「先ずは状況の整理からいこう。僕たちは闇の書の闇を撃破する事に成功した。そして衛星軌道上でのアルカンシェルを使用しての消滅を決行した直後に奴が――鉄鼠が現れて、闇の書の闇のコアを吸収して、この星を支配しようとしている」
クロノがこれまでに起きた出来事と今の状況をなどを纏めて、可能な限り分かる範囲で説明していく。
その説明に穴は無いと判断したのか、皆は静かに聴いている。
だがそこに、はやてが質問を投げかけた。
「えっと……鉄鼠がやったっけ? その、鉄鼠が言ってたけど、外道衆って何なん?」
はやてや竜人を始め、八神家の一員、アースラにいるアリサとすずかの2人、管理局本局から観ているグレアムとリーゼ姉妹の2人は知らなくて当然だろう。
プレシア・テスタロッサ事件で初めて管理局が知った存在であり、その存在については情報統制されているのだから。
「簡単に説明をすると、ヒトならざるもの……三途の川と呼ばれている異空間で過ごしていて、人間界であるこちらにある隙間を通って出て来るらしいんだ。三途の川とから離れ続けると水切れという現象を起こして、身体が干上がって、消滅するとかしないとか……」
「なら、その水切れが起きるまで待てば――」
ユーノの説明に、雄介は口を開きながら周囲を見渡してみる。
周りは、隙間という隙間から不思議なくらいに水が溢れ出てきており、紅一色だと言えるような状況になっている。
この状況で、水切れを誘うというのには無理があるだろう。
「他にも情報があるんだけど……三途の川は僕等人間が苦しんだり、不幸になると水かさが増す。彼等は昔から――古代ベルカよりも遥か昔から活動しているらしいんだ。そして、倒したりダメージを与えるには、モヂカラが扱えないと……。まあ、ゾイルに頼まれてから手に入れた情報はこれくらいかな」
ユーノの言葉に、ユーノ自身も含め皆一気消沈してしまう。
自分達ではモヂカラを扱うことが出来ないのだから。
ブロンやゾイルといったモヂカラを扱える存在が2人も欠けてるのだ。
絶望的な状況だろうか。
「そういや鉄鼠は今、月にいるんだろ? なら、水切れが起こるんじゃないのか?」
「それは難しいだろう。もし水切れを起こす可能性があるのであれば、こちらへと向けて降りてきた筈だ。だが、そうしなかった……」
闇の書の闇を吸収した事による変化なのか、鉄鼠は水切れを起こさなくなったと判断するべきだろう。
志蓮の推測を否定するシグナムの言葉に、またもや皆の心が深く沈む。
その沈んだ心の影響か、より激しく隙間から紅い水が噴出されていく。
溢れ出ている三途の川の水からは、ナナシ連中が顔を出してくる。
その中には大ナナシ連中なども存在しており、状況がより厳しいものへと変化していく。
「三途の川の水と一緒に出て来たナナシ連中をどうにかするのが先か……」
「でも、鉄鼠の方も放ってはおけないよ!」
雄介の言った通り、ナナシ連中は三途の川の水と共に世界中に出現し、人々を殺し回っている筈だ。
だが、なのはの言い分も尤もであり、鉄鼠を倒さない限り、三途の川の水は溢れ続け、ナナシ連中が暴れるだけだろう。
力の無い者は、抵抗をする暇も無く殺される。
力のある者も、抵抗虚しく、殺される。
愛する者を護る為に、前に出た者達も無惨に殺される。
必死に逃げる者も、その無防備な背中で攻撃を受け、容赦無く殺される。
この世界で生きとし生ける者達全員は、モヂカラを持ってはいるのだが、扱う事が出来無い。いや……遥か昔に、扱い方を忘れてしまっているのだ。
その使い方を覚えていた志葉家を始めとしたシンケンジャー達は、既にあの世にいる。
