籠城が始まってから一か月が経った。兵士数の減ったロッソ王国軍はあくまで足止めの任を堅持しているのだろう。城の周りを囲い込む以外の選択を取らなくなった。ゼフォルも城からの出陣を禁じたため、籠城中だというのに異様な平和が暫くの間続いていた
そんな敵陣も城中も静かな戦場を見下ろしながらゼフォルとエスメルはいつもの櫓の上で戦況をうかがっていた。
「今更だけど、私たちいつもここでしゃべってるわね」
「今更ですけどそうですね……まぁ便利ですから」
この櫓の上はもはや二人の作戦会議室になっていた、どうせ会議室で人を集めてもこの二人以外にろくな意見は出なく、周りの建物よりさらに一回り高いこの櫓はある意味で会話のばれない密室だ。何よりリアルタイムで戦況が窺える。
二人だけの会議室として絶好の場であった。
おそらくウィルベート家の祖であるピエールもこれを狙って建てたのかもしれない。
「さて……それにしても、よくもまぁここまで優勢にまでもっていったわね。素直にすごいと思うわ」
「光栄です」
素直なエスメルの称賛の声に深々とゼフォルは頭を下げた、礼儀どうこうではなくいつもの鉄面皮がにやけるのを止められそうにもなかったからである、単純に戦いがうまくいっている達成感と主からの称賛をゼフォルは噛み締めていた。今まで幽閉されていて世間知らずだったエスメルからの讃辞はいくらでも受けてきたものだが、こと戦争に関する讃辞は格別の悦びだった。
エスメルの言う通り戦況はこの一か月で好転しつつあった。密偵に行ったエルシアの情報も驚くほど正確で、眼前の敵の布陣や、兵士数、将軍の名前や特徴まで手に入れていた、
なおエルシアを密偵に出すとエスメルに報告したときは。
「あのメイド長そんなことができたの?まぁせいぜい頑張ってもらいなさい」
とあまりにもそっけなかったので何か言ってやろうかと思ったが結局何もゼフォルは言わなかった。藪蛇を嫌ったのである。
「敵の数は1万と少し、将軍の名前はジョナス将軍というらしいです」
「どんな将軍なの?」
「まぁ能力は留守番を任される相応程度で戦い方は冷静で繊細、悪く言えば臆病でしょうか」
「留守役としては相応ね、ロッソ王国の上層部は侮れないわ」
エスメルの戦力分析に完全にゼフォルは言いたいことを言われてしまった。
留守番の将に臆病者を当てているのはゼフォルも的確な人事だとロッソ王国軍を評価していた。王国軍にとってこのヴァン・ウィルベート攻城戦はもはやゼフォルたちを出陣させず、帝国中央の決戦に注力すればそれで良いからだ。あまり優秀な一線級の将軍を当てれば中央の戦いに支障をきたすし、下手に勇猛なものや考えなしのものを当てて、万一にも突破されれば全体の戦略に大きく響く。1万の兵士で足止めはできても、城を落とすことは不可能だとわかっている人材を当てるのが正しい、その点ではジョナス将軍は正しかった。ゼフォルもロッソ王国が城に手を出してくれば儲け物だと挑発行為も仕掛けたが、ジョナス将軍は乗ってこず、それが一月の平穏をもたらしていたのである。
「しかしジョナス将軍はあまりに兵の士気を軽視しすぎましたね、眼前のロッソ王国軍は我らが出陣しないものと思ってたるみ切っております」
「それに対してわが軍は?」
にやりと笑みを浮かべエスメルがゼフォルに問う。
「もともとの3千の兵士は交代で訓練と防衛、休息の日々、4千の負傷兵はすでに回復し、我が軍は総数7千の兵を動員出来ます」
ゼフォルもこの一か月という期間を有効に活用していた。
数で勝るとはいえ敵の城塞の近くで野営をしなければならないロッソ王国軍と違い。イスペリア帝国軍側はヴァン・ウィルベートという強固な城壁内で温かい食事と雨風をしのげる兵士たちにとって心理的にも身体的にも良好な環境で過ごすことができた。まず続々と負傷兵たちが傷を治し前線に復帰した。兵数をあえて少なく見せる策により、城壁の防衛をする最低限の兵士以外は常に訓錬と休息をさせることで、兵士たちは気力充分であった。
「たった千の兵士でロッソ王国の先鋒を相手に暴れた私と貴女が7千を率いるのでしょう?十分に勝機はあるわね」
しっかりとした情報のもと自信ありげに言うエスメルにこの一月で随分成長したと思いつつもまだ師匠としてゼフォルも負けられなかった。
「しかしやれることはやりましょう。我に策ありです」
