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戦勝会
ガジュ公国を完全に壊滅し尽くした帝国北部は戦勝ムードに沸いていた。ゲルドラ城に帰還した帝国軍北部方面軍と帝国軍第二軍は城中の人間に万雷の拍手で迎え入れられ、司令官であるベラムトとエスメルの両名は英雄としてたたえられた。
ガジュ公国、いや北部異民族は数百年もの間、帝国の国境を脅かしてきた蛮族である。それらを完全に粉砕したとあればその功績は天井知らずといっていい。
彼らへの賞賛は現場だけに留まらず、日を重ねれば重ねるほど、帝国各地から感謝状が届いた。まず帝国北部最大の有力貴族であるノースラン公爵家から感謝状に軍全体への嗜好品、将官たちへの褒章などが山となって届いた。
勝ったとはいえ、戦後統治などやるべきことは山積みだ。しかしこの歴史的な勝利に、何もないということはない。ゲルドラ城は上から下まで祝勝会で大いに沸いていた。
「お嬢さま……本当に私でいいのですか?メイド長でよかったのでは」
「私の横を固めるのはあなた以外ありえないわ」
祝勝会と言えば基本的に大いに飲んで食べて大騒ぎするものだ。だが一定以上の役職持ちはそうするわけにはいかない。ゲルドラ城の大会議室、本来質実剛健で飾り気など全くない軍事拠点に相応しかったその部屋は様々な調度品で彩られていた。直近の記憶でいえばオドールの部屋のような飾りつけであった。
そんな豪華な社交界の控室でゼフォルはもはや副業といっていいウィルベール家のメイド服で黒いドレスに身を包んだエスメルの傍に侍っていた。
「それとも貴女以外が私のそばに侍っていてもいいの?」
「いやですけど……メイド長ならまだ……それにこういった場で私はふさわしくないかと」
ただ敗北しただけではなく、命令違反やらなんやらで、軍法会議まで開かれ、その場の態度も悪かったことなど良い噂話になっているだろう。そんな風聞等あの場で死んでおけばどうでも良かったが、今まさにゼフォルは生きているのである。
他人からの評判を気にするたちではなかったが、そんなゼフォルを側近としておいているのエスメルに被害がいくのなら話は別だ。
エスメルはもう立派な公爵家当主である。ゼフォルのようにただ戦争をしていればいいというわけではない。この上級貴族だけが集まるこの場で、騎士爵であるゼフォルは別に出ても出なくてもどうでもいいだろうが、公爵家である彼女が出ないわけにはいかないのだ。そしてそう言った場で大事なのは名声だ。
今のエスメルはその若さで公爵当主を務め、軍人としてもバルグリフ陛下の直属として各地を転戦し、ついには北部での勝利の一役者だ。それを悪評まみれのゼフォルのせいで傷ついてしまうのを恐れたのだ。
本当はゼフォルではなくエルシアが侍るべきなのだ。
「私を傍においておけば、お嬢さまの名に傷がつきます」
「言いたい奴には言わせておけばいいわ」
ゼフォルのはこういった風聞を過度に恐れるようになっていた。結局自分が東部で負けた要因に、元西部貴族の貴族達にゼフォルの爵位では嘗められていたのも一因だったからだ。この場にいる貴族が西部貴族程愚かだとは思わないが、エスメルの障害になることは可能な限り除きたかった。
「しかし……」
「なら、あなたが納得できるように言ってあげる。別に私は同情したり昔の好で傍においているわけじゃないわ。汚名を受け入れたうえで有用だからよ」
「そ、そうなのですか?」
エスメルの言葉にゼフォルはつい聞き返してしまう。
社交界はまぁ苦手だ。二年間帝国少将としてよく出席はしていた。
少しでも率いる兵と抱える物資が増えればいいと思って自慢の美貌で媚びへつらってみたこともあった。
取るに足らない三下にはちやほやされたが、その手の本物達には兵隊の増強しか考えて居ないゼフォルの下心などよくわかるのか、反応が芳しくなかった。
なんなら当時部下だったクレッチマーにそういう振る舞いはやめてくれと言われて、じゃあ貴方が金なり物資なり引っ張ってきてください。と言って丸投げしたのをよく覚えている。
その後、クレッチマーは普通に成果を上げてきた。ダンディではあるがおっさんのクレッチマーにこのクール美女のゼフォルが負けるというのかとむかついたのを覚えている。
