公式大会出禁プレイヤー、ジョージ・スケベワークスのDLCエリア転移録 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
女騎士キュリヤは、つんのめって、勢いよく地面に顔をたたきつけた。
激痛。一瞬、視界が真っ白になる。
おくれて、血の味がやってくる。
だが彼女には、そんなものに
立ち上がらなければ──すぐに立って、走り続けなければ……
「ふ……っぐ、ううう…………」
歯を食いしばり、キュリヤは腕に
だが、限界を超えて動かし続けた彼女の腕は、脚は。
もはや自重すら満足に支えられないほど
その
彼女が本来持つ、鍛え上げられた
──ケタ、ケタケタケタ。
黒い針葉樹林に、キュリヤをせせら笑う声が
猿のような、
彼女の
──『夜の島』。まさか、これほどの魔境とは。
息が苦しい。もう、どうやったって立ち上がれそうにない。
異常な魔力濃度の大気に、臓器が悲鳴をあげているのもわかる。
キュリヤは自らの
黒い針葉樹の隙間からのぞく白い空を見上げて、あきらめの笑みを浮かべる。
“自分にお似合いの、ありふれた結末だ──“と。
彼女の祖国は、"プレイヤー"によって滅ぼされた。
地平を埋め尽くす『石膏の天使』が、キュリヤの脳裡にフラッシュバックする。
そして幸か不幸か生き残ったキュリヤも、数ヶ月前に突如として世界の極北に出現したこの島へ──"夜の島"へと、流刑に処された。
「みんな……自分も、すぐにいくから……」
──いくら努力しても英雄にはなれなかった私に用意された、名もなき死が、大口を開けて待っている。
ふるえる歯の根を噛み殺すキュリヤの脳裏、走馬灯のごとくよぎるのは、自分の四半世紀たらずの人生の記憶だ。
英雄にあこがれた辺境伯家のお転婆が、生家を飛び出し。
身分を隠し入った騎士団で、毎日手が血まみれになるまで剣を振るい……
そして、あの“プレイヤー“──無彩色をした天使に、何が起きたかすらわからず蹴散らされるまでの人生。
……そうだ。“プレイヤー“だ。
キュリヤは、忌々しげに目元をゆがめる。
すべては99年前。原初の"プレイヤー"発生から、この世界の歯車は狂いはじめてしまったのだ。
──『
およそ一年に一人の周期で、この世界には"プレイヤー"と呼ばれる存在が出現する。
凄まじい
ひとりひとりが一国の軍と同等、あるいは凌駕する力を持つ彼らは、あっという間にこの世界におけるパワーゲームの中心に
いかに彼らの機嫌を損ねずに、自勢力に抱き込み、飼いならすことができるか。
それが国家の明暗を分けると言っても、けして過言ではない。
『ケタケタケタ』『“ ミンナ……ワタシモッモッ、スグニイクヨオ……“』『ギャッギャッ!』
キュリヤが必死に逃げていた闇の中から現れたのは、三匹の猿だった。
大の男を優に超える大柄で、夜闇に溶けこんでしまいそうな漆黒の毛皮を纏っている。
だがその者たちの表情からは、動物らしからぬ知性と、それに裏打ちされた悪意がにじみ出ていた。
「──っ」
首だけ持ち上げて"それ"を見たキュリヤは、思わず目をむいた。
黑い猿の一体一体から発せられる、あの“プレイヤー“と比べても、
そして同時に理解する。
自分は逃げていたのではなく、ただ、もてあそばれていただけだ、ということを。
戦意喪失、どころの話ではない。
その視線に体をなぞり上げられるだけで、泣き叫びたくなる恐怖に襲われる、絶望的なまでのレベル差。
ハンターが、獲物が疲れ果てるまで追い立ててからその命を摘み取るように。
私は、こいつらにとって、一方的な狩りの対象にしか過ぎなかったのだ。
「は……ははは……っ」
しゅるるる……と。
荒布のズボンの股から、くぐもった音をたてて、彼女の失禁が地面に広がっていく。
倒れたこんだまま、キュリヤは乾いた笑いを漏らした。
──私なんかがどれだけがんばったって、世の理不尽に対しては、なにもかも無意味だったんだ。
──父さまの言った通り、あのいけ好かない大公の側妃にでもなっておけばよかったのかな。
──そうやって、貴族令嬢としての生まれを受け入れていれば。こんな、自分の人生そのものに無価値の烙印を押されたような、絶望的な無力感は、味あわずに死ねたのだろうか?
