公式大会出禁プレイヤー、ジョージ・スケベワークスのDLCエリア転移録   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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第三話『出禁とヨルル』

 底なしの闇に満たされた空間を、俺は歩き回っていた。

 

 あくまで体感だけど、たぶん1時間くらい。

 地面の、泥とも影ともつかない黒いものを踏みしめながら、ひたすら歩き続けてみた。

 

 紅い瞳の少女の姿が見えなくなるギリギリまで歩いては、引き返し。

 また逆方向に歩く。

 それを繰り返した。

 

 結論から言えば、この空間に出口は見つからなかった。

 脱出の糸口はおろか、一筋の光すらない。

 

 文字通りの、まっくらやみだ。

 

 

 

 

【『夜と死へ織りなす夜想の因果(■■■ー・■■ー■ー■■)』:適正レベル███】

 

「……()()()()()、ってことか。」

 

 出会った時と変わらず膝を抱えて座り込んでいる少女を──いや。

 少女の姿をした"レイドボス"を前にして、俺はそうつぶやいた。

 

 この黒い空間の主が、彼女であるのなら。

 ここから俺が出る方法は、ふたつしかない。

 

 ──俺が死ぬか。

 ──俺がこの少女(ボス)を、討伐するか、だ。

 

「…………」

 

 俺は、脳内で自分の『アイテムボックス』へのアクセスを試みる。

 目的のアイテムを念じながら、しばらく唸っていると……

 数秒後、俺の右手に『上級回復薬』の液体がちゃぷりと揺れる小瓶が三つ、握られていた。

 

「アイテムボックスも使える、と……」

 

 俺は、『上級回復薬』を三瓶いっきに飲み干した。

 薬草に煮詰めた、青っぽい風味が鼻をつく。

 すると、先ほど黒狼に噛みつかれた傷跡が。

 まるで時間を巻き戻したかのように、治癒した。

 

「インターフェイスが開けないってことを除けば、ほんとにゲーム時代と同じだな……」

 

 治癒した腕を、少し乱暴なくらいにブンブンと振って、動作確認をしてみる。

 完治していた。

 

「……さーて」

 

 俺は、目の前のレイドボスへと視線を移した。

 彼女は俺の一連の行動を、相変わらずその猫のように大きな瞳で、見つめ続けていた。

 

「なんか……俺、君を倒さないと、ここから出られないっぽい」

 

「…………」

 

 やはり、俺の言葉が通じていないのだろう。

 少女はなにも分かっていない様子だ。

 

「俺は……ここから出ないといけない。

 ここから出て……一緒に来ているかもしれない、友だちを探さなきゃいけない」

 

 俺は、腰から愛用のカランビット・ナイフを取り出して。

 ……その切っ先を、少女に向けた。

 

 このカランビット・ナイフは、『AraKan57(エーケーごじゅうなな)』が、俺のために作ってくれたものだ。

 

 腕の良い生産職であるあの人に、集めてきた希少素材を惜しげなく渡し。

 仲間たちといっしょにダンジョンにもぐって、目当ての強化素材が出るまで、うだうだ文句を言われながら、ひたすらハック・アンド・スラッシュを繰り返し……

 ようやく出来上がった、俺の『R:E.O.』ライフの集大成といえる武器。

 

 そしてこいつには、ナイフカテゴリ武器としては最高クラスの攻撃力に加えて──常時、対象の防御力を95%無視する効果が乗っている。

 

 つまり、かなりのレベル差があっても、攻撃は通るのだ。

 

 

【『夜と死へ織りなす夜想の因果(■■■ー・■■ー■ー■■)』:適正レベル███】

 

 殺せる。

 

 いかに超高レベルのレイドボスであろうと。

 あちらの攻撃を回避し続け、こちらの攻撃を通し続ければ、勝てる。

 俺には多分、それができる。

 

 息が荒い。

 動いていないのに、心臓が痛かった。

 

「…………」

 

 座り込んだままの、少女を見やった。

 敵意はないようだ。

 ただ、不思議なものを見るような目で、俺を見ているだけ。

 

「お、俺は……お前を……」

 

 ──お前を殺す。

 少女にそう言おうとして、胸の奥から強烈な吐き気がこみあげた。

 

「お、ぇ」

 

 先ほど殺した狼の姿が、フラッシュバックしてきた。

 血を流して、ぴくりとも動かなくなった姿。

 

 げぇげぇと、空っぽの胃からなにかをひねり出そうとしながら、俺は地面にうなだれる。

 

 殺すなんて、無理に決まってる。

 

