メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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自己犠牲

 軍議を切り上げた後、ゼフォルはカユンの天幕に呼び出された。周囲にはカユンの信頼する武官しかいない。彼らに頭脳労働はできないので作戦についてはまさにゼフォルとカユンの一対一の状況であった。

 

「まずは、俺は発言を訂正しなければならん。お前の言うとおり、持てるものだけ持って引くべきだった。さすれば今ごろ、閉じ込められたガジュ族の無能を笑いつつ、帝国の背後をつけたものを」

 

「いえ……私も正直、あの撤退は自身の策が有力者の方々を差し置いて通ることを期待したのものであって、ここまで帝国軍が速いとは思っても居ませんでした」

 

「そうか……敵将はエスメルといったな。お前と共に活躍したという将だ。なぜ言わなかった?」

 

「彼女はこの地の帝国軍のナンバー2です。猛々しい性格でもなかったので、わざわざ前線に出てくるとは思いませんでした」

 

「そうか……わかった。では今後のことだが……お前ならどうする?」

 

「メルドゥ殿は余計なことをしてくれました。今回の戦力の逐次投入で公国軍はめっきり勢いを失いました」

 

「あのバカ者めが!」

 

 メルドゥの名前を出すと。カユンはこらえきれず激高した。あの時ガルド族に公国軍の指揮権はあったのだ。メルドゥが音頭をとった結果、各氏族が抜け駆けを競っての突撃となったが、カユンがしっかりと要請を出して、連携すればまだ突破の目はあったかもしれない。

 今回の失態もあってメルドゥはこの場に呼ばれなかった。

 

「はっきり言って、危機的状況です。このまま我々はピレンネに閉じ込められ、全滅までなぶられるでしょう」

 

「本当にはっきり言ってくれるな」

 

「降将ゆえ、しかし一つ策はあります」

 

「いってみろ」

 

「帝国と密かに和を結ぶのです」

 

「俺に降伏しろと?」

 

「いえ、講和です……と言いたいところですが降伏といっても差し支えありません」

 

「なっ……!馬鹿を言うな!そもそも降ったらお前は間違いなく帝国に殺されるぞ!」

 

 そうはっきり言いきるとさすがのカユンもたじろいだ。わざわざゼフォルの身の安全を心配してくれたが、それを無視してゼフォルはつづけた。

 

「それです。カユン様は他の氏族と違ってこの私を抱えているのです」

 

「どういうことだ!」

 

「残念ながら公国はここまでです。エスメルだけではなく、続々と帝国の主力部隊がこの地に集っているでしょう。この戦い我々の負けです。ですから戦後のことを考えなければなりません」

 

「戦後……か……」

 

「王国に与し、公国などという大層な看板をひっさげたガジュ族は間違いなく殲滅されるでしょう。しかし帝国も、まさか文化の違った多様な氏族すべてを統治しようなどと思いません。必ず王国がそうしたように都合のいい人材を代表に据え、傀儡政権を立てるはずです」

 

「俺に傀儡になれというのか」

 

「えぇそうです」

 

「貴様!」

 

 カユンの容赦のない鉄拳が、ゼフォルの顔を打ち抜いた。だがゼフォルは構わずカユンの顔を一点に見据えていた。

 

「とてつもない屈辱でしょうカユン様!しかし糸に繋がれていても代表は代表!大局の舞台に上がることはできるのです!少なくともただの敵対勢力としてごみのように殺されるよりは何倍もマシです。公国は所詮、寄り合い所帯です。もうすでに帝国に接触している者もいるはずです!」

 

「ぐぬぅ……」

 

 呻くカユンに、案の定公国軍は空中分裂しつつあるとゼフォルは確信できた。ガルド族の密偵部隊の情報はゼフォルにも回ってこない。しかしこのカユンの反応一つで十分だった。

 

「はっきり言って、帝国からすればガジュ族以外のどの氏族もどんぐりの背比べです。傀儡にするにしてもせいぜい己にどれだけ忠実かくらいしか考えないでしょう。そんな中裏切り者である私を手土産に降伏すれば、必ず帝国は気を良くして、カユン様を傀儡に選びます」

 

「お、お前は本当にそれでよいのか⁉」

 

 ついに冷静さを崩さなかったカユンが大きく動揺し、ゼフォルに当たり散らした。しかしその内容はむしろ冷酷な彼らしくない思いやりに満ちたものだった。

 

「良いのです」

 

「なぜそうすぐに諦められる!」

 

