メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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戦勝パレード

 ヴァン・ウィルベートの広い街道で、兵たちが集まっていた。

 それを睥睨するように広場の中央に建てられた指令櫓から見ていたゼフォルは、手に持つ旗を翻すと、集められた兵士たちが一矢乱れぬ動きで行進した。その統一感は帝都にいる近衛師団もかくやという動きで、周りに集まっていた貴族や一般の観客たちも、おぉとどよめいていた。

 現在、ヴァン・ウィルベートでは先のハルード要塞奪還の戦勝パレードが行われていた。主催者は他でもないこの場の兵達の頂点、東部方面軍総司令官であるエスメルである。

 このパレードは単純に王国への勝利を喜ぶのではなく、様々な意味をはらんでいた。

 ウィルベート家の完全復活である。2年前の戦いで爵位剝奪すらあり得たほどに公爵家は追い詰められていたが、それも遠い過去の話だ。

 今のウィルベート家はまさに日の出の勢いだ。当主であるエスメル・ウィルベートはいまだ若いながらも皇帝陛下からの信任深く多くの戦いで戦果を挙げ続け、ついには帝国軍東部方面軍総司令官および中将の階級を持っているのだ。

 土地の行政権こそ持たないものの、軍事的に担当する領土の広さは、かつての公爵家のそれを上回っており、ハルード要塞にアルセリアを派遣して王国に睨みを聞かせている。帝国東部最大の武門はここに復活したというわけだった。

 その成果を盛大に世に広めるために、エスメル本人が企画していたことだった。それを聞いたゼフォルはこの軍事パレードの準備に心血を注いでいた。

 ゼフォルが旗を振れば、それに合わせて数千のウィルベート家の兵士たちが、まるで一つの生き物のように停止し、再び動き出す。ゼフォルが精通しているのは何も純粋な戦いだけではなかった。

 こういったパフォーマンスが軍隊の士気にどれだけ大きな影響を与えるかを良く知っている。だから二年前このヴァン・ウィルベートで籠城したときは、できるだけ立派な鎧を着せるなど、小細工に苦心していた。

 しかし今回パレードの指揮を任されたときにはエスメルからしっかりと予算をわたされ、準備の時間ももらっていた。予算と時間さえ与えらえれば、これだけの練度に鍛え上げるのはゼフォルにとって造作もないことだった。

 このために立てられた豪華な陣中にいるエスメルを見やる。あまりに遠いが、満足しているのだけは分かった。ゼフォルも幼いころ、帝国軍の軍事パレードを眺めていたことがあったが、見てきたソレラすべてを凌駕する出来だ。軍事以外にもこんな華やかな場でエスメルの役に立っているということが嬉しかった。

 

 

 

 ヴァン・ウィルベートの大ホールは綺麗な飾り付けがつけられ、大いに賑わっていた、帝国最大の軍事拠点であるにもかかわらず、着飾った紳士淑女が参列していた。

 ちょっと外に出れば多くの兵器が立ち並ぶヴァン・ウィルベートの本城も今は華やかに彩られていた。

 軍事パレードも終わって、夜が更ければ、今度は夜会である。昼間の一糸乱れぬ精鋭兵達の行進とは打って変わって、豪華な服を着た上流階級の面々が様々な思惑を抱えつつ、表面だけは楽しそうにしていた。

 すでに軍事パレードに参加した兵たちは任を終えて思い思いの飲み屋で仲間たちと飲んでいることだろう。しかしゼフォルはエスメルの従者として主役たる彼女の傍にいなければならなかった。

 

「学院以来だね、エスメル」

 

 主催であるエスメルの前に、いの一番で金髪の貴公子が現れた。ゼフォルは完全に初対面である。彼こそユースクリフ・エスカロン・イスペリアであり、あのバルグリフ陛下の嫡子である。

 あのバルグリフ陛下ですらお家争いのせいで皇太子になったのは最近であったのに、昨今の彼の栄華を象徴するようにすでに嫡子であるユースクリフは皇太子の地位を与えられていた。

