メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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嵐の前編
新生ハルード要塞


 ハルード要塞の強固な城門が開かれる。かつて帝国軍が築き上げ、ゼフォルが違法増築し、王国に奪われたその城門は、帝国の修復作業によってかつての守りを取り戻していた。

 5千ほどの帝国軍が意気揚々と旗を掲げてハルード要塞に入城していた。多少の戦傷者はいるが、その戦列によどみはなく、兵士たちは誇らしげだ。出迎える側も歓声を上げている。

 その様子を城壁の上でゼフォルは見ていた。

 視線の先には5千の軍団の先頭にアルセリアが堂々と駿馬にまたがって行進していた。

 この要塞を奪還する戦いでついにアルセリアは准将の位を手に入れていた。最下位とはいえ、将軍を名乗れる階級に彼女もついに至ったわけだ。

 最もゼフォルは彼女以上に将軍に相応しい人間などそうはいないと思っていた。

 その武力と判断力はまさに野戦将校の鏡だ。ゼフォルのように参謀職のようなことは不得意だろうが、前線で暴れる将としてはまさに一級品だ。

 ただただ元西部貴族という出身が邪魔していただけだ。そこら辺の偏見をはねのけて本来あるべき地位に就いただけに過ぎない。

 その脇に控えるヘルトアも今では中尉の階級を持っている。元一般兵士にすぎなかったことを考えれば、破格の出世スピードだ。

 アルセリアの役職はこのハルード要塞の主将である。そして今日もまた、お気に入りの参謀であるヘルトアをつれて王国軍との小競り合いを制して帰ってきた。

 ゼフォルは門前で盟友の凱旋を迎え入れてやりたかったが、残念ながら己の仕事もいよいよ仕上げに入っている。惜しく思いつつもこうやって城壁の上から彼女を見るだけだった。

 

「……あいかわらず勘がいいですね」

 

 そう思って眺めていたのだが、かなり距離があるというのにばっちりと目が合う。するとアルセリアはニッカリと笑って手をひらひらと振ってくる。准将たるものがはしたないと思いつつ、ゼフォルも手を振り返していた。

 

 

 

「ゼフォルです」

 

「入れ」

 

 その日の任務も終わり、水浴びを済ませ、体を清潔にしてから総司令官専用に仕立て上げられたアルセリアの私室を訪ねる。すぐに部屋の主たるアルセリアから許可が下りた。

 それを聞いて部屋に入ると、既に薄手の部屋着でリラックスしていたアルセリアが待っていた。

 

「お堅いなゼフォル大佐?いいんだぞ私の部屋に入る時くらいリラックスしても」

 

「上官の部屋に入るのに私服で入る馬鹿がいますか?」

 

 ゼフォルもついに大佐に昇格していた。だがアルセリアも上がってしまったのでいまだ公的な身分でゼフォルは下であった。

 

「はい、持ってきましたよ」

 

「おう!これこれ!この階級になって良いものが食べられるようになったが、やはり私はこういうののほうが好きだな!」

 

 そう言ってゼフォルは持ってきた肴をテーブルに配膳した。貴族向けの上品なそれではない。獣の肉に香辛料を大量にまぶし、濃い味で無理やり臭みを抜き取ったような代物でゼフォルの得意料理だ。昔はよく香辛料だけ職場からくすねて、エスメルと一緒に狩で得た得物をこうして食べたものだった。

 さすがにメイドとして他の料理もできるが、やはりこれが一番好物だった。育ちざかりだったエスメルもこの濃い味を気に入ってくれていた。

 アルセリアも最前線で汗を流すタイプの指揮官なのでゼフォルと嗜好が合うのだろう。

 

「私も良さげのを持ってきたぞ!」

 

「随分高そうですねぇ」

 

「今じゃ将官だからな私」

 

 ゼフォルの肴に対してアルセリアも高そうな酒瓶を持ち出していた。それを恭しく受け取るとゼフォルは容赦なく栓を開けて、グラスに注いだ。

 

「なにに乾杯します?」

 

「私の勝利でよくないか」

 

「もう五回目ですよ」

 

「ならこうしよう。ハルード要塞の修復完了に乾杯」

 

