魔法少女リリカルなのはZ   作:りおんざーど

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THE BATTLE OF ACES編
魔導騎士を目指して はやての魔法特訓


「今日もええお天気やなあ、リインフォース」

「はい……我が主」

 

 はやての言葉に、微笑みながら返すリインフォース。

 

 闇の書の闇のコア部分を吸収した鉄鼠を倒した事で終了した事件――管理局の方では闇の書事件と呼称されているその事件が取り敢えずの解決が済んでから一週間が経過しようとしていた。

 それらが生み出したであろう大きな被害や傷跡などといった痕跡は、何処をどう見ても全くと言っても良いくらいに見当たらない。

 地球上の生物が絶滅しかけ、青い惑星(ほし)が真っ赤に染まっていたとは思えないほどの平和な時間が流れている。

 

 そして今は12月下旬であり、今年もそろそろ――西暦2005年も終了しようとしている。

 新しい年を、2006年である来年を迎えるための準備の殆ども既に終わっている。

 

 12月という事は冬であり、昼であろうとも本来は少しばかり肌寒い季節の筈ではあるが、空には雲が殆どなく、太陽の陽射しがしっかりと八神家の庭へと降り注いでいる。

 

「お昼の下拵えも済んでるし、洗濯物はシャマルが干してくれてるし。お昼時まではのんびりや」

「はい」

 

 もう一度、はやての言葉に微笑を浮かべながら応えるリインフォース。

 

 はやての目の前には洗濯物を手にしたシャマルがいる。彼女は、洗濯籠から濡れている下着などを手に取り、それらを次々と物干し竿へと掛けていく。その動きは軽やかなものであり、慣れたものだと言える。

 そんなシャマルとは反対に、手伝うリインフォースの動きはぎこちがないものだ。が、不器用ながらも彼女は一生懸命に手伝っており、それを見遣るはやての頬を緩ませる。

 そんな3人を暖めるようにして、太陽はポカポカとした陽光を発し続けている。

 

「さ、今年最後のお洗濯物干し、お終い!」

 

 洗濯籠は空になり、入っていた洗濯物の全ては竿に掛けられている。

 

 手をパンパンと叩きながら、シャマルは元気に言葉を口にした。

 

「お疲れや。シャマル、リインフォース」

「いえ」

 

 はやての労いの言葉に対して応えるリインフォースだが、不慣れな事をした所為か、少し疲れた様子を見せている。

 

「リインフォース、家事も覚えが早くて助かるわ。シグナムは家事とか全然ダメだし」

 

 シャマルの方ははやての方に振り向きながら、リインフォースの事を褒め、シグナムの事に対して少し愚痴のようなものを零す。

 小さな子供のように頬を膨らませており、その様子からは日頃の苦労が推し量れる。

 

「いや、あれでけっこー、手伝ってくれるよ?」

 

 そんなシャマルの言葉を聞いて隙かさずフォローを入れようとするはやてだが……あまり上手だと言えないものなのか、フォローの筈のその言葉は疑問形になってしまっている。

 

「ヴィータちゃんは子供だし、ザフィーラは家では狼だし」

「それはその、仕方がないのでは」

 

 シャマルの言葉を聞き、リインフォースもフォローを入れようと試みるが、上手く出来ない。

 

 守護騎士プログラムである彼女達は、それぞれ設定年齢というものがある。その年齢に沿った体格や性格及び人格を持っており、ヴィータはその見た目同様に基本的には子供そのものなのだ。

 ザフィーラは、はやてのお願いもあってか普段狼の姿を取っているが、手伝いを頼めば、ヒト型の姿へと変身して手伝ってくれるだろう。

 

「さー、お家入って、お茶淹れよ。リインフォースも、身体冷やすとあかんから」

「はい……有り難う御座います」

 

 シャマルの愚痴に対しそれを聴きながら相槌をうったりフォローを入れたりしているリインフォース。そして、そんな彼女達を思いやるはやて。

 

 はやてのその言葉に、シャマルとリインフォースの2人は笑顔を浮かべ首肯いた。

 

 家に戻り、シャマルの手伝いを受けて再び車椅子に座るはやて。

 

 はやては車椅子を自力で動かして、お茶の準備に入る。

 

「私が!」

「ええよ。シャマルは洗濯物を干してくれたし。リインフォースと一緒に座っといて」

 

 手伝いに入るシャマルの言葉を聞き、待つようにと言うはやて。

 

