エスメルの受勲式が終わった後、ゼフォルは帝都でいくばくかの休暇を楽しんでいた。エスメルの大将受勲のゴタゴタを最側近として処理していたが、帝都でやることは少なく、あっさりと時間を確保できたのである。
「ご無沙汰です。ゼフォル大佐!」
「ええこちらも、アティア憲兵大佐、あなたも昇進したようで、もう先輩風は吹かせられませんね」
今日は帝都でアティア憲兵中佐改め、北部の任で大佐に昇格した彼女と会うことになっていた。なにかと顔見知りの彼女だが、いつも会議の合間に話してばかりだった。しかし先日の北部での任を終えてエスメルの受勲式に彼女も参加していたので、せっかくだから会おうということになっていた。
「な、なんで軍服なんですか?」
「軍服なら面倒ないのと、あとは帝都中の羨望を集められますからね」
「あはは……」
プライベートだからかアティアらしい可愛らしい私服を着ていた。実直で先輩に好かれやすい性格をしている彼女にぴったりだった。たいしてゼフォルは服に頓着がないので自分を一番誇示できる佐官の制服だった。これでゼフォルが男だったらあきらかに女を侍らせてる将校様だ。しかしゼフォルはクール系の美女なので大丈夫だった。
帝都のことは憲兵であるアティアのほうがよく知っていたので、彼女の案内で適当に回っていた。
「すさまじい熱気ですね」
「バルグリフ陛下が即位してからというものの経済はずっと上向きで、おひざもとである帝都はいつも大盛況です」
受勲式という一大イベントが終わったばかりとはいえ、帝都の熱狂ぶりは大変なものだった。帝国で最も整備されているといっていい巨大な街路はその巨大さが窮屈に感じるほどに人でごった返し、脇に開かれている商店などは客でいっぱいだ。
並んでいる商品も出征先で見た様々な特産物が並んでいる。ヴァンダル高原の小麦で作られたパン、帝国西部、大海原の向こうの香辛料、北部に生息する獣の毛皮。ゼフォルには見慣れない果物も並んでいる。恐らく帝国南部の亜熱帯地域でとれる果物だろう。
帝都では普段お目にかかれない、物品が並んでいることが今の帝国が統一されつつあるということを示していた。
「もちろん、ただ大盛況というわけではありません。帝国軍はここ最近連戦連勝!国民の軍への人気がここまで高まったのは今までにないでしょう。ゼフォル大佐や帝国軍の皆さんのおかげです!」
「世辞が過ぎますよ」
そうニッコリとアティアはゼフォルをはじめとした帝国軍を褒め称えた。相変わらず彼女は世辞がうまかった。なんというか嫌味だったり媚びてる感じがしないのだ。心の底から凄いと思って、真っすぐ気持ちを伝えてくれる。そんな感じがするのだ。
燦々とした太陽のような活発な娘だ。少なくともゼフォルには真似できない。
ゼフォルの対人関係など、小人にはねっとりと絡みつく蛇のように甘言で幻惑し、傑物には内心の嫉妬を覆い隠して作り物の笑みを浮かべるしかないのだ。
この世で一番仲のいい、エスメルに対してだって素直であるとは言い難い、いつもいつも余計なことを言っている気がするのである。
「けど、そう言われて悪い気はしませんね」
まぁ自虐は置いておいて、アティアの言葉のおかげで少しは物をいい様に考えられるようになっていた。ゼフォルにとって帝都で経済活動をしてる連中などこの乱世で鉄火事場に身を置かない臆病者だ。
もちろん、彼らがせっせと税金を納めているからゼフォルも戦えるということは理解しているので、態度には出さないが、黙って軍の増強のために金を生み出してればいいと思っていた。
だが、こうして彼らが軍を尊敬してせっせと税金を納めるならゼフォルも必要以上に見下そうとは思っていなかった。何かと器用なゼフォルだからこそ、この商売激戦区の帝都で、売る努力しているのは分かる。完全な畑違いな自分では思いつかない。彼らも彼らなりの戦場で生きているのだ。と納得ができた。
