公式大会出禁プレイヤー、ジョージ・スケベワークスのDLCエリア転移録 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「──はっ。」
キュリヤは、ひどい脂汗を額に浮かべながら目を覚ました。
どうやら気絶していたようだ。
痛む頭を抑えながら、横になっていた体を起こし、自分の記憶をさかのぼる。
自分は──そうだ。
『夜の島』に流刑に処され、そこで死に瀕していたところを、ジョージという男に救われたのだ。
……皮肉な話だ。
"プレイヤー"によって全てを奪われた自分が、同じ存在によって命を救われるとは。
意識が途切れる寸前のことを思い出し、彼女は頬を赤くしながら、自分のズボンに触れてみるが、湿っている様子はない。
服は、取り換えられているようだった。
「……」
複雑に入り混じった感情を抱えながら、キュリヤが目元を歪めていると。
麻布の服を着たひとりの青年が、キュリヤの元へと歩み寄ってきた。
「おお! 目覚めましたか!
ヨルル様のご加護と、司教様の慈悲に感謝を……」
なにかに陶酔したような、上ずった声音の青年に、困惑しながらキュリヤは聞き返す。
「……ヨルル様? 司教様? なにを言っている?」
「おっと……そうでしたか。
あなたはまだ、"真の神"に対する信仰に目覚めていないのですね」
「は、はあ……?」
ろくでもない、狂信者独特の雰囲気──具体的には、希望に満ち溢れ過ぎた瞳とハキハキした語気を感じる。
そしてキュリヤのその感覚は、間違っていなかった。
青年の説明によると、この集落は。
あのジョージというプレイヤーと一緒にいる黒髪の少女、ヨルルを唯一絶対の神として崇拝しており。
ジョージは、彼女の"司教"であるのだという。
「……っ」
気絶する原因となった"ソレ"を思い出し、キュリヤは無意識のうちに奥歯がカチカチと鳴るのを感じた。
──どす黒い、影の
キュリヤが、ほんの一瞬だけヨルルという少女に幻視したモノはそれだ。
あの少女は、おそらく人間ではない。"プレイヤー"ですらない──さらに上位の、なにか
もしかすると、目の前の男が言う通り……
この世に
そう思ってしまう程度には、隔絶した絶対的な存在感を纏った少女だった。
「さあっ! あなたもヨルル様への信仰心に目覚めるのです!
かつてこの世に根付いていた古き神々も、それを淘汰して神を騙る"プレイヤー"どもも、全てがまやかし!
ヨルル様こそが、唯一絶対の神なのです!」
「いや、待て……」
「くそっ……! "プレイヤー"どもめ!
必ずや我ら夜の軍勢が、貴様らを偽りの御座から引きずり下ろしてくれるわ!
ハハッ……ハーッハッハ!!!」
キュリヤの話に聞く耳を持たず、狂気的な高笑いとともに去っていく青年の背中を見つめながら、キュリヤは溜め息を吐いた。
命こそ助かったが、とんでもない場所に来てしまった……と。
この世界における国家や組織の信仰対象は、大きくふたつに分かれる。
かねてより星に根付いていた"旧神"と、
……あのヨルルという少女は、どちらかといえば"旧神"にカテゴライズされるだろう。それも、極めて強力な部類の。
だが、もはや"旧神"を信仰している国家は数えるほどしか残されていない。
キュリヤの属していた国家も"旧神"を擁し、それを信仰する歴史ある国家だったのだが、"プレイヤー"によって攻め滅ぼされてしまった。
「……自分は、どうすればいいんだ」
祖国はとうに滅び、仲間たちは討ち死にし……
なのに自分だけは、のうのうと生き延びている有り様。
もし、騎士としての矜持をまっとうしようとするのなら……
自分は今すぐにでもこの島から脱出する手段を探し、祖国を滅ぼした"プレイヤー"に挑んで散るべきなのだろう。
彼女の戦友たちが、そうであったように。
「……ぅ」
──だが、怖いのだ。
自分がいかにちっぽけな存在なのか、自覚してしまったから。
戦うことを考えるだけで、手が震え、脚がすくんでしまう。
……もし、希望があるとすれば。
それはきっと、あの男。ジョージ・スケベワークスしかいない。
彼は、彼女の知る限り、もっとも人間性のある"プレイヤー"だ。
彼を、どうにかして味方にすることができれば──すべてが変わる。
比喩でなく、あの男は人類の希望なのだ。
「…………」
どんな方法でも良い。
説得でも、泣き落としでも……あるいは、色仕掛けでも、なんだってしてやる。
疎ましく思ってきた家柄や、女としての自分。これまで背を向けてきたものに、頼ってでも。