その為に、この世に生きる者達は抵抗と言える抵抗をする事が出来ずにただただ殺されるしか無い。
警察や自衛隊、軍隊なども必死に抵抗しているだろうが、意味は無く、市民を守りに行く事が出来ず、それどころか自身の身すらも守るので精一杯だろう。
いや、守れずに死んでいっているかもしれない。
「確か、天照とかいう奴等が助けてくれるんだろ? なら、そいつに鉄鼠とやりあって貰って、ナナシ連中を俺らがどうにかするってのはどうだ?」
「――ええ。それで良いわ」
竜人の提案をこの場に居る誰かでは無く、皆の上に居る存在が了承した。
「――あ、天照さん!? それに、オーディンさんも!」
「やっほー、なのはちゃん! フェイトちゃん! 元気してた?」
絶望的状況下であろうと、天照は元気な態度を見せ、大きな声を上げる。
大ナナシ連中達が吼える中でも、ハッキリと聞こえる程に大きく澄んだ声だ。
「オーディンの爺さん、一体どうして――」
「ブロンの奴に頼まれて、な……」
「頼まれたって、それだけで!?」
「ああ。地球が地球が大ピンチだろ? それに……ここで動かないと北欧神話の主神としての名が泣いてしまう」
「フェンリルに呑み込まれて死んでしまう主神様は帰って寝てろ」
「そんな、酷い……」
志蓮の言葉を聞いて、大きく長い髭も手を持っていきって今にも泣きそうな表情になるオーディン。
「地上に居る人々や動物達は、異空間に転移させてあるわ……勿論、眠って貰ってね。だから、安心して戦いなさい。建物が壊れてしまったら、戻せば良いだけだし、ね」
「――そんな、馬鹿な……」
地球全土に居る動物達を一瞬で転移させたその魔導技術に目を見開き、驚く事しか出来ないクロノ。
それは、アースラ内に居る局員全員も同じだった。
「鉄鼠の方は、私達に任せておきなさい」
その言葉と同時に、月へと真っ直ぐに上昇していく天照とオーディン。
彼女等の姿は、一瞬で地上に居る見なの視界から消えた。
「仕方無い……皆、準備は良いな?」
クロノの確認に、首肯く現地組。覚悟は既に出来ているといった風だ。
やるしか無いのだ。今動けるのは自分達だけなのだから。
「はやて、シグナム、これを」
「カートリッジ? これがどないしたん?」
「ブロンから貰ったんだけど、これにはモヂカラが入ってるらしいから」
「私も渡しておくね」
フェイトからモヂカラの込められているカートリッジを受け取るはやてとシグナム。
なのはからはヴィータが、竜人には志蓮が手渡す。
それと同時に、レイジングハートとバルディッシュから、それぞれのデバイスにモヂカラを操作する為のプログラムが送られる。
【Ich habe fertig Laden des Programms】
「行こう!」
月に到着をすると同時に、鉄鼠を睨み付ける天照とオーディンの2人。
鉄鼠の方はというと月の石などを積み上げて作り上げた椅子に座り、ふんぞり返っていた。
まるで、「地球を見下ろす事が出来る自分は王なのだ」といったような態度だ。
「あの子供達が来るものかと思ってはいたが、くくっ……神様直々に顔を出してくれるとはねえ……」
「外道衆の1人、鉄鼠よ……三途の川の水を引かせ、今直ぐ自身の居るべき場所に戻りなさい」
「戻る?直に地球が戻る場所になるだろうさ」
鉄鼠の返答に、顔を顰める天照。
未だ大きな態度を取っている鉄鼠に、2人は強い敵意をぶつけざるを得ない。
「三途の川の水を、私を止めに来たのだろう? では、始めようか……神々と外道の鼠が繰り広げる神話の1ページを! 神話の焼き直しを! 神話の再現を! 新たな神話の創造を!」
その言葉と共に鉄鼠の身体から、膨大な魔力が放出される。