そうしばらく帝都を回って、案内されたのは帝都の一級レストランだった。アティアが受付を済ませると、奥の完全な個室に案内される。まるで重要人物のようだった。いや帝国軍大佐と、憲兵大佐は十分に重要人物でこういった防諜完備の高級店をつかうのはおかしな話ではない。ただゼフォルは一人だと前職を活かして好きなものを作っていたし、エスメルと一緒になってからは彼女の私室で一緒に食べていた。アルセリアと一緒の時なんかはその辺の飲み屋で騒いでいた。
「じゃあ、早速乾杯しましょう!」
「なににします?」
「悪魔の給仕の復活を祝って!」
「言ってくれますねぇ」
「「乾杯!」」
そう言って二人はグラスをカチンと鳴らした。入っているのはもちろん酒だった。アティアのおすすめということでかなり度数の高いものを選んでいた。乾杯の音頭についても、その復活に一役買ってくれたアティアの提案なら別に良かった。
コースメが続々と運ばれてくるが、公爵家で給仕していたそれより豪華なものではないが、帝国の様々な地方でとれる食物をつかっており流石帝都なだけあった。
食べ始めてからは他愛もない話で盛り上がる。アティアの話題は年ごろの女性らしいアクセサリーやらをよく語っていてゼフォルにはあまりそそられない話題だった。流行りのアクセサリーも服も関心などほとんどない。何着ても様になるという自負があったからだ。
そのため、嬉しそうに話すアティアの聞き手に回ったが、それはそれで分かりやすく説明をしてくれる。本当に人懐っこいと思った。
「そういえば、北部での任務は終わったのですね」
「はい。北部蛮族の統治とだけあって、長丁場を覚悟していたのですが、すでに蛮族どもはほとんど打ち滅ぼされてますし、エスメル大将とベラムト大将から既に有効な統治案が出ていたのであっさり終わりましたよ。せいぜい逃げた有力者たちを見つけ出して処刑してやった程度です」
そう誇らしげに語るアティアだが、彼女から物騒な話が出てくる温度差を感じてしまう。いつものほんわかした雰囲気に引っ張られがちだが、立派な憲兵大佐様なのだ。
「ゼフォル大佐からの授業はまだ役に立っていますよ!証拠は後でいいっていうやつです!まぁそもそも、蛮族どもに遠慮なんて要らなかったいらなかったんですけど!」
続々と出てくる物騒なワードにゼフォルも驚いてしまう。アティアは性格や風貌のわりに容赦ないし、神経も図太いのだ。彼女が今では同じ大佐の位置にあるのが分かった気がした。蛮族相手にしても言葉がきついと思ったが、帝国人の北方蛮族の評価などこんなものだ。
「なので北部は後任に任せて、今ではてんで帝都勤務です」
「成程……参考までに今帝都で主にどのような任務を?」
「まぁ隠すほどのことじゃないんですけど今は増員される人員の綱紀粛正ですね」
ようやくアティアも憲兵本来の仕事に戻れたということだ。帝国はここ数年でその領土も広がり、バルグリフ陛下の中央集権で役人の数も増えた。そういった新しい人員が適切に運用されているかを監視しているということだろう。
「ふふふっ、悪魔の給仕の開放に駆け回った貴女なら余裕そうですね」
「まぁそうですね。あの時が一番大変でしたよ。それに比べれば北部の寒さなんてへっちゃらでした。けど、今ではいい経験です。間違いなくあの件のおかげで出世コースに乗れましたし。なにより解放したゼフォル大佐が再び活躍してくれて自分のようにうれしいんです」
「まったく、貴女は……私も感謝しています。おかげで私はエスメル大将の元に戻れました」
「そうあのエスメル大将!あの若さでベラムト閣下にならぶ出世株!正直ゼフォル大佐が心服するのも理解できます!失礼ですがお二人はどういった関係なので?」
そう話題がエスメルに移り、アティアが質問をしてきた。エスメルが褒められている。それだけでうれしかったし、ほどよくアルコールが回っているゼフォルは上機嫌だった。
「私とエスメル閣下の関係などある程度出回っているでしょうに」
「当事者の生の声が聞きたいんです!エスメル閣下の出世物語はまさに現代の英雄譚といっていいほどですし!」
「はいはい分かりましたよ。エスメル大将と私はただの主人とメイドというだけです。最も当時、エスメル大将は公爵家で不遇扱いされてましたがね」
