ベルズーフの本軍が王国軍の援軍の迎撃に向かい。ハルード要塞を囲む帝国軍はエスメル率いる第二軍3万のみとなった。もっとも、こうなってはもう包囲とは言えない。10万を超える大軍だから要塞の四方を隙間なく固められたのだ。
残った第二軍に同じことができる兵力はない。ハルード要塞から延びる主要な街道のみを封鎖し、要塞守備隊が援軍と合流出来ないように、それを目的とした陣形をとった。
できるだけ絞ったつもりだが、それでも兵力の分散は避けられない、約2万弱のハルード要塞に籠る王国軍を相手するには心細い陣容である。
要塞の包囲すべてを監督する本陣……ではなくゼフォルはそこから離れた人気のない山の麓、そこに駐屯していた。隣には総司令官であるはずのエスメルもおり、率いる兵は1千ほどでしかなかった。
「本当に貴女、こういったことには手を抜かないわよね……」
「失礼な。私はいかなることでも手を抜きませんよ」
先行してゼフォルはエスメルを抜け道へと案内する。山道をどんどん進んでいき、人の踏み固めた形跡が少なくなっていく。遠くからは獣のいななきすら聞こえるがそれにおびえる者はこの軍勢に一人たりともいなかった。
こんな人気のない山奥に入り口を作ったのは完全にゼフォルのこだわりだ。自分が造った抜け道の出口がばれるなどあってはならない。わざわざ獣の多く、人が寄り付かない山を選定し、そこに入り口をもうけたのだ。工事中は野生の熊やオオカミを軍を訓練の一環と称して一掃した。
あれからかなりの月日が過ぎている。自然とは雄大なもので一度一掃したというのにすでに新たな獣たちが住み着いているらしい。それを確認してゼフォルは満足げに笑った。
「お嬢様、動物たちが住んでいますよ」
「そりゃ山なんだから当たり前じゃない」
「いえ、私は抜け道を作るとき、この山の生態系を一掃しました。工事に邪魔な奴だけではなく文字通り一掃です」
「……生態系が復活しているということは王国軍はこの地に手を付けてない。そう言いたいのね」
「正解です」
「貴女……この戦いが終わったら教会でも行きなさい。なんかもう呪い殺されそうよ」
「畜生ごときが私を呪い殺せるなら、とっくに王国の亡霊に殺されてますよ」
わざわざゼフォルは定期的に兵を出してこの地の獣を駆除し続けていた。それが今、復活している。人の手が加えられたところなど一つもない。つまり王国軍はこの抜け道に気が付いていないということだ。
気が付いていたらなんかしら人の手が入っているだろう。しかしゼフォルの観察眼をもってしてもそういった痕跡はなかった。
説明もなしにほぼ正解したエスメルを褒めようと思ったが、あまりの非道さに心配をされてしまった。
抜け道を完璧なものとする。その目的の為だけに獣とはいえ一つの生態系を崩壊させたのだ。いくら相手が動物とはいえあまりに非道徳的な行動だ。
だがゼフォルは後悔などしない。ハルード要塞が完璧になるなら動物ごときの命に気遣ったりしない。そもそもゼフォルは神やら霊的なものを信じたりしていない。
いや、都合よくしか考えていないといった方が正しいだろう。大多数の人間より優れているゼフォルは神頼み等したりしない。むしろ相手を神が贔屓したら困る。幽霊や呪いだってそうだ。ゼフォルは勝ち続けて相手を殺し続けるのだから本当にそういった存在がいたら真っ先に襲われてしまうだろう。一度負けたくせにそんなわけのわからない方法でリベンジしてくるなどごめん被る。ただ優秀なだけでゼフォルだって命は1つしかないのだ。
最も自分が死にそうになったときは地獄でもう一戦して殺すと、かなり都合のいい解釈をしていた。
そんな不気味な話をしながら、一行は足場の悪い獣道を抜けて、洞窟の中にまで入っていった。かつて巨大なクマが住処にしていた場でもあり、ゼフォルが首を刎ねた。
「本当、変な所に作ったわね。こんな不気味なところ、士気が下がるわよ」
「いえいえ、お嬢様、今回つれてきたのは精鋭の中の精鋭、むしろ王国に奇襲ができると戦意をたぎらせてますよ」
今率いる軍勢はエスメルを総大将、ゼフォルを副官として構成された1千ちょっとの軍勢は確かに少数だ。しかしそれが気にならないほどの精鋭部隊で固めている。