それ位にゼフォルは社交界に常識がなかった。そのため、エスメルの考えを読むことができず、鵜呑みにするしかなかった。
「良い?貴女の悪名は確かに轟いているけど、それと同じくらいその武名も轟いているわ。近くに侍らせるということはそれだけ強力な戦力がいまだウィルベール家に仕えていると示すことができる」
「そんなことしなくても私がお嬢さまの元を離れることは……」
「そんなこと私も百も承知よ。けどこういった場で示さなければわからない輩ばかりなのよ。はっきり言ってこうでもしないと貴女、滅茶苦茶声をかけられるわよ」
「私の外面が良いからですか?」
「違うわよ!たしかに貴女はかわいいけど!帝国きっての指揮官、しかし大きな失敗をして降格した。適当な条件を突き付けて引き抜くなら最適といっていいわ」
「私が応じるわけないです」
「ええそれは信じている。私の傍から離れるなんてありえないもの。けど私がいなかったらどうしてた?ベルズーフ閣下に降格させられて適当な貴族から万の大軍を率いる権利を与えるといわれてあなたは断っていた?」
そう言われるとゼフォルは即断ができなかった。たらればの話だがエスメルがそのまま軍に入らず、受け入れ先もなかったらゼフォルはそんな提案に応じていたのはすぐに想像がついたからだ。
「私が貴女を傍に置くことはウィルベール家のもとでその武力がコントロールされていることを示すいい機会なのよ。貴女にも変なのが寄ってこなくなるわ。まぁとにかく、こういったことは私に任せておきなさい。社交界に疎いのはクレッチマーに聞いているのよ」
余計なことを……とゼフォルは思いつつ、素直にエスメルの言うことを聞くことにした。まぁやっていることが苦手な社交界の事なので頼る心理的ハードルも低かった。
「それに……せっかくこういった煌びやかな場なんだから出るなら貴女とがいいわ」
最後にそんなことを言われてゼフォルは顔の鉄面皮を維持するのに苦労した。間違いなく赤くはなっていた。
そんなこんなでゼフォルは社交界の場と化したゲルドラ城の大会議室にエスメルの傍らで参加していた。
戦勝祝いに駆け付けたのはノースラン公爵家ではなく北部貴族のほとんどが列席しており、中央からやってきたものの姿すら見える、 かつて北部で戦う10万近い帝国軍の頭脳として活用されていた会議室はいまや上級階級の社交場と化していた。
そんな煌びやかな場だがゼフォルはもう帰りたくなっていた。やはりこういった場はなれやしない、軍議の場ならお得意の戦術論で周りを畏怖させ、黙らせることができるが、こんな場では役に立たないことだ。幸い
今のゼフォルの立ち位置は公爵家当主エスメルに仕える一メイドだ。公爵家当主ほどになれば騎士爵を侍らせるのは十分あることで不自然ではない。
当の主であるエスメルの周りには人だかりができていた。当然といえば当然である。いまやエスメルは皇帝陛下の直参の家臣にして貴族の中でも最高位の公爵、そして今回の北方の戦での率役者なのだ。そして何よりとてつもない美貌だ。この場は様々な上位貴族が揃っており美男美女ぞろいだが、その中でエスメルの美貌は際立っている。二番はゼフォルだ。
「エスメル公爵お久しぶりです!」
「いやいや今回の戦まことに見事でしたな」
「ウィルベール家もこれで安泰ですなぁ」
才色兼備どころか才色圧倒的なエスメルのお近づきになりたいものなどいくらでもいるだろう。本当に多くの人間から声をかけている。エスメルももはや慣れっこなのか、無難な回答でいなしていた。
ゼフォルは特に声をかけられないので何も言わずに後ろでいつもの鉄面皮を維持して立っていた。今日ほど自分の美貌に感謝したこともないだろう。少なくともエスメルの横に立っても過剰なほどは見劣りしないし、無表情で突っ立っていても、サマになるからだ。
ただ突っ立っているのも暇なので、参加者を視界だけで見回していく。
まずは今回の戦いの総指揮官を務めたベラムト。北部方面軍で必需品の防寒コートがよく似合う印象しかなかったが、今は流石に礼服を着ている。しかし歴戦を物語る浅黒い肉体は非常に鍛えられていて、煌びやかなはずの礼服がパツパツだ。しかしだらしなさといったものとは無縁で頼もしさを感じた。
