メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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交渉?

 アルセリアにひっ捕らえられたゼフォルはあれよあれよという間に帝国軍陣地、それも奥の方にまで連行されていた。その道中、帝国軍の様子を観察できた。

 もう公国軍は力によってピレンネを脱出することはできないだろう。唯一通れる狭い山間の道を塞ぐように、びっしりと陣地が敷き詰められていた。これではもうご自慢の騎兵部隊すら活用できない。兵力もすでに数万を超えている。それだけでしっかりと計画立ててピレンネを包囲していることが分かった。

 そうして眺めているとついに本陣にまで連行される。一番豪華な天幕をくぐると。そこにはこの帝国軍の総司令官であるエスメルが座っていた。

 

「閣下、ゼフォルをお連れしました」

 

「ご苦労様、どうやら本物のようね」

 

「つきましてはガルド族は帝国側に立ちたいと……」

 

 久々に見るエスメルに気を取られて反応が遅れたが、この場には帝国軍の指揮官だけではなく、メルドゥ率いる公国の者たちも一緒だった。今まさに交渉が始まろうとしていたのである。

 こちらを認識したメルドゥはまさに玉を得たといわんばかりにエスメルに媚を売り始める。だがそんな言葉とは無関心とばかりにエスメルはゼフォルを見つめていた。

 

「少しお待ちください。メルドゥ殿、まずはこの裏切り者に罰を与えなければなりません」

 

「ば、罰ですか?」

 

「まぁよくお聞きになってください。大佐!そこの裏切り者に鞭打ち……100回よ!」

 

「かしこまりました!」

 

「隣の天幕を使いなさい。裏切り者の声が良く聞こえるように」

 

 そうエスメルがアルセリアに命令するとアルセリアに隣に連行された。

 

 

 

 

「んぎぃ!がぁっつ!」

 

 鞭の品る音と、打撃音、それに合わせて、ゼフォルの悲鳴が響き渡っていた。アルセリアの振るう、彼女の膂力が乗った大人でも一撃で気絶させるだろう一撃がゼフォルに迫って……いなかった。

 

「ぐぎぃっ!んにゃぁぁぁ!」

 

「変な声出すな」

 

 アルセリアが鞭を振るって……地面に打ち立てていた。それに合わせてゼフォルが絶叫しているフリをしているだけだった。むしろゼフォルは着ていた目深いフードを取り払っていつもの鎧に着替えていた。

 

「そろそろ気絶したことにするか……いやゼフォル、本当によくやってくれたな」

 

「私がこの程度で気絶するとでも?」

 

「せっかく褒めてるんだから変なところで突っかかるなよ」

 

 着替えつつゼフォルは絶叫の真似すらやめてアルセリアと普通に会話を始めた。とても裏切り者とは思えない、和やかなものだった。

 そのまま包帯を外すと変わらず大量の傷が残っている。しかしそれにも構わずゼフォルは渡されたタオルに何かの液体をしみこませ、顔の傷にかまわずぬぐった。

 そうするとどういうことだろうか、みるみるとゼフォルの傷が落ちていき、いつもの自慢の美貌がよみがえった。

 

「すごいなこれ、メイクの一種だったよな」

 

「ウィルベール家のメイド長は優秀なんですよ」

 

 ゼフォルが降ったのは嘘だ。体中にある傷もエルシアの化粧技術の結晶でしかない。彼女がただのメイド長ではなく、諜報や裏工作に精通しているのは知っていた。これもその一環だ。綺麗にするのが一般的な化粧だがあのメイド長は逆もできるのである。まるで本物のようなこの傷跡もなにも痛くない化粧でしかなかった。

 よく調べれば、わかってしまう代物ではある。実際ガルド族の軍医が調べようとした。しかしそこはゼフォルである。これは呪いのようなもので触ると感染するだのあることないことをのたまい。最終的には傷が痛むからと大暴れしてろくに調べさせなかった。

 それにガルド族の医療は帝国や王国に大きく劣っていて、そういった迷信もすぐ信じ込んだのである。これがもしも王国の軍医だったらこんな都合のいい魔術があるはずないと気が付いたかもしれないが、ガルド族は王国に不信感を持っていたので、それも杞憂だった。