一か月の間固く閉じられていたヴァン・ウィルベートの城門が開き、イスペリア帝国軍はついに出陣した。総大将にいまだ若輩ながら人形のような美貌を化粧と黒い厳つい鎧で覆うエスメル=ウィルベート公爵が、そして副将にメイド型の奇抜な甲冑をまとったメイド上がり、現将軍のゼフォルが付いた。率いる兵士は6千、留守に千の兵士を残し、まさに満を持す正々堂々の全力出撃……ではなかった。
「あなたの策はよくあたるわね」
「おほめにあずかり光栄です」
眼前にはロッソ王国軍の本陣が見えるが数がやけに少ない、3千いるかどうかであり、かつて10万の兵を見下ろしたゼフォルにとっては6千も率いたのもあって笑ってしまう少なさだ。
「どうやらあの慎重で臆病者のジョナス将軍にも功名心はあったようですね」
ゼフォルはこのために策を練っていた、わざわざ城壁の上の兵士たちに腰兵糧を持たせ、出撃の準備をしていると敵に見せ、帝国中央への方向である西門で盛んに兵士を動かした。さらに密偵やエルシアまで使って帝国軍は兵糧が尽き、撤退しようとしているという噂まで流して帝国中央に撤退をする動きを見せ続けた。いくら臆病者でも本隊が中央で戦い、同僚たちが功績をあげているのを指をくわえて待っているだけではジョナス将軍も心中穏やかではないだろう。案の定撤退する帝国軍を撃破するため、ロッソ王国軍は西側に多くの兵士を割き、城塞から見て東側の本陣は手薄になっていた。
本陣を見ればいまだ大将旗がはためいているのがよくわかる。なるほど、ここで追撃戦のため西側の軍を自身で率いないあたり、本当に慎重で臆病なのだろう。しかしそれが仇になるとゼフォルは内心でまだ見ぬジョナス将軍をあざ笑っていた。
「まぁとにかく仕掛けましょうか、お嬢様、ついに数的有利を取った戦いですよ。こんな戦いばかりならいいんですけどね」
「それには同意するわ」
そう二人で余裕を大いに見せつけた、あまり緩くしすぎるのもいけないが大将や指揮官は常に兵らに余裕を見せなければ兵はついてくるものではない。チラリとゼフォルが後ろを見れば一月城壁内にいた兵士たちも、ついに城外の決戦で緊張していたのだが、今のエスメルとゼフォルを見て緊張が程よく解けつつあった。
「我が忠勇なるウィルベートの兵たちよ!長い籠城戦によく耐えてくれた!敵は包囲に気を取られ本陣にいる兵はあまりに少ない!今こそ侵略者の首魁を屠る好機よ!」
エスメルが美貌に似合わぬ勇ましい号令をかけ、ゼフォルは黙って突撃の指示を剣を振るって出した。敢えて何も口には出さなかった、ゼフォルのフォローがいらないほどエスメルの号令は見事だった。
そしてついにヴァン・ウィルベートの城壁から解き放たれた怒れるイスペリア帝国軍6千は一丸となり敵陣に突っ込んだ。
ゼフォルの率いるイスペリア帝国軍はあっという間にロッソ王国軍の防衛線を食い破った。まともに戦いにすらならなかった。無駄に硬い城に追い詰めた少数の敵を足止めするだけの退屈な戦争に慣れ切ったのかロッソ王国軍は6千の兵士の接近を味方だとでも勘違いしたらしい。
軍事的に致命傷になるまでの距離まで接近してもまともに反応せず。先頭を突っ走るゼフォルの刃に切り裂かれ、少し後ろのエスメルの魔法に焼かれ、続く6千の帝国軍に踏みつぶされあっという間にゼフォルは本陣目前まで迫った。
本陣の付近の兵はさすがに腕利きの精鋭が守っており、真っ先に突入したゼフォルに襲いかかり、ゼフォルの剣を数号打ち返したが、結局3,4合目には押し切られ続々と切られていく、続くエスメルと兵士たちも問題なく本陣の防御策を突破しなだれ込んだ。
大勢は決している、もはやロッソ王国軍はこのまま二倍を超えるイスペリア帝国軍に蹂躙されるだけだろう。しかしゼフォルはこの場の第一の功績を求め、いつもの鉄面皮の裏で血眼になって大将首を求めていた。
この戦いはゼフォルがエスメルに上奏し企画した。なによりこの場のイスペリア帝国軍で自身が最も強い自負があった。ならば功績第一位も自分でなければ済まない。
雑兵ではなく腕利きの兵を切り裂き続けていく、臆病なジョナス将軍は間違いなく屈強な護衛を手放さないだろう。雑兵を追ってもその先にはいない。また屈強な兵の一団を見つけ突っ込もうとすれば紫の閃光がほとばしり、一団を粉砕する。チラリと後ろを見れば、エスメルが魔術による援護をしている。敵の重要部を突いた、何より敵将を狙うゼフォルをよく援護した一撃だった。
すでに打ち捨てられた大将旗を発見している。一隊を率い敵を蹴散らし、ゼフォルの自慢である抜群の視力を持つ眼が一目で高級士官とわかる軍服を着用した男を発見した。