かつてゼフォルの副将にして今はエスメルの副将であるクレッチマーもすっかりジェントルマンになっている。ゼフォルからすれば頼もしくも口うるさい副官でしかなかったがこういった場では結構人気があるのか、多くの貴族に囲まれて馴染んでいた。そのまま第二軍に金を引っ張ってくればいいのにと思った。
そして驚いたのがアルセリアだ。ゼフォルは彼女の軍服姿か鎧姿くらいしか見たことはないが今ではエスメルと同じようにドレスを着て着飾っていた。今回の功績でエインへリル伯爵家が復活すると聞いていたがどうやら本当だったらしい。
アルセリアはあれで教養があるので、意外にもこの場に馴染んでいる。少将時代のゼフォルはうまくいかなかったので少し敗北感を感じた。それでもこういった場は好きではないのか少し口が引きつっていた。
「どうですかな公爵、貴女ほどのお方では侍らせるものにも格というものがあります。私の娘をメイドにどうでしょう」
そうして周りを伺っていると聞き捨てならない言葉を耳にした。目の前のエスメルにおべっかを言う貴族がそうのたまったのだ。
オブラートに包んでいるようだが、つまり彼はゼフォルではメイドとして仕えるにふさわしくないといっているのだ。
いきなり出てきて何を言い出すのだこいつは、そう思って記憶をたどるがヒットしない。ゼフォルは出資してくれそうな高位の貴族と、武門で有名な貴族はほとんど覚えているが、それ以外はろくに知らない。
だが少なくとも記憶に引っ掛かりもしない雑魚に馬鹿にされているのは分かる。その事実に急激に感情が荒ぶるがゼフォルは何も言えなかった。
少将だったころならすべてが自分の責任だ。いくらでも皮肉なり何なりを百も二百も言い放ってやるが、今はエスメルのメイドなのだ。下手なことを言っては彼女に迷惑をかけてしまう。
そう思ってゼフォルもまごついていたが、口を開いたのはエスメルだった。
「へぇ、男爵、失礼ですがご息女に兵を率いた経験は?」
「へ、兵をですか?あ、ありませんが……」
「私は公爵の位をいただいているけど、同時に帝国軍少将でもあるの。帝国を、陛下を守る義務があるわ。そうである以上、私が傍に置くものは武に優れたものではいけない」
「で、では息子が!私の次男坊はつい先ほど初陣を済ませたところです!首級もあげています!」
「どんな首級かしら?」
「そ、それは領地に侵入してきた蛮族を……」
「この子は蛮族の族長クラス、それに王国の将軍クラスを両手の指じゃ数えきれないほどあげているわ」
「は、はぁ……」
「残念だけど男爵のご子息では私の傍は務まらないわ。ごめんなさい」
そうエスメルが言い切ると、突っかかってきた男爵はトボトボと去っていった。
ゼフォルはもう逆に照れ臭かった。こんな公の場でエスメルにたくさん褒めてもらえて、かばってまでもらえたからだ。それはそれとして先ほどの男爵の顔と名前は憶えていた。
「私が言っておいたから。変なことしちゃだめよ」
「⁉し、しませんよ……」
それはそれとしてエスメルの目の前で恥をかかせた罪は重いので何かしら報復を考えていた。しかしお見通しだったのか、エスメルに小声で釘を刺されていたのでやめることにした。
「お嬢様、お水です」
「ありがとう」
「私のは?」
「……はいどうぞ」
「ありがとな。いやー疲れた、戦場より疲れたぞ」
「なんでいるんですか?」
戦勝パーティーもひと段落し、休憩室でゼフォルとエスメルは一息ついていた。……なぜかついてきたアルセリアと一緒である。
「なんでって……いちゃダメか?」
「駄目も何も貴女は西部貴族でかつ伯爵でしょう。東部貴族で公爵のお嬢様の近くにいていかがするのですか?」
「くっくっく……お前はやはりこういうことには疎いな……」
「はぁ?」
子供のような癇癪だがエスメルと二人きりの空間を邪魔されたのだ。なのにこのしてやったりと言わんばかりの言い方ゼフォルはイラっときた。
「まぁ聞けゼフォル、私は今回の戦いでめでたくエインへリル家の復権に成功した。そのため煩わしくてしょうがないが伯爵家当主としてこうしてアピールせねばならん」
「別にフィリクス皇子が失脚するまでそうだったでしょうに」
「あの時はまだ父上が当主だったからだ!戦功をあげたのは私だから流れで私になってしまったんだよ!」