益体のない考えが頭を駆け巡る。
黒い猿たちが、ずんずんと歩いてくる。
猿たちは、キュリヤの失禁でできた水たまりを指さして、けたけたと笑ったり、わざとらしく鼻をつまんでみせたりしてくるが。
彼女には、それを恥じる気力すら残されていなかった。
……ほんとうに、無力で、
キュリヤは、せめて涙だけは流すまいと、
「大丈夫かい、美人さん」
強い、風が吹いたような気がした。
「……は?」
しめっぽい音とともに、キュリヤを取り囲んでいた黒い猿たちの頭が──悪らつな笑みをはりつけたまま、首の断面からずり落ちた。
その光景を唖然と見ていたキュリヤの目に、ぎりぎり残像として写ったのは。
下手人であるその男は、黒い猿たちを始末したことを確認すると。
地面から身軽に立ち上がって、キュリヤに向き直った。
平凡な男に見える。
黒髪黒目、
だが、どこにでもいそうなその見た目に反する、圧倒的な戦闘能力。
キュリヤの知る限り、そんな存在はひとつしかいない。
「"プレイヤー"……」
ほとんど無意識の内、ぼそりとつぶやかれたキュリヤの言葉に。
男は「んー……少し、ちがうな」と人差し指を立てた。
「俺は、ただのプレイヤーじゃない」
愛用のカランビット・ナイフを指先で回す手遊びをしながら、男は言葉を続ける。
「第一回ワールドチャンピオンシップ優勝者にして。
『R:E.O.』唯一の
男の口元が、かすかに弧を描いた。
「──ジョージ・スケベワークスとは、俺のことだ。……知ってる?」
「ジョージ……スケベ、ワークス……?」
「あっ、知らないのね。おっけーでーす……」
キュリヤには、男のテンションが露骨にしぼむのがわかったが。
そこで、彼女の意識は限界を迎えた。
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【──夜の島。】
【《オルド》
【すべてを夜と死へ収束させる因果律を。】
【星を満たしていた悪意ある羊水を。】
【
【始原にあふれていた、あまねく呪いと滅亡を。】
【あの島は、神すら恐れる死と滅亡の
【"
【中央大陸を
【神秘と恐怖に満ちた、新たなる冒険が待ちうけている──!】
──【VRMMOゲーム『Reverse:Ever.Ortus.』
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「クソ取引先め……
俺は、忌々しい取引先担当者への恨み言を呟きながら、玄関でいそいそと靴を脱いでいた。
零細営業マンのつらいところだ。
どれだけ無茶な納期や理不尽な要求をされても「じゃあもうおたくとは取引しません」とは言えない。
なんども丁寧に説明し、なだめすかし……。
それでも分かってもらえなければ、あとは押し問答。根気の勝負になる。
そんなこんなで、今日も今日とて深夜帰りになりましたとさ……
23:30
「……ま、なんとか日付変わる前には間に合ってよかった」
暗い部屋の中で蛍光色に輝く時刻に、俺は胸をなでおろす。
電気をつける時間すら惜しみ、机に置いてあるヘッドセットを手探りで取って頭に接続した。
脊髄神経に埋め込まれたインプラントが作動し、チカチカッと視界が点滅する。
【ジョージ・スケベワークスがログインしました】
何度かその点滅を見つめている内に、気がつけば俺の視点は安アパートの一室から打って変わり。
小洒落たジャズが流れるカウンターBARのような空間──我らがクラン『おぷてぃみすと』のクランルームになっていた。
『あ、やっときたよジョージさん!』
『やあ、遅かったじゃないか、ジョージくん。
今日は待ちに待ったDLCエリア実装だから、午後休とるって言ってなかったっけ?』
バーカウンターを挟んで談笑していたふたりのプレイヤーが、俺のログインに気がついて顔を向けてくる。
布面積がすくない服装の銀髪サキュバス『れぼ☆いりゅーじょん』と。
バーテンダー風の黒いベストを着こなす、白髪オールバックのイケオジ『
『いやー……そのつもりだったんだけど、取引先がねえ……あれ、他のみんなは?』
俺がふたりにそう言い訳すると。
カウンターの外側に座っているれぼ☆いりゅーじょんが『うわ、今帰ってきた感じですか。お疲れさまですー……』と。
サキュバスアバターにそぐわない、さわやかイケメン風ボイスでねぎらってきた。
……"
実際こいつはリアルでもイケメンで、なおかつ勤め先を聞いたらおもわず目ん玉が飛び出しそうになったほどの、超エリートである。
オフ会で待ち合わせた時、まさかこいつだとは思わなくて、5分くらいまわりウロウロしちゃったもんな。
欠点らしい欠点といえば……
資金力に物を言わせて有名イラストレーター&熟練3Dモデラーに特注したどすけべサキュバスアバターと、磨きあげた女声で、夜な夜なVRネカマにいそしんでいることぐらいのものだ。
彼女さんに知られたら修羅場だぞほんとに……!
