公式大会出禁プレイヤー、ジョージ・スケベワークスのDLCエリア転移録   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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第十二話『天使と騎士』

─中央大陸、エトランジェ教団国、第一聖堂─

 

 知らぬ者が見れば、巨城と見紛うであろうほどの威容を放つ、白亜の聖堂。

 その聖堂の内部は、たったひとつの大伽藍(だいがらん)によって、占有されている。

 

 ──『信託の間』。

 

 そう呼ばれる、広大な空間には現在。

 息が詰まるほどの厳粛な沈黙が、ぴんっと張りつめていた。

 

 円形の空間を埋め尽くすように、ぐるりと配置された議席に、所せましと座しているのは。

 この教団国における政官と軍部に位置する、神官と教皇騎士たちだ。

 中央大陸において、覇権にもっとも近いとされる二国の片割れたる"祈り手(プレイヤー)"信仰国家、エトランジェ教団国。

 

 神権政治(テオクラシー)を国是とするその国家における、()()()()意思決定層である彼らは。

 みな一様に、円形の議会──『神体の間』の中心に存在する一人の少女に対し頭を垂れ。

 両掌を震えるほど固く合わせ、祈りを捧げ続けていた。 

 

「────。」

 

議会の中心、天蓋から常にまばゆい陽光が差し込み続けるそこにいるのは。

 一瞬でも目を離せば、そのまま陽だまりの中へと溶けていってしまいそうなほど儚げな顔立ちの、頭上に光輪を浮かばせた天使だった。 

 

「──やあ、信徒たち。よく来てくれたね。」

 

 ややあって、玲瓏(れいろう)な声が、彼らの耳朶(じだ)を揺さぶった。

 声量そのものは、日常的な会話のそれと大差ない。

 だが、少女の声は、神秘的ななにかを伴って、だだ広い聖堂の隅まで響き渡った。

 

 少女が、閉じていた瞼を開いた。

 全てを見通すような、あるいはなにも見ていないような、がらす玉のような目を少女はしていた。

 

 純白の髪と肌にあって、その瞳と唇だけは、目がさえるほど赤い。

 (またた)く瞳と小ぶりな唇が動くたび、それは処女雪にぱたぱたと飛び散った血痕に似て、見る者の胸を、残酷な美しさでかきむしる。

 彼女は、"祈り手(プレイヤー)"を崇拝の対象とするこの国家において、もっとも長く、強く信仰を集め続ける存在だ。

 なぜなら彼女は、現存する中で最古の──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──プレイヤー名、『新城L(アラキエル)

 かつて、自身の姓に名のイニシャルを組み合わせたネームの天使族アバターをあやつり、多忙な仕事の片手間にゲームを楽しむ一般的な『R:E.O.』プレイヤーに過ぎなかった彼女は、今。

 この世界で過ごした九十年の時の末、完全にアバター同化が進行し、もはや人間だった頃の意識と精神は、(うしな)われていると言っていい。

 

 彼女は、心身ともに……

 アバターの種族である"神性熾天使(ディヴィニティ=セラフ)"そのものに成り果てている。

 超然的な視座と、それゆえに何ものにも与さない──残酷なほど合理的に、彼女が定義するところの"人類"を繁栄へと導こうとする、言うなれば神の視座の持ち主と化している。

 

 彼女が元来から、組織人として、自他の振る舞いを徹底的に合理化しようとする支配的気質を持っていたことも、それに拍車をかけたのかもしれない。

 

 その"神の視座"でもってして、彼女は。

 庭の草木を剪定するような感覚で、この世界に、断罪と殺戮による秩序を敷こうとしてきた。

 

 戦争、飢餓、差別──機会の格差。

 そういった、文明社会が必然的に垂れ流す害毒を処断するには、ある程度の犠牲は許容せねばならない。

 

 事実、彼女がこの"剪定"を開始してから、この世界における外的要因による死や貧困は、プラス・マイナスの収支としては大幅に減少している。

 

 たとえば、歴史的に対立しているふたつの国があるとする。

 それを完全に解決する唯一の方法は、数で劣る方の民族を根絶やしにしてしまうことだ。

 長期的には、それが最も犠牲が少なくなる。

 

 腐敗した肉は、切除されなくてはならないのだ。

 さもなくば──全身が腐り落ちる。

 

 これまでに、いくつもの国家や種族が彼女によって取り潰され、あるいは滅ぼされてきたが、それは枝葉の問題。

 コラテラル・ダメージであるとプレイヤー、新城Lは考える。

 

 なにせ、彼女が刈り取ってきたそれらは……

 彼女の構想する、整然としたすばらしき新世界には、不要なものなのだから。

 