 気遣いに対し、申し訳無さと有り難さの混じったような表情を浮かべ、シャマルはソファに座っているリインフォースの隣に腰を下ろす。

 

 はやては膝の上にお盆を乗せ、その上にお茶の入ったコップが3つ。そのコップからは湯気が上がっており、温かい事を教えて来る。

 

「有難う御座います」

 

 受け取り、お礼を述べるリインフォースとシャマル。

 お盆を机の上に置き、自分のコップを手に取るはやて。

 

 手にしているだけでも、その温かさは十分に伝わって来る。

 

 家の外という寒い中で濡れた洗濯物などの冷たい物を触っていた事もあり、身体は冷えている。だが、十分に温められたお茶を飲む事で、その身体は次第にポカポカとした温かさに変わり、満ちていく。

 

「何処かお散歩でも行きましょうか?」

「あ、ほんならまたちょっと、魔法教えて欲しいな」

「ああ、良いですね」

 

 一息吐いて、お茶を飲んだ事で身体が十分に温められて来た事もあってか、シャマルからはやてとリインフォースの2人へと顔を向けて、ちょっとした提案を上がる。

 

 はやてはリインフォースを見ながら、その散歩とは別の提案を上げ、その代案を聞いたシャマルは同意を示す。

 

「では、執務官達に許可を頂いて、今からと……機能同様に夕方頃に空へ上がりましょうか」

 

 はやての提案とシャマルの同意を受け、リインフォースはクロノやリンディへと念話で連絡を取る。

 

 闇の書事件が終了し少ししてから、「魔法を使えるんだから、折角なら模擬戦でもどうだ?」という転生者組の提案を受け、はやてはリインフォースと一緒にそれに向けてこの数日は夕方頃に練習をしているのだ。

 

「では、行きましょうか」

 

 許可を貰う為の連絡を取ると直ぐに、認可され、その言葉を受けると同時に3人はそれぞれの騎士甲冑を身に纏う。

 着ていた衣服は量子変換され、デバイス内へと収納される。

 リインフォースは、自身のストレージ内に。はやては今、デバイスを所持していない為、その衣服は、リインフォースが受け取り収納する。

 

「スレイプニール、羽博(はばた)いて」

 

 完全に着替え――バリアジャケットの展開及び着用が終了すると同時に、3人は飛行魔法を使用して一気に空へと飛翔する。

 

 はやてとリインフォースの背中には翼が生えており、その翼を利用した魔法であるSleipnirを使用して、羽博(はばた)く。

 

 グングンと上昇し、雲の上にまで昇る。

 

 周囲に飛行機などが飛行していないのを確認し、それと同時に小規模ながらも封鎖領域を展開する。

 

「リインフォース、準備良い?」

「ああ。こちらはいつでも」

 

 シャマルの確認に対し、強く首肯くリインフォース。

 

 身体中と言えるくらいに使用する為の魔力は行き渡っており、直ぐにでも模擬戦を開始する事が出来るほどだ。

 

「はやてちゃん、見えてますかー?」

「うん。ばっちり、見えてるよ」

 

 はやては空に飛翔すると同時にシャマルとリインフォースの2人から離れ、その2人がしっかりと見える地点で飛行魔法による浮遊をしている。

 

 魔力を消費して視力を上げる事で、より一層ハッキリと鮮明に見る事が出来ている。

 

「主はやての魔法資質は、後衛広域型だ。やはり私とお前の魔法戦が1番参考にして頂ける」

「うん。勉強して貰えるように、はりきって模擬戦、やっちゃいましょう」

 

 リインフォースからの言葉に対して首肯きながら、シャマルの方も同様に魔力を身体に行き渡らせていっている。

 普段のおっとりとした様子からは想像はし難いが、今のシャマルは戦士の目をしていると言っても良いだろう。

 

「でも、まだ体調も本調子じゃないんだから、無理はしないのよ」

「大丈夫だ。まあお前も程良く手加減してくれ」

 

 そんなシャマルではあるが、やはり優しいところは隠せないでいるのか。リインフォースに対し、その身体を心配して言葉を掛ける。

 

 そんなシャマルに笑顔で応え、魔力を解放するリインフォース。

 放たれている魔力量は闇の書事件時の闇の書の管制人格だった頃と比べると小さいものではあるが、それでも十分に厄介な、平均的な実力の魔導師からすると敵わないと思えるほどに驚異的な力を感じさせて来る。

 

