「すごいですねぇお嬢さま、公爵家の歴史の中でもこれだけの大軍がヴァン・ウィルベートを出撃したことはないでしょう?」
「えぇ、そうね」
ヴァン・ウィルベートにエスメル率いる第二軍が駐屯してから数週間後。近隣の部隊や任務中の部隊を帰還させ、物資の備蓄を完了させた帝国軍は満を持して出撃した。目標はかつて帝国軍東部方面軍の本拠地であった。ハルード要塞の奪還である。
主力はベルズーフ率いる帝国軍主力9万、さらにエスメル率いる第二軍3万が続き、根拠地であるヴァン・ウィルベートには別軍の3万の軍勢が留守を務めた。
ゼフォルはその大軍の中でエスメルの副官として傍に侍っていた。
ヴァン・ウィルベートにおいてきた軍も含めれば15万である。帝国はここまでの数をハルード要塞の攻略につぎ込んだ。大将閣下直々の出撃とはいえ、それだけ帝国の国力は回復したということだ。
「その気になれば王国に攻め込めそうですね」
「本気で言っているなら怒るわよ」
「いえ、9万で攻め上った己の愚かさを笑っておりました」
「……」
「お嬢様がそんな顔する必要ないですよ」
この大軍を見てゼフォルは少しナイーブな気持ちになっていた。それを察してかエスメルも表情を暗くさせる。本当にもったいない主君だ。
無理やりかき集めた9万で王国に攻め込んだ自分と、15万そろえて奪われた要塞の奪還を目指すベルズーフ。
少将だったころのゼフォルは指を刺して笑っていただろう。15万も動員して城1つなのかと。どれだけ小心なのか、自分ならもっと戦果を叩きだせると、その慎重さに幾ばくかイラつきつつもあざ笑ったに違いない。
だが、今では笑われるのはゼフォルの方なのだ。先走って敗北した前科がある以上ゼフォルはベルズーフの慎重論を否定できなかった。
「が、ハルード要塞を落とすのにこれだけの兵力を動員されるのは悪い気分ではないですね」
一緒に落ち込んでくれる自分にはもったいない主君をこのままにするわけにはいかないので、適当な話題で誤魔化すことにした。実はこれも本心だ。結局今の今までハルード要塞は奪還できなかったのである。一度もハルード要塞への直接攻撃は行われなかった。ベルズーフの冷徹な頭脳と、北部から面倒事を片付けたい帝国の戦略でそう判断されていた。
それでも一大国家である帝国と今世の傑物であるベルズーフに見逃されるだけの存在感を発揮したのだ。
だが同時に怒りもわいてくる。本来あの要塞はゼフォルが王国の大軍を蹴散らすためにあれだけ固く増築したのだ。なのに結局物資の問題で最後の最後まで本領を発揮できず、数週間で明け渡す羽目になった。そして今では王国軍が我が物顔で占領して帝国軍を阻んでいるのである。
「貴女が増築したからでしょ……報告に上がった見取り図を見たけど、私もびっくりしたわよ!」
「ばれましたか」
「ばれるに決まっているでしょ!いくら西部貴族から巻き上げたのよあれ!」
帝国の本来のハルード要塞の見取り図はもう役に立たない。ゼフォルが勝手に増築したからだ。だがその見取り図はエスメルに託していた。離宮で匿われてるときに之は彼女の戦果になると信じてエルシア伝いで渡していたのである。
「あれを見て上層部皆てんやわんやだったわよ。今日の今日まで攻略が延期されるほどにね」
「光栄です」
「えぇ才能は褒めてあげるわよ。才能は……けどあれのせいで帝国軍は数か月も足止め状態なのだけれどね!」
うがーと怒り出すエスメルにゼフォルは昔を思い出していた。
この状況が不謹慎なのはわかっている。だがこうしてヴァン・ウィルベートから二人で出撃したのが嬉しいのだ。これこそあの日二年前夢見た光景だ。それにエスメルもそこまで怒っているわけではない。本当に嫌がっているのならゼフォルはこんな冗談言わなかった。