膨大な魔力は黒く淀んだオーラのようであり、この月には最初から空気の無いにも関わらず、大気が震えているかのような錯覚を2人に与えて来る。
威圧感はかなりのものであり、敵意を通り越して殺意というものを明確に感じさせた。
「どうした? 構え無いのか?」
「私達は、最初は1人だった」
立っているだけの2人を訝しみ、構えていた拳を下ろす鉄鼠。
だが、警戒と殺意の波動はそのままであり、場を震わせる程に強い威圧感も発し続けている。
構える代わりに、天照が口を開いた。
「幾つもの人格や身体に別れたとしても、それは変わらない」
「何時までも、何処までも、我々は私だ」
「私は、我々だ」
最早意味をなさないであろう言葉を呟く2人。
そんな2人の背後に、地球から光のアーチが掛かる。
いや、アーチでは無く、光となった神々が集まって来ているのだ。
「かなりの数だな……318……2,600……7,708……」
増え続ける数に、数えるのを諦める鉄鼠。
それでも尚、地球から神々が集まって来る。
「私はここに居る」
数え切れない程のそれら――八百万の神々が、天照とオーディンを包み込み、1人のヒト型へと姿を変えていく。
「ほう……」
光が放たれ、それが晴れると同時に、1人の神が腕を組んだ状態でそこに立っていた。
長く、燃え盛る炎のように鮮烈な印象を与えてくる綺麗な赤髪。黒と青のオッドアイ。顔の彫りが深く、かなり端正な顔立ちだ。
身体には無駄な部分だと思えるような箇所は無く、程良いと言える筋肉の付き方。黄金比に肉体、天性の肉体だと言えるだろう。
スラリとした長身であり、10mもの巨体。鉄鼠の2倍もの身長だ。
肌は白く、透き通っていると言える。
白金に神々しく光り輝く服を着込んでいる。
「誰だ? 貴様は?」
そんなありきたりな質問をお約束のようにして放つ鉄鼠。
赤髪の男は閉じていた瞳を開き、ゆっくりと口を開く。
「俺はかつて……ヤハウェと呼ばれていた……アッラーフとも呼ばれていた……地上に降りた際にはキリストと呼ばれていた事もあった」
「…………」
「だが、俺自身に俺の名前に関する記憶などは無い。強いて言えば、それら全てを繋げてヤハウェ・キリスト・アッラーフと言ったところか」
無数に存在していた神々が1人に戻った事もあり、放たれる魔力と気の総量はかなりもの。
闇の書の闇のコアを取り込んだ今の鉄鼠と並び立つ程のものだ。
「行くぞっ!」
「――!?」
月の大地を蹴り、一瞬で鉄鼠の側に移動をするヤハウェ。
身体の大きさの違いにより、鉄鼠が見上げるかたちになる。
「フンッ!」
右手に拳をつくり、軽く鉄鼠にぶつけるヤハウェ。
光の速さで放たれた拳は、鉄鼠の頬を抉るようにして当たり、顔を凹ませた状態の鉄鼠を吹き飛ばした。
凹んだ顔の状態で飛ばされる鉄鼠の身体は錐揉み回転を起こし、月の地面から砂を巻き起こし、大地を割りながら吹き飛んでいく。
鉄鼠が自身で身体を止める前にヤハウェは一足で追い付き、左脚で高く蹴り上げる。
無重力では無く月にも僅かだが重力は存在している。
地球とは違う環境であり、重力は弱い為に、鉄鼠の身体が落ち切るのには時間が掛かる。
「俺は地球の神だ……なら、地球で生まれ育った者等の力が扱えるのは道理であろう?」
その言葉と同時に、ヤハウェの両腕に魔力が収束されていく。
ヤハウェの身体にはリンカーコアが108も存在しており、その全てがフル廻転をしている。
掌へと向けて移動し、1つの魔力球として収束をしていくそれはかなりの魔力量を誇るが、かなりの密度に圧縮をされているのか、両方共野球ボール程の大きさだ。
「……スターライトブレイカー」
小さな2つの魔力球から極太の魔力砲撃が放たれ、鉄鼠に直撃をする。