 

「よくもまぁ降ったふりして公国軍を意のままに動かしたもんだよ」

 

「そうでもないですよ……って言いたいところですけど我ながらすごかったですよ。私は女優にもなれるかもしれませんね」

 

「お前が劇場に出たら一発で犯人がばれてしまうぞ」

 

「まぁ私は頭がいいので犯人をすぐ見抜けると思うですが……なんでサスペンスものなんですか?」

 

「いや登場人物にお前がいたら九割犯人だろ」

 

「失礼な」

 

 先ほどまで名目上は敵同士だったというのにいつものようにゼフォルとアルセリアは軽口をたたきあっていた。ゼフォルとしても今さらアルセリアに気遣うことはほとんどない。

 

「ちなみにいつくらいから私の裏切りが偽装だと思っていましたか?」

 

「最初からだよ」

 

「そのわりにはすごい声で私に怒っていましたけど」

 

「そりゃ勝手にいなくなられたら怒るさ。だがお前が北部蛮族に寝返ったのは一切信じなかった」

 

 「随分……信頼してくれるのですね」

 

 

 「まさかお前が本心で蛮族に頭を下げるのを許容するわけないだろう。腕っぷしは蛮人顔負けなのに変にインテリなお前が書物も読まない連中に跪くはずがない」

 

「……」

 

 前言撤回だ。相変わらず失礼な奴だった。一体自分をどう評しているのだ。確かに問題も多く抱えているのは自覚しているが、才色兼備の美女だというのに。そう思いつつもこういったやり取りも悪くない。しばらくの間、ガルド族のもとで過ごしたが、こうして久々に本来の陣営に戻るとアルセリアと話せたのがうれしかった。

 

 

 

 顔の化粧を落とし本来の鎧に着替えて、ゼフォルはアルセリアに連れられて本来の天幕に戻った。もはやこの身は帝国軍中佐に戻ったのだ。人目も気にせずアルセリアに続いて入室する。戻ってくると場はある程度の議論が続いていたらしい。

 この本営にはエスメル麾下の幕僚たちがそろっている。勿論副司令官であるクレッチマーもだ。彼ら屈強な強者に囲まれてエスメルは豪華な指揮官用の椅子に君臨していた。

 いつも見ていたが、こう久々に仰ぎ見るとあの小さな少女が大きくなったものである。ゼフォルをして跪いてもいいと思える貫禄を持っていた。

 そしてエスメルにしばらく見惚れて気に留めてなかったが、メルドゥをはじめとしたガルド族の一団も座らされている。特にあのメルドゥはなにやら顔が真っ青だ。あのゼフォルの芝居がかった悲鳴がそんなに怖かったのだろうか

 

「さて、メルドゥ殿、色々と講和案を提案してくれたのは嬉しいけど前提がひっくり返ってしまったわ」

 

「そ、それはどういう……」

 

「いらっしゃいゼフォル」

 

 そう主であるエスメルに言われてゼフォルは一礼してその隣に侍った。総司令官付きの副官なのだから。

 

「な……⁉き、貴様ゼフォル⁉な、なぜこんなところに!」

 

「おやおやメルドゥ殿、もしかして鞭打ちされているはずのわが身を案じてくれたのですか?そうですよね。あの屈強なアルセリアからの鞭打ちを100回なんてたまったものではありませんからね」

 

 青かった顔を驚愕に染めながら混乱するメルドゥ殿にゼフォルはとびっきりの笑顔を向けてやった。才能で己に劣っているというのになにかと立ててやったのはすべてこのためといって良かった。いつもの鉄面皮がゆがんでいくのが自分でもわかる。

 

「はいはい煽らないのゼフォル。私の副官としてふさわしくないわ」

 

「申し訳ありません」

 

「さて、メルドゥ殿、今回の交渉でゼフォルの身柄引き渡しを随分と誇っていたけど前提が違うわ。流石に気づいたと思うけどあなたたちがここまで追い詰められてるのはこの子のせいよ。この子の言うとおり順々に我らの陣地を襲ってあの死地に行ったのよあなたたちは」

 

「な……な……」

 

