ゼフォルがエスメルの本営に帰ってから数日後、ベラムト中将率いる6万もの大軍が合流した。
もちろん、これまでの期間、公国軍とて無策だったわけではない。ピレンネの山間部を突破するために決死の攻撃を仕掛けてはいた。エスメルの傍らで指揮の補助をしていたゼフォルからすればあまりに手ぬるい。
普通包囲された軍隊など決死の勢いで攻撃をしかけるものである。だから完全な包囲はせず、どこかに逃げ場所を作って決死の反撃を防ぐという定石すらあるのだ。
山間に囲まれ、出入り口を囲まれた公国軍などまさにこれに当たる。決死の反抗があると予想して身構えていたが、そういったものは見当たらなかった。
なんというか決死差はあるのだろうが攻撃がてんでバラバラなのだ。恐らくだがもはや公国軍は一個の軍隊として結束しておらず、戦況の悪化に耐えきれなくなった各氏族が勝手に動きまわっている、そんな気がした。
公国軍がその兵力と狭い山場で多少の損害をものともせず攻撃をしかけてきたらこの包囲も突破されていたかもしれない。しかしバラバラの攻撃で、総大将にエスメルを置き、クレッチマーやアルセリアといった優秀な将を抱える帝国軍を突破できるはずもなかった。
そしてついにベラムトの本隊がやってきたことでピレンネにいる公国軍は完全に詰んでしまったのだ。
「おお!エスメル少将!よくやってくれた!これで連中も終わりだ!」
「は!これも閣下のお力添えあってのことです」
そう褒めるベラムトは少数の護衛をともなってエスメルの本陣へ訪れてきた。エスメルだけでなく本陣に控えていた配下の諸将も敬礼でそれを向かい入れる。
ゼフォルはと言うとエスメルの後ろで少し目立たないようにしていた。アルセリアとクレッチマーは前線の指揮に行っていてこの場にはいない。どうせならついて行けばよかった。
「ゼフォル中佐も見事だった!まさかこんなに容易く公国を追い詰められるとは思わなかったぞ!」
「は!光栄です」
が、その努力もむなしくベラムトの快活な大声で称賛されてしまった。
いくら作戦だったとはいえ、あの大衆の前で一つの方面軍を貶しまくったのだ。そこの総司令官など会いにくいったらありゃしない。実は本心も幾分か入ってたから尚更だ。
「いやぁ、演技とはいえゼフォル中佐の言い分にも理があった。うちの参謀陣には良い薬になっただろう」
そう茶目っけを含ませながら言うベラムト。ゼフォルの迫真の演技も彼の部下教育に使われたわけだ。流石古豪なだけある。
「さーて、次の一戦で公国軍、いや北部蛮族もおしまいだ」
「あ、あの」
「わしはずっとこの帝国北部で暮らしてきたが連中は約束は守らんわ、民は攫うわ、民家は焼くわで碌なことをされんかった。それがようやくはた迷惑な隣人を殲滅できる!ベルズーフ閣下に変わって、このワシの手で引導を渡してやるぞ!」
公国軍の殲滅宣言にゼフォルは少しまずいと思って、つい声をかけようとしてしまう。ゼフォルは別に気にやしないがエスメルは結構気にしていたのだ。
だがそれも次々と公国の恨み節を言うベラムトの声にかき消される。
この老将は、若きエスメルの悩みなどお見通しなのだろう。だからわざわざ公国の悪口に自分の恨み辛みを言いふらすことで少しでもその悩みを消し去ってやろうとしているのだ。
「このエスメル、微力ながらお力添えいたします」
「おう!頼むぞ!」
それを察したのか、実際に気が晴れたのか、エスメルも特に悩んだ様子もなく快活にかえした。
ベラムトは一見豪快な性格に見えるが、こういった人の感情の機微も察せるらしい。良い歳の取り方をしているとゼフォルは思った。
それは殲滅戦、いや虐殺と言っても良かった。
ベラムトの本隊を入れて8万の兵力を結集させた帝国軍は、ピレンネ山へ攻撃を開始した。
狭い山間部はせっかくそろえた大軍を広く展開できない。