そんな俺の心配も知らずに、れぼ☆いりゅーじょんは。
カウンターに頬杖をついて、楽しげに言葉を続けてくる。
『ジョージさんがいつまで経っても来ないから、他のみんなはスロ石堀りに行ったり、バザール見に行ったりしちゃいましたよ。
オレたちだってジョージさん待ちだったんですから。感謝してくださいね?』
『サンキューね……れぼさん』
『ははは、言ってみただけですって、気にしないでください。
ジョージさんがいなきゃつまんないってだけですから。オレは』
『アンタって男は……!』
なんて、なんて友達がいのあるサキュバスなんだ。
涙が出るぜ。
趣味がネカマなのを除けば、本当にいいやつである。
いやほんとに、趣味がネカマでさえなければ……
『エーケーさんもごめんね。待たせちゃって……』
『いいんだよ、ジョージくん。謝らないで。
謝意は、あと10分後に実装される「夜の島」のレアアイテムで示して欲しいな。
ぜーんぶ渡してくれたら、一割くらいは君の武器作成に使ってあげるから。
前々から構想してた例の武器、あの島の素材で作れそうなんだよね』
『ちゃっかりしてるこの人!』
俺がカウンターの向こう側でグラスを拭いていた
エーケーはニッと笑って『私は生産職だからさ。頼りにしてるよ、
俺はそれに、首を横に振って答える。
『"元"ね……もう最強じゃないよ。
たしか今のチャンピオン、三連覇してるんでしょ?
俺よりずっと強いんじゃない?』
そう言い、ラム酒をあおる。
アルコールが粘膜を焼く感覚はない。
ただ、脳のVR錯覚が、うっすらと香りだけは感じさせてくる。
『いいや……ジョージくんが"なんでもあり"でいけば、きっと勝てるよ』
『まあ、その"なんでもあり"のせいで、ジョージさんはぜんぶの公式大会出禁になってるわけですけどね……へんなあだ名もつけられて……』
れぼ☆いりゅーじょんは、苦笑しながらそう補足した。
『いやあ、あの時はウケたねえジョージくん。
グリッチ使いまくりのインチキ戦法で優勝したときの、会場とコメント欄の空気と言ったら……』
『いや、インチキ戦法とか言わないでよエーケーさんまで!
グリッチ発見するのも、実戦の場で出すのも立派な実力だから!
だいたい、あの時俺が多用した"クイックステップ・キャンセル"は、今じゃ対人ガチ勢の必須テクニックになってるわけで……!』
インチキ野郎の汚名を撤回させるべく、俺の弁に熱が入りはじめた時……
『エーケーさん? どしたの』
『ん……いや、なにか、運営から妙なメッセージが──』
──シュンッ。
なにかを言いかけた
『……えっ』
困惑する俺とれぼ☆いりゅーじょん。
ふたりして、先ほどまで
『え……? エーケーさんどこいった。
……ログアウトしたのか?』
『……あれ、おっかしいなあ。
ジョージさん、フレンドリストからエーケーさんのログイン状態確認してもらっていいですか?
オレの方だとなんか見つからなくて。』
『おう……通信環境のトラブルかなにかだと思うけど……』
『オレは、エーケーさんが消える直前に言ってたメッセージボックスをチェックしてみ──あ』
そう口にした瞬間。
俺の真横で、今度はれぼ☆いりゅーじょんが消えた。
『……れぼさーん!? ちょっとー!?』
こっわ! この状況でひとりにしないでくれよ!
俺はそう叫びそうになりながらも、落ち着くため深呼吸を繰り返す。
……
──"運営から妙なメッセージ"。
──"メッセージボックスをチェックしてみる"。
ふたりは、そう言っていた。
……たぶん、というか確実に、メッセージボックスになにかあるんだろうな。
俺はおそるおそるウィンドウを開く。
そして、新着のマークがついているメッセージボックスに、カーソルを合わせてみた。
……もしかすると。
これは、DLC実装に
そう考えたら、なんかワクワクしてきたぞ。
なかなか粋な演出をするじゃねえか運営も。
さすが今をときめく大人気ゲーム、プレイヤーから金を搾り取るだけが能じゃないぜ……
俺は意を決し、メッセージボックスを開いた。
するとそこにあったのは案の定、運営からのメッセージ。
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【99/100】
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『……なんだ、こ、れ──!?』
その瞬間。
俺は、脳みそを直接ゆさぶられるような、浮遊感と吐き気に見舞われた。
ログイン時と同質に、だがずっと激しく。
ブラックアウトとホワイトアウトを繰り返すように、視界が明滅している──!
「う、ぐ……」
いつからか地面に倒れ込んでいた俺の鼻を、
「クッソ……」
先程までの頭痛と、視界の明滅は嘘のようにおさまっていて。
俺は、うめき声をあげながら立ち上がった。
「なんだよ……これ……」
俺の目の前に広がっていたのは、モノクロの大自然だった。
色彩が、うしなわれたかのようだ。
生い茂る草木も、それが根をはる土も──すべてが、白と黒で構成されている。
だが、なによりも俺を驚愕させたのは『五感』。
頬をなでる、なまぬるい風の感触。
新鮮な土と、草木の匂い。
VRが見せる錯覚ではない──本物の質感が、俺を包みこんでいたのだった。