 エスメルの言葉にメルドゥは真っ青を通り越してもはや土色だ。

 エスメルの語ったとおりゼフォルの降伏は最初から偽装したものだ。まずは小規模な物資集積所の場所をおしえて徐々に信頼を勝ち取っていく。そして公国があの死地であるピレンネを奇襲する目途が付いたらあらかじめ示し合わせていた集積所の場所をおしえて、それを襲わせるのだ。その襲撃がエスメルたちに次はピレンネだという合図になる。

 あとは簡単だ。公国軍のピレンネ攻撃に細心の注意を払い、その攻撃を察知したら帝国はその閉じ込めに尽力する。それだけの作戦だ。

 とは言いつつもこの作戦をこなせるものなどゼフォルしかいないと確信していた。以前ゼフォルが盛大に王国軍に敗北したのは、王国の武官を雇っている公国軍も周知しているだろう。負けた責任で降格させられた恨みで降ると考えられるゼフォルこそ適任だったのだ。

 もっとも、襲撃を信じ込ませるだけの口が回り、帝国軍の立場で考えて絶妙なタイミングで襲撃させるというところまで頭が回るのも自分しかいないとゼフォルは思っていた。

 

「そうでもないと……あなたたちごときにこのゼフォルが仕えるはずないでしょう?」

 

「お嬢様?」

 

 そうエスメルの隣でニヤニヤしているとエスメルが腕を回してきた。そしてまるでゼフォルを覆い隠すかのように抱き着く。

 

「だってこの子は私のだもの」

 

「え……え?」

 

 突然のエスメルの抱擁にゼフォルの頭はフリーズした。戦場に似つかわしくない良い匂いがふんわりと鼻腔をくすぐる。

 久々のエスメルに接近される喜びと、文明度の低い公国暮らしで水浴びができなかったので自分が匂っていないだろうかという心配で顔が赤くなっているのが分かる。

 

「ぜんぶぜーんぶゼフォルの作戦よ。だからメルドゥ殿、あなたは交渉するにも値しないわ。それにさっきまで随分とこの子の悪口を言ってたわね」

 

「そ、そそそれは⁉」

 

 色こそ違えど顔色を大きく変えているメルドゥを見てようやくゼフォルの思考は再開した。先ほどの抱擁はなんてことのないゆさぶりだ。恐らくメルドゥはエスメルとの交渉で大層ゼフォルのことを悪く言ったのだろう。そこでゼフォルがエスメルのお気に入りであることをばらせば、さらなる揺さぶりを期待できる。そうだ。そのためにエスメルは自分に抱擁したのだ。そう判断して舞い上がった思考を戒めた。

 

「けど私も鬼じゃないわ。いの一番に降伏したあなたを悪いようにはしないわよ」

 

 そうあくどい顔をしたエスメルがメルドゥに一方的な要求を始めた。しかしゼフォルは見慣れないあくどい笑みを浮かべるエスメルをぼんやり見つめてあまり聞いていなかった。

 

 

 気が付けば交渉は終わっていて、メルドゥは這う這うの体で本営から追い出された。

 なんとか復活した思考でゼフォルはエスメルの要求を聞いていた。

 まずメルドゥはなんと北部蛮族の次期指導者になってもらうことになった。もちろん字面通りの美味しい話のはずがない。帝国はピレンネに追い詰めた公国軍の殲滅を決定していた。王国に与したガジュ族だけではなくそこに所属する氏族すべて、例外なくである。

 

「さて、やっと帰ってきてくれたわねゼフォル」

 

「え、えぇ……ただいま戻りました」

 

 メルドゥを兵に連行させ、そのまま会議も切り上げてしまったエスメルの自室のゼフォルは呼び出されていた。いや、呼び出されたというにも語弊がある。会議室からこの部屋までぴったりと侍らされてここまで来ていた。

 今この場にはエルシアもいない、本当にゼフォルとエスメルの二人きりだった。

 頭は完全にガルド族の軍師候補であるゼフォルから司令官エスメルの副官ゼフォル中佐に戻っている。入室を許された途端、いの一番にお茶を入れ、エスメルの席に配膳をした。

 

「あーこれよこれ。これがないと一日が始まらないわ」

 

