ヴァン・ウィルベートで開かれた戦勝会から数日、ゼフォルはいつもの鉄面皮をさらにガチガチに維持していた。
「エスメル、あの隊が持っている弩は何だろうか?帝都ではあまり見ない」
「東部方面軍で試作された設置型のバリスタ砲です。ここヴァン・ウィルベートは古くから我がウィルベート家の兵器工でもありました一部兵器を生産する技術は帝都を上回っております」
「へぇ、それは頼もしいことだ」
ヴァン・ウィルベートの城壁の上をユースクリフ殿下とエスメルが並んで歩いていた。それに続くように帝国軍近衛部隊と、ウィルベート家の精鋭が護衛としてズラズラと続く。ゼフォルもエスメルの後ろに付いて回っていた。
戦勝会が終わっても皇太子殿下は真っすぐ帝都に帰らず、前線視察の名目でしばらくとどまることになっていた。しかし彼の相手をその辺の貴族や士官にさせるわけにはいかない。皇太子のもとには東部方面軍総司令官であるエスメルがつきっきりになっていた。
「流石エスメル、学院でも成績優秀だったけど、軍事に関してはさらに上手を言っているね」
「光栄です」
護衛の兵たちはゼフォルも含めて無言で突いて回る中、この場でツートップと言っていい二人はまるで学生の放課後化のような気軽さで談笑していた。
見ていて面白いはずがなかった。まだバルグリフという偉大な親の庇護の下、護衛をぞろぞろ引き連れてわざわざこんな所に来たユースクリフ殿下とはちがってエスメルは多忙なのだ。
そんなに視察したいのならばハルードにでも行ってアルセリアの戦いぶりでも見ていればいい。身の危険は知ったことでないが間違いなく一番の体験になるだろう。とゼフォルは心の中で愚痴っていた。
「あの投石機は?」
「あれは対攻城兵器用投射機といって……ゼフォル説明なさい」
今日も突っ立っていればいいか……と思っていたらエスメルから指名が入った。このヴァン・ウィルベートの防衛兵器を完璧に把握しているはゼフォルしかいないのでしょうがないだろう。説明するのはいいのだが相手が皇族となると気がめいった。
「は。殿下、あれは対攻城兵器用投射機と言いまして、防衛戦用の投石機となります」
「防衛戦用?普通投石機とは城を攻めるためのものだが」
「普通の物であれば、そうなります。しかしウィルベート家の開祖であるピエール様が開発したこれはそうではありません。攻城戦をするとき、投石機や攻城櫓という巨大な兵器は持ち運べる道が限られます」
「ああ!なるほど、向かってくる攻城兵器に投石をぶつけるということだな!」
「ご明察です」
こうやって兵器の説明をするのは嫌ではない。それが自身が必死に勉強し、王国軍に使用すらしたウィルベート家の物ならなおさらだ。意外と素直な反応するユースクリフ殿下にゼフォルは少し毒気を抜かれていた。
バルグリフ陛下の息子だけあって、頭脳は明晰らしく、ゼフォルがある程度説明すれば、その構造や役割をすぐ理解してくれていた。さらには性格も良いのか本当に人付き合いが上手い。そんなこんなでゼフォルも態度を軟化させ、和やかな時間が過ぎていった。
「流石、ゼフォル参謀長だ。あのエスメルが学院で自慢したのもうなずける」
「じ、自慢など殿下」
「いやいやこれだけの部下がいればしょうがないことだと思うよ」
ユースクリフ殿下の称賛に、エスメルが恥ずかしそうに顔を赤くしていた。それをみたゼフォルは悪い気分ではなかった。エスメルはわざわざ学院で自分を自慢してくれたのだ。
「どうだろう今ここにいる近衛騎士たちは私の自慢の部下でね、模擬戦闘などどうだろう?」
「殿下……それは……」
「私は一向にかまいませんが?」
「ゼフォル!」
ユースクリフ殿下が模擬戦を提案してきた。エスメルは乗り気ではないらしいが、勿論ゼフォルに断る理由はなかった。無性にエスメルの配下でナンバーワンの実力を発揮したかったのである。
「あのねゼフォル、ちょっとは加減しなさいよ」
「すみません……」
仁王立ちをするエスメルを前にゼフォルは正座をさせられていた。場所はヴァン・ウィルベートのエスメルの私室、既にユースクリフ殿下は歓迎用の部屋に帰った後だった。
あの後ゼフォルと殿下の近衛騎士の一騎打ちがおこなわれたが、とんでもない塩試合だった。
二本先取で模擬専用の木剣で行われたが、一戦目はゼフォルが一瞬で距離を詰め、切っ先を相手の首に突き付けて終わった。二本目は流石に警戒したのか瞬殺とはいかないものの、ゼフォルが速さと膂力で圧倒し、最後は自慢の蹴り技で剣をはじき飛ばして、決着はついた。