 狼ですら、思い出すだけで吐き気が凄まじいのに、女の子の形をしてるんだぞ。

 それに、あの狼と違って、この子は襲いかかってきてもいないのだ。

 

「ごめん……ごめん……」

 

「…………?」

 

 俺は、うなだれたまま、少女に謝罪の言葉を口にした。

 

 どうかしていた。

 ゲームじゃないんだぞ。

 

 俺は、頭を横に振って、頭によぎった黒いものを振り払った。

 

 少女は、首をこてんとかしげて。

 そんな俺を、不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 ……かわいい。

 

 

 

 ※

 

 

 

「──ヨルルちゃん」

 

 俺は、少女に対してそう名づけた。

 

 彼女のボスネーム『夜と死を織りなす夜想の因果』から取ったニックネームのようなものだ。

 名前に『夜』がふたつ入っているから、ヨルルちゃん。

 ……適当すぎ? 

 まあ、いいじゃん。

 だって長いんだもん、正式名称。

 

 下手したら、死ぬまでここでこの子と二人きりなんだ。

 親しみやすい名前のひとつぐらい付けなきゃ、やってらんないよ。

 

「君は、ヨルルちゃんだ」

 

「…………」

 

「俺は、ジョージね」

 

 彼女と自分を交互に指さして、俺はもう一度言った。

 

 少女は──ヨルルちゃんは、俺の言葉を理解しようとするかのように、小首をかしげながら見つめてくる。

 

 女神じみた美貌に見合わない、小動物のような仕草。

 さっき、少しでもこの子を害そうなんて考えがよぎった自分が、信じられませんわ。

 

「ヨルルちゃん、服着ようか」

 

「……?」

 

 いつまでも裸だとスケベすぎるので、俺はアイテムボックスから取り出した黒いワンピースドレスを、ヨルルちゃんの頭から被せるようにして着せた。

 

 ガチャ産のコスチュームだ。レアリティはR(レア)

 

「うん、似合う」

 

「…………」

 

 ヨルルちゃんは、自分の体に纏わりつく布地に、少しのあいだムズムズとしている様子だったが。

 やがて慣れたのか、ふたたび"すんっ"という擬音が似合うような真顔になり。

 ぱっちりとした紅い瞳で、俺を観察するように見つめる。

 

 おいおい。

 そんなに見つめるなよ、興奮しちゃうじゃないか。

 

「さぁーて……ボックスの肥やしになってたアイテムは、まだまだあるぞ。ヨルルちゃん。

 暇つぶしにはうってつけだ。」

 

 まさか、ガチャのハズレアイテムたちが、ここに来て活きるとはな。

 俺は頭の中のアイテムボックスをあさり、今度は茶色いまんじゅうをふたつ取り出した。

 まるで窯から取り出してすぐのように、それは白い湯気を放っていた。

 

『オルドまんじゅう』。レアリティはN(ノーマル)

 

 ガチャの代表的なハズレアイテムだが、一部を除きほぼ全ての状態異常を回復する効果を持つため。

 初心者の頃は、インベントリの端っこに入っていたこいつに救われた事がある者も多い。

 

 ちなみに俺のアイテムボックスには、これが三千個ぐらい入っている。

 中途半端に有用だから、捨てられないんだよな。

 これのためにボックスを課金拡張した金額だけで、それなりの額になる。

 

「はい、ヨルルちゃん。」

 

 『オルドまんじゅう』をヨルルちゃんに手渡し、俺も自分の分を口に入れた。

 

 ……うん、ふつうに美味いまんじゅうだ。

 生地がしっとりしていて、中の餡はできたてのように熱い。

 お茶が欲しくなる味。

 

「…………」

 

 ヨルルちゃんは、『オルドまんじゅう』を両手で持ったままじっとしていたが。

 俺の真似をするように、おずおずとかぶりついた。

 

「…………!」

 

「お、気に入った? おかわりもあるぞー……」

 

 一口食べると、ヨルルちゃんの目がにわかに見開かれる。

 

 あっという間に食べ終えると、名残惜しいのか自分の指を舐めはじめたので。

 すぐにアイテムボックスから『オルドまんじゅう』を取り出し、ヨルルちゃんに二個目をあげたのだった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 一ヶ月ぐらい、経ったと思う。

 

 ……いや、実際のところはわからないんだけど。

 ただあくまで体感として、そのぐらいだと思う。

 

 未だに、ここから出られる気配はない。

 この一ヶ月間、俺はヨルルちゃんにアイテムを見せたり、ゲーム仲間と馬鹿をやった話などをして、時間を潰していたが。

 そろそろ、ネタ切れになってきた頃だ。  

 