「いました。あれが大将です。打ち取れば褒章は思いのままですよ」
興奮する自分を律しながら味方を鼓舞するが、他のものに討ち取らせるつもりは全くなかった。ジョナス将軍の一団に兵を突撃させる。エスメルも魔法を連発し、大混戦に陥らせた。
もう逃げられないだろう。そう確信したゼフォルは足に力を入れ飛ぶように一気に距離を詰める、初戦の敵指揮官よりも階級の高いジョナス将軍の周囲はあの時以上に強力な護衛がいたが、あの時のように兵力を絞った奇襲ではない、敵軍を倍数以上の兵で押しつぶしている有利な戦場なのだ。ゼフォルがジョナス将軍のもとに接近するのは造作のないことだった。
「フッ!」
「ひぃいっ⁉」
どうやらジョナス将軍は腕の立つタイプではないらしい。一気に距離を詰めたゼフォルの刃は気が付いた護衛の剣に阻まれるが眼前の豪華な軍服を着た男は情けない悲鳴を上げてすっころんだ。一撃で葬れなかった事を内心で舌打ちしつつ八つ当たり交じりに剣に力を籠め、護衛を剣ごと両断する、さすがに将軍クラスの護衛は練度が高く、周りの兵の動きがよい。しかし数がいるのは相手ではない、すぐに追いついたゼフォルの率いる兵が護衛と戦い始め、すぐにジョナス将軍の周囲は隙まみれになった。
「欲張りましたねぇ将軍、もっと本陣を厚く固めれば死ぬことはなかったのに」
「ひいぃ!な、なんだ⁉メイド⁉」
「ですが強欲の報いはその命で償っていただきます」
「だれかぁ!わ、私を助けろ!」
「……」
せっかくの大将同士の戦いだというのにあまりの情けなさにゼフォルは少し落胆した。
ゼフォルは戦場に夢見る乙女である。将軍同士の一騎打ちと言ったら激しい舌戦や罵りあいに手に汗握る大剣戟を期待していたが、現実は何とか逃げようとうろたえる敵大将の姿であり、せっかくいいセリフを言ったというのに少し恥ずかしくなった。だがもう遊んでる暇もないので一息に終わらせることにした。
「もういいです。せめて私とお嬢様のために死んでください」
「ぎゃっ⁉」
思い切り首めがけて横切りにふるい、ジョナス将軍の首を胴から泣き別れにする。
終わった。あれだけ執着した敵将の首を得た達成感よりも絶体絶命のヴァン・ウィルベートの籠城戦が終わったという確信のほうが大きかった。
「敵将、打ち取りました、後は残党だけですよ、皆さん」
そうゼフォルはジョナス将軍の首を掲げ宣言する。するとイスペリア帝国軍から歓喜の雄叫びがあげられ、ロッソ王国軍は完全に瓦解した。
その後はただの掃討戦であった。王国軍は東側の本陣に3千の兵士を配置し、残りを城の包囲と帝国軍の退路の遮断に費やしており、いまだ7千の兵が残っていた。しかし総大将を打ちとられた王国軍は浮足立ち、抵抗する力は無く、ゼフォルとエスメル率いる帝国軍の敵ではなかった。そのままぐるりとヴァン・ウィルベートの周囲を回るように王国軍を殲滅し、ついにすべてを潰走させた。
「どうですかお嬢様、勝てましたよ。ヴァン・ウィルベートを……お嬢様の領地は救われました」
戦闘後でありながら最低限服装を整え、ゼフォルは主君であるエスメルに言った
「そうねゼフォル、本当にありがとう」
それに対し、エスメルも嬉しそうに答えた。まだ周りに兵がいるため手放しの称賛とは言わないが、付き合いの長いゼフォルはエスメルが心の底から喜んでいるのが分かった。
「フフフ、けど貴女もすごいうれしそうね」
「え?」
「だいぶにやけてるわよ?顔」
そう言われて顔に手を当て、ようやく自身の口角が上がっているのが分かる。指摘されたことに気恥ずかしさを感じつつゼフォルは反論した。
「しょうがないでしょう、援軍なしで籠城戦で防衛側が勝利するなんてそうそうありません。ここで小躍りしたいくらいですよ」
「別にいいわよ?あなたが躍ってるところ見てみたいわ」
「兵がいるので勘弁してください……」
恥を隠すため、いつもの調子で冗談を言ってみたがエスメルに一蹴されてしまった。
小躍りしたいという気持ちに偽りわない。軍略に精通するゼフォルだからこそ籠城戦を援軍なしで勝つことの凄まじさをよく理解している。成し遂げたことはまさに誇りだ。しかしさすがにこの場で踊るのは勘弁であった。そもそも踊ったことがない。
そんな総大将と次席のやり取りを周りの兵も目撃するが誰もそれを咎めることはなく一緒になって笑っていた。今回の戦勝で兵士たちは完全に自身とエスメルを信頼しきっただろう。もはや若い女子供と見くびるものも、他がいないからしょうがなくといった理由でついてくるものは皆無であった。