この戦い最大の争点であるハルード要塞の陥落によって、帝国軍と王国軍の戦いは終息に向かいつつあった。
要塞の制圧をエスメルとクレッチマーに任せ、ゼフォルはアルセリアと共に一足先にベルズーフ率いる本軍の元へ援軍へと向かったが、到着する頃には戦いはほとんど終わっていた。ベルズーフ率いる本軍と、王国軍は大きな衝突もなく、要塞の救援に間に合わなかった王国軍の撤退という形で幕を閉じていた。
「くくくく……我々が要塞を落とすのが速すぎたようですね。もう少しすれば面白いものが見られたでしょうに」
「また変なことを考えているだろ……」
撤退していく王国軍を眼下にとらえながら、ゼフォルは笑っていた。呆れた顔のアルセリアに、緊張した顔持ちのヘルトアと一緒だった。
「王国の連中も無理して援軍を出しただろうに、空回りで終わりだ。我らは要塞を奪還した。それでいいじゃないか」
「甘いですねアルセリア……ヘルトアは私の言わんとしていることが分かりますか?」
「は、はい!ベルズーフ閣下の軍勢は強力極まりないです!王国軍の援軍とぶつかっても有利に戦いを進められます!ならば今回この有力な戦力を睨み合いで終わらせず、正面切って戦い、少しでも多く王国軍を削っても良かったかと!」
「ヘルトアはよくわかっていますねぇ」
ゼフォルはヘルトアが自分好みの返答をしたことに大いに満足した。
ベルズーフが足止め、エスメルが主攻と役割を分担したのは大いに理解できる。だが足止めのベルズーフ軍だけでも十二分に強力な部隊なのだ。いっそこちらも攻めかかってしまえば今回の戦い、ハルード要塞を落とし、かつ援軍に来た王国軍を殲滅することすら狙えたはずだ。
可能性はかなりのものがある。ベルズーフとエスメルという帝国の中で指切りの指揮官が2人そろっていたのだ。多少離れていても連携できただろう。少なくともゼフォルが総司令官だったらそう命令を下していた。
「確かに今回の帝国軍の充実ぶりからいって完全に目のない作戦じゃない。だがそれを承知でベルズーフ閣下は安全策をとったんだろうさ」
ゼフォルの作戦にアルセリアは反論してきた。だが彼女もあながち的外れではないと称してくれた。
今回の戦いでベルズーフが仕掛けなかったのはひとえに彼の性格が慎重だからにすぎない。彼は勝ちの目を狙うというより失敗の目をつぶしていくタイプだからだ。
だがそれでもゼフォルはこの戦いの結果が嬉しかった。
「ふふ、今さらその決定に不満をいうわけではないですとも。少なくともハルード要塞は落とせました。これで帝国は完全に国境を取り返したのですからね……そういえばアルセリア、ヘルトアはどうでした?」
「素直なお前、って感じだったぞ、よく頭が回るし、献策も的確だ。たまに強硬すぎることもあるがな」
「こ、光栄です!」
「初戦でアルセリアからここまで評価されるなどなかなかないですよ。彼女は思ったことをずけずけというので」
「ずけずけ言っても聞かなかった奴がいるけどな」
少しからかうつもりで言うと、アルセリアからなかなかに痛いカウンターが飛んでくる、軽く睨みつけるが、彼女には効きやしなかった。気が付けばヘルトアがおびえていたので、本筋に戻る。
「まぁともかく!アルセリア、このままヘルトアをよろしくお願いします。貴女にとっても悪い話ではないはずです」
「いいだろう」
「ヘルトアも、アルセリアのもとでよく学んでください。けっして遠慮をしないように、彼女は貴女の策を精査する頭脳と採用する寛容さを持っています」
「わ、わかりました!」
そう返事をした二人にゼフォルは満足した。今回の戦といい、確実にエスメルの陣営は強化されつつある。この調子なら次の戦も問題ない。そう確信していた。
「エスメル中将、ハルード要塞を奪還できたのは君のおかげだ。感謝する」
「閣下の軍が王国軍への足止めをしたうえでの勝利です」
