ゼフォルは勢いのままに王国軍を撃退し、ヘルトアとゼフォルは合流していた。
「ち、中佐‼やりました!やつら逃げていきます!けど追撃はしない方がいいと思います!ここは味方と歩調を合わせるべきです!」
「えぇそうですね。ヘルトア」
まだ士官としての初陣の興奮冷めやらぬといったヘルトアが恐る恐るといった様子でゼフォルに忠言する。王国の襲撃があったのは何もここだけではなく、布陣中の帝国軍あらゆる箇所に襲撃があった。
それだけこのハルード要塞を守るのに王国軍は必死ということなのだろう。ここを落とされれば、再び王国本土侵攻を招くからだ。
だが遠目に見ても帝国軍は王国の襲撃のほとんどを跳ね返していた。
無理もない、今の帝国軍は一地方軍でもなく、中央の新兵でもなく、百戦錬磨のベルズーフの主力部隊なのだから。
兵法に精通するゼフォルから見ても、今回の王国軍の襲撃は見事だった。籠城前に一当てする作戦は理解できるし、足並みや襲撃のタイミング、すべてが完璧である。
ハルード要塞を守る王国軍の練度がいかに高く、どれだけの決意で守りを固めているかがひしひしと伝わってくる。しかし相手が悪かった。ベルズーフの軍はいまやこの大陸一といっていい。王国軍決死の反抗も無駄なものとなっていた。
這う這うの体で逃げ去っていく王国軍を誰も追撃しない。確かに追撃となれば戦果を挙げることもできる。だが王国軍の練度も高く、この攻撃にかなり準備を練っていた形跡があり下手に追撃すればハルード要塞からさらなる迎撃部隊が出てきて思わぬ損害を受けるかもしれない。
ゼフォルならそんな鼬の最後っ屁のような攻撃何するものぞと追撃をしていたかもしれない。しかしベルズーフの麾下の将兵達はそれを選ばなかった。ならば今回はおとなしくそれに従うことにした。どうせ手持ちの兵力も少ないのだ。
なにより今回は可愛い二番弟子の力を知れたからそれでよしとすることにした。
「どうでしたか?初の指揮官として?」
「ど、どうも何も!なんで私に指揮権をほっぽり出して前にでてしまったのですか⁉」
「フフフ……どうも何も私が前線を張れば勝てるといったのは貴女ではないですか」
「そ、それはそうですが!」
「上官に前線を張れなんて、なかなか言えることじゃないですよ」
「す、すみません」
そう頭を下げるヘルトアだが、ゼフォルはこれっぽちも怒っていなかった。この思い切りの良さと、使えるものならゼフォルすら使う精神は好ましいものだ。
「いいですかヘルトア、今までは牢獄でいい思いをさせてもらった恩で目をかけていました。ですがそれは撤回です。ヘルトア、貴女はわたし好みの良い指揮官ですよ」
そうゼフォルはヘルトアの頬を撫でた。するとヘルトアはビクッ!と身体を震わせる。恥ずかしいとかどうこうというより取って食われないかを心配しているように感じる。こんなクール美女がそんなことするわけないだろうに。
「ベルズーフ閣下らの配下は皆、追撃をしませんでした。しかしヘルトア、私は貴女となら追撃しても良かったのですよ」
「そ、そうなのですか」
「えぇそうです。確かにリスクはある。しかし今確認した貴女の頭脳、そして私の力量があれば多少の策なら食い破れるでしょう」
蠱惑的な、それでいてどこか危険な色香を纏った笑みをゼフォルはヘルトアに向けた。
「いいですか、確かにベルズーフ閣下麾下の将兵は高い練度を誇りますが、結局は右に倣えの典型です。確かに閣下のもとでなら大きな戦果を叩きだせますが、それだけです……貴女に積極性があればあっという間に肩の星を増やすことができますよ」
ゼフォルが思うにベルズーフ軍団の弱点はベルズーフが偉大過ぎることだ。ベルズーフ自身の指揮と統制が完璧ゆえ彼にさえ従っていれば勝てる。そんな風潮が残っている気がする。そしてベルズーフ本人も勝負や賭けに出る性格ではない。だから彼は不敗なのだ。
彼が去った北部方面軍ですらベルズーフの戦法を踏襲しようとし続けていたのだ。
見上げた真面目さだといいたいがやはりゼフォルの肌には合わない。だが、今さら一人で別行動をしても大した戦果を挙げられないのは分かっている。だからここでヘルトアに功績を立てさせて、己の手足の一つ……いやもう一つの頭脳にしたかったのだ。
「私のもとでなら貴女もすぐ佐官に……」
「いえ、中佐、私の出世のために貴女を危機に晒すことはできません」
「貴女の出世が私の為にもなるのです」