総じて帝都の近衛騎士ではゼフォルの相手にもならなかったのである。近衛騎士が弱いのではない。エスメルと協力すればゴルガマスを破ることができ、更にはガルセルやザヴァンといった王国の猛者を葬ってきたゼフォルの腕が遥かに上回っているだけだった。
「もしかして殿下に模擬戦を提案されたとき、私が言い淀んだのを気にしてた?」
「……少し」
「馬鹿ねもう、貴女が負ける心配なんてこれっぽちもなかったわよ。面目丸つぶれになるであろう近衛騎士の方を心配していたわ」
「な、なるほどそうだったのですか」
「はぁもう。あなたは戦術に一騎打ちはピカイチだけどこういったことには疎いわねぇ」
そう言われてゼフォルはついうつむいてしまった。
わかってはいる。こういった駆け引きなど、ゼフォルは苦手だ。かつてオドールの東部方面軍に所属したときは、常にゼフォルはその才覚を前面に押し出し、実質的なトップに君臨していた。だから周りを憚る必要も無かったのだ。
この振る舞いはゼフォルがトップにいれば問題はないし、どれだけ人間関係がこじれようと才能だけで塗りつぶす覚悟を持っているが、やはり主人であるエスメルに迷惑が掛かるのならば、自重しなければならなかった。
「ご、ご迷惑をおかけしました」
「まぁ今回は殿下も面白がってたから良いわ。わがウィルベート家最強の武官の力も思い知ってくれたでしょう」
「!お、お嬢様!」
反省してたつもりだが、エスメルからそういわれるとどうしてもうれしくなってしまう。自分はこんなにちょろかっただろうかと思った。
「あなたの欠点も、主人としてすべて私は受け入れる。だから今度はちゃんと相談してからにするのよ」
「はい!」
昔のゼフォルなら見栄を張って必死に直しただろう。だが今のエスメルの好意に甘える関係も悪くなかった。
数日後ゼフォルは珍しく休暇を取っていた。メイド時代は人一倍休暇を取っていたゼフォルだが、夢かなって軍属になってからはほとんど自発的にとることはなかった。オドールの東部方面軍時代は、誰よりもオーバーワークをしていたし、エスメルの部下に戻ってからは、彼女の為になると思えば、どれだけ働いても苦ではなかったからである。
そんなゼフォルをもってしてもここ最近大事件が起きすぎた。まずあのユースクリフ殿下が前線視察の名でこのヴァン・ウィルベートに一週間ほど滞在することになった。だがこんなこと今ではどうでも良かった。腹立つことといえばエスメルがその対応に追われていることぐらいだ。
それ以上の出来事と言えば、やはりクレッチマーのことだ。確かに彼は信頼に値する人物だ。むしろ対外的に見ればゼフォル以上に社会的地位も信用も持っている。戦友であるかれがエスメルの外戚になるのは良いことだ。
そしてもう一つの出来事に休暇を利用して対処しに行くことにしていた。
ヴァン・ウィルベートでもひときわ豪華な一室に許可をえて入室する。
「ゼフォル……参謀長」
「ご無沙汰しております。エルシア様」
そこにはエスメルのメイド長であるエルシアではなかった。普段完璧に仕上げていたメイド服ではなく、仕立ての良い婦人服を着て、逆に何人かのメイドを侍らせていた。
「あなたの評判は、エスメルからもよく聞いております。お役目大儀でした」
「光栄です」
エルシアとは上司と部下としての関係が長く、ゼフォルは一応は敬った態度をとっていた。しかし今は、それまでとった事のないほど丁寧な対応だった。
エルシアはすでに、メイド長などという人に仕える身分ではなかった。帝国でも有数の大貴族であるウィルベート家の当主、その母親であるということが公的に認められていた。
この話は、ゼフォルは参謀長としてヴァン・ウィルベートに帰還したときに聞かされていた。その時はどう反応すればいいのか分からないのもあって、適当に祝福するしかなかった。
これまで同じエスメルに使える者として、ゼフォルとエルシアは互角だった。武官と家中の業務取り仕切るものとしての違いがあったが、そこに差はなかったのだ。だが今ではそうはいかない。当主の実母など、家や状況によっては当主そのものより敬われていたりするのだ。
そして今日、この浮ついた関係に決着を付けなければいけなかった。
案内された席に座ると、エルシアに仕えているメイドがお茶を出してきた。一口啜る。自分が淹れた時と同じくらい美味しい、しかしエルシア本人には及ばない。
