戦況に心境、そのすべてがゼフォルを後押ししていた。
率いるのは200程度でしかないが、それだけの最精鋭がいればゼフォルにとって十分だった。本城から飛ばされるエスメルの魔力弾も王国軍の指揮系統を突き崩し、援護をしてくれていた。
本城から広がる内庭そこにいる王国兵達を数の差などものともせず次々に血祭りにあげ、進撃を続けていた。
「全軍ここで防御陣をしいて待機」
ゼフォルはおもむろに、四方を囲まれない一角まで進むと全軍に指示を出す。それ以上の細かい指示は不要だった。全員がベテランで揃えられた彼らはゼフォルの一言だけでやるべきことを理解し、近場の資材や王国軍から奪った武器をかき集めて防衛線の構えをとっている。その姿に満足するとゼフォルは一人で駆けだした。
そのまま、ひと際高い見張り塔に接近し、軽やかな身体を活かして、塔の外壁を登っていく。すでにこの塔周辺の反撃はほぼ存在しない。すでに頂上の見張り部屋は帝国魔術兵の魔力弾で吹き飛ばされ、周辺の王国軍もかたずけられている。散発的に矢が飛んでくるが、そんなものでゼフォルは阻めない。
焼け落ちた最上部まで登り切ると、ハルード要塞の全容が確認できた。ゼフォルは全体の戦況を確認するためにここまで登っていた。
「流石はアルセリアとクレッチマー、私の脇を固めていただけありますね」
まずいの一番に確認したのは、ハルード要塞をかこっていたアルセリアとクレッチマー率いる本軍の状況だった。いくら指令室を吹き飛ばし、混乱させたとはいえハルード要塞は堅城中の堅城、手こずっていないかと心配してたが、杞憂だったようだ。すでにハルード要塞を囲う二重の城壁のうちすでに外壁を突破しており、内壁への攻撃を開始している。
ゼフォルがその実力を認めていて、エスメルが任じたのだ。この混乱を逃さず、王国軍の守りを突き崩していた。
「お嬢様も順調のようですね……もう心配などいらないのかもしれません」
本城の上層部を見ると、魔術兵たちを率いたエスメルが元気に魔術をぶっ放している。周辺の王国兵も反撃しているが、どれも決定打には至っていなかった。
ゼフォルが固めておいた下層から進撃しようとするが、エスメルが足元をおろそかにするわけもなく、打ちおろされて無事粉砕されている。
「まさかこのハルードが落ちるとは……」
城壁も本城も帝国軍の優勢一色だ。このままいけばこのハルード要塞は落ちるだろう。その光景をゼフォルは複雑な表情で眺めていた。
ハルード要塞はゼフォルがその知識すべて動員して建造した堅城なのだ。それが二度目の落城の憂き目にあっている。
一度目はほぼ空にしての無血開城。二度目はほかならぬ現在進行形でゼフォルの手で葬ってやったのも同然だが、こんな短い期間で自らが造った要塞が二度も落ちるとなると流石にかなりへこんだ。
だがそんな感傷に浸っている場合ではない。まだ戦いは続いているのだ。王国軍は混乱こそ起こしているが、それも落ち着き、各自が要塞の守りの固いところに固まって散発的な抵抗を続け出した。
初戦こそゼフォルが司令部への強襲という反則まがいの攻撃によって、一方的に押すことができたが王国軍もなかなかに粘り、落ち着いてきたのか抵抗力を取り戻しつつあった。
ゼフォルが要塞内のあらゆる場所で防御陣地築けるように作っただけあって、指令室をつぶされてもその防御力は健在だ。事実アルセリア達は内壁の攻撃に苦戦しているようだった。
ならばこのゼフォルがやることは1つだった。
「全軍、内壁を守る王国軍の後ろを突きます」
素早く焼け落ちた見張り塔から駆け下り、ゼフォルは麾下の200へと指示をだした。
ゼフォルは麾下の兵と共に内壁を内側から攻撃した。数千の敵兵が守っているが、そもそも外側からアルセリアらに攻め込まれ、エスメルからの援護もあるのだ。ゼフォルならばたった200でも攻め込むことはできた。
周辺の敵を討ち取り、階段を上って城壁の上へ到達する。
「全軍、突撃」
