公式大会出禁プレイヤー、ジョージ・スケベワークスのDLCエリア転移録   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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第四話『敗残者と信仰』

 魍魎(もうりょう)跋扈(ばっこ)する『夜の島』。

 その地を一言で表すのに最適な表現は、"人外魔境"をおいて他にない。

 

 神話時代を彷彿とさせる濃度の魔力。

 

 色彩の喪われた大地に息づく魔物は、その一体一体が。

 中央大陸では『伝説』や『国落とし』と謳われる存在よりも、遥かに強大な力を秘めている。

 

 唯一、人類にとって幸運なことがあるとすれば……

 『夜の島』に住まう魔物は、ほとんどがここから出ようとしないという、事だろう。

 

 《迷宮》の主が、その最奥から動かないのと同じ理屈だ。

 

 魔力の濃い場所というのは、体組成の大半を魔力が占める魔物たちにとって。

 呼吸し他者を喰らうだけで、際限なく自己が進化していく、楽園そのものである。

 

 彼らにとって、この世に『夜の島』以上の環境は存在しない。

 弱さを許さないこの大地に身を置き続けるため、死にものぐるいで戦い続ける。

 

 羽ばたきが破滅の風となり大地を(こそ)ぎ落とす──

 爪が振るわれるたび空間がきしむ──

 吐息のひとつで世界を焼き焦がす──

 

 ──()()()()()()()()()()()

 軽々しく天変地異を引き起こす怪物たちが、さらなる上位者に捕食され次々と死んでいく。

 『夜の島』の生存競争は苛烈を極め、まさしく地獄の様相を呈している。

 

 

 

 その西部。

 そこに、この島には似つかわしくない光景があった。

 

 人間の集落である。

 弱々しい木の柵で申し訳程度に守られた、小さな寄り合い。

 

 そこに住んでいるのは、粗い麻布の服を着た人々が十五人ほど。

 彼らはみな、中央大陸から『夜の島』へ島流しにされた咎人。

 もっとも、その内訳は"プレイヤー"によって滅ぼされた国々の元・兵士たちである。

 

 国を失い、満足な労働力を持たない傷痍軍人を中心として、体の良い口減らしのため『夜の島』へ流された人々。

 そんな、この島では羽虫以下の存在である彼らが、曲がりなりにもまだ生きているのは。

 彼らが運よく、この島の"安全地帯"を発見したためである。

 

 その地帯の中心にそびえるのは、人の身長ほどの高さがある碑文石。 

 

 判読できないほどに掠れた文字がびっしりと刻まれたその碑石を中心とした、およそ半径百メートルほどの空間に『夜の島』の怪物たちはけして寄り付かない。

 

 もし近づいてきたとしても、範囲に踏み込む寸前でなにかに怖気づいたかのように、背を向けて逃げていく。

 

 怪物たちは感じ取っているのだ。

 この場所が、けして近寄ってはならない存在が封じられた禁足地(ボスエリア)であることを。

 

「さあ、お祈りの時間だ……」「我らを守護してくださり、ありがとうございます……」「どうか、その御姿を顕したまえ……」「どうか……」「我らを……導いてくだされ……」

 

 だが人々はそんなことを知る由もない。

 彼らは碑石の前にひざまづき、熱心に祈りを捧げていた。

 明日の命すら不確かな極限の環境で、人間が最後の拠り所とするのは、皮肉にも。

 この世でもっとも不確かな存在──すなわち神であった。

 

 その碑石に対し、彼らが信仰を見出したのは、必然だったと言える。

 理由はどうあれ、自分たちを守護してくれている物体に神性を感じたのだ。感じずには、いられなかったのだ。

 

 ──『夜と死の因果、ここに封ず』

 碑石にもっとも力強く刻み込まれ、風化せずに読み取ることができた最後の一節。

 

 彼らは流刑に処されてから、およそ半年もの間。

 この一節の文だけを寄る辺として、草を()み泥水を(すす)りながら、なんとか生き延びてきた。

 

 "いつかここに封じられた神が顕現し、我らを救ってくださるのだ"──と。

 彼らはその脆い信仰を狂気的なまでに深めることで、なんとか今日に至るまで命を繋いでいる。

 彼らの信仰も、まったくの的外れということもない、

 事実、ここには大半の神格よりも遥かに強力な存在が眠っているのだから。

 

 ……だが実際のところ、ここに封じられた上位存在(レイドボス)は。

 自分が封印されていることすら遠く忘れたまま、永劫の時を沈黙し続けており。

 

 ゆえに、どれだけ熱心に祈りを捧げようとも……

 彼らの信仰が実を結ぶことは、けしてないのだった。

 

 ()()()()()

 

 事は、ある日の祈りの時間に起こった。

 

 いつも通り、彼らはささくれだった手を握り合わせ、口々に碑石へ祈りを捧げていた。

 その時。

 

 ──()()()()

 

「……なんだ、これは──泥?」

 

 ひざまづいていた内の誰かが、当惑した声で呟いた。

 碑石から地面へにじむようにして、黒い泥が広がっているのだ。

 

 足先が浸かる程度のちゃぷちゃぷとしたソレは、加速度的に辺りを侵食していき──

 

 あっという間に、一帯の地面を影のように黒く染めあげた。

 立ちこめる、濃密な臭気。

 腐った血のような、硝煙のような……

 そのいずれともつかない──あえて言うなら"死の香り"とも形容すべき異臭だ。

 

 明らかな異常事態に、どよめく人々。

 その泥に、ぶくぶくとした泡沫が浮かぶ。

 

 ──この下に、なにかがいる。

 彼らがそう直感した、次の瞬間だった。

 

「────。」

 

 泥の中から飛び出るようにして、ふたりの男女が現れた。

 

 ひとりは、斥候(スカウト)風の装備をした三十代ほどの男。

 もうひとりは、黒のドレスを纏った、ぞっとするほど紅い瞳に黒髪を持つ、美しい少女。

 

 男の方は混乱しているようにも見えたが、少女は地面に降り立ってすぐに右手を虚空にかざすと。

 地面を満たしていた影のような泥が、一瞬で少女の頭上へ収束していき。

 

 それはやがて、彼女の頭上に、影の冠を作り上げた。

 

「お、おおぉ……」

 

 気がつけば人々は、自分の頭を地面に擦り付けていた。

 それは、無意識の内の行動であった。

 

 絶対的な存在を前にした体が反射的に示した、もっとも生存率の高い行動。

 屈服の姿勢である。

 

 黒髪の少女から発せられる凄まじいプレッシャーは、まるで突如として重力が数十倍になったと錯覚するほど。

 

 だが彼らは、地面に血が滲むほど額を押し付けながら。

 その痛みを意に介すことなく、みな狂気的な笑みを浮かべていた。

 

 彼らは理解したのだ。

 

 この少女こそ、自分たちがこの地獄の日々の中で祈りを捧げつづけていた『神』そのものであると──。

 

 

 

 

「……ヨルルちゃん。

 これ、どういう状況?」

 

「しらない」

 

 ただひとり、なにも知らないジョージ・スケベワークスを置き去りにして。

 

 事態は、あらぬ方向へと向かっていた。  

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