「はぁ。で、それがここにいることとどんな関係が?」
「アピールするならエスメル公爵閣下の取り巻きやってた方が楽だろ。待ってるだけで向こうから人が来るし」
「いいんですかそれで……」
エスメルを利用されて怒りもわきそうなものだが、あんまりなアルセリアの作戦に呆れが上回ってため息をつく。それでいて有効ではあるのだからたちが悪い。確かに戻りたての伯爵がせこせこ挨拶して回るよりも、いまを時めく公爵閣下の隣でふんぞり返っていたほうが効率良いだろう。
「まぁまぁいいじゃない。アルセリアだってわが麾下の有望な将校だもの。取り巻きにいても不思議じゃないわ」
「お嬢様、あまりアルセリアを甘やかしては……」
「私の忠臣が随分面倒かけたんだもの。これ位やってあげないと吊り合わないわ」
そう言われるとゼフォルは何も言うことができない。かつてアルセリアに迷惑をかけたのは事実だからだ。エスメルとの二人きりを邪魔されてカッとなってしまったのを反省するが、ふふんと得意げに見ているアルセリアに反省するのをやめた。
「ゼフォル、アルセリアを取り巻きにするのは私にもメリットがあるわ」
「これがですか?」
「これとは何だ」
「ゼフォルもお友達が近くにいてうれしいでしょう?」
「……まぁ嫌ではないですけど」
そう素直に述べると二人は虚を突かれたような顔をしてゼフォルを見つめていた。
「な、何ですか?二人とも」
「いや、ありがとな。ゼフォル、私もお前の事嫌いじゃないし、友達だと思っているぞ」
「絶対否定されると思ったわ」
「わ、私を何だと思ってるのですか⁉」
そう二人に言われて顔を赤らめながらゼフォルは言う。実際らしくないことを言っていることが分かっていたが否定しないわけにはいかなかった。
「あなた少なくとも二年前は友達なんていなかったじゃない」
エスメルの言葉がぐさりと刺さる。実際そうだ。二年前のゼフォルはそれはとんでもないサボり魔で、外聞的には不義の子を任された不憫さを前面に押し出し、他のメイドに業務を押し付け、その狡猾さで周りの人間を意のままに操っていた。
外聞は良くしていたので決定的に嫌われることはなかったし、同僚間でゼフォルをはぶろうものなら、あることないこと吹き込んでそのグループを崩壊させ、ゼフォルは被害者気取りをしていた。まぁそんなでゼフォルにとって駒はいても友達はいなかった。
いやそんなことはない。無視できない友がいたのだ。
「い、いましたよ!友達の一人くらい!」
「へぇー?聞かせてみなさいよ!」
「エスメルお嬢様です!」
「ちょ……急に恥ずかしいこと言わないでよ」
顔を赤らめながらも反論するゼフォル、その内容に今度はエスメルの顔を赤くした。そんな二人の様子をアルセリアはくくく問い笑いながら見ていた。
完全に悪手だった。反論はしたかったがこのやり取りで一番得をしたのは彼女だ。
「くくく……いやぁ嬉しいですなぁ、公爵閣下の覚えめでたくなったどころかこんな仲良しグループにいれてもらえるとは!」
「アルセリア!少し黙りなさい!」
「ゼフォル!貴女が一回黙りなさい!さっきから悪手しかとっていないわよ!」
そんな風にぎゃあぎゃあしばらく三人で騒ぐ。最終的にはこの場で最も階級が上なエスメルが場を納めた。
「全く……今回の戦いでゼフォルは名誉挽回、アルセリアも名を上げだしたわ。貴女達二人を抱えている私も鼻が高いってことよ。別にここで三人仲良しこよししたい訳ではないわ」
「私は構いませんよ。閣下」
「アルセリア……貴女も結構いい性格しているわね」
そう冷や汗をかくエスメルにゼフォルも内心で同意する。アルセリアの性格は直情的で正直すぎるのだ。それは好ましいことの方が多いが本当にいい性格をしている。ようやくエスメルも思い知ったらしい。
だがゼフォルは悪く思ったことは1つもない。エスメルも恐らくそうだろう。ゼフォルと、アルセリア、この二人でエスメルを支える。そんな環境なら望むところだった。しかしゼフォルの高すぎるプライドが完全にへし折れたわけではない。一緒に支えるのは了承するが、一番は自分なのだと。密かにゼフォルはアルセリアに対抗心を燃やしていた。しかしそれは以前までのドロッとした嫉妬ではなく、もっと清らかな、あっさりとした感情のような気がした。