そして城壁の上を進撃した。
「て、帝国兵だ!内側から攻め込んできやがった!」
「じ、じゃあ、本当に本城は……」
「う、うるせぇ!俺が知るかよ!応戦しろ!」
「そう言ったて!そ、外からも来ているぞ!」
内壁でなんとか抵抗していた王国軍だがこのゼフォルの進撃によってその均衡は崩れつつあった。
「控えろ王国軍!お前らの大好きな悪魔の給仕様がこの城塞を取り戻しに来たぞ!神妙に明け渡せ!」
ゼフォルの側に控えていたベテラン兵士の一人が声を荒げてそう叫んだ。事前にゼフォルが仕込んでいたのだ。こんな宣言恥ずかしくてやりたくもないが、ゼフォルの異名は王国軍一の恐怖として刻まれている。こうして前線にいたって大声で吹聴すればその効果は大だろう。
「くそ⁉もう奴が来てるのかよ!」
「奴はここに住んでいたんだぞ!構造もバレバレじゃないか!」
「こんな不吉な要塞守るんじゃなかった⁉」
実際ゼフォルの羞恥心を犠牲に王国軍は大混乱を起こしていた。
そうやって壁上の王国軍を蹴散らしていく。混乱している有象無象など問題ではない。しかし遠目に王国軍が未だに固まっている場所が見えた。
内壁の正門、その壁上の王国軍は未だに固まって抵抗し続けていた。
悪あがきでしかないが、悪い選択ではない。ここさえ落ちなければ帝国軍が雪崩を打って乗り込むことは出来ない。逆にここさえ押さえれば大勢は決する。攻撃するならばここだとゼフォルは兵を率いて向かった。
壁上を伝って城門上まで向かうと、王国軍は確かな統率を保っていた。指揮官クラスの人材が怒号を上げて指示をだし続け、周りを固める兵士たちも装備の質がいい、残った精鋭をここに固めている。
こうまで追い詰められた時点で論外だが、この絶望的な状況下で最善手を打っていた。
そこそこできるのがいるようだとゼフォルは分析していた。無駄に手こずるが悪くないことだと思った。王国軍は今さら脱出できない。王国の優秀な指揮官がまた一人間違いなくここで死ぬからだ。
城壁上で方陣を組んでいる王国軍はさらにその陣形を中心に魔術部隊による魔術防護で守っている。あのザヴァンが使っていたものと同じだ。それを大人数で発動させることですっぽりと方陣を囲んでいた。そのため魔力弾や、弓といった飛び道具を無効化していた。
しかしああいった手合いには弱点がある。ゼフォルはその辺の槍を手に取ると、疾走して思い切り投げつけた。ゼフォルの放なった槍は、魔術の防御を食い破り、陣中へと飛んでいった。
魔術の防護とて万能ではない。ゼフォルほどの強者の一撃なら突破ができた。投げた槍はそのまま真っ直ぐひと際豪華な装備を付けた指揮官に向かっていき、彼の抜いた剣で弾き飛ばされた。
「これで終われば、一瞬でしたのに」
「……悪魔の給仕だな?」
飛んできた槍を一瞥して、敵の指揮官がこちらに向き直る。それにあわせて敵の方陣そのものがゼフォルに殺気を向けていた。常人なら卒倒するほど濃い殺しの気配をゼフォルは涼し気に受け流した。
「えぇそうですとも。わかっているのなら降伏なさい。すでに本城も落ち、あなた方に勝ち目はありません」
「いや。まだだ。本城にいる貴様ら帝国軍は少数。踏んばってさえいればじきに援軍も到着する。追い詰められているのはこんな少数で城内にまではいってきたお前たちだ」
空元気を言う勇気はあるらしい。真に軍勢が追い詰められるのは敵に囲まれたときではない。指揮官が弱音を吐いたときだからだ。
「そして罠にかかったのはお前だ悪魔の給仕!不用意に出てきたツケを払ってもらうぞ!我が名は王国将軍ヘイゼルが子、ハインリヒ!貴様だけはここで殺す!」
そう言って王国軍の指揮官、ハインリヒは剣を振り上げ、麾下の兵に突撃を命じた。方陣の隙間から王国軍が殺到しゼフォルに刃を向ける。援護するように矢も飛んできた。
「考え方は悪くはないですよ……ただ殺れるかはどうかは別ですがねぇっ!」