 やはり血筋なのか、整った鼻筋に温和そうな顔つきをしていたバルグリフ陛下に似てユースクリフ殿下も人に好かれそうな雰囲気を纏っていた。

 

「殿下、お久しゅうございます。我が祝勝会に来ていただき大変光栄です」

 

「ははは、学院でも一番だった君にそう畏まられるとなんだか変な気分だね。同級生の中でも一番の出世頭の祝事なんだからいくらでも行くとも」

 

 そして彼は帝都学院でもエスメルの同級生でもあった。エスメルの成績を閲覧するときに彼も成績優秀者の常連だったからゼフォルも覚えている。結局、エスメルの1位は奪えなかったようだが。

 金髪の貴公子と、銀髪の美少女が楽しそうにお喋りする。そんな絵になる光景を見てもゼフォルは全く嬉しくなかった。なんなら不満ですらあった。

 銀髪美少女の隣に立って一番絵になるのは黒髪のクール系美人メイドなのだ。

 別にユースクリフ殿下には婚約者もいる。焦る必要はないのになぜかゼフォルはヤキモチを焼いていた。

 だからこそいつも以上に鉄面皮を維持しエスメルの隣で人形のように突っ立っていた。

 

「そちらが、あのゼフォル参謀長かい?」

 

「はっ大切な我が腹心です。ゼフォル、挨拶を」

 

「この場で発言するに私は相応しくないかと」

 

「……ゼフォル」

 

「ははは。気にしなくてもいい、ゼフォル参謀長。君の罪は我が父の即位という慶事で許されたんだ。それにエスメルがずっと学院で君のことを話すもんだから会ってみたかったんだよ」

 

「殿下!」

 

 それっぽい言い訳で逃れようとしたが、こうも言われては断るわけにもいかない。それに学院でエスメルがゼフォルのことばかり喋っているという事実に少し気を良くしていた。

 

「こうも言われては断れません、ゼフォル・オデュッセル騎士爵です」

 

「君の活躍はエスメルからも各所からも聞いているよ。エスメルは大切な友人なんだ、これからも支えてあげてほしい」

 

「承知しました」

 

 そう深々と頭を下げながらも少し気をよくしていたゼフォルの内心は再び不機嫌になっていた。

 何が友人なんだ、だ。高々学院で数年関わっただけのお前がエスメルの何を知っているというのか?

 ゼフォルはもっと前から、なんなら不義の子で虐められていたときからの付き合いなのだ。

 それが帝都の温室でぬくぬくと育っていったのに学院でエスメルに成績で負ける程度のボンボンが上から偉そうに。

 ゼフォルはバルグリフ陛下の事は尊敬している。王国軍の侵攻を弾き返し、その功をもって兄であるフィリクス皇子を蹴落として皇帝にまでなったのだ。

 何よりあのベルズーフに軍事を一任してこの大陸を軍事的に制圧しつつある。

 それら積み上げた実績の全てが皇帝だからではなくこの時代の英雄として仰ぎ見ていた。

 だがその息子は別だ。親が偉大なだけであってユースクリフ殿下は何も成し遂げちゃいないのだ。

 と、思いつつも完全な八つ当たりなのは理解している。しかしこうして2人が仲良くしているのを見ると、どうしても悪く考えてしまうのだった。

 

 

 

 ゼフォルが不機嫌になりつつも、話もそこそこにユースクリフ殿下は帰っていった。するといつもの退屈な社交会が戻ってきていた。

 

「これはこれはウィルベート公爵!お会いできた光栄です!」

 

「あらヨーク伯爵、私も会えて光栄だわ」

 

 明らかに位の高い、豪華な服を纏った貴族の男がエスメルに笑顔で話しかけていた。親子ほどはなれているのに、エスメルは公爵当主として完璧な応対をしていた。その隣にゼフォルは立っていたが、相変わらずこういったことには慣れない。だが今日は手を抜くこともできないのだ。この夜会の主催者は他でもない主君であるエスメルなのだ。