見れば侍っているメイドたちはウィルベート家で見たことがあるどころかかつての同僚だった。最もゼフォルはエスメルの専属だったので、知ってはいるが、そんなに仲の良い関係ではなかった。
「あなたたち、ゼフォル参謀長と二人きりにしてください」
「し、しかし……」
「構いません、彼女はエスメルの忠臣中の忠臣です」
そうエルシアに言われて、メイドたちは退室する。部屋の中にはゼフォルとエルシアの二人きりになった。恐らく護衛も兼ねているのだろう。給仕の腕以上にある程度実戦のできる身のこなしをしていた。最もゼフォルにもエルシアにも及ばないだろうが。
「もう少し腕の立つ護衛を雇った方がいいのでは?私とか」
「今更私に護衛する価値なんてありませんよ。貴女はエスメルの切札です。私ごときが取り上げるわけにはいきません」
「あぁー……、そ、そうですね」
二人きりになったことでいつもの軽口を叩いたつもりだったが、それに反応できず、生真面目に返事するほどエルシアは参っているらしかった。そうエルシアは自身の立ち位置に納得していなかった。
「そんなに公爵の母親という公的な立場を得たのが嫌でしたか」
かなり俗物的なゼフォルはそう思ってしまう。一応、公爵家に連なる立場でありながら、なんでか冷遇されてメイド長という立場に甘んじていた。それがあるべき地位に戻っただけだ。
それもエスメルやゼフォルと円満な形でだ。
公爵家の有力な男子こそ、先の戦いで全滅した。しかしまだその妻などは残っていたのだ。ここまで家が弱れば、彼女たちが実家の力をつかうなりで公爵家の実権を握る可能性もあった。しかしエルシアの立場が確定すればその可能性は一気にゼロになる。エスメルの地位が盤石になる選択にゼフォルも反対するはずがない。
公私ともにいいとこずくめなのに何を気負う必要があるのか。
「嫌ではないはずなのです。その立ち位置は私が望んでいたはずのものだから。ですが、貴女とエスメルに分け与えられたものにすぎません」
「いいじゃないですか別に。お嬢様だって母親孝行くらいしたいでしょうし私からも世話になった礼とでも思っていただければいいです」
「それを素直に受け取れるような女ではないのです。私は」
「まぁ生真面目ですからね」
「そうではありません!地位と名誉あなたもそれを得るのが大好きのはずです。しかし何もせず自分の手元に落ちてきて納得ができますか」
そう言われるとなるほどなとゼフォルは思った。
出世欲の強いゼフォルだが何もせずそれを得れると言われれば難色を示す。それでは世襲で権力を得たボンクラと何も変わらないからだ。
できるならば自身の力と知恵、それらを世に誇示して全てを得たい。そう思っていた。
「そりゃそう思いますけど……メイド長ってそんなこと気にする達でしたっけ?」
「えぇ。むしろ私は昔、貴女ほどではないがギラついていました。しかし結局そのせいでエスメルに不遇な思いをさせてしまった」
そう言われてゼフォルはいよいよ身構えた。優秀なのに何故か冷遇されるこのメイド長と昔から仲は悪くなかったが、だからと言って深入りすることも避けていた。
絶対によろしくない公爵家の権力争いがありそうだったからである。ゼフォルは武官として名をあげたいとずっと思っていた。公爵家を乗っ取ったりする気は全くなく。そういった権力争とは無縁でいたかったのである。
それに非常に不服ではあるが自分のようにギラついていると言われたのも衝撃だった。エルシアは自分には似ても似つかないと思ってたからだ。
「あぁー、メイド長?別に無理して話さなくてもいいのですよ?」
「気にはなりませんか?」
「……」
はっきり言って気になるに決まっている。いまさらどんなエピソードが飛び出そうが、エスメルが公爵家の実権を握った今過去の権力争いの話など全て過去の話だ。
謎の多いメイド長の身の上話など知的好奇心がくすぐられてしょうがないし、どこかギクシャクしている2人の仲を取り持つこともできるからだ。
「正直気になります。話していただけるのならして欲しいです。大丈夫ですよ、どんな話でも私より酷いなんて事はないでしょうし」
「そう、ですね。ありがとうゼフォル」
続きを促すと少しエルシアは楽になったように表情を和らげた。気が楽になってくれたのなら別にいいのだがそうですねと言われた事にゼフォルは少し傷ついていた。