ゼフォルも両手の曲剣で矢をはじき、寄ってくる王国軍を細切れにしていく、おそらくハインリヒは気が付いているはずだ。司令部の爆風、内側から現れた帝国軍、もう自分の父である総大将のヘイゼルは亡き者になっているということ。
だがそれを噛み殺すと同時に覚悟を決めたのだろう。手引きした悪魔の給仕がここにいるということ。そしてこの場で軍を固めていれば必ず給仕は向かってくるということ。
彼はこの壊滅的な戦況でせめてゼフォルだけは消そうと策を編んだのだ。その覚悟だけは認めても良かった。
今、ゼフォルの周りに帝国兵はほとんどいない。ただでさえ200という少ない軍勢から離れ、先ほどの投擲で距離を詰めすぎた。しかし問題ではない。城壁の上は狭いのだ。最大でも一対三の状況を作れるここならばこのゼフォルが討ち取られるはずもない。
「ほらほらどうしました?このままでは私を討ち取るなんて――」
「今だ!」
お前らの渾身の作戦など意味もない。そうゼフォルが笑って煽ると、しめたとばかりにハインリヒは指揮剣を振るった。すると先ほどまで魔術防壁を張っていた王国魔術師たちがこちらに杖を向けていた。
閃光と共に爆風が城壁をなぎ払った。だが標的にされたゼフォルは健在だった。敵魔術師が存在している時点で魔力弾による攻撃は予測していた。杖を向けられているのを理解すると、とっさに城壁の外へと身を躍らせ、壁にへばりついて爆発を回避していた。
「終わりだ給仕」
「……」
だがへばりついているこの態勢は不利だ。急いで上がろうとするがゼフォルの真上に人陰があった。ハインリヒが剣を抜いて構えていた。指揮を執る姿しか見ていないか未知数だったが、この距離を一気に詰めるあたり、相当な使い手のようだ。
「貴様は父の……いや、多くの兵達の仇だ。絶対に殺す。下に逃げても空中では矢をよけられまい」
このまま上がればハインリヒの剣で切られ、降りれば彼の言うとおりハチの巣になるだろう。ハインリヒは勝ちを誇りもせず、ただただ憎悪の目を向けていた。追い詰められたゼフォルだが、その端正な鉄面皮の口だけをにたりと歪ませるだけだった。
「あなたこそ傘から出てしまって大丈夫ですか?」
「何を……」
追い詰められてるのに意味深に笑うだけのゼフォルにハインリヒは困惑する。直後、巨大なものがハインリヒを襲った。とんでもない重量物が激突したような音とともに、城壁が揺れる。先ほどの笑みとは裏腹にゼフォルは必死になって指を食い込ませて耐えた。
すぐにその轟音に乗じて城壁の上に舞い戻ると、そこにはまっ二つになったハインリヒと、城壁に深々と突き刺さった大きな戦斧……エスメルの大斧が突き刺さっていた。
「な……んだ……これは……?」
「私には怖い保護者様が常に監視していますからね、危機が及べばすぐに助けてくれます。はぁ……自分で言っておきながら情けない」
「ば……かな……すみません父上……」
あのエスメルが城壁上で統率のとれた王国軍を見逃すはずがない。魔術防壁で手こそ出せなかっただろうが、ずっと様子をうかがっていたはずだ。そこで自分が、敵の指揮官であるハインリヒをおびき出し、守りの及ばぬところまで引きずり出す。そうすればあとはエスメルの攻撃で終わりだ。
わざわざ斧を投擲したのはゼフォルに爆風が及ばぬようだろう。まぁ斧も斧で城壁が大きく揺れたのでどっこいどっこいだったと思うが、エスメルの気遣いなら素直に受け取ることにした。
本城にいる見慣れた姿に礼を込めて手を振るが、何も帰ってこない。と、思いつつ先ほどまでハインリヒがいた陣形に紫電の魔力弾が突き刺さった。
あっけなくハインリヒが討ち取られ、陣形を崩した彼らの守りは正常に機能せずほとんどの兵士が吹き飛ばされた。エスメルの真面目にやりなさいと言わんばりの返答にゼフォルはすさまじいなと思いつつ、残敵に向きなおった。
「もうハインリヒ様も魔術の守りもなくなりましたよ?どうしますか?」
「馬鹿を言うな!我々もこの城を枕に討ち死にする覚悟よ!」
「ふふっ!それでこそ精鋭ですね!」