「もともとこの体です。長くはないのは分かっていました。きっとことが上手くいったとしても、私はカユン様の覇道の果てを見ることはかなわなかったでしょう」

 

「今更!覇道だと」

 

 そう包帯の隙間からまっすぐと視線を外さずゼフォルはカユンに告げた。この戦況にあまりに似つかわしくない景気の良いことを言い出しカユンはもはや戸惑っている。

 

「ええそうです。そして私は潰えてもカユン様の覇道はここで潰えることはないのです。お願いします。カユン様。一時の恥を捨ててどうか覇者におなりください」

 

「俺にまだチャンスがあるだろうか、このピレンネで無様に負けた俺に」

 

「敗戦はむしろ人を変えます。わたしとて王国に負けた後、ずいぶんと思考が変わりました。いくら負けても死にさえしなければチャンスはいくらでもあります」

 

「だが……」

 

「えぇ、勿論、そんな頭でっかちな哲学者がのたまいそうな人生論だけを説くつもりはありません……本分である戦術家としても説かせてください」

 

 そうゼフォルが求めればカユンは黙って続きを促した。ゼフォルは遠慮なく口を開いた。

 

「帝国はこの戦いでこのノルン平原とそこに住む元公国の民を支配するでしょう。しかしその支配は完璧ではありません。ただでさえ南部小国家群という占領地を抱えているのに、新たに広大なノルン平原を抱えれば必ずその支配に綻びが出ます。そうなれば忠実な傀儡であるカユン様は大きな権限がいずれ渡されるでしょう。そしてそして王国との戦いも不安定な二つの占領地を抱えてはうまくいくことはありません。きっと戦いは長期化します。さすればいずれ機が回ってくるはずです」

 

 そう説明するとカユンは大きく、それは大きく息を吐いてゼフォルに向き直った。そこには先ほどまで取り乱した姿はない。ガルド族の頂点として、冷徹な支配者としての風格が戻っていた。

 

「そう……だな。その通りだ。俺はもう一度再起する。そして次は帝国に勝って見せる

 

「カユン様なら成し遂げられるでしょう」

 

「だがそのために俺は!人生で一番の忠臣を失わなければならないのか!」

 

「時勢が悪うございました。これほど生まれを呪ったことはありません……私もこの北の大地で生まれていればもっと早くカユン様にお仕えできたものを」

 

「あぁそうだ!お前がもっと早く麾下にいてくれればこの戦いどころかベルズーフにも負けなかっただろうよ!ゼフォル!お前は帝国の畜生どもに傷つけられた傷が気にならぬほどその魂が美しい!必ずや俺はこの大陸を獲って見せる!そうすればお前がどこで生まれ変わっても必ず俺のところに来てくれるだろうからな!」

 

「過分な御言葉……そのお気持ちだけで、ゼフォルは報われます」

 

 そうゼフォルのことを絶賛してくれるカユンに、ゼフォルは包帯の隙間からさめざめと流れる涙をこらえ、頭を下げた。

 

 

 

 カユンに最後の別れを終えたゼフォルは、ガルド族の一団に護送されながら公国軍の陣地を離れた。

 その一団の数は約100名程度。護送されるのはゼフォルだけではなくこれまでの戦いで捕まった帝国軍の捕虜も数百人引き連れられている。

 これもゼフォルの入れ知恵だ。どうせ和を結ぶならできるだけカユンの帝国からの評価はあげておいた方が良い。ゼフォルを引き渡すついでに解放してしまおうと提案したのだ。

 

「本当に立派なことだ、ゼフォル殿、君もまたガルド族の勇士の一人だ」

 

「そう呼ばれるにはあまりに歴が短かったかと」

 

 一応、帝国への手土産となっているので、荷馬車の上で縄で繋がれながらガタゴトと揺られていると。この一団の責任者であるメルドゥが声をかけてきた。

 彼はこの交渉の担当を任されていた。あんな失敗をしておいてカユンもこんなやつを起用したくなかっただろうが、帝国との交渉という任に堪えうる最低限の頭脳を持っていて、格式のある人物など腕っぷしばかりのガルド族にはこいつしかいないのだ。

 

「いやいや、素晴らしい自己犠牲、どの古参の強者でもできないことだ。誇ってくれ」

 