 ゼフォルがいない二年間こういったことを何度もしてきたのだろう。相変わらずエスメルとそれを補佐するエルシアは勝手知ったるといった感じで準備してたし、いまも来客の応対を完璧にこなしている。

 それに対しゼフォルはこういった社交界は上手くいかないのを承知しているので、サボりまくっていた。少将時代もなんかあればクレッチマーを代理に出して自分は前線の査察だ何だと理由をつけて出かけてた。ハルード要塞でそういったことがあっても派手好きのオドールが頼まなくても完璧にこなしてくれていた。

 そんな経験の薄さからこの場でゼフォルにやれることは限られていた。ひたすらに鉄面皮を維持しエスメルの隣に突っ立っている。エスメルに紹介されたら頭を下げて挨拶する。それだけだった。

 来客は上位の貴族でゼフォルと比べれば一つも二つも爵位が高いものも多かったが、この素っ気ない対応が意外にも好評だった。

 問題行為どころか皇帝陛下即位という特大の慶事でようやく牢から出てきた。恐らく今の帝国でも最大の問題児、だがそれと同時に先祖代々の大敵である王国を恐怖に陥れた怪物、帝国貴族からのゼフォルの評価はこんな所だろう。

 だがその評価も今ではマシになっているはずだ。

 王国の次に憎いであろう北部蛮族にするりと潜り込み、策をもって壊滅させ、獲られたものを取り返しただけとはいえ、ハルード要塞の奪還で再び白星を挙げた。ひとまずこちらには向かず、帝国の敵を食い破り続ける狂犬くらいには思われているはずだ。

 

「ん……伯爵、失礼」

 

「いえいえお気になさらず……」

 

 エスメルのグラスが空になるといつも通りの鉄面皮を維持しつつ、待っていましたとばかりにゼフォルは彼女のグラスにジュースを注いだ。前職の経験が生かされたよどみない動きだった。いや前職というのも語弊がある。いまゼフォルは帝国軍大佐にして東部方面軍参謀長としてではなく、あくまでウィルベート公爵当主に使える従者としてこの場に立っていた。だから纏っている衣服も公爵家のメイド服だった。

 普通どんな貴族も自分の肩書の中で最も高いものの制服を選んで着込む。だからこの会場には軍服の人間すら目立つのだ。だが今に限ってはこのメイド服が意外な役割を果たしていた。

 悪魔の給仕、そう王国に恐れられているゼフォルをその異名のままに従えているエスメルの株が上がるのだ。

 だれもがゼフォルを道徳的には碌な奴ではないと思いつつも帝国の番犬としては優秀だと思っている。そんな存在にしっかりと首輪をつけて管理しているエスメルを一目置いているのであった。

 

「ヨーク伯爵もいかがでしょうか」

 

「あ。ああもらおうか」

 

 そのままヨーク伯爵に勧めて、酒瓶を開けて注いだ。今この場ではただの騎士爵でしかないゼフォルの酌におっかなびっくりといった感じで伯爵は酒を注がれていた。

 これもよくある反応だった。ヨーク伯爵はこのバルグリフ政権で生きていけるだけあって、爵位に見合った能力を持っている。事前に参加者はある程度調べていたし、その身のこなしから若いころは戦場に出ていたのだろうと察することができた。

 だからこそだろう、本来なら前線で王国兵を殺戮しまわっているゼフォルが給仕しているだけで、優秀な伯爵でもおっかなびっくりといった反応になるのだ。彼には悪いが、密かにゼフォルはこの反応を楽しんでいた。

 

 

 

「これは公爵閣下。ご無沙汰しております」

 

「これは叔父上、ご壮健そうで何よりです」

 

「は?」

 

 ヨーク伯爵も帰り、まだまだ来るであろう来客にため息をつきながら適当にいなすことばかり考えて居たゼフォルだが、エスメルから聞き捨てならない言葉が出てきてつい言葉に出してしまった。