 模擬戦である為殺気は込められてはいないが、両者共にやる気に満ちた瞳をしている。

 

「うん。じゃあはやてちゃん、開始コール、お願いしまーす」

「はぁい、ほんなら、シャマル対リインフォース、試合、開始ーーー!」

 

 シャマルからのお願いの言葉を聞いて、大きな声で試合開始のコールを口にするはやて。

 

 はやてが言葉を口にすると同時に、シャマルとリインフォースの2人は動き出した。

 

「風よ!」

「穿て、ブラッディダガー」

 

 互いに距離を取り、それぞれの攻撃魔法を行使する。

 

 シャマルは魔力で3つの竜巻を発生させ、それらをリインフォースへと向かわせる。

 

 対するリインフォースは、血のように真っ赤な鋼の短剣を26本自身の前に創り出し、それら全てをシャマルへと放つ。

 

 26本のBloody Daggerは3つの竜巻を切り裂きながら、シャマルへと真っ直ぐに飛んで行く。

 

【Pferde】

 

 両足に魔力で生み出した渦巻状の小さな竜巻を纏わせ、赤い短剣を右に移動する事で回避してみせるシャマル。

 だが、Bloody Daggerはシャマルを完全にロックしており、誘導されるように、回避したシャマルを追い掛け、付け狙う。

 

「――このっ!」

 

 回避を断念して、シャマルは自分の眼前に暴風と言える強さの風を起こし、その風は盾となって26本の短剣のうちの半分を防ぎ、爆発させる。

 シャマルは、もう一度風の盾を生み出して残りの短剣からの攻撃を防ぎきる。

 

「闇に、染まれ」

 

 ポツリと、リインフォースは掛け声のような詠唱を口にし、自身を中心にして球形の広域空間攻撃魔法であるDiabolic Emissionを使用する。

 

「――えええーーー!? ちょっと、リインフォース?」

 

 隙を与えないようにといった感じに放たれたその攻撃に、驚きながらも、もう一度風で盾をつくりだす。

 

 だが、その防御範囲はかなり狭く、硬さとうものがなく脆い。

 折角発動させた防御魔法ではあるが、その風の盾は純粋魔力による空間攻撃魔法に呑み込まれ、シャマルもまた同じようにその攻撃を喰らってしまう。

 

「なかなか上手く飛べた。私もまだまだ、捨てたものではないな」

「うぅ、酷いわー。手加減しろとか言っといて」

 

 試合は拮抗し、実力のほどは互角。そして引き分けといった具合だろうか。

 だが、シャマルの方は納得がいっていないのか、涙目になりながら少し愚痴を零す。

 

 まあ、魔法を1つ2つ使用しただけであり、実際にその攻撃魔法を喰らったのはシャマルだけなのだが。

 

 直撃を受けたと言っても過言ではないが、リインフォースも模擬戦だという事を理解しており、シャマルの騎士甲冑には大きなダメージがない。

 

 スライドをするように浮遊状態で移動し、近付いて来るはやてを見遣るリインフォースとシャマル。

 

「いやいや、勉強になったよー。2人とも、おおきにな」

「いえ……」

 

 はやてからの賞賛の言葉を耳にして、思わず照れてしまうリインフォース。

 顔を背け影になっている為に判り難いが、心なしか彼女の顔は赤くなっているように見える。

 

 シャマルもまた、不平不満はあるものの、本来の目的が達せられ、そのはやてからの言葉を聞いて、素直に賞賛の言葉を受ける。

 

「やっぱ、広域攻撃は先読みと戦術やなー。その辺はクロノ君にも教わらな」

「はい」

 

 はやての言葉に首肯くリインフォース。

 

 戦闘時の立ち回り方などといった戦い方は見稽古じみた事で覚える事が出来るが、既存の戦術や戦略などは勉強していかないと身に付かないだろう。

 況してや広域攻撃ともなると周囲の者達や物などの配置なども考慮して使うものだ。そういった知識は、余計に必要になって来るだろう。

 

『リインフォース……体調、良いみたいね?』

『あまり極端に魔力を消費しなければな。とは言え、今ので限界に近いよ』

『うん……』

 

 シャマルからの念話による確認に対して苦笑を浮かべながら応えるリインフォース。

 

