メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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北の決着

 ガジュ公国軍は完全に帝国に殲滅された。ゼフォルがガルド族を攻撃したの等、戦場の一局面にすぎず、完全に勢いを失った公国軍はアルセリアになぶられ、その後、クレッチマー、ベラムト、エスメルと帝国の名だたる名将らの攻撃によって軍事的以上の壊滅状態だった。

 山間部で逃げられない彼らを相手に特に長年の鬱憤がたまっているだろうベラムトは容赦がなく、完璧な防御陣をじりじりと前に出して公国軍を引きつぶしていき、最期は陣地ごと公国軍ごと火を放った。

 その様子を本陣への帰路についたゼフォルは見ていた。

 もはや戦況自体に大した関心はない。あれだけ北方で蛮勇を振るった公国も、もうおしまいだ。

 機動力を生かせない山間部に押し込まれ、入り口を精鋭でふさがれ、挙句の果てに火まで放たれたのだ。ご自慢の騎兵隊も馬刺しどころか馬のステーキになってしまうだろう。

 敵のものだからしょうがないがあまりにもったいなかった。馬刺しを焼いてステーキにすることではない。北方は馬の名産地でもある。帝国中央でもお目にかかれない名馬がゴロゴロいるのだ。それらが焼けてしまうのは余りにも惜しい。

 惜しむのは馬だけではなかった。いや、むしろこちらの方がもっと惜しかったかもしれない。ゼフォルは手許に白い布で包んだ首を大事そうに抱えていた。他でもない、カユンのものだった。

 今考えれば浮かぶのはカユンの最期だった。馬のステーキなんぞちょっとへんなことを考えてるだけに過ぎない。

 まさか自分の本性を知っても、魂を美しいと真に評価するとは思わなかった。彼のことは嫌いではなかった。もちろん恋愛感情などはこれっぽっちもなかったが、その生きざまが、ゼフォルとあまりに酷似していた。

 自分の能力に自信を持ち、他人には手足以上の役割は求めない。だが結局不足している部分を埋める誰かを求めてしまう。まさにどこぞの東部方面軍副司令官殿のようだった。

 恐らくゼフォルがアルセリアを仲間にして舞い上がってしまったのと同じようにカユンにとってゼフォルはこの戦況を打開しうる存在に映ってしまったのだろう。

 だがゼフォルは東部で惨敗を経験した。違いはその一点だけだ。

あまりに惨めな敗北とその辛酸を舐めたからこそゼフォルはカユンを出し抜けた。それだけに過ぎなかった。

 絶対にありえないと言い切れるが、もし本当にゼフォルがガルド族に裏切ったら……と考えなくもない。

 少なくともその時ゼフォルはガルド族No.2の地位を余裕で取れるだろうし、あんなみっともない戦争指導しかできないガジュ族に王国武官を引き摺り下ろして北方蛮族達の王になるのも夢ではなかったはずだ。

 

「まだ私はこんな恐ろしいことが考えられるのですね……」

 

 そう考えておいて、ゼフォルはそう呟いた。

 まだ自分にこんな野心が残っているとは、あれだけの敗北に叩きのめされてなお、元気なことだ。

 もちろん本気なはずがない。エスメルを裏切れるはずもないし、そもそも全て意味のないことだからだ。

 いくらガジュ公国を首尾よく乗っ取ってもベラムトだけでも相当に苦戦するだろうエスメルやアルセリア、クレッチマーまでがいるのだ。それらを倒してもベルズーフがいる。結局ゼフォルがカユンと組んでも彼らを倒すことは叶わぬだろうし、舞い上がったカユンも結局は井の中の蛙だっただけだ。

 だが、それでもゼフォルはこの鏡合わせのような男を丁重に葬ってやろうと決めていた。

 

 

 戻ったゼフォルは主であるエスメルの横で帝国軍最期の大掃除を見ていた。ゼフォルもぶっちゃけてしまえば戦歴は二年ほどで、古強者の多い北部方面軍がいる場ではとても経験豊富と言えないが、それでもこの光景は異常だった。

 まだそこら農民が正規軍に蹂躙されていると言われた方が理解できる。しかし目の前の光景は他でもない屈強な北部蛮族の騎兵たちがなすすべもなく燃やされていた。

 このピレンネまでおびき出したのはゼフォルだ。この歴史に残るだろう殲滅戦の中核を担ったと思えば悪い気はしない。

 しかし隣のエスメルはそうではないようで、その整った顔を暗くしていた。

 

「大勝利ですよ、お嬢様、私もわざわざ偽投降をした甲斐があります」

 

「えぇそうね、そうだものね、もう帝国に北方の驚異はないわ」

 

「それに今回の闘いでは私も随分と功績を立てさせていただきました。これでベルズーフ閣下の覚えも良くなったでしょう。有難うございます」

 

