異世界エルフ、ミスティの楽しい魔法教室〜世界に魔法を贈りたい   作:おんせんみかん

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12話 温泉

 

「はぁぁぁぁ……体が溶けそうだぁぁ」

 

「本当にいい湯ですね……五年ぶりぐらいです……温泉なんて……」

 

「あ゛ぁー、相変わらず不意に社会の闇をぶち込んでくるね、泉美は……」

 

「いいんですかね? 事務所が大変なのに、私だけこんなに良い目にあって……」

 

 現在、ミスティア、泉美、レンの三人は東京近郊にある温泉旅館に来ていた。これはミスティアを狙う者たちへの目眩ましと、ホテル暮らしが続くレンへの配慮から提案されたものだ。

 そして、せっかくなので旅館から配信をすることになった。

ミスティアは配信でお馴染みのエルフ姿。レンはその横顔をうっとりと見つめながら、事務所の状況を心配する。

 

「大丈夫なんじゃないかな? むしろ社長さんはホッとしていたと思うよ。よほど、大切にされてるんだね」

 

 ミスティアはふぅ……と息を吐き、温泉で顔を洗った後、「季節外れの平日だから旅館が空いててよかった」と感慨深げに呟いた。

 

「はい。大切に……されてるんだと思います。社長だけなんです。私の魔法少女になる夢を笑わなかった方は……」

 

 レンも大きな体をずらし、肩まで浸かりながら、ボソボソと社長との出会いを語り始めた。

 

 小学校で急に身長が伸び始め、高学年になる頃には誰よりも背が高かったこと。周りの無邪気な子どもや大人たちは、彼女の気持ちを見ようとせず、「将来はバスケ選手だ」「モデルだ」と、ただ身長だけを見て決めつけた。心が折れかけ、流されるままモデルになろうかと考えたこともあった。

 

 そんな中で彼女が出会ったのが、仮初の体で歌って踊り、人に接することのできるヴァーチャルミーチューバーだった。

 

「賢者は先を見て諦めて敗者となる。愚者は先を見ても諦めず勝者になる。諦めなかった君が勝っただけだよ。人間は生きて100年だ。なら、懸命に生きることだ」

 

 ミスティアは温泉の縁にある石に座り、斜め下に置かれたタオルを乗せた泉美の綺麗な黒髪を、つんとつついた。それを受けた結い上げられた黒い頭が、くすぐったそうに左右に揺れた。

 

「そういえば、師匠は5000年以上も生きてると言ってましたが、寿命ってあるんですか?」

 

「ごせ……ケホッ!?」

 

 不意の言葉に衝撃を受けたレンが咳き込み、泉美は慌てて水のボトルを差し出した。

 

「寿命かぁ……どうだろうねぇ。もしかしたら明日かもしれないし、一億年後かもしれない」

 

「その言葉にどう答えたら良いのか……わからないんですけれども……」

 

 ミスティアは楽しそうに笑う。

 

「あはははは……でも、僕と同種族はいないからね。同種が死んだところを見ないと寿命なんてわからないものさ」

 

「エルフって……ミスティちゃんの他にいなかったんですか?」

 

水を飲んで落ち着いたレンも会話に加わる。

 

「エルフはいたよ……人間もね? けれども、僕と同じ時間を生きることができる特殊なエルフは――いや、生命体はいなかった」

 

 ミスティアの顔には、例え難い深い感情が浮かんだ。その表情に泉美もレンも言葉を失う。人の身では計り知れないほど、世界を見て人々を送り続けてきたのだろう。慰めの言葉など言えるはずもなかった。

 

 露天風呂に静寂が訪れ、山々から響くヒグラシの声と、お湯が揺れる『ちゃぷん』という音だけが流れる。

 

 その静寂を唐突に、温泉情緒には不釣り合いな電子音が打ち破った。

 

「おっと、待ち人からの電話だ。僕はここで失礼するよ。二人はもう少し楽しんでから上がると良い」

 

 ミスティアは温泉から上がると、素足で「ぺたぺた」と可愛らしい音を立てて脱衣所に向かった。途中で指を「パチン」と鳴らすだけで、結っていた髪が解け、一瞬で全身から水飛沫が散って乾燥した。

 

 少ししてから、ミスティアの英語が聞こえてきた。

 

「Hello, Eon. Good to meet you」

 

泉美とレンはお互いに顔を見合わせた。

 

「やっぱり、ミスティちゃんはすごいなぁ」

 

「今でも思うんですよね。私なんかが弟子でいいのかな?って……私なんて夢もなかったし……ただ、運良く師匠に拾われただけで……レンちゃんみたい子を弟子にした方が」

 

 ゆったりと揺れる温泉の表面に視線を落とし、弱音を連ねる泉美に、レンは突然立ち上がり、叱りつけた。

 

「ふざけないで! そしてあの人を馬鹿にしないで!」

 

 レンの剣幕に、泉美は息を飲む。

 

「あの人は貴女を選んだ。その理由も意図もわからない。けれども、貴女を選んだのよ!? 私でも……他の人でもなく貴女を! そんなあの人を馬鹿にしないでよ!」

 

「わ……私は……別に……」

 

「馬鹿にしたつもりはないって? いいえ、貴女は馬鹿にしたわ! 貴女を選んだあの人を、そして選ばれなかった私を!」

 

 レンの怒りに満ちた言葉が、静寂を取り戻しつつあった露天風呂に響き渡った。湯気越しに見るレンの瞳には、微かな涙が浮かんでいるように見えた。

 

「わ、私はそんなつもりじゃ……」

 

 泉美は縮こまり、湯舟の縁を握りしめた。師匠を侮辱したという指摘に心が痛む。

 