「ふん。けどこの罪、あなたの武功で払ってもらうわよ」
「えぇもちろん」
「……本当にうまくいくのよね。もうベルズーフ閣下からも指示が降っているのよ?」
そしてこの状況にあってゼフォルが大口を叩けるのはハルード要塞を落とす算段がもう付いているからだ。あの要塞はゼフォルが増築して最も熟知している。他の誰にできずとも、ゼフォルは成し遂げるつもりだった。
「万事お任せください。お嬢様、ことハルード要塞で知らぬことはないのです。貴女に勝利を」
見えつつあるハルードの尖塔を眺めながらゼフォルは不敵に笑った。
「さて、来ましたね」
「は、はい!」
ハルード要塞に接近した帝国軍を撃退するため、王国軍は3千ほどの兵を繰り出してきた。これに対し、ゼフォルも3千を率いて出撃していた。もちろん総司令官付副官であるゼフォルには直属の兵はいない。エスメルにおねだりをして、アルセリアに頭を下げて得た3千の兵だった。
3千のうち1千はアルセリアから借りた歴戦の兵士だ。一方で残りの2千は新兵に新米士官たちだ。
ゼフォルは北部で圧倒的な功績を立てた。そのため、単独で部隊を指揮する許可はすでにエスメルから降りていた。しかし今回はそれに新兵を訓練することを条件につけられたのである。囮等に使うなどもっての他と言われてしまったし、ベテラン兵はアルセリアの兵なので無理な指揮を執ることはできなくなっていた。これで大きな損害を受ければ二人から叱られる。
変わりとは言っては何だが連れていく新米士官にヘルトアを指名していた。もとよりゼフォルは彼女の実力を確かめるのと、実戦を積ませるつもりだったからだ。
「接敵まで時間があります。ヘルトア、ハルード要塞駐屯軍はせいぜい2万程度、なぜ10万を超える帝国に仕掛けたのでしょう」
この重要局面でゼフォルはヘルトアに質問を投げかける。ゼフォルにとってこの程度の小競り合いは日常とたいして変わらない、だがヘルトアにとってはそうではない、ガチガチに緊張するヘルトアに世間話のように声をかけていた。
「帝国に確固たる陣地を築かせないためです!籠城するにしろ援軍を待つにしろまずは一当てして、敵の勢いを下げなければなりません!そして陣地の構築を遅らせ、作り上げたとしてもいつまた襲撃されるかと不安を植え付けられます!」
緊張して逆に大声が出るタイプなのか、ヘルトアは声を張らせてそれに答えた。敵が接近中だというのになかなか冷静に考えている。それに緊張はしているが、声がはっきりしているのもいい。よく通る声は指揮官にとっては武器の1つだからだ。
ゼフォルはヘルトアの評価を一段上げつつ、質問を続けた。
「なら我々がやるべきことは?」
「襲撃部隊の完全な撃退です!襲撃される不安も、完膚なきまでに跳ね返せば、また返り討ちにしてやるという勇気に代わります!また失敗した王国軍はその士気を大きく挫くでしょう!」
「では敵兵の練度は?」
「この起死回生の一手を打ってくる以上、精鋭部隊で固めていると予測されます!」
「こちらは?」
「精鋭1千に私をはじめとした新兵2千!」
「ではどうしましょうか?」
我ながら意地悪な質問なのは分かっている。練度に差があるなら、守りを固めるなり、援軍を請うのが常道だ。冷静に戦局を見られるものほど、そう判断を下すだろう。
これは上官に消極的な意見をいえるか、そういった質問であった。
「ここは打って出るべきです」
「ほう?」
「敵は自分が仕掛けたが側だと、思い込んでおります。こちらも打って出れば、意表を突けます!そして!こちらに所属する指揮官が凡百ならともかく、今はゼフォル中佐を抱えているのです。中佐の強さと王国へ与え続けてきた影響を考えれば十二分に意表を突く効果を最大限に生かすことができます!」
はっきりと言い切るヘルトアにゼフォルは感心していた。