 この戦いはゼフォルが降格してはじめての戦いだった。もはや軍法会議で裁きを受けているゼフォルがどうこうされる可能性は少ないだろうが、今回の戦功によってその可能性はほぼ0になったといっていい。暗にそのことを感謝するとエスメルもそれを察したのか、顔の表情を引き締めなおした。

 少なくともベラムトは長年の鬱憤を晴らしたといわんばかりに喜んでいるだろうし、ゼフォルとてこの場にエスメルがいなかったら敵が燃えてるだけだからニヤニヤしながら眺めていた。エスメルは生来の優しさに苦悩したようだが、こうして切り替えられるだけ上等だ。もうこれ以上ゼフォルがメンタルケアをする必要もないだろう。

 

「いや、感謝したいのは私もよ。あなたのおかげで久々に二年前のような大戦果を挙げられたわ」

 

「この勝利は入念に準備をしてきた帝国の、ひいては私の策を起用したお嬢様のおかげです」

 

「それでもよ、単身で敵陣に潜入したあなたの戦果は大だわ。けどもうこんなことしないでね」

 

 今回の偽投降作戦は実は二人の間でもめにもめていた。逃げ足の速い公国をピレンネにおびき出すにはこれしかないと主張するゼフォルとそんな危ないことをしなくても通常戦力で公国の撃退できると主張するエスメルで対立していた。

 だがゼフォルも簡単にあきらめるわけにはいかなかった。今回の戦、ゼフォルは王国に対する敗戦もあって、大きな兵力は任せられないだろう。東部方面軍の時のように、1万を超える兵力を任されるならともかく、あくまで中佐の領分では限界が来ると予想をつけていた。

 だからわざわざ敵陣に潜入する真似をしたのだ。これなら任されてる兵力は関係ないし、何より悪評の目立っているゼフォルにとって都合がいい。自分に代わってエスメルに圧倒的な戦果を出してほしいゼフォルにしてみれば、これしかなかったのだ。

 

「いえいえ、お嬢様の為ならどんな策でもやって見せますとも」

 

 そう胸を張っていうゼフォルだが、エスメルの反応は芳しくない。わかっていた。敵兵の殲滅に気をかけるくらい普通の感性を持っている彼女がゼフォルの自己犠牲を歓迎するはずがない。特に昔はゼフォルのが後見人のようなものだが、今ではエスメルがゼフォルの目付け役で、あらゆる立場で上なのだ。

 

「お嬢様は私の身を案じてくれるのですか」

 

「当然じゃない。どれだけ私があなたにお世話になったと思ってるの。それに案じてなければあなたの恩赦をベルズーフ閣下に申し出たりしないわ」

 

「減刑の恩を返すためと私をもっと酷使して使い潰してもいいのですよ」

 

 実際ゼフォルはそう思っていた。確かに二年前、ゼフォルはエスメルを助けたといっていい。だがそんな減刑の件でとっくに返しているといって良かったし、そもそも二年前のゴルガマスとの戦いといい、エスメルに助けられる場面も多かったので。ゼフォルが一方的に助けていたとは言いにくい。エスメルに恩を感じているなら間違いなのだ。

 

「嫌よ」

 

 「しかし……公爵家を建て直すにはそれ位の事は」

 

「それで公爵家を建て直せても、一番の忠臣を使い潰したとあれば私はウィルベール家の面汚しになるわ。一つ、二つ前はともかく開祖ピエールに顔向けできない」

 

「そうですか……」

 

 まっすぐなエスメルの返答にゼフォルはつい顔を背けてしまった。あまりのエスメルの頼もしさに柄もなく顔が赤くなるのを抑えられる気がしないからだ。

 エスメルと一緒に戦ったのは実に二年ぶりだ。そんなに長い期間ではないが、まざまざと彼女の成長を見せつけられた。ゼフォルと違って戦略や魔術にも精通する頭脳。自分に比類する腕前、まだこの若さで少将位を務める冷静さ。あらゆる面で同階級だったころのゼフォルを上回っていた。正直、いまだ残る性格的な甘ささえなければ自分などいらないほどだった。

 軍事的にも将来の気質と好戦的な性格から奇抜な作戦を思いつく能力こそゼフォルが上だが、安定的な指揮を取るのならエスメルに軍配が上がるだろう。

 これだけの差を見せつけられてもゼフォルの嫉妬の炎は燃え上がらない、いや、もっと違った感情が湧き出てきた気がした。

 とにかくエスメルにならば頼りたくなってしまうのだ。

 それは能力の差を理性で我慢しているわけではなく、とにかく目の前の少女にならゼフォルの戦術も何もかもを委ねて良いと、それほど本能が訴えてくるのだ。

 少し長く離れていたのもあるかもしれない。実はゼフォルはカユンと出会ったとき、生まれが違ければ彼が主と思ってもいいと思う位には彼を気に入っていた。

 とにかく彼は性格が自分に似ていた。向こうもわかっていたからこそ最期に裏切ったゼフォルにあんな言葉を吐いたのかもしれない。

 だが、やはりだめだ。自分はどんな場所に生まれても、最後は目の前のエスメルに仕えていた。そんな気がするのだ。

 