「中佐、私は貴女の力量に感服しています。目をかけられてくれるのもありがたいです。尊敬をしていますよ」
「なら……」
「だからこそ変な贔屓はやめるべきだと思うのです」
今度はゼフォルがビクリと体を振るわせる番だった。贔屓などしているつもりはない。相応の能力を持つものをしかるべきところにつけているだけだ。とは断言しがたかった。今明らかにヘルトアを目にかけているのは牢獄の件もあるが、自分と波長が合うからとも思っていたからだ。
「まだ、私は若輩で、大した戦歴をもちません、しかし私が見るにゼフォル中佐が戦の腕でベルズーフ元帥に劣ることはないと思っています」
「……露骨なお世辞は嫌いですよ」
「私も世辞は嫌いです。でもなければ獄中で書かれた戦術書を大事に読んだりしませんから。自分の為になると思ったから読んだのです」
意外にも歯向かってくるヘルトアにゼフォルは気分が悪くなるが戦術書を出されると弱かった。今さらながらまずいことを言ってしまったかと怯えた顔をするヘルトアに無言で続きを促した。
「中佐はどうにも己自信と周囲の数人のみを贔屓するきらいがあります。もっと全体を俯瞰して多くの人間を巻き込むべきなんです。多くの兵に多くの戦況。それらすべての重責に答えられるだけの頭脳をお持ちなのですから。結局人一人の力より何百人の力を束ねてこそ大きな力になるのです。あのベルズーフ閣下もほとんど前線には出ませんが、多くの人間を動員して戦果をあげている。それが元帥と中佐の違いではないでしょうか」
恐る恐るといった様子で言葉を紡ぐヘルトアだが、その言葉にゼフォルは衝撃を受けていた。
まさかヘルトアに諭されるとは思ってもいなかった。ゼフォルとベルズーフは全くタイプの違う指揮官なのは理解している。だがこうもはっきり言語化されたのは初めてだった。
やがてハッと思考を打ち切るとヘルトアに向き直った。
「うまい断り文句ですね」
「そんなことは……」
「今日のヘルトアは生意気です。弟子のくせに」
「す、すみません」
「ですが、弟子に学ぶのも悪い気分ではありませんね」
そう言ってゼフォルはヘルトアの頭を優しくなでた。
これを思わぬ学びと受けとったほうが、師匠としての面目が保てる気がした。
帝国軍はハルード要塞に駐屯する王国軍の攻撃を完璧に跳ね返した。集結しつつある大軍を集結前に一刺しする。それが王国軍の選んだ選択だったが、相手が悪すぎた。
これが生半可な戦力だったら成功していたかもしれない。かつてのゼフォル率いる東部方面軍でもどこかしら損害は出ていただろう。しかし総数にして10万を超え、総大将にベルズーフ、彼の麾下の精鋭たちにエスメル率いる第二軍すらいる帝国軍は生半可ではなかった。
ゼフォルをはじめとした、優秀な将校たちに率いられた迎撃部隊は難なく王国軍を撃退していた。
そして要塞からの迎撃部隊が沈黙すると帝国軍は一斉にハルード要塞を囲い始めた。
「ここに小勢なら抜けられる小道があります。幾ばくかおいておくべきかと」
「分かった。ケルヒャ中佐は隊を率いて向かってくれ」
「敵の友軍が来るとしたらこの面が危ういです。ここにはなるべく精鋭を」
「ふむ。レンドル少将、一個軍で此処の守りを」
なぜ私がこんなことをしてあげなければならないのだろうと。ゼフォルは内心毒づいていた。
ここはハルード要塞奪還軍の本陣、多くの幕僚が顔を並べている。その階級はほとんどがゼフォルより上だ。そんな彼らを差し置いてなぜかゼフォルは総司令官である元帥閣下の傍らで、提案を繰り返していた。
敬愛するエスメルもこの場にはいるが、他の幕僚たちと同じように顔を並べている。なんでこんなことになったのですかと視線を向けるが、その視線に気がついたエスメルは呆れた顔で視線を返してきた。長い付き合いだからわかる。我慢しなさいと思っているのだろう。
「また、王国が援軍に来るならばここの山地から監視すればすぐに察知できます」
「アレンナ少佐、ここに狼煙台を建設するのだ」
ゼフォルの助言のもと、すらすらとベルズーフが麾下の部隊に指示を出している。なんとまぁ見事な仕事の割り振りぶりだとゼフォルは思っていた。
ゼフォルからすれば元帥閣下直属の帝国主力部隊の編成表など知りはしない。これまで聞いた名前で知っているのは少将のレンドルくらいで佐官以下は知りもしない。だがこれだけ自信をもって、すらすらと指示を出しているのだ。さぞ目の前の男は部下の力量や適性を全て把握した上で指示を出しているのだろう。