108ものリンカーコアが生み出したその魔力砲撃の威力は、なのはが放つStarlight Breaker exの318倍もの威力を叩き出す。
白銀に光り輝く砲撃は、鉄鼠の身体を押し潰すように上へと進んでいく。
空気が存在しない為か、音や爆発などといった現象が起きる事は無い。
魔力砲撃が次第に線のように細くなり、消えていく。
消えていく魔力砲撃を見ながら、ヤハウェは再び人の抱える煩悩の数と同等数のリンカーコアを廻転させる。
「スターライトブレイカー・ディフジオン」
落ちて来る鉄鼠の身体へと向けて、もう一度掌へと収束させた砲撃を放つヤハウェ。
今度は拡散するように指向性を持たせており、先程とは違って鉄鼠の頭や両腕、両脚に確実に命中をする。
細く集中させた魔力砲撃によって、鉄鼠の身体に幾つもの穴が穿ち、出来上がる。
「ドラゴンフォース……」
白かった肌が鱗状になり、歯が龍牙のように鋭くなる。
背中、手首、足首には魔力で構成された薄い紫色の小さな翼が。
鱗状となった肌に、白と黒のコントラストの模様が浮き出る。
ヤハウェの身体の底から、神代の魔力であるエーテルが湧き出て来る。
「…………」
その
それを数度と無く繰り返し、鉄鼠の身体を強く殴打していく。
殴られる度に鉄鼠の身体は大きく震え、殴られた箇所が凹んでいく。
「――何っ!?」
もう1度、殴ろうと拳を振り上げたヤハウェだが、その拳は空を切るかのように、鉄鼠の身体を通過してしまう。
「残像拳だったか……」
「ふぅ……治るとは言え、痛いものは痛いんですよ? 殴られる身にもなって下さいよ」
首を左右に動かしながら話す鉄鼠を、貫くように目を細めて見遣るヤハウェ。
鉄鼠の身体は、吸収した闇の書の闇の特性なのか。膨大な魔力がなせる技なのか。
見る見るうちに、空いていた穴が塞がり、凹んでいた部位が出っ張り、元に戻っていく。
身体を修復させれば、その分だけの膨大な魔力が消費される筈だ。
だが、鉄鼠からはそんな様子は1つも見られない。
それどころか、上昇しているような気さえ感じさせる。
「んっんぅ~……馴染んで来たぞ。ああ、馴染んで来た……馴染んで来た」
「馴染むだと……?」
「そうだとも……まだ取り込んでからそれ程の時間は経過していないんだぞ。それよりも、だ。見てみろよ、ヤハウェとやら。地上では、子供達が血反吐を吐きながら、頑張っているぞ! 愉しいじゃないか! 無理な事を必死に頑張る姿を見る事は! 最高じゃないか! 足掻く姿を見られるというものは!」
「…………」
「無様に泣き叫んだりするのを見るのも良いが、こういうものも良い物だなあ、ヤハウェ!」
あからさまな挑発をする鉄鼠に対し、歯噛みして睨みながらも応えるヤハウェ。
「そうか……そうだな……完全に同意をする事は出来無いが、少し似通った考えを持っているのかもしれないな」
「んん~?」
「必死に頑張っている姿を見るのは俺も好きだ。そして、その結果成功して、達成感に満ちている顔を見るのが好きなんだ、俺は」
だからだろうか。
何度も何度も天啓というかたちで、リンカーコアを持つヒトに対して念話で言葉を送っていた理由は。
だからなのだろうか。
無数の神々に分裂してからも、人々に無理難題を提示してやってみせろと言ったりといった行動を取っていたのは。
「んん~? あんまり共感は出来無いなあ~……まあ良い。どうした? 掛かって来たらどうだあ? ヤハウェ~?」
「ならば、いかせて貰う。丁度、俺も身体が温まってきた。感を取り戻し始めてきたと言ったところだからな……」
再び大地を蹴り、鉄鼠の元へ光速で向かうヤハウェ。