「乾杯」

 

 そう言ってグラスを景気よくカチンと打ち鳴らした。

 すでにハルード要塞の奪還から幾許かの期間が経っていた。国境の要塞を取り戻し、ついに全領土を取り返したことにより一息ついた帝国軍は一度軍を休め、再編成を行っていた。

 ゼフォルは再編された東部方面軍の参謀長となっていた。

 本来なら軍の頭脳職トップとして長である東部方面軍総司令官のもとに侍っているはずだが、今はこのハルード要塞を最も知る者として、王国の最前線を張るこの要塞の修復作業を任じられていた。

 今このハルード要塞には2万の兵と主将としてアルセリアが駐屯している。そのため階級も近く、仲の良い彼女とよくこうして仕事終わりには飲んでいた。

 

「ちなみにこのワイン、本来なら甘いものと合わせるらしいですよ」

 

「そうなのか?戦術のことでもないのに詳しいんだな」

 

「あのですねアルセリア、私の異名と前職は知っているでしょうに、そもそも貴女なんて元伯爵令嬢でしょう」

 

「知らんさ、そんなの。どちらかというと私は武門の娘、習い事やらなんやより戦術書を習わされたからな」

 

「だからって戦術書を習ってる元メイドに負けないでくださいよ」

 

 そんな軽口を叩きながら、高価な酒瓶を次々にあけて肴も腹に収めていく、こうして飲む相手としてならアルセリアが一番だった。

 エスメルは飲まないし、彼女の前ではしっかりしていたいので、どうしても好き勝手に飲めず、セーブをしてしまうのだ。

 エルシアはいちばん駄目だ。注ぎ方飲み方一つに目を光らせて注意してくる。堅物なのは知っているが二人きりの時くらい好きに飲ませてほしかった。

 クレッチマーはこだわりがあるのか、この酒にはこれを会わせた方がよろしいですよねと一々うるさかった。アルセリアに軽い知識自慢をするためにああ言ったがゼフォルとしては酒の食い合わせ等はっきり言ってどうでもいい。

 仕事終わり、できれば敵軍を粉砕した後に濃い味の料理を濃いアルコールで流し込めばそれでよかった。

 

「甘いものもいくつか持ってきていますが」

 

「試してみるか……うん!美味い!どっちもいけるなこれは!」

 

 わざわざ持ってきた菓子の類を渡すが結局アルセリアは好き勝手に食べていた。ほんとにこれで元伯爵令嬢なのかと思いつつもゼフォルも同意見だし、あいかわらず気が合うとゼフォルも悪い気分ではなかった。

 

 

 

「お前とこうして飲めるのもあと何回かだな……」

 

「おや?惜しんでくれるのですか?」

 

 かなりの酒瓶を開け、場も温まって来たところに突然アルセリアは寂しそうにポツリと呟いた。

 

「しょうがありません。このハルード要塞の修繕もほぼ完了しました。そろそろ私はヴァン・ウィルベートに帰還しなければなりません」

 

「寂しくなるな」

 

 相変わらず恥ずかしげもなくそういうことを言うアルセリアを少し羨ましく思いつつも、寂しいのはゼフォルも同じだった。

 決して声には出さないがアルセリアは得難い友人だった。気があってこうしてサシで飲めるし戦闘でも頼りになる。

 王国に攻め込んだときから何だかんだ近くでずっと頼りにしてきたのだ。しばらく離れるとなれば気が滅入った。

 

「このハルードも再び鉄壁に仕立て直しました」

 

「もう報告書はある程度目をとおしたさ、前よりも防御力が上がっている。まさかこんな立派な要塞の主将になれるとは思わんかったよ」

 

「それは何よりです」

 

「まさかこの世界に城壁の仕立て上げが得意なメイドがいるなんてな」

 

「まぁその対価に普通のドレスなんかの仕立て上げは出来ないんですけど」

 

 そう冗談を言い合って2人で笑った。2人とも程よく酒が入っている。真面目な話ばかりしていてはもったいなかった。

 しかし2人とも軍人だ。そんな話だけで終わるわけにはいかなかった。

 

「お前も、せっかく最前線にいたんだ。後方に戻っても、此処での戦訓を活かしてくれ」

 