「……ヨルルちゃん。れぼさんにガチ恋したヤバい男が、住所特定して直接家まで押しかけてきた話したっけ?」

 

「…………」

 

 ぴとっ、と。

 肩をくっつけて、俺に体重を預けていたヨルルちゃんは、少し考える素振りを見せたあと。

 

「…………!」

 

「あ、そうそう。ネカマの、サキュバスの人ね。

 ……れぼ☆いりゅーじょん。」

 

 頭の上に持ってきた人差し指をピンっと立て、両側頭部にツノが生えているようなジェスチャーをしてきた。

 

「そいつ、部屋から出てきたイケメンを、れぼさんの彼氏だと勘違いしたみたいでさ。

 『れぼ様は僕の運命の女性なんだ〜っ』って叫びながら包丁で襲ってきたんだって。

 笑えるよな。それ本人なのに。」

 

「…………」

 

「だけど、そこは流石れぼさん。

 一瞬でそいつの腕ひねり上げて、包丁取り上げてさ。

 耳元で、女声でそいつのプレイヤーネーム呼んでやったんだって。

 その時の、そいつの顔ときたら……」

 

「…………」

 

「で……もうしたんだっけか、この話は……

 これ鉄板だからついつい……」

 

 ヨルルちゃんは、たとえそれが何度目でも、俺の話をじっと聞いてくれていた。

 居酒屋で、何度も同じ武勇伝をこする上司みたいになってきてるな、俺。

 

「はあ……」

 

 上司。

 俺はそのワードに、ため息を吐いた。

 ……あんなにしんどかった仕事には、もう行かなくていい。

 おまけにこうして、俺の話を黙って聞いてくれる美少女までいる。 

 そんなに悪くない余生じゃないか──と、無理やり自分に言い聞かせようとしているが、つい、ため息が出る。

 

 目の前に暗闇しかないこの場所だと、いくら考えないようにしても、ふとした時に色々なことが……

 どうしても、思考の表層に首をもたげてくる。

 

「れぼさんとエーケーさん……どうしてるんだろうな……

 少なくとも二人は"こっち"に来てると思うんだけど……」

 

 あの二人が心配だ。

 この現実化した『R:E.O.』の世界で、やっていけてるのだろうか。

 

 まあ、ここから出られない俺には、どうすることもできないんだけど……

 

「…………」

 

 俺の不安を感じ取ったのか、ヨルルちゃんは。

 俺の胸に、頭をぐりぐりと押し付けてきた。

 

「ありがとね、ヨルルちゃん……」

 

 彼女の黒髪にさらさらと指を通して、頭を撫でる。

 するとヨルルちゃんは、心地よさそうに目を細めるのだった。

 

 この子を殺すぐらいなら、ここで死ぬまで暮らしたほうがマシだ。というか、まだ俺の精神的なダメージが少ない。

 その考えは、今のところ変わらない。

 

 ……けど、それはそれとして、しんどいよなぁ。

 目の前に広がる果てしない暗闇が、自分の行く末を暗示している気がして……

 俺は、出会った時のヨルルちゃんと同じように、三角座りの膝に顔をうずめた。

 

 

 

 ※

 

 

 

「…………」

 

 もう、時間の経過について考えるのはやめた。

 無駄だと気がついたからだ。

 考えるたび、どうしようもない焦燥感のようなもので、頭がおかしくなりそうになるからだ。

 

 俺は死ぬまでここから出られない。

 

 ヨルルちゃんを……殺さない限りは。

 

 近ごろ、ヨルルちゃんの顔を見るたび、ほんの一瞬だけナイフに指が伸びそうになる。

 

 ──この、俺に懐いてくれているこの女の子の、細い首すじにナイフをすべらせれば。

 ──俺は、ここから自由になれる。

 

 そのたびに、俺は自分の手のひらを切り裂いて、正気に戻ることをくり返している。

 

 なんども、なんども、なんども。

 くり返している。

 自分が嫌になる。

 

「…………」

 

「どうしたの、ヨルルちゃん」

 

 大の字で地面に転がる俺を、ヨルルちゃんがゆさゆさとしてきている。  

 

 近ごろ、この子のちょっとした表情の変化がわかるようになってきた。

 俺が敏感になったのか、ヨルルちゃんの表情が豊かになったのか。

 両方かもしれない。

 

 理由は分からないが、俺はヨルルちゃんの気持ちが分かるようになっていた。

 

 ……うん。この顔は『お話して』の顔だ。

 

「さぁて……じゃあ今日は、我がクラン『おぷてぃみすと』が、大規模なギルド間抗争に介入した時の話を──」

 

「…………?」

 