「別にメイド長がいるではないですか」

 

「エルシアのも美味しいけどこれはまた別なのよ。ねぇゼフォル?ガルド族でお茶を振る舞ったりしなかった?」

 

「い、いえ、連中に茶をたしなむ文化はなかったので……」

 

「なら、いいわ」

 

 たかが茶の話で物騒なオーラを纏い始めたエスメルにそう返すとすうっと圧が消えていった。ゼフォルは少し冷や汗をかいていた。

 

「で?どうだった?公国の様子は?」

 

「まぁ想像通りの野蛮人集団で学もなかったです。メイド長をだますよりも簡単でした」

 

「あなたってエルシアだませたことあるの?」

 

「そりゃもちろんありますよ」

 

「サボってたのを誇らしげに言うわね……」

 

 当時は騙せていたと思っていたが、今思えば見逃していただけかもしれない。今回のメイクといい、諜報員としての腕といい彼女は本当に優秀だった。

 おそらくゼフォルがエスメルの専属だったからだろう、それだけエルシアはゼフォルに甘かった。だがわざわざ見逃してもらったなどは言いたくない。

 

「まぁ、そんな事より、これで公国はまな板の上の鯉の状態。もはや考えるのは戦後の事ね」

 

「戦後ですか、連中は山間部と言う騎兵の利点を殺された場所に押し込まれ、能動的な反撃もできないでしょう。ベラムト閣下の本隊が到着次第、降伏の使者を送れば良いのでは?」

 

「あなたでもそう思うのね……」

 

 そう答えるエスメルの顔色は悪かった。なにかまずかったことでもあるかとゼフォルは会話の内容を思い出す。別にこれといった失敗はしてないはずだ。普段のゼフォルは己の言動を省みたりしない。自分の能力と容姿にそれだけ自信があるからだ。この頭脳が下手なことを言うわけない。だがそれでもエスメルに対しては一層気を遣った。

 

「ゼフォルはこれまで、公国の陣地で過ごしていたわ。率直に言って、公国軍は降伏を選ぶかしら?」

 

「公族であるガジュ族は選ばないでしょう。王国と組んだというのはそういうことです。しかしその構成氏族のどこかならば必ず受けます。ガジュ族の首を手土産に帝国のもとで自治を任せる。そう伝えれば、雪崩をうってこちらに寝返るでしょう」

 

「あなたの報告書は目を通したし、これまでの戦いで結束力の弱さはよく知っているわ。その策も間違いではないでしょうね。このままガルド族を引き込もうかしら」

 

「それならば現族長のカユンは消すべきです。そしてあのメルドゥに全てを任せるべきです」

 

「どうしてかしら?はっきり言ってメルドゥなんて人の上に立つ人間ではないわ」

 

「だからこそです。間近で見ましたが、現族長のカユンはなかなかの傑物です。いくら帝国の占領下であっても必ずや帝国にいずれ反旗を翻します。そもそも北部蛮族と我々では大きく価値観が離れていて、反発は必至です。どうせ麾下に加えるならば、できるだけ無能なものを上に立てて、その力を抑え込むべきです」

 

「いい発想だわ……良く思いついたわね」

 

 ゼフォルの提案にエスメルは今度は褒め出した。純粋にうれしいが、エスメルの様子が変だ。どこか迷いを感じる。

 

「お嬢様、一体何か悩み事でも?」

 

「えぇ、あるわ」

 

「お聞かせくださいますか」

 

 そう少しゼフォルが質問を投げかければ、エスメルは飛びつくように即答した。総大将としてふさわしい風格を身に着けているエスメルだが、まだどこか教え子だったころ、何でもゼフォルに相談してきたあの時を思い出す。悪くなかった。

 

「あなたの公国、いや帝国の軍門に降った北部蛮族を弱体化させる策、見事なものよ。けどそれでは足りないとみているわ」

 

「足りない……ですか?」

 

「えぇ、私はね公国の降伏なんて許さず、このままピレンネに追い詰めた公国軍のほとんどを討ち取ってしまおうと思っているわ」

 

