公式大会出禁プレイヤー、ジョージ・スケベワークスのDLCエリア転移録 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「ねえ──ジョージ……」
とんっ、たんっ、とっ。
黒のワンピースをひらひらとはためかせながら、少女が裸足でステップを踏んでいる。
「ヨルルは、ね」
両腕をいっぱいに広げ、ヨルルちゃんは右脚を軸にくるりとターンして見せる。
「セカイが、こんなカタチをしているなんて、しらなかったよ」
その間も、彼女はどこか不思議そうな顔をしていた。
足裏で地面を踏みしめる感触も。
伸ばした指先が空気を裂く感覚も。
彼女にとっては、まったく未知のものであると言いたげに。
「ヨルルにとってのセカイはずっと、ただの"まっくら"だったから」
その美貌とは裏腹に。
彼女の仕草はまるで、世界の輪郭をはじめて知った
ヨルルちゃんは、ひとしきり世界の感触を楽しんだ後、俺に視線を移した。
「もっと、おしえてほしいんだ。
ヨルルがヨルルなんだって、おしえてくれたみたいに。
この、セカイについて……」
自分の足元にひれ伏している幾人もの人々には、目もくれずに。
血よりも紅い、満月のように吸い込まれそうになるその瞳で、俺だけを見つめながら。
彼女は、言う。
「──それいがいに、ヨルルはなにも、いらないよ」
俺にだけわかるぐらい、ほんの
少女は、笑ったように見えた。
※
ヨルルちゃんとともに
いま俺は、集落の端っこの切り株に座ってぼーっとしている。
その膝はヨルルちゃんが占領していて、俺と同じくぼーっと色のない空をながめていた。
そう。俺が今いるのは、小さな集落だ。
真っ黒な碑石を中心として形成された、人口数十人程度の寄り合い。
どうやら彼らは、ヨルルちゃんのことを神のごとく崇拝しているらしい。
ボスエリアから脱出した直後。
彼らがヨルルちゃんを見た時にした反応は、それはそれは強烈なもので。
顔を、さまざまな液体で濡らし。
むせび泣きながら、地面に頭を擦り付け。
ヨルルちゃんに、感謝と賛美の言葉を叫んでいた。
年端のいかない美少女の足元に、大の男たちがひれ伏している光景には、ちょっとした事件性を感じたけれども……
「──
「あ、どうも」
そんなことを考えていたら、ヨルルちゃんファンクラブ(仮)の一人が、うやうやしく
集落の中心の方では、俺が先ほど狩ってきたイノシシ(討伐適正レベル110)が、丸焼きにされて食欲をそそる匂いを放っている。
どうやらここには、レベルがカンストしているプレイヤーでもワンパンされかねない、イカれたモンスターしかいないらしい。
けどまあこのイノシシは、凄まじい攻撃力のわりに動きが単調で、油断しなければ俺が負ける要素はない相手だった。
……で、俺は集落の人たちから
そんなもんになった覚えはないけども。
彼らが信仰しているヨルルちゃんが俺に懐いているから、勝手にそう呼ばれるようになってしまった。
「はい、ヨルルちゃん」
俺が、簡素な木の皿に乗せられた猪肉を数切れ差し出すと。
ヨルルちゃんはむすっとした顔になって、そっぽを向いてしまう。
「やいたにく、きらい……
まるくてあまいの、だして」
「だめだめ。お菓子ばっかり食べてちゃ。
ほら、口あけて」
「……や」
「一切れたべたら、まんじゅう出してあげるから」
「んぃぃぃー……」
しぶしぶ、と開かれたヨルルちゃんの口に、肉をひと切れ押し込む。
そんな、平和な時間を過ごしながら、俺は別のことについて考えを巡らせていた。
──この場所について。
ヨルルちゃんファンクラブのひとりに聞いたのだが、俺が今いるここは、『夜の島』と呼ばれているらしい。
彼らは、大陸の方から流刑に処されて、この島へやってきたのだと。
……『夜の島』
その名前に、俺は聞き覚えがあった。