「──ごめん。ヨルルちゃん、ごめん……」

 

 俺は、自分の手のひらにカランビットナイフを押し付け、すべらせた。

 そしてぎゅっと、爪が食い込むぐらい、拳を握りしめる。

 

 脳みそが冴えわたる激痛。

 だらだらと流れ落ちる俺の血に、ヨルルちゃんは。

 どうすればいいか分からない、というふうに、視線を揺らしている。

 

「ふぅ……ふぅぅ……ああああ……クソ……ッ」

 

 ぽたぽたと、血とは違う液体が俺の目から流れ落ちた。

 

「…………」

 

 呼吸荒く体を震わせる俺にしばらく、戸惑うように視線を泳がせていたヨルルちゃんだったが。

 やがて、なにかを思いついたかのように、目を見開くと。

 

「…………」

 

 うずくまる俺の頭を、小さな手で、優しく撫でてきた。

 いつか俺が、彼女にそうしたように。

 

「大丈夫……大丈夫だから、ヨルルちゃん……」

 

 半分、自分に言い聞かせるように続ける。

 

「……なあ、ヨルルちゃん」

 

 なに? というように、ヨルルちゃんが、小首をかしげた。

 

「楽しい想像を、しよう……」

 

 俺の声は、震えていた。

 

「俺たちは、ふたりとも無事なまま、この黒い場所から出て」

 

 ナイフを強く強く握りしめ、激痛に顔をしかめながら、俺は口を吊り上げる。

 

「ふたりで、気ままに、そとの世界を見て回るんだ」

 

 俺の言葉を聞いて、ヨルルちゃんは、目をぱちくりと瞬かせていた。

 そんなこと、考えたこともなかったとでも言うかのように。

 

 ……そうだよな。

 できもしないことを、考えたって仕方がないんだ。

 

「──いいね、それ。」

 

 その時。

 そよ風に鳴る風鈴のような、ひんやりとした少女の声が。

 俺の耳を、震わせた。

 

「……へ?」

 

 ヨルルちゃんは、すくりと立ち上がり。

 平均台の上でバランスを取る時のように、両腕を水平にまっすぐと伸ばした。

 

「そと……そとの、セカイ。

 そんなこと……ヨルルは。

 かんがえたことも、なかったな……」

 

「よ、ヨルルちゃん──!?」

 

 ──(しゃべ)れたんかい!?

 

 そんな驚愕を叫ぶ間もなく、周囲を満たしていた闇が。

 ヨルルちゃんへと収束するようにして、晴れていく。

 

「う、お……ぉっ」

 

 俺は、あまりの眩しさに、目を細くする。

 同時に、冷たい風が頬を撫でる感触。

 

 ──外だ。

 

 俺が、まだ光に慣れない目をおさえていると。

 

「ねえ、ジョージ」

 

 先ほどの少女の声が、俺の名前を呼んだ。

 

「ぅ……」

 

 ゆっくりと、まぶたを持ち上げると、そこには。

 手を後ろに組んで、裸足で地面の感触を確かめるように、ふみふみしているヨルルちゃんがいて。

 

「ジョージ。"そとのセカイ"って、これ?」

 

 彼女は、周囲を見回してそう聞いてきた。

 

 その、ヨルルちゃんの頭上には。

 先ほどまで俺たちを包んでいた闇が収束して出来上がった、とげとげしい茨の冠のような輪っかが。

 まるで天使のそれのように、ふよふよと浮かんでいた。

 

「お、おぉ……! なんという、なんということだ……!」

 

「祈りが……通じたとでも言うのか……!?」

 

「は……なに……?」

 

 周囲から、聞き覚えのない声がいくつも聞こえる。

 "祈りが通じた"だと、"神"だのと、妙な声が。

 

 ようやく慣れてきた目で周囲を見回すと、俺が立っていた場所は。

 みすぼらしい格好をした人々の、集落のような場所で。

 俺とヨルルちゃんは、彼らから祈りを捧げるような体勢でひざまずかれていた。

 

 ああ……うん。整理してなお、状況がよくわからない。

 

「てか……ヨルルちゃん。

 色々言いたいことはあるんだけど、まずさぁ。」

 

「なに?」

 

 黒いワンピースのスカートを風になびかせ、こそばゆそうに目を細めていたヨルルちゃんが、こちらに振り向く。

 

「喋れるなら……! もっとはやく言ってよぉ……!」

 

 俺の切実な言葉に、ヨルルちゃんは。

 きょとんとした顔で、こう返してきた。

 

 

「……ジョージが、ヨルルに。

 たくさん、話しかけてくれたから、だろ?」

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