しかし帝国軍はそんな欠点を補う努力を忘れていなかった。狭い山道に城を守るための塞門刀車をかなりの数ここまで運び、ずらりと並べ、隙間に当たる部分には大盾を持った兵士が並んでいる。その隙間からは騎兵を撃退するための大槍が伸びており、古のファランクスのような布陣だ。その重厚な正面防御の後ろには矢をつがえた弓兵が曲射で防御陣の向こうを狙っている。
まさに帝国軍の兵力と豊富な物資の集大成といっていい。それに対して公国軍も必死の騎馬突撃を繰り返すが、あれだけ平原で猛威を振るっていた騎兵部隊は大岩にぶつけられ、砕ける小石のようだった。
公国軍騎兵はいくら馬を走らせても大盾の防御を貫けず、隙間から延びる大槍に貫かれ、引きずり下ろされる。得意の逃げ足もこうも狭くては発揮しきれず、一人、また一人と後方からの弓矢に倒れていく。
なんともまぁ贅沢な戦いだとゼフォルは思った。まるで演習のようだ。これだけ潤沢な装備に兵力をそろえれば、誰だって勝てる。逆に言えば今ゼフォルの役目などほとんど残っていない。
「嫌ですね、これでは私が口を出す隙もありません」
「あら?あなたはおさぼりが好きだったはずだけど?」
「こればかりは別なんです」
無敵の陣形の中軍あたりでこの光景をゼフォルはエスメルの隣に侍って見ていた。最前線はこれらの装備を運んできたベラムトの北部方面軍が担当しており、エスメルらの第二軍は予備兵力として待機している。
ベラムトは歴戦の猛者だけあってその陣形に隙もない。このゼフォルの目をもってしてもだ。もし陣形に隙や弱点を見かけたら即座にエスメルに改善や援護の提案をしたのだが、その役目も必要なさそうだった。
連中をピレンネに追い詰めたのは自分なのに……とは別に思わなかった。ベラムトの態度からゼフォルとエスメルを評価しているのは伝わっていたし、戦後ゼフォルの功績をないがしろにもしないだろう。
昔のゼフォルなら、それでもすべての功績を独占するために動いてたかもしれないが、今はそんなことはしない。正当な評価を得てるならわざわざ不満を漏らす気もなかった。
「いけぇ!ここを突破しなければ活路はないぞ!」
それでも諦めない勇敢な公国指揮官が、ある程度まとまった部隊を率いて突撃する。多少は優秀なのかある程度帝国軍を押しつつあった。
「私も少しは働きましょうか」
しかしそういってエスメルが手の平に魔力を籠めると紫色の魔力弾がほとばしり、勇敢な公国指揮官を消し炭にした。頼れる上官を失ってそれまで勢いにのっていた公国軍は雪崩を打って崩れ、その帝国軍の濁流にのまれていった。
こういった光景は戦場の各地で確認できた。歴史と人口の多さによって帝国は魔術を使える人材を部隊単位で運用している。バルグリフ陛下が皇帝に即位されてからはその流れは加速していった。厳重な歩兵の護衛の元、一方的に帝国の魔術師たちが公国騎兵を消し飛ばしていく。まるで帝国と公国の地力の差を見せつけるようだった。
「私も魔術を使えればよかったんですがね」
「あなたが魔術を使えたらもう無敵よ。少しは遠慮しなさい」
ここでは弓による狙撃も不可能なので手持ち無沙汰だったゼフォルはそうぼやくとエスメルからツッコミを食らう。言葉には出さなかったがゼフォルはそれをエスメルが言うのか?と思った。
ゼフォルから見てエスメルは戦術戦略の知識も持っているし、腕っぷしも強い、さらに魔術の腕も持っている。二年前まで幽閉状態だった少女がここまで鍛えあげたのだ。ゼフォルですら魔術の腕と戦略の知識は持ちえないのに。
そして何より性格がゼフォルと違ってゆがんでいない。気質は穏やかだし少なくとも一人でに破滅はしないのだ。
自分の才能に自信を持つゼフォルだが、エスメルの能力は総合的に自分を上回っていると判断していた。だがいつものように嫉妬をしたりしない。むしろ主君としてこれほどふさわしい人物はいないだろう。