最初は打って出ると聞いて、そんな判断もつかないのかと思ってしまった。目をかけた熱も一瞬だが冷めてしまった。だが続く言葉に一瞬で熱は再沸騰し、あっという間に最高温度を塗り替えた。
ヘルトアはこのゼフォルすら戦術に充てて考えているのだ。
普通こういった場面では、優等生であるほどに教官抜きで正解を求めようとするだろう。教官の力を頼るの等もってのほかだ。
だからどちらかと言えば、悪評高いゼフォルを前に消極的意見を言えるか、それを問うだけのテストだった。その後に、ですが私ならこうしますよと、打って出る選択肢を示す予定だった。
それが、この誰しもが混乱してもおかしくない前線にあってヘルトアは、教官を前線で使い倒せば勝てるといったのだ。
嬉しくないはずがなかった。少なくともゼフォルには百点満点の回答だった。地位や周りの目を気にすることなく、前線だけを見てあるものを十全に使って勝とうとするその思考、それをこの二番弟子がこの土壇場で言い出したことはとてもいいことだ。一番弟子は優秀だが、少しお行儀が良すぎたからだ。
チラリと、愛弟子を一瞥すれば、不安そうにその体を震わせている。ゼフォルの不興を買ったのではないかと不安なのだろう。それをぬぐってあげるようにゼフォルは自分の佐官用のコートをヘルトアにかけてあげた。
「へ?」
「後こちらもどうぞ」
さらに持っていた指揮棒をヘルトアに渡す。怒られないかと戦々恐々していたヘルトアはポカンとしていた。
「皆さん、聞いてください。いまから司令系統の偽装を行います。我が策はこのヘルトアに授けたので彼女の言うことを聞いてください」
「え!えぇえ⁉」
「さぁヘルトア、存分にこのゼフォル・オデュッセルをつかいなさい。王国軍をどうしてやりましょうか?」
明らかにヘルトアは困惑していた。もっともらしいことを言ってはいるが、要は指揮権を譲渡されたのだ。だが、困惑の表情とは打って変わってその目の奥には、隠せない興奮があるのをゼフォルは見逃さなかった。
「う……うぅ……!ゼフォル中佐は新兵を中心に魚鱗陣形!そのまま敵に突っ込んでください!その他の指揮官方はゼフォル中佐の左右に散開!時を待つこと!」
「「「応!」」」
覚悟を決めたヘルトアの命令に、この場にいたベテラン士官たちは間を置かず是と返す。流石エインへリル家の精鋭。戦場での上下関係が叩き込まれている。
ゼフォルもかわいい愛弟子の命令に、いつもの鉄面皮にたりと口元に弧を描いて、出陣した。
ゼフォルは新兵らを率いて、まっすぐに突っ込んでいった。あっというまに王国軍との距離が狭まる。見ただけで、なかなかの強さをしているとわかった。ヘルトアの考えは正しかったわけだ。しかしそんな手練れたちも接近するにつれて、表情も見え始め、一様に動揺していることが分かった。
「あ、あいつ!悪魔の給仕じゃ!」
「う、嘘だろ!よりによってなんでこんなところに!」
女性、メイド服を模したドレスアーマー、そんな姿をした指揮官大陸広しと言えど、ゼフォルしかいない。そして王国軍は歴戦であるからこそゼフォルの恐怖が染みついていた。恐らく、東部方面軍時代に見たことがあるのだろう。
接近前に弓を構え、親指以外の指に矢を挟み込んで三連射、これを繰り返して、10人近くの王国兵の眉間に風穴を開けてやる。距離が近づけば、弓をしまって抜刀、一番槍とばかりに先走っていた王国兵を一刀のもと断ち切る。あわてて駆けよった敵兵をまた数人血祭りにあげた。
「や、槍だ!刺し殺せ!」
ここでゼフォルを止めるために長槍を突き出される。意に介さず、差しだされたそばから槍を切り払い接近し、最期はただの短めの棒になったものを抱えて呆然とする敵兵を切り殺した。だが間髪入れず次の槍が差しだされた。