 

 

 数刻立って、公国軍は完全に殲滅された。ピレンネの山間部は公国兵の屍の山が乱雑に埋められ、目的を達成した帝国軍も撤収準備に入っていた。その様子をゼフォルはピレンネの山頂で眺めていた。

 既に軍務は終わらせるか引き継ぎを済ませ、今のゼフォルは休憩時間だ。そもそも敵陣にずっといたということでエスメルから気をつかわれていた。そんな貴重な休憩時間を削ってまでわざわざこんな岩山を上っていたのも意味があった。

 

「こんなものでいいですかね」

 

 ごつごつした何もない岩山、その中でもひときわ大きな岩の麓をわざわざゼフォルは掘り返していた。この山は草木が少なく、動物もほとんどいなければ人もいない。山間部こそ莫大な肥料によって新たな生態系ができるかもしれないが、山頂付近のこの場所を掘り返す人も動物もいないだろう。

 

「わざわざ私が聖職者のようなことをしているのです。祟らないでくださいよ」

 

 ゼフォルはわざわざこんなところにまでカユンの首を葬りに来ていた。この首はゼフォルの功績として報告もしていない。残念ながらカユンは一氏族の族長でしかなかった。北部では多少名を上げていたかもしれないが、ガジュ族の公族たちに比べれば安い首でしかなかった。

 それがどうも不憫でなかったのである。ガジュ族はあったこともないが、王国武官らにそそのかされて意味のない布陣を敷き、最期はカユンに指揮権を奪われていただけという状況証拠がある。どうせゼフォルからすれば大したこともない連中であろうことは予想がついていた。

 そんな首よりカユンのほうが安かったと、帝国の公文書に乗ってしまうのがゼフォルは嫌だった。

 だからこそカユンの首が上がらなくても誰も困らない。ゼフォル自身も今回の戦では最大といっていい武功を稼いだのだ。いまさら首級なんていらない。だったらこうやって、ひっそりと見知らぬところで葬ってしまった方が良かったのだ。

 なるべく持ち帰った彼の装備や、北部蛮族、いやガルド族の装飾品を敷き詰め、そこに首を丁重に置く。らしくなく祈りを込めて、丁寧に葬った。

 なぜカユンにここまで入れ込んだのかゼフォルは言語化しようとしていた。

 ただ能力が高かっただけなら、ゼフォルは今ごろベルズーフに求婚でもしている。決定的なのはその野心だった。彼は北部蛮族という数万程度の族長でありながら、このノルン平原どころか帝国まで飲み込む野望を持っていた。それが無謀だったとしても井の中の蛙だったとしても、しっかり世界と向き合っていたのだ。

 だからこそゼフォルという毒すら飲み込んだのだ。もしカユンに野心がなく、ただの有能なだけの男だったらゼフォルの奸計に気づいていたかもしれなかった。そんな些細な違いだけで首だけになってたのはゼフォルかもしれなかった。

 山頂部から麓を見下ろす。ピレンネ山はたいして背の高い山でもない。見下ろせばすべてがよくわかる。帝国軍はこれだけの大敵を滅ぼしてなお意気盛んだ。戦後統治があるといえども、あのベラムト率いる精鋭たちもこの地を離れて順次王国前線に就くだろう。

 たいして王国はどうだろうか、葬られる公国兵の中に紛れ込む王国の旗を見ながら良い未来にはならないだろうと予想をつけた。

 王国はゼフォルとの戦いの損失を埋めるための時間稼ぎで北部蛮族に接触し、公国を建国させた。持ち込まれた投石機といい、ガジュ族を意のままに操った手腕といい、相当な物資に資金を使ったはずだ。だがこんなに早く公国が落ちては投資分を回収できたとは言いにくいだろう。

 ベルズーフの守る東部が破れたという報告もない。このまま順当にいけば王国はそろそろ根を上げるはずだ。

 つまりこの大陸の覇者が決まろうとしていた。

 

「カユン様、せめてあの世でご覧ください。あなたが夢見た覇者に誰がなるのかを。はっきり言って今更私ごときにどうこうできることではないのかもしれません」

 

 残念ながらそれはゼフォルではない。血統も、権力も資産も全てが足りない。それに経歴に傷のある中佐ごときでは論外でしかないだろう。

 

「ですが定まらなければ確率はゼロではない。そうでしょう?」

 

 そうゼフォルはあの世のカユンに祈りを捧げながら、たなびくウィルベート家の旗を見つめていた。




これにて北方編は終わりになります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
相変わらず感想に返信はしていませんが、全て目を通して励みになっております。
続章の投稿まで期間が明くと思いますが、気を長くお待ちいただけると幸いです。
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