だが、今回は既に鉄鼠が拳を掲げて待っていた。
「――っおらああ!!」
「――ほらほらっ!」
その1つ1つの拳や脚には魔力や気が乗せられており、無闇な破壊がなされないように、一点集中されている。
離れると同時に、ヤハウェは空間を歪めワームホールのようなものを創り出す。そこに拳だけを通過させて鉄鼠の直ぐ右に転移させ、そのまま殴り掛かる。
が、鉄鼠は空間の歪みを感知していたのか難無く避け、ヤハウェが繰り出したその拳に自身の拳をぶつける。
ぶつかり合う拳と拳によって真空下にも関わらず強烈な衝撃波が発生する。
その波は、月の裏側で行われている戦闘の様子を観測しようとしていたアースラを揺らし、地球の大地や海、大気を震わせていた。
「――きゃあああっ!」
「――何!? 何なの!? 何が起こってるのよおおおおっ!?」
大きく艦体を揺らし続けるアースラの中で、保護されていたすずかとアリサは抱き合い、叫ぶ。
リンディやエイミィを始め、他のスタッフも揺れに対して、必死に身体を転ばさないように気を付けていた。
「月からの衝撃波、止まりません!」
「耐えて、としか言え無いわね……これじゃあまるで、神話の再現ね。アースラが壊れて無い事の方が驚きかしら……」
ブリッジのモニターには地上で戦い続けているクロノ等のそれぞれの姿が、そして月で戦闘の様子が映し出されている。
月で行われている神の戦いは光の速度を超えており、最早サーチャーで捕捉する事が出来ないでいる。
地上での戦闘は映し出されてはいるが、その映像の殆どが真っ赤だ。深紅に染まっている。
「――ああ、もうっ! 数が多過ぎる!」
龍人が手にしているオメガブレードは、オリジナルであるImperial Dragon Paladin Modeの持っているものとは違った点が存在している。
柄と刀身の間であるの部分に、コッキングで覆われたリボルバーユニットが搭載されているのだ。
神々しさもあり、綺麗だった白い身体と翼、オメガブレードは三途の川の水によって、紅く汚れてしまっている。
【Ich werde die Patrone, die die Modjikara füllte laden】
オメガブレードから、モヂカラの込められたカートリッジがロードされる。
このカートリッジは押し潰したり、握り潰したりする事でも、込められたモヂカラが解放され、使用する事が可能だ。
血のように紅い三途の川から無限とも思える程に出続けるナナシ連中。
出て来るのは何も、雑兵であるナナシ連中だけでは無い。
上級兵扱いであるノサカマタも同様に出て来る。
そして、それらの巨大版である大ナナシ連中や大ノサカマタもだ。
ノサカマタはシャチのような大顎を持ち、2本脚といった特徴を持っている。
「斬っても、斬っても切りが無い!」
対外道のモヂカラが込められているオメガブレードを大きく振り翳す。
龍人は大ノサカマタから放たれた巨大な火炎弾を斬り裂き、そのまま大ノサカマタと大ナナシ連中に斬り掛かる。
その衝撃波で、ヒト同様の大きさであるナナシ連中やノサカマタは吹き飛ばされていく。
「他の皆は――!?」
月からの衝撃波で、大ナナシ連中等を含めた外道の兵隊達が吹き飛ばされていく。
かなり強力な衝撃波であり、60mはある筈の身体が吹き飛ばされそうになる。
「一体、月で何が起こっているんだ……?」
ヤハウェと鉄鼠が拳をぶつけ合う度に、地球やアースラへ強力な衝撃波が飛んでいく。
そしてそれと同時に、月に新しく大きなクレーターを作り出していく。
元からあったクレーターの上に新しく大きなクレーターが生み出され、月が凹み、小さくなっていく。