具体的には、ハマっていたゲームのホームページやトレーラー・ムービーで何回も。
『R:E.O.』初の大型DLCエリア──その名前が、『夜の島』だったはずだ。
モンスターが異常に高レベルであることにも、見たことのないマップにも。
ここがDLCエリアであると考えれば、すべてに合点がいく。
「ねえ、ジョージ。たべました」
「…………」
……俺には、やらなければならないことがある。
エーケーさんや、れぼさん、ゲーム時代の仲間たちを、探さなければならない。
この『夜の島』のどこか。
あるいは、集落の人々が元々いたという『大陸』──俺がゲーム本編でよく知るであろうマップのどこかに、あのふたりはいるはずだ。
「ねえ、ジョージ」
ここ数日、念の為ヨルルちゃんを連れて『夜の島』を軽く探索してみたが……
今のところ、目ぼしいものはなにも見つかっていない。
「ねえ」
「……はぁ」
「…………」
「いででで……っ!?」
「んっ」
突如として頬に走った激痛で、俺の意識は現実に引き戻される。
横を向くと、無表情のヨルルちゃんが、凄まじい力で俺の頬をつねりあげていた。
考えるのに集中しすぎて、彼女を無視してしまっていたようだ。
「ごめんごめん……はい、オルドまんじゅうね」
「んむ……ねえ、ジョージ。
ヨルルには、またひとつ、わかったことがあるよ」
あむ、と俺の手渡したオルドまんじゅうを口に運びながら、ヨルルちゃんはそう言った。
なにがわかったというのだろう。
「おお……? なに?」
「──ジョージにこっちをみてほしいときは、痛くすればいいんだね」
「えげつないDV女みたいなこと言うのやめてね……」
「これ、"攻略"? ジョージの。」
「ちがいます。」
「んぃ……」
聞き捨てならないことを口走りながら、ヨルルちゃんはぺろりとまんじゅうを平らげた。
……ヨルルちゃんの教育も、しないとな。
俺はじんじんと痛む頬をおさえて、そう思った。
見た目こそあどけない少女なので忘れがちだが、この子はDLCレイドボス。
きちんとした子に育てないと、俺どころか世界が危ない。
いやマジで。
突然だが、『R:E.O.』の本編ラスボスの話をしよう。
ゲーム時代はとっくのむかしに地形ハメによる安全な攻略法が確立されており、なおかつその討伐報酬のうまさから、"銀行"だの、"実家にいる蛇"だのと酷い呼ばれようだった存在。
だが"アレ"は
この現実化したR:E.O.であれば、あのフレーバーテキストまでもが現実化されている可能性は十分にある。
そんな本編ラスボスの討伐適正レベルは、
その一方で、ヨルルちゃんの討伐適正レベルは、
"アレ"よりも遥かに強い。
野放しにして良いような存在じゃない。
もしかするとヨルルちゃんは、その気になれば、いとも簡単に世界を滅ぼせてしまうのかもしれないのだ。
……ヨルルちゃんが喋るようになって、わかったことがいくつかある。
話し方こそ舌っ足らずだが、この子はけしてアホの子ではない。
……まあ、ことばの学習元が俺なせいで、語彙はちょっと腐れゲーマー寄りになっちゃってるけども。
地頭はかなり良い方だと思う。
教えたことはスポンジのように飲み込んでくれるし。
だめな理由さえ納得がいくように説明できれば、悪いこともしなくなる。
とても賢い子だ。
ただ、常識や良識というものがまるで備わっていない。
初日は特に大変だった。
どこでも構わずすっぽんぽんになったり、嫌いな食べ物を空の彼方までぶん投げたり、俺以外の言葉には反応しなかったり。
……まあ、仕方のないことではある。
ヨルルちゃんは、途方もない時間を、あの真っ暗な空間で過ごし続けていたらしい。
俺が気が狂いそうだった時間の何千、何万倍もの時間を、この子はあそこで過ごしていたのだ。
俺が、ヨルルちゃんを普通の女の子にしなければならない。
主に、俺と世界の安全のために……!