「幼少期から一緒だったのですね」
「そうですよ。幼少期から大将閣下はそれはもう才気あふれる少女でした。私が戦術やら剣を教えれば、真綿が水を吸うように吸収していました。けどそれ以上に……失礼かもしれませんが本当に仲は良かったと、思います」
ゼフォルがエスメルに戦術を教え込んでいたことはいまや公然の話になりつつある。ゼフォルがやらかす前は、優秀な東部方面軍副司令官とそれに習った麒麟児が学院にいるだとかで結構有名だったからだ。
「よく一緒に狩にいったり街に繰り出したりしていました」
そう言ってゼフォルは過去を懐かしんだ。あの日々は本当に楽しかった。らしくなく、当時不義の子だったエスメルと遊んでいた。彼女が当主になるなんてい一切考えなかったし、それもあって恩を売ろうとか打算もなかった。純粋に彼女の成長と日常を楽しんだ。
皮肉な話だった。計算もなく付き合っていたエスメルが本当に公爵家当主になってゼフォルは窮地を救ってもらったのだ。他の公爵家の一族には一切媚びを売らなかったのに知らず知らずのうちに大当たりを引いていたのだ。
「立場はともかく良い友人だったのですね」
「友人というより、私は妹のように思っていました。いえ、もう妹は私なのかもしれませんけどね……」
気が付くとゼフォルはアティアにそうつぶやいていた。自分でもなぜだかはわからない。だが最近そう思っていたのは本当だ。昔はよくゼフォルがお世話をして、どこかに抜け出すときも自身が主導していたが、最近はエスメルに世話になりっぱなしという自覚があったのだ。
言葉に出したのは酔っていたからかもしれないし、一応部外者のアティアの前では上司であるエスメルを立てておこうと思ったのかもしれない。少なくとも自分の上司を妹扱いするはあまりよくないからだ。
「まぁ人と人との関係なんてそれぞれですよ。年月が変われば変わりもします。今も変わらず仲が良いということでよいではないですか」
「ふふっ。そうですね」
「けど本当にエスメル閣下をお認めになられているんですね」
「もちろん、彼女は私を間違いなく超えるでしょう……現に階級では抜かされてますし」
「エスメル閣下はどこまで行けると思いですか」
「どこ……とは?」
「そのままの意味です。私も出世できたきっかけはあの日、ゼフォル大佐と帝都で戦ったときのことです。だから大佐のことをずっと尊敬していました。そんなあなたをしてそうも言わせるエスメル閣下とは何者なのですか?」
急に随分と抽象的なことを言うものだと思ったが、いまのゼフォルは気分がいい。正直に言ってやることにした。
「もう大将で上などそうそうない……といいたいところですが、そうですね、きっとエスメル閣下ならベルズーフ閣下に並べると思っています」
それでも幾分かオブラートに包んだものだった。ゼフォルはもはやエスメルがベルズーフを超えることを疑っていなかった。いやひょっとすればさらに上に行けるのではないかとすら思っていた。
ゼフォルが失敗せず順当に出世したとしても帝国の有力な将軍の一人にしかなれなかっただろう。しかしエスメルにはそれを超える戦略の知識と公爵の血筋がある。遠縁とはいえ王家の血筋でもあるのだ。
ベルズーフはおそらく、エスメルとゼフォルの二人がそろいっていっればどうにでもなる。そして最近、皇太子であるユースクリフ殿下をまじかで見ることがかなったが、彼は実戦の経験が浅く、指導者としての才はエスメルに軍配が上がる。
もちろん、そんな極端なことをしようとは思っていない。ただそれを成せるだけの資格をエスメルは持っているのだ。
「ふふふっ、少し酔いすぎましたね、今のことは忘れてください」
「は、はい!」
少し恐れおののいているアティアに断って、開けた瓶の数を数えると相当な量を開けていた。この場もそろそろお開きだろう。ゼフォルは残された時間をアティアと楽しんだ。
最後の会計で、同階級とはいえ先輩だからと全額奢った。まぁまぁ後悔するくらいには財布に穴が開いた。