光速で動いている為に、他者が居れば衝撃による光と波を感じるだけだろう。
「――せやああああああああああああああああああああっっ!!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!」
続くヤハウェの攻撃を受けながらも、絶える事無く笑い続ける鉄鼠。
殴られた箇所を凹ませながらも、その笑いは永遠と思えるくらいに続いていく。
ヤハウェが腕を払い、それによって出来た衝撃波が鉄鼠へと向かう。
月の大地を削り取り、砂を巻き起こしながら接近するそれを避けようともせず、防ごうともせずに、そのまま受ける鉄鼠。
身体が上下真っ二つになってしまうが、直ぐに引き合うようにして引っ付き、傷を修復してみせる鉄鼠。
見せ付けているのだろうか。
「ちっ……」
戦闘開始から2分と経過していない。
かなりの数のやり取りを繰り返しており、その全てを当てる事には成功をしている。
だが、それらは鉄鼠に当たりはしても、明確なダメージに繋がっている訳では無く、ヤハウェの体力と気、魔力が消費をするだけだ。
鉄鼠は、そんなヤハウェを見て、嘲笑うかのように口元を大きく歪め、紅い目と長く細い髭を震わせ、腹を抱えて笑っている。
「貴様の攻撃は無意味だ」と。「貴様は無力なんだ」といった風に。
「モヂカラ……神!」
その細い指で、神の文字を空中に書くヤハウェ。
神特有のクリアな質を持つ気が、その文字の効果によって高められていく。
「やはり、貴様もモヂカラを使えるんだな」
「当然だ。地球の生命であるヒトの上に立ってるんだぞ」
再びぶつかり合う2人。
鉄鼠が身体に纏っている鎧の鉄が鋭くなり、尖る。
「――!? それがどうしたっ!」
驚きはするが、そのままの勢いで殴りに掛かる。
だが、その尖った鉄の塊が伸び、ヤハウェの拳へと刺さる。
「――ッグッァ……」
刺さっている拳からは血が流れ出るが、痛みに耐え、左脚の膝を鉄鼠へとぶつけにいく。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っっ!!!!」
左膝にも同様に、鉄の塊が刺さる。
それと同時に、鉄鼠は自身の拳を鋭い鉄へと変え、ヤハウェの拳にぶつけ、何度も何度も突き刺しては、抜き、突き刺すといった事を繰り返していく。
白金の神々しい服は見るも無残な状態となり、いたるところが赤い血で濡れている。
「――ぐあああああああああああああああああああああああっっ!!!」
刺される度に、大きく喉を震わせて叫ぶヤハウェ。
目尻には涙が溢れ、溜まっている。
鉄が刺さる度に、痛みが疾走る。
鉄が抜ける度に、痛みが大きくなる。
鉄が刺さる度に、視界が赤と白の交互に染まる。
鉄が抜ける度に、視界が黒くなる。
吐き気を感じる。
血が食道から喉元を通って、口内迄昇って来る。
異物である鉄が、ヤハウェの身体の中を行ったり来たりを何度も何度も繰り返していき、鉄鼠はそのスピードを上げていく。
「――ハハハハハハハハハハハハッッッ!!! どうした!? どうしたのだ、ヤハウェ!? 地球の神よ! 八百万の神よ! 唯一神よ! 最初の勢いは何処へ行ったというのだ!? 抵抗をしてみせろ! そうしないと、俺は地上に居る子供達を! 異空間で眠り続けている奴等を殺しに行くぞ! 愛する者達を殺してやるぞ! ハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」
狂気に染まったとでも言える笑顔を浮かべて、大きく口を開き嗤う鉄鼠。
そうしながらも、彼の手は止まらない。
ヤハウェの身体を殴り続け、その身体に新しい穴を開けていく。