 ……そして、()()()()()()()()()()()()()から、この世界を守るためにも。

 ()()()()()()

 万全を期して。

 この世界に、うつくしい支配と秩序の律を敷くことで。

 

 新城Lは、その小ぶりな唇にゆったりとした微笑をたたえながら、口を開いた。

 

「──今、この世界は未曾有の危機に瀕している。

 近年増発している空間災害や、各地を暴れまわる強力な"荒神(プレイヤー)"とは、また別件のものだ。

 ……この世界の極北。

 この星でもっとも深い海と、高い空を超えた先……

 これまで99年間にわたり瘴気に包まれていた場所に、()()()()があらわれた。

そこには、この世界を終わらせる存在がいる。

 始原の呪いと滅亡が。

 星を満たす悪意ある羊水が。

 ()()()()()()()()()()()

 ──この美しい世界に、永遠(とわ)の厄災をもたらす存在たちが!」

 

 凪いだ心とは裏腹に、新城Lは悲壮感に満ちた表情で聴衆へ訴えかけた。

 彼女の言葉に、神官たちと騎士団がどよめき立つ。

 新城Lは、かつて自分にあった人間としての感情の機微を巧妙に模倣(エミュレート)し、人々の感情を効率よく煽りたてる演説を続ける。

 

「我々は、それを打破しなければならない。

 この世界の行く末を真に憂い、守護する者として。

 ──よって、彼の島へと精鋭の先遣部隊を送ることを、ここに宣言する!」

 

 プレイヤー、新城Lが、現状を危機的と評価しているのは事実であった。

 

 世界の極北。自分がこの世界に転移してから90年以上にわたって黒い瘴気に包まれ続けた到達不可区域に、突如として現れた島。

 

 そして、それが現れた瞬間。

 同じく90年以上ひさしく聞いていなかった、()()()()()()()()が彼女の脳内に響いたのだ。

 

 【DLCエリア、『夜の島』が実装されました。】──と。

 

 『夜の島』。

 時の洗礼を知らぬ天使の頭脳は、その名を克明に記憶している。

 サービス開始4年目にしてはじめて実装されることが決まっていた、『R:E.O.』初の超大型DLC(ダウンロード・コンテンツ)エリア。

 

 新城L、そして他のプレイヤーたちは。

 その実装を待つサーバー内のお祭り騒ぎの中で、とつぜんこの世界へと転移させられたのだ。

 

 すでに、いくつか手は打ってある。

 そのひとつが、敵国の敗残兵たちに自身のスキルで生死がわかるマーキングを付けて、『夜の島』へと流刑に処するというもの。

 

 敗残兵とは言え、最低限の戦闘能力を持つものたちを送り込み、その生存期間を確認することで、あの島の脅威度をある程度(はか)る事ができると、新城Lは考えたのだ。

 

 その結果は──島に到着して数分で、九割以上が生体反応をロストするという、異常なものだった。

 

 それだけでも、『夜の島』が想像を絶する魔窟であることは明らか。

 残り一割弱の生体情報は、未だに確認できる。おそらくは、どこかに安全地帯でもあるのだろう。

 

(『夜の島』──新たなるフロンティアだ。

 ぜひ、ものにしなければ。

 単独で世界を滅ぼしうる()()()()()()()たちに、対抗するためにも)

 

 だが新城Lはそれにより、かの島への期待をさらに強めた。

 彼女の知る、ゲームの鉄則。

 危険なエリアであればあるほど、攻略することによって他プレイヤーから抜きん出ることができるのだ。

 

 『未開の島へと先遣隊を送り込む』という、新城Lの突発的な決定に、神官たちがどよめく中。

 ひとり、大伽藍の中ほどの席に座していた美丈夫の騎士が、すっと立ち上がった。

 新城Lは彼に視線を向け、唇を開く。

 

「発言を(ゆる)そう──枢機騎士、アダルス=レム=リビオン卿。」

 

「──は。」

 

 枢機騎士、アダルス。

 そう呼ばれた彼は、まさに『聖騎士』というイメージをそのまま象ったかのような容貌をしていた。

 

 黄金を溶かした髪を短く切りそろえ、顔立ちは精悍。体格は鋼のように引き絞られながらも、けして貧相な印象は与えない。

 

 教団国における、プレイヤーを抜いた最高戦力である『枢機騎士』。

 教皇騎士団の最高位であるその称号を、弱冠二十三にして授かった十年に一度の俊才、そして家柄も歴史ある名門である。

 

 理想の騎士を体現する存在。

 その彼は、大伽藍に集まった国家の重鎮たちの視線を一身にあびながら、朗々とした声で提言する。

 