そう、決意を固めたのだった。
それから食事を済ませた俺は、ヨルルちゃんと周辺の森を探索していた。
後ろ手に組んで前をひょこひょこと歩いていく彼女の背中を、俺はおっかなびっくりついていく。
情けないが、俺のキャラビルドは紙耐久。
そこらの茂みから不意打ちを食らうと即死しかねないので、慎重に越したことはない。
「……やっべ」
「むぐっ」
俺はヨルルちゃんの口をふさいで抱き寄せ、さっと木の影に身を隠した。
その行動の答えは数秒後、俺たちが通ろうとしていた場所をぬうっと横切った存在が語っている。
────────────────
【『
【……対象とのレベル差が大きいため、情報の取得に失敗しました】
────────────────
鹿の頭蓋骨のようなものを被った、二足歩行で3メートルほどのなにかだ。
骨と皮、やせ細ったソレが通った跡は、草木が一瞬にして凍てつき、そよ風が吹く程度でガラス細工のように砕け散っている。
比較的平和な集落の周辺でも、定期的にああいう化物が闊歩している。
そういう時は、いつも隠れてやり過ごすようにしている。
「んん……」
俺の胸の中で大人しく抱かれているヨルルちゃんはというと。
危機感が微塵もない、冷めた目で、ずりずりと目の前を通り過ぎていくバケモノを見ている。
じっさい、ヨルルちゃんなら勝てるんだろうな。
けど、近場でバケモノ同士の大怪獣バトルを繰り広げられると、ちょっとした余波で防御力ペラッペラな俺が死にかねないのだ。
あと、俺以上に紙耐久であろうヨルルちゃんファンクラブの人たちが特に危ない。
悪いな。我慢してくれ。
俺がヨルルちゃんの頭を撫でてやると、彼女は心地良さそうに真紅の目を細めるのだった。
※
あのバケモノを抜きにしても、その日の森の様子は、少しおかしかった。
なにやら慌ただしいような、浮足立っているような……
言葉に言い表すのは難しいが、ゲームアバターになったことにより強化された俺の五感が、スパイ◯ーセンスよろしくビンビンと違和感を訴えている。
「……ん?」
その時──ヨルルちゃんの前方の木々の隙間から、なにか黄色いものが見えた気がした。
黒と白しか存在しない、モノクロの世界で、それは非常に目立っている。
「なんだ……?」
俺は
俺は、近づいていくにつれて──それの正体が、金色の髪をした女性であることに気がついた。
彼女は全身泥まみれでへたり込みながら、3匹の黒い猿に囲まれている。
絶体絶命、という感じだ。
知り合いではなかった──と、一瞬落胆しかけたが、今はそんな場合ではない。
腰のカランビットナイフを右手に、急いで助けに入る。
黒猿どもに一瞬で忍び寄り、首筋に一閃。
指先に嫌な感覚が走るが、なんとかこらえて金髪の女性へと顔を向ける。
顔を含め全身が、泥や涙でぐちゃぐちゃになっているが、それでもかなりの美人さんだと思った。
見た目からして年齢は……だいたい二十代前半あたりに見える。
「──。」
彼女は、なにが起こったかわからない、という表情で、俺を見つめていた。
「
ぼそり、と。
恐れと怒りが滲んだ声で呟かれた彼女の言葉を、俺は聞き逃さなかった。
……今この子、俺を見て『プレイヤー』って言ったな。
それはつまり、俺以外の『R:E.O.』プレイヤーについて、知っている可能性が、極めて高いということだ。
なんとしてでも、彼女から話を聞かなければならない。
よほどの恐怖だったのだろう。
彼女のズボンの股の部分は、失禁でぐっしょりと濡れている。
ガチガチと歯を震わせて、ひどく怯えているように見える彼女の緊張を、少しでもほぐそうと。
俺は、少し冗談めかした調子で名乗る。
「俺は、ただの
「R:E.O.唯一の、公式大会出禁プレイヤー……」
「──ジョージ・スケベワークスとは、俺のことだ」
「……あれ? 気絶してる?
おーい……? おーい!?」