それによる衝撃が、発生した衝撃が月の大地を削り取り、凹ませていく。
力に溺れている訳では無く、鉄鼠はただ無邪気に、そして探究心や好奇心の侭に力を振るい続ける。
手にした力が、手にする事で大きくなった力がどれ程のものなのか。どれ位使えば、どれ位消耗するのか。
そういった疑問を解消する為に。
ヤハウェの身体に穴が空き、そこから血が噴水のように出る。
中にある内蔵はぐちゃぐちゃであり、最早機能してい無いと言える程の状態だ。
だが、それは一般的なヒトであればの話だが。
「――この、野郎っ!!」
ヤハウェは地球の唯一神だ。
各地で言い伝えられ、知られている神々の全ての力を
例えそれが、神話で語られている程のものでは無くても、人々によって誇張され伝わったもので無くても。
それに近いものを持っている。
「――っぐはっ……っ……ぅ……うぅ……げほっ……」
鉄鼠を気合砲で吹き飛ばし、自身の身体を修復させていく。
「(流石に、分が悪いかな……体力と魔力も、気もかなり損耗した、し……)」
元々減ってしまっていた体力と気が、傷付いた身体の修復によってごっそりと減少していく事を感じ取るヤハウェ。
肩で息をしながらも、それでもヤハウェの瞳は死んでおらず、真っ直ぐ鉄鼠を睨み付けている。
「(さて、どうするか……)」
ヤハウェは目の前に居る鉄鼠の様子を伺い、思考する。
月の裏側である為に、太陽の陽光は届か無い。
が、月であるという事は太陽系の中。自身の力を振るう事が出来る空間だ。
天空神ホルスの力が、内には存在している。
書記の守護者であり、時の管理者でもある……知恵を司る創造神であるトトの力が、内には存在している。
愛と美と豊穣、幸運を司る女神であるハトホルの力が、内には存在している。
月と魔術、幽霊に豊穣、清めと贖罪、出産を司るヘカテーの力が、内には存在している。
狩猟と貞節を司る月の女神であるディアナの力が、内には存在している。
創造神の1人であるコニラヤの力が、内には存在している。
至高神であるイガルクの力が、内には存在している。
戦争や収穫を司る神であるヤリーロの力が、内には存在している。
それ以外にも、無数の月の力を持つ神々の力を持っている。
「だから、大丈夫……」
「ごちゃごちゃと、何を言ってるのかなあ? ヤハウェ~?」
「それに何よりも、神である自分が、負ける訳にはいかないんだあああああっっ!!」
口元から血を流しながら、大きく強く叫ぶヤハウェ。
一度は無数に分かれた、唯一神としての誇りがある。
地球の神としての誇りが、プライドがある。
そして、愛する子供達を守らなければという義務感、使命感。言葉では表しきれない程の気持ちが、激情となって身体を駆け巡る。
力を振り絞り、立ち上がる。
未来で英雄と呼ばれる事になった人々がそうであったのと同様に、目の前に存在している超えられそうに無い壁に挑みに掛かる。
「…………」
見下ろすと、見渡すと、自分の血で濡れてしまっている月面があった。
月の破片が無数も、砕かれた事で浮かび上がっている。
クレーターは、ここに来るまでと比べて倍以上の数となり、大きなものばかりだ。
「死ぬ覚悟は出来たか? ヤハウェ~? 命乞いをしても、助けはしないし、救けは来ない……まあ、救けたくても救けられないからなあ……力の差で!」
鉄鼠の言う通り、この場で鉄鼠と戦うだけの力を持っているのはヤハウェ1人だけだ。
地球上で戦い続けている子供達やアースラ内の局員等では、文字通りに手も足も出ないだろう。瞬きをするその瞬間に、殺されてしまうだろう。
「貴様は、ここで死ぬんだ! 誰にも救けられず、誰も救けられず! 自分の無力さを感じ、嘆き、苦しみながら! 孤独な侭に!」