「言われるまでもありませんよ」

 

 アルセリアはこのハルードの主将、ゼフォルは参謀長として為すべきことがあるのだ。

 それぞれの任地で懸命に働くことになる。しかし今の戦況を考えれば再び会うのもそう遠くはないだろう。

 

「今日もろくな指揮官がいなかった。兵も少ないし、練度も大したことがない」

 

「王国もつらいのですよ。私を撃退したときの傷、北方での損失、このハルード要塞を奪われたときのダメージ、それらすべて癒しきれてるとは言い難い。それでも内地で戦力の回復に努めています。最前線には最低限の兵力すら回せないはずです」

 

「あれだけ強かった王国がなぁ……」

 

 そういってアルセリアは遠い目で士官室の地図に目を向けた。彼女は東部に来てからというものの、激戦に次ぐ激戦で最後は敗北すら経験させてしまった。そんなアルセリアからしたら王国軍は強力無比な相手だったに違いない。

 しかしその王国も度重なる敗戦でその戦力を摩耗させている。帝国の一方面軍とならいい勝負ができるかもしれないがもはや帝国が全土の総力を上げて仕掛ければ限りなく勝率は低いだろう。

 

「帝国が負ける可能性もほぼないといっていいでしょう」

 

「威勢がいいな」

 

「当然です。このハルード要塞には主将にアルセリア、物資も豊富です。落ちるはずがありません。そしてここが落ちなければ帝国に敗北はありません」

 

 冗談でも何でもなかった。潤沢な資金と物資を与えられたゼフォルは、このハルード要塞をふたたび無敵へと仕立て上げた。

 二度あることは三度あるというが、そんな可能性は許さんとばかリに鉄壁に仕立て上げた。そして主将がアルセリア、彼女の脇を固めるヘルトアにもゼフォルの籠城の心得を叩き込んだ。

 もし王国が再び主力を集結させて押し寄せても、短期間で落とすことは絶対にない。ゼフォルの人生全てを賭けてもよかった。

 そしてその間に帝国主力部隊が到着すれば、その時が王国の最期なのだ。

 

「だが力を落とした王国はもう仕掛けてこないんじゃいか?」

 

「えぇ。その通りです。もはや王国にこのハルードを落とす気もないでしょう。だからこそ我々も国境に貴女だけおいて次の準備ができるというものです」

 

 国力の回復に務めているのは王国だけではないのだ。帝国軍もその戦力を日に日に充実しつつある。北部方面軍も、南部方面軍も、治安維持目的の最小限の部隊を除けば必要なくなったのだ。これらを回せば、帝国は王国より早く強大な軍事力を整えるはずだ。

 

「ようやく戦争が終わるんだな」

 

 そうアルセリアが感慨深くつぶやくとゼフォルはその表情を見ずにはいられなかった。飲んでいるのもあるだろうが、アルセリアは顔を赤くしつつも来るであろう平和を心の底から望んでいるようで、穏やかな顔をしている。

 

「戦争が終わって嬉しいですか?アルセリア?」

 

「そりゃ嬉しいだろう。民草も必要以上に死なずに済む」

 

「伯爵家を今以上に盛り立てる機会がなくなりますが」

 

「いいさそんなの。私はな、お前に雇われたときの給金で、恥ずかしくないだけの額の退職金を家臣たちに渡せたときにある程度満足していた。その後お前に従ってここまで戦ってきたんだ。これ以上は贅沢というもの」

 

「……そうでしょうね」

 

「私達みたいな戦争屋なんて暇なくらいが一番いい。お爺さまもそう言っていた。最後はおとなしく平和をかみしめてくらすさ」

 

「立派な心掛けですね。アルセリアらしくない」

 

「言っててそう思うよ。けど私の家はかつて数十年武だけを無駄に鍛えて落ちぶれたんだ。必要がなくなれば再び平和を謳歌するだけさ」

 

「そうかもしれませんね」

 

 そう感慨深く呟くアルセリアにゼフォルは何かを思わずにはいられなかった。

 気が付けばあんなにあった酒瓶もほとんどを空けてしまい、あと僅かしか残っていなかった。

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