休暇も終わり、帝国軍第二軍は再びせわしなく稼働し始めていた。
戦勝の功績で所属する多くの指揮官たちの階級が上がった。クレッチマーはついに少将へと昇格しかつてのゼフォルに並ぶ階級を手に入れていた。
そして総司令官であるエスメルはついに中将の座を手に入れていた。各方面軍司令官と同じ階級を手に入れたのである。
だがゼフォルとアルセリアの階級は上がらなかった。
アルセリアは階級の代わりにエインへリル家の復権が帝室によって認められたのが原因で、ゼフォルはその功績は大きかったが、やはり恩赦でこの場にいるというのが足枷になっていた。
だがそれ以外何もなかったというわけではない。北部の大勝利を祝って特別に作られた勲章を二人は授与されることになっていた。この勲章を得たのは帝国で四人、残りはベラムトとエスメルだけという本当に価値のあるものだった。
そんな由緒ある勲章を誇らしげに揺らしながらゼフォルは帝城の大会議室、その隣の小さな控室で待っていた。
エスメルは中将として大会議室の方の御前会議に参加している。
公爵にして中将、それはかつてのバルグリフ派閥の重鎮オドールよりも由緒ある立場だ。参加者の中でも上から数えたほうが早い存在にエスメルななっていたのだ。
それもあるだろうが、副官たちが集まるこの控室でのゼフォルに刺さる視線も変わり始めてきた。主人であるエスメルの影響力、そして北部で結果を残したゼフォル自身、階級の落ちた腫物扱いから一転してゼフォルは再び畏敬と畏怖の感情を集めていた。
相変わらずこの視線は心地いい、前まで敗北者と見下してた連中の驚きや歯ぎしりまでが聞えるようだった。
しかし前回の敗北でゼフォルも学んでいる。これらの視線に胡坐をかかないようにしようとゼフォルは気を付けていた。
「お久しぶりです。ゼフォル中佐。北部でのご活躍、お聞きましたよ!」
「アティア憲兵中佐ですか、ふふふ、貴女が駆けまわったおかげですよ」
今度は功績を立てすぎて避けられていたので、やっぱりショックを受けているとアティア憲兵中佐が声をかけてきた。
何だかんだでまた一人だったのはきつかったので話しかけられたことにゼフォルは内心で安堵していた。
「相変わらずお強いですね。私、中佐の指揮をまじかで見てみたいです」
「貴女は裏方だからしょうがないでしょう。それに帝都で見せたではないですか」
「いえ、今だからわかります。ハルクリンド伯なんて相手になっていなかったのだと。もっと大敵とぶつかる中佐を見たかったです」
そう笑顔でいうアティアにゼフォルは気分が良くなった。多分彼女に世辞を言っているつもりはなく、本心で思っているのだろう。だから不快感もなくいい心地にしてくれている。
確かにこんな性格なら出世するわけだ。
「機会があったら見せましょう。もっともあなたが憲兵として有能である限り機会は中々ないでしょうがね。そちらの近況はどうですか?」
「はい。占領地の治安維持で私が北部に行くことになりました。中佐とは入れ替わりになってしまいますね」
「そうですか。あそこは寒かったので防寒着をしっかり着込むことです。間違ってもマントだけ羽織ってればいいやなんて考えない方がいいですよ」
「そんな人いるわけないじゃないですか」
そんな近況報告交じりの雑談で会話を弾ませていく。やはりアティアは話すのが上手いようで自然と喋りこんでいた。
「ですが、北部の治安維持となると期間が長そうですね」
「ゼフォル中佐もそう思いますか?わたしはそうでもないと思っています」
なんだかんだで仲の良いアティアが長く北部に行くを惜しんでいたが、アティア自身にそれを否定される。
ゼフォルとしては意外であった。文化も風土も民族も違う土地の占領などそれこそ難題もかかる大事業だからだ。
「そうなのですか?」
「はい。ほかならぬゼフォル中佐たちが北部蛮族を滅多打ちに殲滅してくれましたからね、もう連中に文明を維持する力なんてなありません、時期に民族ごと帝国の軍門に下ります」
そう言い切るアティアにゼフォルは目の前の憲兵中佐がここまで上がってきた要因が分かった気がした。