ゼフォルにとって忘れられないあの日、ヴァン・ウィルベートで最初の突撃をした1千をできるだけ参加させていたのだ。エスメルの初陣の時から参戦していた彼らは、そのままヴァンダル高原の戦にも参戦し、その後はゼフォルと共に東部方面軍へと参加し、王国と死闘を演じ続けた。
もちろん二年も続く戦いで戦死し、交代や補充で入れ替わっている者もいる。だが今の彼らは中将にして当主となったエスメルの供回りにしてウィルベール家の宝とも言っていい、最強部隊だった。
そこにさらにベルズーフからの援軍として全員が魔術師で構成された最精鋭部隊まで預けられている。高々100人ちょっとの軍事的には小さな数だがその質はすさまじいものだった。
実戦慣れした魔術師が集団戦を行っているのである。ゼフォルとて祖国である帝国の大きさはよく理解している。この2位の王国と僅差とはいえ、大陸でもっとも大きい国だし、歴史も古い。由緒正しい魔術を放出できる人数だって多いだろう。
その利点を、ベルズーフが、バルグリフ陛下が理解していないはずがない。そういった人材は貴族が多くある種の特権階級だったがゆえにあまり前線で目にすることはなかったが、今の帝国では実戦的な部隊が造られているという噂は聞いていた。
その成果が目の前にある。そしてその実力は想定以上だった。残念ながらエスメルほどの魔術の練度を持つものは存在しない。当たり前だ。エスメルは魔術師の中でも上澄み中の上澄み、そんなのがポンポン現れたらとっくのとうに帝国は大陸を支配しているだろう。
それでも、エスメルのようにバカスカ連発はできないが、10数人くらいなら一撃で吹き飛ばす魔術弾を数発放つことができる。これだけでほとんどの魔術師の平均を上回っていた。
それ以上にゼフォルが驚いたのは、普通の兵士としてもベテランといっていい練度を持っていることだった。普通魔術師という連中は、貴族が多く、ゼフォルほどではないが貴意が高い、やれ天幕が狭いだの飯がまずいだの前線でしょうもない文句を言ってくる連中が多いイメージがあった。
しかし彼らはそうでない。魔術を使う関係上エネルギーを多く使うため食料こそ特別な栄養価の高いものが用意されていたが、それ以外は普通の兵士と大差なかった。自分達で天幕だって張るし、休憩となれば自然に見張りを決めて後退で休む。ここまでの獣道も、洞窟の中も、魔術を察知されぬようにしっかりと軍用ナイフで道を切り開き、手に持った小さな明かりで薄暗い山道を進軍していた。
なるほど、この作戦にベルズーフが派遣するわけだとゼフォルは納得した。この作戦、抜け道を進み敵軍の中央を叩くのが目的だ。
そこに隠密行動も可能とし、万の大軍にも匹敵する破壊力を持った魔術部隊を投入する。これではいかに要塞に籠った王国軍もひとたまりないだろう。
よくもまぁベルズーフもこんな隠し玉を持っていたというものだ。確かに作戦を考えたのはゼフォルだし、抜け道を作ったのもゼフォルだ。手持ちの第二軍の精鋭部隊でも陥落させる自信はある。しかしこの戦いでベルズーフのつくった魔術部隊も大いに戦果を挙げるだろう。
ある意味、ベルズーフの切り札と、ゼフォルのハルード要塞の一騎打ちということだ。まぁ作った本人が攻め手にいる以上最も先は見えているが。
「さて、ここをこうですね」
「これ家にもあったわね」
「お嬢様の家が変なんですからね?」
ゼフォルを先頭にした一行は洞窟を進んでいき、いくつかの分岐点をよどみなくゼフォルがあんなにすると明らかの人工物の壁が見える。その一部を押すとガコンと仕掛けが作動し、通路が露わになった。
さらにその先を剣で蔦などを切り払って進んだ。
エスメルが家のようだと称するが、家とはかのヴァン・ウィルベートに他ならない。ちなみにこの洞窟では振るえないので彼女の戦斧は後方の味方兵士3人がかりで運ばせていた。
「この仕掛け、起動したのは今が初めてです。王国軍は知らないでしょう」
「奇襲は成功するということね」
「その通りです。狭いですがここで休憩をとり、攻撃の準備をしましょう。ここを抜ければ要塞中央部へなだれ込めます」
「エスコートは任せたわよ」
そうエスメルが期待した様子で言うと、ゼフォルは自信たっぷりの表情で返した。
「もちろんです。お嬢様の実家には及びませんが私が手がけたハルード要塞、細部から全て詳細に案内しきって見せましょう」