「それでもだ。こうも短期間にあの城を落とすのは相当の能力を持たねばできなかっただろう。この戦い、功績第一位はエスメル中将だ」
「光栄です」
エスメルが功績第一位に数えられ、それを皮切りに次々と他の帝国将たちも功績順に呼ばれ始めた。
ゼフォルはひとまず、エスメルが第一位だったことに満足してそれを眺めていた。しかし待っても待ってもゼフォルの名前は呼ばれない。
なぜ呼ばれないかは理解している。ゼフォルの功績は大だが、功績の根幹たるハルード要塞の情報はグレーどころか真っ黒なことに手を染めて建築したことによるからだ。
こんなに多くの人が集まる場で大々的に称えることはできないだろう。もともと大事にはできないと思っていたし、エスメルからも説明があったのでゼフォルは納得していた。
今さら自身の栄光や進退などどうでもよかった。もはやこの身も心のエスメルの物だ。エスメルが栄えれば同じように栄えるし、そんなことさせる気は毛頭ないが、エスメルが衰退すればそれに続くだろう。
だから大事なのはエスメルと帝国第二軍の功績だった。かなり早い段階でアルセリア、クレッチマーの両名が選ばれている。
確かにベルズーフの本軍は強大な軍団だが、今回の功績争いは第二軍の圧勝といって良かった。
この結果こそゼフォルが最も欲していたものだ。
ただただ功績争いに勝った。そんな単純なことではないのは分かっている。ベルズーフは足止め、エスメルが攻撃と作戦通りにうまくいっただけのことで、たまたまエスメルの方が目立つ戦果を上げただけだ。性格的に可能性は低いが、ベルズーフがその気なら足止め中の王国軍に攻撃をしかけていくらでも功績を稼げたはずだ。
それでも、それでもである。今回の戦いエスメルはベルズーフ以上の活躍をしていた。それは誰が見ても明らかだろう。
これは決してまぐれではない。クレッチマーの冷静な部隊指揮が、アルセリアの勇猛さが、そしてゼフォルの頭脳が、何よりそれらを統べるのにふさわしいエスメルのカリスマがこの勝利を手繰り寄せたのだ。
今もベルズーフの側に立っているエスメルを見ながらゼフォルは確信する。
帝国軍でエスメルを階級で上回る人間はベルズーフ以外にも何人かはいる。だが純粋な能力だけでいえば、エスメルは間違いなく帝国軍で二番手に入るだろう。
しいて言うならば、北部方面軍のベラムトはなかなかいい能力を持っているが、もうすでに歳が行き過ぎている。その点エスメルは若すぎるくらいだし、そしてその配下の質も見劣りしない。なんならゼフォルはエスメルが二番なら三番目は確実という自負があった。
今はまだ、ベルズーフはトップに君臨できるだろう。だがそれも長くないはずだ。エスメルがもっと経験を積み、成長すれば、もしくは三番手であるゼフォルと協力すれば、超えられるだろう。帝国最大の英雄を。その確信がゼフォルにはあったのだ。
ただその夢も一つだけ、たった一つだけ障害が存在していた。本来ならとるに足らない、それどころか多くの帝国人なら歓迎できるもの。しかし今のゼフォルにとっては決定的と言っていいものだ。
ゼフォルはこの会議室に貼られている大陸の地図に視線を落とした。軍人になる前どころか、メイド時代の頃から食い入るように見ていたそれは今や様変わりしていた。
二年前は北部蛮族や南部小国家連合と複数の国家が色分けされていたそれは、今や大きく真っ赤な帝国と、それに比べればこじんまりとした青色の王国の二色のみになっている。今回の戦いの結果、地図でいえば狭い範囲だがまた赤色が増えるだろう。帝国はこの大陸の完全征服を達成しつつある。
エスメルの成長を待たずして大陸の覇権争いは終わりつつある。もたもたしていたら王国の方がもたないだろう。そのタイムリミットがゼフォルを焦らせていた。
これにて奪還ハルード編は終了になります。ここまで読んで頂きありがとうございます。
次の章も明日から投稿できると思うので、引き続きよろしくお願いいたします。