 耳と目の情報が一致しないのである。

 目の前にいるのはクレッチマーだ。相変わらずの新渋りとダンディさで、この場にいる貴族たちの中でもひと回り存在感がある。しかし耳に入ってきたのはエスメルの叔父上という言葉だ。

 エスメルの叔父といえば、二年前逃げ出したサイマンだ。彼もとっくに謹慎を解かれて自由の身になってこそいるものの、エスメルとの権力争いに負けてとっくに隠居に追いやられているだけの存在だ。

 帝都のどっかの郊外で寂しく過ごしているだろう彼がこの場にいるはずがない。そして目の前にいるのはあのクレッチマーだ。一体何が起きたというのか。

 

「あぁ……貴女には言ってなかったわね。クレッチマーの次男とデュランお兄様の娘が婚約したのよ。だからもう義理の親戚なのよ私たち」

 

「……そういうことだ大佐」

 

 ニヤニヤとしながら言うエスメルに対し、クレッチマーはすさまじく言いにくそうにしていた。

 デュランお兄様とは二年前東部で戦死したエスメルの長兄ウィルベート家かつての嫡男だ。

 東部で逃げ出したという風聞で、三男以下の血族はそのほとんどが実権を失っていたが、敵地で名誉の戦死を遂げた長男、次男の家族はエスメルがちゃんと保護していたのである。長男と次男の2人は歳が離れすぎていて不義の子であるエスメルのイジメに加担することもなかった。まぁされてたとしてもエスメルは優しいので遺された家族を路頭に迷うようにはしなかっただろうが。

 

「く、クレッチマー……将軍がご親戚……ですか」

 

「えぇそうよ。残念ながらウィルベート家はろくな親族が残ってないわ。だから外部から優秀なものの取り込み、政略結婚よ。叔父上にも利点はあるしね」

 

 信じられないとは思いつつもゼフォルの冷徹な理性はその利点を洗い出していた。

 ウィルベート家に碌なのがいないと言うのは事実だ。公爵家だと言うのに成人していて公的な役職についてる人間がエスメルしかいない。そのエスメルが帝国軍中将にして方面軍総司令官、皇帝からの信任も厚いという破格の役職に就いていることでなんとか成り立っているが、その他の一族の女子供を17の少女が養っているという歪な状況なのだ。

 家臣団もゼフォルやエルシアを除けば大したのはいない。

 そこにクレッチマーという有能な働き盛りの男性を入れるというのは理にかなっている。クレッチマーとしても公爵家の一門に名を連ねることができるのだ。悪い取引ではない。

 それはそれとしてゼフォルは動揺を隠しきれなかった。何せ主君と同僚が親戚になったのだから。おそらく調べればわかったことのはずだ。しかしゼフォルはいまさら参加者にクレッチマーがいても気にはしなかったし、エスメルもニヤニヤしているあたり言う気がなかったのだろう。

 

「まぁ、そういうことよ。貴女が馬鹿にしてきた私の一族にもようやく優秀な頼れる人材が入ったわ。これまで以上に仲良くするのよ」

 

「というわけだ。これからも頼む。ゼフォル大佐」

 

 まんまとゼフォルは騙されていたというわけだ。いやエスメルからすれば言う必要もなかった。

 ゼフォルは所詮筆頭とはいえど、公爵家の一武官に過ぎない。公爵家の運営そのものに口出しする理由がないのだ。むしろこれはエスメルが家の長としてもしっかりと働いていることを意味していた。一族に良縁を運ぶのも当主の務めだ。

 そして別にクレッチマーがエスメルの親戚になるのに異論はなかった。それで公爵家が強くなるな歓迎だし、彼とて二年間共に戦場を駆けた戦友であるのだ。

 

「は、はぁ、こちらこそ……クレッチマー様」

 

「そなたにそうかしこまられるとむず痒いな」

 

「酷くないですか?」

 

 ある意味クレッチマーは軍人としてだけではなく、公爵家に仕える者としても目上になってしまった。そう思ってへりくだるが慣れないのはあちら側もそうだったらしい。

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