 レンは一度深呼吸をし、肩まで湯に浸かり直した。声は落ち着いていたが、重みを増していた。

 

「いい? 泉美さん。あの人は、ただの幸運で誰かを拾うような人じゃないわ」

 

「私だって、あの人に拾われたいと何度思ったことか。『諦めなかった君が勝っただけだよ』。その言葉を、どれだけの人が欲しがったと思う?」

 

 その声には深い哀愁の声音があった。

 

「私なんて、って思う気持ちはわかる。私もそうだった。でもね、あの人は、自分の特別な目で、貴女を選んだのよ。私にはない、特別な何かを」

 

 レンの視線は山々の稜線に向けられ、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。

 

「それを、ただの運だと片付けるのは……貴女を信じて選んだあの人への、最大の侮辱よ。そして、選ばれなかった私には残酷な言葉だわ」

 

 泉美は言葉を失った。レンのミスティアへの深い憧憬と羨望が、彼女の言葉の根底にあることを、今、まざまざと感じた。

 

「ごめん……なさい……」

 

 泉美は心からの謝罪を口にした。

 

「私は……自分のことを、ちゃんと信じられてなかったんだ。師匠の優しさに甘えて、その選択の重さから、逃げようとしてた」

 

 いつの間にか浮かんでいた目尻の雫を拭う。

 

「レンちゃんの言う通りだね。私は……師匠が選んでくれたんだから、ちゃんと、胸を張らないと」

 

 決意を込めた瞳で顔を上げ、レンを見つめた。

 

「ありがとう。レンちゃん。私……頑張る。師匠の弟子として、恥ずかしくないように」

 

 その言葉を聞くと、レンの表情は一気に弛緩し、いつもの柔らかな笑顔に戻った。

 

「そうよ、それでこそ! さ、こんな話はおしまい! 身体が冷めちゃうわ」

 

 レンは再び湯舟に深く浸かった。脱衣所からは、ミスティアの英語が聞こえてくる。

 

「...Yes, I understand the situation. Continue with the stock acquisition. Don't worry, Eon. I have a very capable team... yes, two capable colleagues, although one is still learning to value herself. Hah! See you tomorrow evening.」

 

 通話が終わったのを感じて二人は湯船から上がった。脱衣所の扉を開けると、ミスティアが濡れ知らずの滑らかな金の髪を揺らしながら、二人を出迎えた。

 

「やぁ、二人とも上がってきたね。いい湯だったかい? ずいぶんと盛り上がっていたようだけれども……」

 

 ミスティアはクスクスと小さな笑い声を上げたが、その瞳は二人を鋭く見つめているように感じた。

 

「はい! とても良い湯でした!」

 

 レンはすぐに答えた。泉美も、心の中で決意を新たにし、まっすぐに師匠を見つめた。

 

「あの……師匠」

「なんだい? 泉美」

「私、師匠の弟子として、もっと頑張ります。私を信じて選んでくださったことを、無駄にはしません!」

 

 ミスティアは一瞬、目を見張ったかと思うと、すぐに口元に優しい笑みを浮かべた。

 

「ふむ……そうかい。僕が諦めが悪い愚者だと分かっているなら、それでいいさ」

 

 ミスティアはそう言うと、静かに泉美の頭を撫でた。その手は温かく、優しかった。

 

「さて、お腹が減ったろう。夕食にしよう。明日の配信の準備もあるからね」

 

 ミスティアは二人に背を向け、部屋へと歩き出した。

 

 夕食後、三人は明日の配信の準備に取り掛かっていた。旅館の一室に機材が運び込まれる。

 

「旅館からの配信って、なんだか新鮮ですね!」

 

 レンは目を輝かせた。

 

「温泉配信って、みんな喜びますよ!」

 

「ああ、そうだね。だが、明日は少し趣向を変えるつもりだ」

ミスティアは、旅館の畳の上に広げたノートパソコンの画面を二人に見せた。そこには、明日の配信タイトルが打ち込まれていた。

 

『ミスティ×レン×泉美のリアルコラボ』

 

「リアルコラボ!? だ、大丈夫なんですか!?」

 

 ミスティアと泉美は顔出しをしているから、もちろん問題ない。しかし、レンはヴァーチャルの今とは似ても似つかぬ姿で配信しているのだ。

 しかし、レンはあらかじめ知らされていたのが、覚悟を決めた顔で、心配そうな泉美に向かって頷いて見せた。

 

「安心するといいよ。僕にもちゃんと考えがあるからね」

 

 ミスティアはニヤリと笑った。それは、配信者としてのミスティアの顔だった。

 

「そして、レン。今回のコラボでおそらく世界は魔法に目覚める。そして世界は魔法を放置しないだろう。泉美、君には僕の隣で、レンを支える師匠の弟子としての役割を果たしてもらう」

 

 ミスティアの言葉に、泉美の胸に再び熱い決意が込み上げた。

 泉美は力強く頷いた。

 

「はい! 頑張ります!」

レンもまた、瞳を輝かせ、気合を入れた。

 

「ミスティちゃんの期待に応えます! そして泉美さん、どうかよろしくお願いします!」

 

 旅館の静かな一室に、三人の決意と熱意が満ちていた。

 

 

 

 

 

【速報】世界的に有名なアメリカの実業家、エーオン氏が『ツブヤクンヤー』で発言。

 

 『明後日、世界は驚愕のニュースを耳にすることだろう。世界が目覚める時が来たことを知るのだ』と発言。

 次々と斬新な技術開発と事業展開を繰り広げる同氏がどのような発表をするのか、業界人は興味深く見守っている。

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