閣下、私は覚えています。
共にゲヘナ内外を飛び回ったあの重大な任務を。
いつもの姿からは想像もつかぬほどに厳格な姿勢を貫いた、普段とのギャップを。
目的のものは、それほど時間を掛けることなく発見することが叶いました。
線路沿いに転がっていたことが一番大きいですが、そうでなくとも発見は時間の問題だったような気がしています。
だって、今私の目の前に鎮座しているのは、そのような尺度で測れるようなものではないのですから。
「列車砲、シェマタ」
かつてのアビドス高校、混沌の時代を生きた伝説の生徒会長である鉄拳政治のシェマタの名を冠したその兵器は、アビドスとゲヘナのマークをその身に刻み込み、その異名を借りるような圧倒的な暴力装置としてそこに存在を主張していました。
アビドスでいざこざがあったというのは人伝に聞いていましたが、これが持ち出されたという事実がその事態の大きさを表しているように思います。適切な対処ができずに放り出されている
見上げるほど大きいその巨体は、しかしまだその有効性を保っているように見えました。外装に多少の傷は見られますが、正しく動かせば機能するだろうと思える程度には原型を留めていることも、その判断を下した要因の一つです。
「脱線していますね。先の外傷を見るに、どなたかが動かして、それを誰かが止めようとしたのでしょうか。あるいは、思いっきりぶつかって飛び乗ったりでもしたんですかね?」
シェマタの近くに転がる半壊と呼ぶには些か状態が悪い列車車両を見るに、そんな光景が予想されました。
バカげた予想ではありますが、それでも当たらずとも遠からずといったところでしょう。ここは駅ではなく線路の途中。となれば、走行中の両者がぶつかったと考えるのが妥当に思えます。正面衝突ほどの
列車砲の内部への入り口を探ると、すぐにそれを見つけることは叶いましたが、どうやらキーカードのようなものを必要としているようです。この兵器を誰でも使えるような状態にしておくのは危険すぎますし、合理的な判断のように思います。
「近くを少し探ってみますか」
幸い、時間は腐るほどありますので。
ミレニアムで調達してきた砂漠探査用のドローンに乗り込み、線路沿いを進みます。バイクのように座れるスクーターのようなものなのですが、操作性でいえば電動車いすの方が近いかもしれません。まあ言いたいのは、それだけ便利なものがあったということです。線路しかない砂漠を徒歩で歩くなんてのは、普通に考えて自殺行為でしかありませんからね。
しばらく進んだところに半壊したターミナル駅のようなものを発見しました。駅構内にレバーがあり、それを使って行き先を切り替えられるようになっているタイプの駅でした。
内部の戦闘痕を確認します。弾痕から見るに銃はハンドガンとショットガン、こちらはマシンガンでしょうか。それに加えて、レバー側の壁がまるで外側から飛び込んできたかのような形で破壊された跡が見られます。
「ということは、やはり、この先が――」
「――こんなところにゲヘナの生徒とは、珍しいな」
部屋の中を払拭していると、後ろから声が掛かりました。
振り返れば、そこにはハイランダー鉄道学校の制服を着た生徒が立っています。てっきり声を掛けてきた一人だけかと思っていたのですが、その傍らにはツインテールの小さな生徒を携えていました。
「列車砲の近くで何者かを見かけたと聞いた時は何の冗談かと思ったが、まさか本当にゲヘナの生徒だとはな」
「ね、ホントにいたでしょ? 私は仕事はちゃんとするからね、監督官」
「それで、ゲヘナの生徒が列車砲に何の用だ?」
眼帯をした生徒が片目ながら鋭い視線でこちらを睨みます。品定めするという雰囲気を隠そうともしないその振舞いは強気ですが、しかし右腕を骨折しているのか、包帯で吊られて固定されている状態でそんなことを言われたとて、あまり圧迫感は感じませんでした。
だから、私が正直に話そうと思ったのは彼女が原因ではありません。
その隣に立つ小さな少女が発するオーラ。それがあまりにも冷たく色を失っていて、気圧されたから。