確かに何処かほんわかしていて、人に好かれる性格をしている。だがそれ以上に自分が国家秩序の番人である憲兵だとよく理解している。それでいてとっつきやすい性格をしているのだから上に重宝されるはずだ。
楽しく会話を弾ませながらアティアという人物の中枢をゼフォルは覗き込んだ気がした。
会議が終わったエスメルと共に執務室に帰還する。早速今後の展望を話し合っていた。
「第二軍の任務が下りたわ。おそらくあなたが最も求めていたものよ」
「どのようなものでしょうか?」
そうすっとぼけつつもゼフォルの明晰な頭脳には予想がついていた。帝国は周囲の主要な敵を滅ぼし去った。あと残っているのは一つしかない。現在の帝国でも精鋭といっていい第二軍に任される任務も一つしかない
「顔に出すぎよ。帝国領最東部ハルード要塞、これの奪還に向かうわ」
呆れつつも答えるエスメルに気にせずゼフォルは端正な顔ににやりと笑顔を浮かべた。
ハルード要塞は現在王国軍の支配下にある。
ゼフォルがエスメルに匿われ、エルシアの治療を受けている時ももちろん、戦いは続いていた。ゼフォルが完全に放棄したハルード要塞はそのまま抵抗もなく王国軍に占領されてしまっていたのだ。
その後、エスメルとベルズーフの活躍によってそのまま王国軍がなだれ込んでくるという事態こそ防げたものの、ハルード要塞だけは取り返せず、ここ数年で大きく広がった帝国の版図で唯一、敵国に占領された領土になっていたのだ。
「ハルードですか、ここ最近はベルズーフ閣下が帝国東部を担当していたのでしょう?奪還はできなかったのですか?」
「かつてのハルード要塞ならそうだったでしょうね……けど今のハルード要塞は増築に増築が重ねられ、不落の要塞と化しているわ。まるで私の実家みたいにね。ベルズーフ閣下も無理な攻撃ではなく無難な前線整理にとどめたわ」
「どちらにせよ落とせなかったと。ふふふふふふ!」
エスメルは責めるように言うが、ゼフォルは意にも返さなかった。ベルズーフならばかつてのハルード要塞等、無理せず陥落させることができただろう。
しかし今のハルード要塞はかつての姿からはかけ離れている。他でもないゼフォルのせいだ。ゼフォルが詐術で西部貴族から巻き上げた大金に、ヴァン・ウィルベートで学んだ知識をつぎ込んだあの要塞は、帝国の大将閣下の進撃を阻んだのだ。
エスメルがなぜ責めているかは理解できる。ゼフォルが意味不明なほど増築したから突破できなかったのだ。それは理解しつつもゼフォルが増築した要塞がベルズーフを阻んだ事実が嬉しすぎてしょうがなかった。
「ゼフォル。喜ぶのはここまでにしなさい」
「はい」
「全く……誰のせいで苦労していると思っているのかしら?良い?全体の戦況で見れば帝国は王国に対して優勢だわ。けど帝国がいまだ王国の領土に寸土も占領できていないのに、王国はごく僅かなものとはいえ、要塞を一つ占領しているわ。それが今王国の精神的支柱となっている……王国軍は死に物狂いで守ってくるわよ」
喜ぶゼフォルを咎めるようにエスメルが言葉を続ける。それでもゼフォルの喜びのボルテージは上がるだけだった。
確かにハルード要塞を占領したのは王国にとって大きいだろう。少なくともここを取り返されなければ帝国は王国へ進撃はできないし、唯一奪った敵国の領土は戦意向上にも役に立つ。
ゼフォルは自分の作り上げたハルード要塞が2つの大国の覇権争いの焦点になっている事が嬉しくってしょうがなかった。
もし帝国がハルード要塞を取り返した時、まちがいなく歴史の変わり時となるだろう。
「ええ……私の罪は忘れていませんとも。だからこそその償いにハルードは私の手で落とします」
「頼もしいわね。実際元東部方面軍所属が多くて、あの要塞の内部構造にも精通している人が多いということで私に奪還の命令が降ったわ。期待しているわよ?ゼフォル」
「もちろんです。あの要塞について知らぬ事などありません」
小物臭いのは分かっているが、とりあえずベルズーフにたいして一つ思い知らせた。後はハルード要塞を奪った怒りを王国にぶつけるだけだ。
そしてゼフォルにはハルード要塞を落とせると確信していた。
ゼフォルにとってハルード要塞は我が子も同然なのだ。
自らの子供の知らない事などあるはずもない。攻城戦では城の構造をどれだけ知っているかなのだから。