彼を味方にして、
それが、きっと。
生き残ってしまった自分に課せられた、最後の使命なのだ。
自分の、仲間たちの、敗北の意味なのだ。
キュリヤは、遠巻きからジョージの姿を見つめながら。
そう、考えるのだった。
※
─中央大陸 エトランジェ教団国 第七聖堂─
「──……そんな。」
──花の意匠が施されたステンドグラスから差し込む七色の光だけが照らす、薄暗い聖堂。
その中心で、ひとりの女が。
声を震わせながら、手元の木の板を見つめていた。
頭に、山羊のような捻じれ角を。
腰には、コウモリのような膜翼を生やした、妙齢の女だ。
女は、
だがその容姿は、種族柄美女が多いサキュバスたちと比較しても、到底同じ種族とは思えないほどに美しい。
透き通るような銀色の髪は、レイヤー・ショートカットに切り揃えられており。
服装は、ノースリーブの黒セーターに、彼女の女神像じみたプロポーションを際立たせるデニムジーンズ。
細身だが女性的な体型に反して、その髪型と服装はやや
──まさしく、黄金比。
熟達の
「嘘だろ……どうして、今さら……
しかもこの座標は──
いっつもトラブルに巻き込まれるんだから、あの人は……」
長い銀の睫毛にふち取られた
「ジョージさん……ジョージさん……」
女は、確かめるように何度もその名を口ずさみながら、細い指先で木の板の表面をなぞる。
この木片は、アイテム『符牒の木板』の片割れ──
ゲーム時代は"フレンドリストの下位互換"などと謗られたクソアイテムだが、インターフェイスが開けなくなった現在においては、他プレイヤーの所在と生存状態を知るための唯一の手段である。
女はコレクター根性ゆえに、ジョージはズボラゆえに。
ストレージを圧迫するハズレアイテムを処分せず所持していたのが、この状況につながったと言える。
──ジョージ・スケベワークス。
木板の表面で光を放つそのふざけた名前は、けして見間違えではない。
それは、この銀髪のサキュバスにとって、もう5年以上も前に再会をあきらめた、
「──どうされましたか。もしや、お体が優れないのですか」
女の
彼女の異様な振る舞いを心底から案じた様子で、そう問うた。
「いいや……大丈夫だよ、アダルスくん」
女は、しめやかにまぶたを閉じて、両手で大切そうに『符牒の木片』を握りしめながら。
ゆっくりと、首を横に振る。
「これは──
「…………」
女は、
「……どちらへ?」
アダルス。そう呼ばれた騎士が、その切れ長の碧眼を鋭くして女に問いかける。
すると女は、視線だけを彼に向けて返答した。
「人に会いに行くんだ。……大切なひとに」
「──私も、ご一緒させてください」
──“大切なひと“。
女の唇から零れ落ちたその言葉に、騎士アダルスはにわかに目を見開き、肩をわななかせ。
間髪入れず、自らの同行を願い出た。
「だめだよ。アダルスくんには、『枢機騎士』の仕事があるだろ。
……というか、きみの仕事は本来、オレの監視なんだから。
そこは、止めるとこじゃないかな。」
だが女は、彼の申し出をにべもなくはねのける。
「し、しかしっ……!」
「それに、言ったろ。これはオレの問題だ。
──物わかりの悪い男は、嫌われてしまうよ?」
「……っ」
アダルスは食い下がったが、女に冷たく切り捨てられ、黙り込む。
そしてその代わりに、ぎらりとした光を瞳に宿した。
それは、女の視線の先にいるであろう、"ジョージ"と呼ばれる何者かへの、ひどくどろついた感情によるものだった。
歯がみする彼に背を向け、二度と振り返らず、女はひとり歩いていく。
「待って……待ってください……」
アダルスは震える手で、腰の剣に手をかける。
だが、その剣は彼の震えを伝播してかちかちと震えるだけで、抜かれることはない。
鍛え上げられた騎士である前に、彼は男だった。
自らの想い人相手には、その剣を抜くことはできない。
抜いたとして、"プレイヤー"である女を止められるかは定かではないが。勝算とはまったく別の情が、アダルスに抜剣をゆるさなかった。
「……うん。抜かないほうが良いよ。
オレも、アダルスくんとは戦いたくない。
きみとは、長い付き合いだしね」
その場から一歩も動けないアダルスを尻目に、女の背中はどんどんと遠ざかっていく。
そして女は、自らを幽閉していた聖堂を背にした頃。
唇の中でだけ、静かにこうつぶやく、
「ジョージさん……
あなたを、エーケーさんの二の舞いにはさせない……」
銀髪のサキュバスは──
腰から生えた膜翼で、どこかへ飛び立つのだった。