確かに声は明るく、とても弾んでいるかのように見えます。ですがその表情は顔の筋肉がストライキしているのかと思うほどに動かず、その瞳は深淵を覗いているかのように
人と接しているというより、冷えた金属板に触れているような感覚。
小さな彼女にそんな感覚を覚えて、私は取り繕うことを選ぶことができませんでした。
「ゲヘナの現状を知っていますか?」
「ああ、以前よりも遥かに無法地帯になったようだな」
「列車もめっちゃ襲われるからめっちゃ大変だねー!」
なるほど。ゲヘナにも列車は通っていますから、ハイランダーは他の学園よりも状況が分かっているのかもしれませんね。
ならば、率直に伝えていいかもしれません。
「『彼女』を倒すために、列車砲を使わせていただきたいのです」
「あー、そーいうこと」
「なるほどな。確かに、あれを倒すのであれば、列車砲の火力が欲しくなる気持ちも理解できる」
だが、と眼帯をした生徒は言葉を切りました。
まるで理解はできるが、許可できないとでも言いたげな区切りです。そしてその私の想定通り、彼女は私に列車砲の危険性を伝えます。
「列車砲の火力は我々も未知数だ。人のいないアビドスで使うならまだしも、ゲヘナに打ち込むにはどこまで被害が出るか分からんぞ」
「想定以上の被害が出る可能性があると?」
「そーそー。ちっちゃな自治区だったらそこが全部更地になって地図から消えちゃうかもね!」
それはまずい。確実に当てるには、近付いて誘導する必要がある。
いや、待て。そもそもそんなものを当ててしまったら、彼女とて即死してしまうのでは?
あくまでも私の目的は無力化であって、殺害ではありません。むしろ、彼女を殺してしまっては作戦失敗といえるかもしれません。
であるなら、敢えて外して余波を当てるぐらいでちょうどいいのでしょうか? それでどこまで削れるかはわかりませんし、そもそもそれでは効果がないかもしせません。
「ちなみに、あの列車砲を起動するためには何かキーカードのようなものが必要だったのですが、そちらはお持ちでしょうか?」
「ああ、私が管理している」
「本来の持ち主は別の子なんだけどね。まあ、他の人に悪用されるぐらいなら私たちが管理してた方が良いでしょ?」
つまり、動かすことは可能だということ。
ならば、いっそ。
「一度、試し打ちをすることは可能でしょうか?」
「確かに。この辺砂漠しかないし、やってみてもいいかもね」
「そうだな。それが合理的か。私も一度見てみたいと思っていたし、やってみるか」
そうして私とハイランダー生徒二名は、列車砲シェマタの主砲を起動させました。
結果的にそれは、アビドス砂漠だけでなくキヴォトスに響き渡る轟音として文字通り世界を震わせました。超高出力エネルギー弾。その温度は観測した限りでは千度を超え、まるで太陽を撃ち出したかのような錯覚を覚えます。
「想像以上だな、これは」
「ですが、使うことはできそうです」
今回は砂漠なので本番ではある程度考える必要はありますが、爆発範囲、影響範囲、そして威力が分かったのは大きいです。これをどう作戦に組み込むかが私の腕の見せ所。
ハイランダーのお二人はスオウさんとノゾミさんと言うらしいです。
ゲヘナの現状には彼女たちも腹に据えかねる部分があるようで、作戦にご協力いただける運びとなりました。連絡先を交換し、また作戦について連絡すると伝えて別れました。
次に向かう先はトリニティ。犬猿の仲なので避けていましたが、彼女の相手をするのであれば、トリニティの戦略兵器を使わない手はありません。先日のエデン条約で問題行動を起こしたティーパーティーの生徒や救護騎士団団長なども、なかなか侮れない戦力です。
ええ、分かっています。
エデン条約。トリニティ。無意識に避けていた名前。目を逸らしていた場所。
覚悟を決めましょう。向き合いましょう。
閣下。私は覚えています。あなたの罪を。それが起こした悲劇を。
天国と地獄に分かれてしまったトリニティとゲヘナを。もう一度、見つめ直しましょう。
ヒカリはどこに行ったんでしょうね? 次回、トリニティにて。