単純、攻城兵器の通るであろう進軍路に岩を降らせるというあまりに乱暴な兵器であった。
ゼフォルも論理はわかるが最後までその効果に半信半疑であった。しかし目の前の光景に考えを改めざるを得なかった、面白いように着弾地点を通る敵兵器を見て過去の英雄ピエール・ウィルベートは間違いなく自分を超える天才だということを認識しなければならなかった。
ロッソ王国の攻城兵器が続々と破壊されていく、何とか城壁に取りつかせようと必死に前進させるがそれでも届かない。悔し紛れの投石が飛んでくるが充分に距離を詰められないロッソ王国の投石が届くわけもなく城壁下の味方の兵士をつぶすだけでむなしく破壊されていく、投射機は城壁の上ではなく、城壁内のもあるので王国に対攻城兵器用投射機を攻撃する手段もなく一方的になぶられ続けた。そしてついに兵器を運用、護衛する兵士たちも逃げ出し、ただの的と化した攻城兵器は次々に破壊された。
兵士どころか両軍の指揮官すべてが動揺していた。ロッソ王国の指揮官はあんぐりとぼうぜんとし、イスペリア帝国側は、総大将のエスメルはその大きな瞳をさらに丸く見開き、副将であるゼフォルはひたすらにくすくすと笑っていた。
通常攻城戦は守る側が有利なだけの消耗戦だ、野戦のように勢いに乗ってワンサイドゲームが繰り広げられるような戦いではない、しかしこの光景はまさにワンサイドゲームと呼ぶにふさわしかった。
「敵の攻城兵器は沈黙したわ!これでヴァン・ウィルベートの高壁が破られることはない!全軍ここが踏ん張りどころよ!」
真っ先に我に返ったエスメルが全軍に指示を出す、少し遅れてゼフォルも指示を出した。
「敵に決定打はもはやありません。恐れることは1つもないのです」
その後は一方的な戦いだった。ロッソ王国は高壁の下に骸の山を作り上げ、城壁の上のイスペリアの損害は軽微であった。
それでも全軍をあげて城壁を埋め尽くす勢いで攻めかかれば王国軍も勝てただろうとゼフォルは考えていたが、勝戦の最中にそんな損害ばかり大きい戦い方をしてもついてくる兵はいないと踏んでいた。
予感は当たり、菓子に群がるアリのようだったロッソ王国軍は引き返し始め、後には死体と矢玉、瓦礫だけがヴァン・ウィルベートの城壁のたもとに広がった。
完全に撤退するロッソ王国を確認し、城内の兵士にも交代での休憩を指示も出し終わりヴァン・ウィルベートの城内でエスメルとともにゼフォルは小休憩に入っていた。
「完全勝利ですよお嬢様、ここまで一方的に勝てるとは私も思いませんでしたよ」
平時に戻ったことで普段の鉄面皮を作ろうとするゼフォルだがそれでも口角が吊り上がるのを止められなかった。
内心でもエスメルの前でなければ小躍りしたいくらいだった。
「そうね、あの大軍をこうもあっさり撃退できるとは思わなかったわ」
喜びを隠せないゼフォルにエスメルも答えるが少し浮かばない顔をしていた。
「いやぁメイド長に何かおいしいものでも作ってもらいましょうか」
「ねぇゼフォル……あなた今、油断していない?」
「……」
その言葉はゼフォルにとっては衝撃だった。図星だったからである、早急に舞い上がった頭を冷やすと羞恥心がゼフォルを襲った。
本来ならば年上として、その言葉はゼフォルがエスメルにかけるものであるはずだった。
「えぇ……そうでしたね、今私は油断していました。申し訳ございません」
「そ、そんなシュンとしないでよ、あなたが結構調子に乗りやすいのは昔からでしょ」
そうエスメルから言われて、そんなことはないはずと思い返すが、案外思い当たることしかなかった。しかし、しかしである。まさか戦場でもこうもなるのは意外であり今ここで咎められてよかったとむしろ感じていた。
「いえ、将軍として恥ずべきことです、今後も私が浮かれていたらお咎めください」
「当然よ」
ゼフォルの失態にむしろ嬉しそうにエスメルは答える。
この二度目の戦いでエスメルの才能を本物だとゼフォルは思っていた。
自分がついていたとはいえ初陣のような動揺はなく、ヴァン・ウィルベートの特殊な兵器を指示を出している時には指揮権を完全に委ねたがその時の指示も的確で、魔法を打ち込む場所もよく敵の要所要所に打ち込んでいる、そして戦場の才覚以上に今回ゼフォルに意見したことも評価していた。
普通、エスメルくらいの年齢の高位の貴族など親につけられた側近の傀儡だ。特にこの極限状態では余計だろう。事実エスメルの兄弟には周りの世辞にいい気になってるだけの連中が多かった。もちろんそのような関係をエスメルと築きたい訳ではない、今は年齢の分リードはするがゆくゆくは対等の関係になりたかった。
それがまだ15にして早くも自分の手を離れつつある、問題があれば最側近である自分に臆さずしっかりと咎めてくれている。
ゼフォルはエスメルの成長に大いに満足していた。