ゼフォルは結局すべてを手に入れることはできなかった。しかしお嬢様なら――
「あれは……」
手持ち無沙汰のため、いつもの双眼鏡で戦況を伺っていると、目を引く公国の一隊を確認した。余計な思考を打ち切り、脳を戦闘に切り替える。
「お嬢様、厄介な敵を確認しました。アルセリアの隊に私をつけていただけますか」
「厄介?今さら公国にあなたがそうまでいう相手などいないと思うのだけれど」
「潜入していたときに世話になった方です。件のカユン族長ですよ」
「あなたにらしいといえばらしいけど、世話になっていたのに容赦がないのね」
「カユンが唯の無能なら命くらい助けていました。ですがあやつは私並みの野心と執念を持っています」
「許可するわ。必ず消しなさい」
「は」
そうエスメルから許可をえてゼフォルは本陣を後にする。カユンへの評価は本心からだ。能力もあるし、なにより野心がゼフォルに匹敵している。そう思って消すのを提案したが、こんな即答しなくてもいいんじゃないかと思った。
アルセリアの隊に合流したゼフォルは最前線を駆け抜けていた。もともと第二軍は予備兵力として敵が完全に崩れ切ったら突入する手はずになっていた。その先陣がアルセリアだった。ゼフォルはそこにねじこませて貰っていた。
もちろん突然あらわれたゼフォルにアルセリアは何事かと声をかけてきたが、エスメルの命令であることと、敵に自分みたいのがいるので仕留めに行くと伝えると二つ返事で精鋭部隊の指揮権を渡してくれた。
うれしいが人のことを何だと思っているのだろうか。
ともあれアルセリアの精鋭部隊2千を引き抜いたゼフォルはアルセリアの本隊と共に堅固に固められた帝国陣地から出撃した。
何度も突破攻撃をしかけた公国軍はすでに疲労の限界に達しており、帝国の攻撃になす術もなかった。指揮官がアルセリアなのだから余計である。その様子を一歩引いた距離でゼフォルは見守っていた。
ゼフォルの視界には一つのターゲットしか見えていない。カユンも機を伺っているのか、がむしゃらに攻めかかっては蹴散らされる公国軍に巻き込まれぬよう一歩引いた場に陣取っている。
公国軍の羨望を蹴散らし、アルセリアの攻勢がひと段落する。いくら彼女が豪傑でも率いる兵は常人なのだ。疲労の問題で攻勢限界に達している。
ここだ。
ゼフォルは得物の曲剣を振り上げ、麾下の2千に突撃を命じた。
「アルセリア大佐の隙を狙う不届き物です。突撃なさい」
注意深くアルセリアの攻撃限界の隙を突いて飛び出してきた、ゼフォルに取っては見慣れた旗印、ガルド族の一団が足を止めたアルセリアの隊に襲い掛かるが、それを阻止するようにゼフォルが横合いから殴りつけた。
「うぉぉぉ!アルセリア大佐の隙を守れ!」
「俺たちの活躍で大佐を助けるんだ!」
「……」
まぁそういうシチュエーションだからアルセリアの名前を出したが、それだけでこうも勢いづくあたり彼女は本当に下の兵に好かれているのだろう。流石に西部貴族だったころ配下の兵が命を懸けて守っていただけある。これだけ下から好かれるのも彼女特有の才能だ。少なくともゼフォルではこうもいかない。
戦の腕や性別といいなにかと似ている友人だと思ったが、思わぬところで差異があるとゼフォルは思った。
何はともあれゼフォルの的確な指示と、士気の高いアルセリア配下の攻撃によって、ガルド族の攻撃も頓挫しつつあった。
この劣勢下で攻撃に出るタイミングも見事だった。ガルド族の頭たるカユンの手腕は認めざるを得ない。ゼフォルでも同じことをしただろう。
「や、やっぱりあの陣地を突破するなんて無理じゃねぇか⁉」
「くそ!何が機を待ってだ!上のやつめ!」
「そもそもピレンネなんて攻撃しなければよかったんだ!」
一度攻勢をはじかれた公国兵、いやガルド族の兵士たちは恐慌状態に陥った。無理もない。逃げ場のない隘路で周りの氏族が続々と堅陣にぶつかって撃退される様を見せつけられ、自分達の起死回生の攻撃も弾かれたのだ。いくら上からの命令だろうが、まだ体力が残っていようが、心がもたないだろう。