すでにゼフォルの麾下の兵も戻ってきている。ゼフォルはエスメルの残飯を処理せんと全軍に突撃を命令した。
数刻がたちハルード要塞は完全に陥落した。ゼフォルらは内壁の正門を開け放ち帝国軍は大軍で雪崩れこんだ。そうなれば後は消化試合だった。ちなみに外からの一番槍はアルセリアとヘルトアだった。城塞に残された王国軍はほとんどが排除され、討ち死にか、捕虜となった。
帝国の旗が翻り、兵士たちが戦勝を祝っているのをゼフォルとエスメルは本城の司令部から見下ろしていた。
「立派な城塞ね、本当、わたしの実家みたいよ」
「それを参考に建造しましたので」
そうエスメルは言ってくれるが、この司令部もエスメルの魔法で消し飛んだ後なのでそこらへんに瓦礫や資材が散乱していた。
その光景を複雑な心情でゼフォルは見ていた。ハルード要塞はやはり思い入れ深い。自分で増築したのもそうだが、東部方面軍副司令官として随分長くこの地で過ごしたのだ。それがこうして敵に奪われ、奪還したとはいえ半壊寸前にまで痛めつけられたのは、基本的に薄情な、いや薄情な分軍事には熱を入れているゼフォルだからこそくるものがあった。
ハルード要塞はもっと鉄壁の要塞のはずなのだ。それがゼフォルの誤断で無血開城し、次はゼフォルの手ずからあっさり陥落すると要塞としてあんまりな戦績を残していたからである。
「結構ショックだった?」
「い、いえそんなことは……」
「魔術を撃ったのは私だわ。ごめんなさい」
そう気を落としているとエスメルに慰められた。どうやら顔に出ていたらしい、いやゼフォルの鉄面皮は完璧だ。しかしエスメルにはわかってしまうのだろう。
ゼフォルが仕立て上げた指令室も、いまやエスメルの強力な一撃で無残な姿となっていた。もちろんエスメルに怒りを持っているはずがない。ただ自身の傑作をこんな無残な姿で見せるのが嫌だった。
「お嬢様の魔術がなければ初撃で敵将ヘイゼルをやれなかったでしょう。……この要塞の結末も私の自業自得です。むしろ取り戻すのにお手を煩わせました」
そう姿勢を正してエスメルに礼を言う。ハルード要塞を堕としたといえども、まだ戦いは終わっていない。くだらぬ感傷に浸る暇はない。
しかしエスメルが妙なことを始めた。散乱している椅子の中から比較的に状態のいいものを持って、司令官用の席があったところに運んでいた。
「お、お嬢様?」
「ゼフォル、飾りなさい」
「え?は、はい!」
言われるがままにゼフォルも無事な敷物や調度品をあつめてその席を飾り付ける。一通りそろえると。その席にエスメルが座った。
「どうかしら?」
「……⁉」
少し視線を逸らせば瓦礫が散乱している。なんなら居座る椅子すらありあわせだ。しかし確かに今エスメルがハルード要塞の司令室に座っていた。
自身の作り上げた要塞にエスメルが君臨する。それはゼフォルがこのハルード要塞を増築したとき、最も見たがっていた光景でもあった。オドールが座っていたときはエスメルが座っていればと何度も思ったし、一瞬だが王国のヘイゼルが我が物顔で座っていたときなどただただ殺意しかわかなかった。
指令席に誰が座るなどはっきり言ってどうでもいいことだ。本当にくだらない、子供のような我儘でしかない。けど目の前の主君はその気持ちを汲み取ってわざわざ実現してくれたのだ。
「絵にしたいほど……嬉しいです」
「そ、そんなに言われると恥ずかしいわよ」
「お手を……よろしいですか?」
子供のようなわがままを年下のエスメルにかなえてもらったことに気恥ずかしさがゼフォルを襲うが、ここまできたらもうやけであった。エスメルの手をとってゼフォルは跪く。
これがいい。愛しい主君をハルード要塞の支配者に、そして自分はその下で跪く、ゼフォルの武人としての全てを駆けた渾身の忠誠のあらわれであった。
「しばらく……このままで」
「……いいわよ。あなたのたのみなら」
いまだ喧騒に包まれる要塞で、ゼフォルは完全にエスメルに甘えていた。