学習をしたのか今度は盾でカバーしながらである。だがゼフォルは突き出された槍を伝って接近した。唖然とした敵が叶わんと盾を上に掲げるがそれはゼフォルの思う壺だった。
盾を足場にしてゼフォルは跳躍。王国兵の手がばねになっていた。そのまま空中をかけて、一気に声を荒げていた王国指揮官に接近した。
「ヒヒイッ⁉く、来るな!」
あわてて剣をかかげて迎撃しようとする姿勢は見事だが、腰に力が入っていない。曲剣の片割れであっさりはじくとそのまま指揮官の首をゼフォルは足で固めた。
「ぐぐぅ……や、やめ……」
「贅沢な死に方ですね貴方」
そういってゼフォルは体重をかけて幸せな指揮官の首をへし折った。そしてそのままあっというまに上官の首を折られ、呆然としている王国兵を二刀流で血祭りにあげた。
「ひぃ……な、何なんだよお前……⁉」
ゼフォルの斬撃に腰が抜けたのかうずくまった敵兵が情けない悲鳴を上げる。だがゼフォルにとっては心地よいさえずりにすぎない。そのまま蹴りやすい場所にきた頭を思い切り蹴り上げた。
ゼフォルの殺人剣はさらに磨きがかかっていた。恐らく、武の面では互角であるアルセリアと暇があれば鍛錬していたからであろう。それに少将という重責が下りたことで、体を動かす時間が増えたかもしれない。
「ふぅ……さて……」
「うぉぉぉぉ‼ゼフォル中佐に続け!」
「中佐は一騎当千の英雄だ!」
「王国になんぞ負けるか!」
そうして振り返ると、ゼフォルの英雄的惨劇に完全に血に酔った新兵たちが鬨の声を響かせながら後に続いていた。
これもヘルトアは計算していたのかとゼフォルは思った。今の新兵たちは少し冷静さを欠くほどに熱狂を上げている。それは少し問題ですらあったが、今回に限ってはただしかった。
所詮新兵に感情のコントロールなど期待できない。ベテラン兵が熱狂していたらそれは何かしら悪い問題があるが、新兵の場合は腰が引けているよりかは何倍もマシだ。
今回初陣というのも良かったかもしれない。新兵とは心のどこかで戦場で名を上げるという幻想を抱いて従軍するからだ。そして戦場で現実を叩きこまれ、絵空事を打ち砕かれて必死で生き残ろうとあがいて死ぬか、ベテラン兵になるのだ。
それが今、ゼフォルの活躍によって彼らはまだ幻想を抱いて突進している。こうなると人の感情とは馬鹿にならないもので練度で上回るはずの王国兵を勢いだけで圧倒していた。
だがこれも、一時的なものだ。ゼフォルのおかげで延長されているだけで、この勢いはいずれ力量差という現実でたたき伏せられる。一時の興奮が解ければ恐怖が襲うだろう。だがゼフォルはその心配はしていなかった。
「今です‼ゼフォル中佐に続いてください!」
そう声を張り上げたヘルトアがエインへリル家の精鋭を率いて王国兵を挟み込むように突っ込んだ。
ただでさえ勢いを殺されていた彼らは、やってきた帝国の精鋭部隊に挟撃され完全に潰走しつつあった。こうなれば帝国の新兵の興奮が冷めようが、すべては後の祭りである。
まだ作戦もよく理解できないであろう新兵を、真っ先にゼフォルと突撃させることで初陣特有の興奮を増幅させる。そして戦場の勝手知ったる精鋭部隊で、回り込み畳み掛けるようにしかける。ゼフォル好みの作戦だった。それをヘルトアはこの土壇場で成し遂げたのだ。ゼフォルとしても鼻が高い。
「さぁ敵は壊滅状態です。行きますよ」
そう言ってゼフォルはヘルトアに負けてはならないといわんばかりに新兵たちに指示をだした。ようやく彼らは興奮が冷めたのか、初めて見る凄惨な光景に顔を青く擦るものも居た。
だがゼフォルはそれを殺気すら混じった目で黙らせる。自分達を熱狂させたゼフォルの武勇がお前らにも降りかかるぞと脅しをかけた。鉄面皮に浮かぶすさまじい眼光に彼らは最期の勇気を振り絞って立ち上がって突撃した。