 その発言にゼフォルは少し驚いた。確かにエスメルは優秀で賢い。しかしゼフォルと違って、欲深かったりはしないし、性格も優しくて穏やかだ。無駄な損害は嫌うだろうし、敵が降伏して収まるならそうするだろう。

 それが敵のせん滅するなど、あまりにらしくない。そう言ったことは一昔前のゼフォルの方が似合う。

 

「……理由をお聞かせてくださいますか?」

 

「戦術的ではなく、戦略的、いや、もはや政治的判断ね、帝国の統治下にあまりに多い公国人は不要ということよ」

 

 ゼフォルは政治はあまり詳しくない。口も出さず、真剣な表情でエスメルに続きを促した。

 

「帝国と公国は余りにも経済的にも文化的にも余りに差がありすぎる。普通に統治するには莫大な労力がかかるわ」

 

 統治的なことならばゼフォルもわかる。なにせ東部方面軍の頃は王国領の占領に大層苦労した。アルガンの兵糧攻めなどその最もたるものであった。

 

「しかし、だからこそ無能な者を上に据えた間接統治で少しずつ弱らせれば……」

 

「少し前の帝国ならば、それでよかったわ。けどもはや帝国はこの大陸の覇権国家、勢力的な空白地は許さない、そして何より……時機に公国になんて構っていられなくなるわ」

 

 エスメルの言葉に合点がいった。帝国はこの大陸の覇権を握りつつある。つまり征服する土地は何も公国だけではないのだ。

 

「王国ですか?」

 

「えぇ、そうよ。帝国上層部はすでに王国を占領したときの計画を練り上げつつある。王国となら文化的、経済的格差も少ない。けど元敵国、そしてあの大人口を抱えるのは相当な労力よ。それを考えると北部の統治コストはできるだけ軽く済ませるべきなのよ」

 

 そう言われて、やっとゼフォルは理解が追いついた。なるほど、確かにそれなら合点がいく、要は公国などもはや帝国は眼中にないのだ。こういった考え方もあるのかと感心した。ゼフォルは己の功績の為に敵兵を屠る。しかしこうやって国家の都合で敵兵を虐殺することもある。自身の住む帝国の残酷さを思い知った気がした。

 

「成程、合点がいきました。それならできるだけこちらの損害は少なく、ピレンネにいる連中を屠りましょう」

 

「何も……あなたは言わないのね」

 

「何がですか……あぁ……」

 

 今度は逆にエスメルから政治を教わって新たな知識を咀嚼するのに夢中で気が回らなかった。これではメイド失格であった。

 

「公国兵を滅ぼすことを気に病んでおられるのですか?」

 

「……」

 

 エスメルは何も答えなかったが、表情で丸わかりだった。だてに長いこと専属メイドを務めているわけではない。

 

「いいではないですか、帝国のため、大義のため、敵兵を滅ぼすなんて人類の常ですよ。それにお嬢様の事です。ベルズーフ閣下なりバルグリフ陛下のご指示の元でしょう?」

 

「……そうよ」

 

「ならお気に病むことがありますか?ただ上の命令に従っているだけではないですか、帝国貴族の鏡ですよ」

 

「けど、それだけで済ませてはいけない気もするのよ」

 

「真面目ですねぇ。目の前にいるのは上の命令を無視して汚い金と手段で軍勢をそろえるわ、敵兵は殺すは飢えさせるわでろくなことをしてないですよ。私は別に連中の命なんてどうでもいいです」

 

 明らかに参っているエスメルにゼフォルはそう冗談交じりに励ました。エスメルの為なら自分を卑下するなど、痛くもかゆくもなかった。

 

「……励ましてくれるのは嬉しいけど、あなた自身を卑下してほしくないわ」

 

「本当にお優しいのですね。ならさらに昔話をしましょう……敵を倒して後悔していたらキリがありません、特にお嬢様のような常に勝ち続けるであろう優秀なお方は、素直に喜んでください、それが戦争というものです」

 

 そうあの時かけてあげた言葉をもう一度かけてあげるとエスメルは黙ってゼフォルに抱き着いてきた。少しドキリとしてあたりを見回すが、人気もない。ならばいいだろうとゼフォルも手を回した。

 エスメルは思うことはあったようだが、泣いてはいない。本当に大きくなったものだ。

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