これがガルド族の族長であるカユンの弱点だ。確かに彼一人はこんな戦況下でも冷静に生き残る道を模索できるだろう。しかしその兵は別だ。こうして恐慌状態に陥ってしまえば収拾の付くものではない。それを納めるべき指揮官たちも、良くて恐慌状態を治そうと叫ぶか、悪ければ兵と同じになって慌てふためいていた。
カユンはあの日のゼフォルと同じだ。確かに本人には才能も度胸もある。しかし周りを見下し、その心情にけっして寄り添おうとしない。だからこうして自分だけがいくら自立しても周りが崩れていくのだ。
潰走しつつあるガルド族をゼフォルは鎧袖一触に切り裂いていく、あの日ゼフォルが率いた帝国軍もこうして崩れ去ったのだろうかと柄にもなく哀愁を感じてしまった。
そしてそそままガルド族の本陣に押し入った。防ごうとする兵はほとんどいなかった。
「お久しぶりですカユン様、私が誰だかわかりますか?」
「……ゼフォルか」
ほとんど兵のいなくなった本陣で数人の護衛兵だけをつけてカユンが立っていた。
カユンの為に犠牲になったはずのゼフォルが現れてもっと慌てふためくかと思ったので肩透かしを食らった。どうやら肝の太さは本物だろう。
「反応が薄いですねぇ……なぜここに⁉くらいの反応があっても良いのですよ?」
「お前とメルドゥが帰らぬ時、交渉は失敗し、死んだと思った。しかし俺の渾身の反撃をあっさりと潰されたとき悟った。嵌められたのだと、今回の戦い、俺は能動的に帝国に攻撃をしかけていない。それなのに手の内がばれたのはそういうことだ」
「流石、頭が回りますねぇ……だがもうこうなってしまっては遅い!」
意外にもゆたりと剣を構えるカユンに、ゼフォルは曲剣をもって突進した。周囲の護衛が遮るが、ゼフォルの相手になるはずもない。数人切り殺して後はついてきた部下に押し付け、あっという間にカユンの前までたどり着いた。
ゼフォルとカユンの剣が交差する。意外にもカユンはゼフォルに喰らい付いてきた。本来なら敵兵との斬り合いなど起こる身分などではないだろうにきちんと鍛えているらしい。
だがそれはあくまで常人と比べてである。帝国の中でも上から数えた方が早いゼフォルを前に対等に渡り合いつづけるはずもなく、劣勢になっていった。
「まさかカユン様が剣の腕も一流とは」
「何がカユン様だ。もはや貴様に褒められてもうれしくもなんともないわ」
そう罵りあいながらもゼフォルは的確にカユンを追い詰めていく。
「私はあなたに褒められてうれしかったですよ?あぁ公国の馬鹿どもが術中にはまっていくってね!そしてどうですか!この容姿、結構自身はあるのですよ?私はね見てくれは美しいですが魂が腐っているのです。あなたの評とは逆です」
ついにゼフォルの曲剣がカユンの剣を弾き飛ばす。ゼフォルにとっては自分は圧倒的な才能と美貌があれば魂どうこうなどどうでも良かった。常人からいくら忌避されようと少なくともエスメルはゼフォルを褒めてくれるのだから。
そして勝利宣言とばかりにカユンの目の節穴を責める。彼は能力は立派だが、ゼフォルと同じように周りに恵まれなかった。
せめてゼフォルの監視役にある程度の能力を持った監視役がいれば偽降伏を見抜いたかもしれないし、この戦いでもそう簡単にガルド族が総崩れにはならなかっただろう。むしろこの戦いで殺さなければ彼は即座にそれらの弱点をつぶしてくるはずだ。そうなれば王国以上の脅威になりうるかもしれない。
そう判断して少しおしゃべりをしすぎたと反省し、曲剣をカユンの首に振るった。
「いや、俺は間違っていない。ただただ勝利を求め続けるお前の魂はある意味美しかった。だからそれがどちらに向いているかは見ぬけなかった」
カユンは最後にそう言い残しゼフォルに首を刎ねられた。