指示を受けた部下たちも、命令に対する疑問や不満は見受けられない。皆一様に、自分ならこの任務をなしとげられるし、目の前の大将の指示に従えば勝てると自信をもっているのだ。
ヘルトアとともに、王国軍を撃退しエスメルのもとに帰還したゼフォルだったが、間髪入れずに帝国軍本陣に連れていかれた。本来ならば末席に連ねるはずだったが、なぜかエスメルに指名されて、ベルズーフの傍らにまで連れていかれた。
理由はただ一つだった。
『このハルード要塞で最も詳しいのは東部方面軍をかつて率いたゼフォル中佐、君に違いない。あの要塞を落とす助言をもらいたい』
そうエスメルとクレッチマー、そして元東部方面軍の指揮官たちの推薦を受けてゼフォルはベルズーフのたもとで助言することにしたのである。
ゼフォルからすれば不本意きまわりない。確かにハルード要塞の情報は紙面にして提出してある。あの提出物に手を抜いたつもりはない。
しかし、百聞は一見に如かずとも言う。ハルード要塞周辺の情報はゼフォルの頭の中が一番詳しいという自負があった。
なにせハルード要塞に繋がるすべての道どころか、裏の山道に、地盤の硬さ、地下水の場所すら知っている。
ベルズーフ配下の諜報部隊も情報を探っているだろうし、それをもとに参謀らが研究を重ねているだろう。だがそれでもここ最近東部に進出した彼らと年単位で居座っていたゼフォルでは情報の質が違う。
だがこの頭の中にある情報は全てエスメルの為に使うつもりだったのだ。まさかベルズーフがこの情報がないからといって負けるはずもない。だったらどれだけ彼を出し抜いて戦果を挙げるかそれが課題だったのだ。しかしあえなくゼフォルの知識は今、吐き出されつつあった。
「流石ゼフォル中佐、正確で有益な情報だ」
「光栄です」
だが目の前の男に詐術や嘘は通用しないし、流石のゼフォルもこの局面で味方に偽情報を流したりしない。エスメルの推薦とはいえ、ゼフォルはベルズーフにみすみす塩を与える事態になっていた。
もうしょうがないかと思いつつ、ふとヘルトアに言われたことを思い出す。彼女の言った多くの人を巻き込むとはまさにこの状況ではないだろうか?少なくとも、今、ゼフォルの情報が、ベルズーフを介して10万を超える大軍と、それを支える士官たちに伝わっているのだ。そしてその運用法はほかならぬ目の前のベルズーフが最適なお手本として見せている。
ベルズーフを手本にすれば自分はまだ伸びるかもしれない。そう思ったゼフォルの行動は早かった。
「ベルズーフ閣下、こちらに狼煙台を立てるならば、もう少し南東のこの山に手旗信号を立てるべきです。ここなら王国から逆光になるため合図が分かりにくいはずです」
「成程……ではそうしようか」
ゼフォルは手柄の独占で情報を出し惜しむのをやめることにした。いやむしろ、ベルズーフを教育せんとばかりの勢いで献策を並べていく、同じく戦術、戦略の大家であるベルズーフもよどみなくゼフォルの献策に答えていた。
気が付けばこの本陣にて九割以上の発言がベルズーフかゼフォルのものになっていた。明らかにゼフォルを腫物扱いしていたベルズーフの幕僚たちは、驚愕ののちに感心したような視線を向けており、エスメルはまるで自分の宝物を自慢するような得意げな顔をしていた。
心情の変化があったのはゼフォルも同じだった。ベルズーフとは少将の頃も役職柄同じ会議に顔を合わすこともあった。だがずっと心の底では嫌っていたし、会議といってもどれだけ彼を出し抜く案が浮かぶか、そればかりを考えていた。
しかしこうして二人で意見を交わしあい、作戦を立てていくと意外にも馬が合っていた。ゼフォルにとって凡百の仕官の意見など取るに足らない。そのほとんどはすでに思いついているか、愚策だからだ。
しかしベルズーフはゼフォルとは違うベクトルに伸びた高度な作戦をたてる。話していて幾度も思わず成る程と声に出そうだった。そして異なる意見をぶつければ納得のいく解説を始め、なおかつゼフォルの意見を取り入れてより良いものにしてくれるのだ。
これがベルズーフか、ゼフォルはらしくなく感動していた。彼は明確に上だ。ゼフォルにとって弟子は何人かいる。しかしゼフォルを弟子にしうるほどの傑物は目の前の男しかいないだろう。
そう認めつつも、ここまでの天才っぷりを見せつけられるとやはり腹が立つ。だがゼフォルは彼と二人で作戦を考えるこの時間がどうしても心地よかった。