徹底的に精神を折り、砕きたいのか、鉄鼠はヤハウェへと言葉を紡ぎ続けていく。
だが、そんな鉄鼠の言葉を聞いて、ヤハウェは笑顔を浮かべてしまう。
「――ああっ!? 何で笑ってられるんだ?」
「いや別に……御託は良いから来い! それとも、怖いのか? 恐いのか? 言葉だけ達者であって、向かって来ないのは恐怖を抱いているからか?」
挑発をする鉄鼠に、挑発で返してみせるヤハウェ。
だが、強がっているだけであり、ヤハウェの脚は小刻みにガクガクと震え、唇は青い。
流し過ぎた血液に、消費し過ぎた体力と魔力。
限界が来ているのだ。
それでも尚、意地だけで立ち続ける
「ホームグランドで負けるなんて、みっともないよな……」
ヤハウェは震える脚に活を入れ、月の大地を踏み占める。
深く深呼吸をするように、胸や肩を動かして、呼吸を整える。
気や魔力の操作によって、
「死ぬ覚悟は出来ているかな? ヤハウェ?」
「死ぬ覚悟なんてしていないし、死ぬつもりは全く無い。生きて勝つ。勝って、地球に帰る。それだけだ」
口を開くと同時に小さな気を発する。
それが、電波のようになって相手に届き、自分なりの言葉での解釈をする事になる。
鉄鼠からの言葉を受け、ヤハウェは改めて拳を握り締めて構える。
「…………」
「…………」
互いに沈黙が続く。
空気が存在していないのに、鉄鼠の身体にある鉄がぶつかり合う音が聞こえて来るような気がする。
「――ッシッ!」
「――くそっ!」
先に動いたのは、鉄鼠の方だ。
元からある能力や戦闘力に加え、闇の書の闇のコアを吸収した事で、その禍々しい迄の気が上昇し、膨大な魔力を手にした。
その結果手にした力を使い、鉄鼠はヤハウェに攻撃を仕掛ける。
「――脆い! 柔い! 弱い!」
ヤハウェは魔力障壁を張るが、魔力残量が少ない為に、張った壁はかなり薄いものとなった。
鉄鼠の腕は、その障壁を障子に張られた紙のように易易と貫き、ヤハウェの身体を殴り飛ばす。
「(最初は勝てると思ってたんだがな……やっぱり、私じゃ勝てないかな……せめてブロン君が到着をする迄に――)」
「――戦闘中に考え事ですか? ……随分と余裕なんですねえ?」
鉄鼠のその表情は、弱者を甚振るそれに近いものを感じさせる。
鉄鼠から繰り出されるその攻撃は、一撃一撃が必殺そのものであり、ヤハウェの意識を刈り取っていく。
殴り飛ばされ、月の大地を砕きながら飛んでいくヤハウェ。
最早、体勢を立て直すという力すらも湧いて出て来無い。
月面の、岩の残骸の上で力無く倒れる。
視界には満天の星空、吸い込まれそうな程に暗く黒い宇宙の闇。そして、覗き込んで来ている鉄鼠の顔だ。
「抵抗と呼べる抵抗すらもして貰え無いのですか……残念です」
鉄鼠の拳が、ヤハウェへと向けて無慈悲かつ無造作に振り下ろされた。
これ、今日中に終わらせるというのは無理かもしれないな……なんて、弱音を吐いてみるが、何処かでやり遂げようと思っている自分もいるのだからビックリだ。
前話で力を使ったのか、今回は全開よりも短い。と言うよりも、どれ位の文字数が良いのかが判らない。自分は長くても読めるからと、1話平均1万文字程度を目指してはいるのだが。
なんてどうでも良い事は置いておいて、今年もあと少し。
やり残した事は無いですか?
やりたい事は無いですか?
後悔は無いですか?
私は無数に存在していますね。時間も身体も能力も何もかもが足り無い。本当にサンタさん、くれないかな……。
残り日数は少ないですが、皆さん悔いの無い一年にするように努力しましょうね。
まあ、皆は既にしているでしょうが……。