 今も犠牲になろうとするゼフォルを気遣うようなことを言っているが、顔がにやけているのを隠しもしない。

 何だかんだで多少頭の回るメルドゥは自分の腕っぷしの弱さをわきまえている。物事が武力での衝突から交渉に代わって、ようやく本来の活躍ができると息巻いているのだ。さらにこの任務で自らの立場を脅かしかねないゼフォルを生贄に使えるのだ。

 彼からしたら功績もあげられるうえにライバルを完全に消せていいことしかない。内心ではうれしくてしょうがないだろう。

 そう上機嫌なメルドゥに呆れながら一団はピレンネ山間部の入り口まで到達しようとしていた。帝国捕虜を連れた一団などほかの公国軍からしたら怪しくてしょうがないが、敗れたばかりの公国軍はそのほとんどが陣地に籠ってしまっており、ゼフォルたちの歩みを止める者はいなかった。

 もう公国軍はこないだろうという距離まで離れたところで堂々と武器を抜かずに進んでいく。そのまま出口に差し掛かると、すでにちらほらと帝国軍の斥候が見える。相変わらず動きが早いと思っていると、あっという間に帝国軍の部隊がゼフォルらに迫った。

 

「待たれよ!我々は戦いではなく、交渉を求めて参ったのだ!」

 

 そうメルドゥではなく、彼の側近らしき兵が叫んだ。メルドゥは一歩引いて成り行きを見守っている。相変わらず肝の小さいことだ。

 しかし人選だけは確かだったようでよく通る声に帝国軍は動きを止めた。そして少しざわざわとすると、かき分けるように一人の指揮官が歩み出てきた。燃えるような赤髪に、佐官向けの防寒コートを纏った美女、アルセリアだった。

 

「そちらが望みなら取り次いでやろう。責任者は前に出るがいい」

 

「わ、私だ!私が交渉の全責任を任されているメルドゥだ!」

 

 さんざんに負かされたトラウマがよみがえったのか、メルドゥは偉ぶってはいるもののどこかその声が上ずっている。それに対してアルセリアは護衛の兵こそ引き連れているものの、公国軍の一団を前にしてあくまで自然体だ。少なくとも指揮官としての風格は一目瞭然だった。

 と、いうより恐らくアルセリアは戦ったはずのメルドゥの顔すら覚えていないようだ。おおかた後方に籠っていたであろうメルドゥを視認することがなく。にげていく後姿くらいしか見ていないのだろう。

 

「見たところわが軍の捕虜がいるようだな、彼らは開放してくれるということでいいのか」

 

「そ、その通りだ!この捕虜達の開放は我らのガルド族の誠意!それにだ!貴殿らにとっての裏切り者であるゼフォルも手土産で連れてきている!」

 

「なっ⁉ゼフォルだと⁉」

 

 だがゼフォルの名前を聞いて、流石のアルセリアも驚愕していた。今度はメルドゥはしてやったりという顔をしている。

 何か考えがあるのかもしれないが、ゼフォルからすれば悪手としか思えない。捕虜たちは人数が多く、隠し通せるものではないが、ゼフォル一人くらいならどうにでもなる。本来なら隠し通して交渉中に切り札として出せばいいのに最初から切るのは何を考えているのだろうか。

 

「……私は奴の顔を知っている。まずゼフォルを差しだせ」

 

「し、しかしその前に取次を……」

 

「そんなもの確認が取れればいくらでも取り次いでやる!とっとと出せ!」

 

「わ、わかった!」

 

 アルセリアは周りに公国がいるのもかまわず、護衛の兵とともに、既に目と鼻の先まで迫ってきていた。これに答えないわけにはいかなかったのかメルドゥも同数ほどの兵と共に前進し、ゼフォルは縄で引きずりだされた。

 

「ど、どうだ!確実に本物であろう!」

 

 ゼフォルはアルセリアの眼前に晒された。久々に目が合うが、まるで己のような底冷えした鉄面皮をしておりどんな感情をしているかわからなかった。

 

「あぁ……確かに本物だ。認めよう」

 

「で、では!」

 

「貴様らの誠意はよく分かった。私はアルセリア・エインへリル、大佐の階級を持っている。すぐにでも上に掛け合おう」

 

「!そ、そうか。感謝しよう!」

 

「ただし、こいつの身柄はもう私の物だぞ」

 

「もちろん!そのくらい構わん!」

 

 アルセリアに認められて、ようやく肩の荷が下りたかのようにメルドゥは調子を取り戻していた。

 一方でゼフォルは帝国軍に引き渡され、兵士どころか直接アルセリアに連行されていった。

 

 

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