「その先遣隊……私が、志願したく思います。」

 

 傅いた彼の発言に、聖堂はさらにどよめき立つ。

 若輩とは言え、アダルスは騎士団の最高位にして、代々高位神官をおくりだしてきた名門、リビオン家の現当主である。

 未開の地への先遣部隊などという、危険な任務を任せるには、あまりにもリスクが大き過ぎる人材だ。

 

「……ふむ。ありがたい申し出だが──それは君ほどの騎士には()()()というやつではないかね? リビオン卿。」

 

 顎に手をあて、そう答える新城L。

 だがアダルスは、その返答を予期していたかのように、殊勝な面持ちで返答する。

 

「神君アラキエルよ。

 私には()()が必要なのです。」 

 

「ほう……? リビオン卿。

 不世出の騎士である貴公に、罰が必要と?」

 

「私が監視を命じられていた、第7聖堂の祈り手(プレイヤー)……れぼ☆いりゅーじょんが、先ほど姿を消しました。

 おそらく、彼女は──件の島へ向かったものと考えられます。」

 

 アダルスの言葉に、聖堂から音が消えた。

 れぼ☆いりゅーじょん。

 その名は教団国内においても有名だった。教団国に繋ぎ止められながら、同国に敵意を向ける荒神(もんだいじ)として。

 

 そして、その監視を命令されていたのが、枢機騎士アダルスだった。

 だが、彼はそれをおめおめと逃がしたという。

 由々しき事態だ。祈り手(プレイヤー)がひとり他国へわたるだけでも、大きく周辺国家のパワーバランスは変化するのだから。

 

 新城Lはわずかに目元をひそめ、「……卿が、彼女の脱走を許したと?」とやや低い声で詰問する。

 

 アダルスは深く傅いたまま「私の不徳の致す所です。」と言った。

 

「神君アラキエルよ。どうか私に、挽回の機をお与えください。」

 

「……そういうことなら、いいだろう。

 後日、枢機騎士アダルスに精鋭部隊を伴わせ、件の島──『夜の島』へと派遣することを、ここに神勅する。」

 

 新城Lは、右手に発生させた光の剣で、アダルスの肩を撫でると、そう宣言した。

 

 神官たちが異を唱えることはない。

 神権政治(テオクラシー)において、神体そのものである新城Lの命令は、議決の対象ではなく有無を言わせぬ決定事項なのだ。

 

 解散を指示された神官たちが、いそいそと立ち上がる中。未だに傅いたままのアダルスは──しかし、そのうつくしい顔立ちを、歪にゆがめて笑っていた。

 

(ああ──これを期に、この()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。)

 

 枢機騎士アダルスにとって、献身を捧げる対象はとうのむかしに、国家や信仰などではなくなっていた。

 

 彼が身を捧げると決めた存在は、たったひとりしかいない──そう! すでに『夜の島』とやらへと向かってしまった、最愛の女性をおいて他にいない!

 

(れぼ☆いりゅーじょん様……!

 このアダルスめが、貴女の騎士が、今お迎えにあがります──!)

 

 アダルスは、最愛の女性(ひと)との逢瀬を脳裡に思い描き、体をふるわせたのだった。

 

 ……彼の名誉のために、いくつか言っておくべき事があるだろう。

 

 アダルスは知らない。

 れぼ☆いりゅーじょんが、中身男(ネカマ)であるということを。

 

 アダルスは知らない。

 彼の主観的に見れば、地位を捨てて想い人の背中を追う騎士であるが──!

 客観的に見れば今の彼は、ネカマサキュバスの尻を追いかけて、現在進行系で人生を棒に振っているエリート聖騎士とかいう、クッソ残念な存在であることを──!

 

(……フフ、蓄えはある。どこか辺境の村で、れぼ様と雑貨屋夫婦でもやりながら、早めの余生を過ごそうか……)

 

 自分が哀れなるネカマの被害者であることを、アダルスはまだ知らない──!




『プレイヤー、新城(アラキ)(エル)

:八番目に転移したR:E.O.プレイヤー。
:現存する最古のプレイヤーであり、アバター同化は完全に進行しきっている。
:人命を奪うことに対する精神的なハードルは限りなくゼロに近くなっているが、元の人格と天使という種族上、基本的に理由のない殺生を行うことはなく、自国民からは正義と断罪の象徴として、圧倒的な信仰を集めている。

:行動指針は"世界の徹底的な合理化"。
:極端な量的功利主義思想に基づく、"最大人数の最大幸福"を追求している。
:シミュレーション・ゲームをプレイするかのような感覚で、"神の視座"より世界に干渉している。

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