 肩で息をするほどになるとまではならないものの、それでも今のリインフォースにとってはかなりの疲労を感じさせるものであった。

 この先もこの模擬戦以上の事を行い、魔力を消費する事はあるだろう。それらに対して、不安はある。

 だが、主である八神はやてやその兄の八神竜人、そして守護騎士達4人がいる事で、そんな不安をあまり感じさせないほどに強く大きな気持ちがリインフォースの胸の中にはあった。

 

「ほんなら、家に戻ろか」

「はい」

「そうですね」

 

 ゆっくりと下降し、封鎖結界を解除する。降り続けてると次第に自宅――八神家が視界に入って来る。

 

 人に見られないようにと細心の注意を払いながら近付き、八神家の庭へと着地をする。

 

 家の中を覗くと、リビングのソファには竜人とヴィータが座っており、その足下には狼形態のザフィーラがいた。

 

 ヴィータと竜人はテレビ番組を見ており、ザフィーラは床に伏せ目を閉じている。

 

「お帰り」

「ただいま、竜人兄ちゃん」

 

 引き戸をスライドさせて庭から家の中に移動するはやてとリインフォース、シャマルの3人。

 

 中に入ると同時に、2人と1匹――中の3人は帰宅してきた3人へと顔を向ける。

 

 靴を脱ぎ、その3人分の靴を玄関の方へと持っていくシャマルとリインフォース。

 

 はやては飛行魔法で移動し、自身の使用している車椅子に腰を下ろす。

 

「いつまで甲冑を着ているんだ? と言うか、魔法使って、車椅子にって……」

 

 はやてのその行動に、思わず溜め息混じりに言葉を口にする竜人。

 

 騎士甲冑を解除すると同時に、玄関にいるであろうリインフォースの中から模擬戦前まで着ていた私服のデータが外に出て、本来の物質へと戻り、はやての身体を包み込み再構築される。

 

「そうやな……なんや、魔法って使いようによっては便利やから」

「それは理解るが……」

 

 はやてのリンカーコアが闇の書の侵食から解放されて、まだそれほど日数は経過していない。

 本来ならば、何ヶ月も何年も経過観察をしたり、無駄に魔法を使用しては駄目だと言えるくらいだ。それほどのダメージを負っていたのだ。

 

「そや! ヴィータ、お腹空いてないか? 久し振りにお菓子作ってみよかなって思うんやけど」

 

 説教をしかける竜人から逃げるように、話を逸らすはやて。

 そんな苦し紛れのはやての言葉に、ヴィータは思わず目を輝かせてしまう。

 

「食べたい! はやての作るお菓子、食べたい!」

「じゃあ、作ろか」

 

 喰い付くようなヴィータの反応に、笑顔を浮かべながら応え、台所へと向かうはやて。

 ヴィータもまた、笑顔を浮かべ、はやての後ろを付いて行く。

 

「……まあ、いっか」

 

 小言を言いそうになってはいたが、はやてとヴィータの様子を目にし、そういった気持ちは失せてしまった竜人。

 

 竜人は苦笑を浮かべながら、愛する妹達のいる台所へと向かった。

 

「あ、私も!」

 

 後学の為にといったような事を口にしながら、慌てたようにして台所へと向かうシャマル。

 

 ザフィーラも、狼形態のままではあるが、その後をゆっくりとした足取りで追う。

 

 後に残されたのはちょうど戻って来たばかりのリインフォースだけだ。

 

「ただ今戻りました」

「お帰りなさい、将」

 

 暇を持て余し外に出るリインフォースだが、家の外に出ると同時に帰宅して来たシグナムと顔を合わせる。

 

 剣道場での非常勤講師としての仕事を済ませて来たのだろう。

 

「主はやては?」

「今はヴィータやシャマルと一緒だよ。おやつを作ってくれるそうだ」

「そうか」

 

 シグナムの質問に、笑顔で応えるリインフォース。

 

 2人の髪を、冷たい風が靡かせていく。

 

「幸せそうで何よりだ。主はやても、お前もな」

「そうだな」

 

 リインフォースの言葉を否定する事もなく、目を閉じ、静かに首肯くシグナム。

 

 寡黙という訳ではないのだが、出て来る言葉は短く簡素なものばかりだ。だが、それだけで十分に気持ちは伝わっている。

 

 今まで仕えてきた歴代の主とは正反対と言えるくらいの性格をした今回の主――八神はやて、そしてその兄である八神竜人。

 性格や人格だけではなく、待遇も信じられないほどに良いものだと言える。

 プログラム生命体である自分達を家族として接し扱ってくる2人。

 リインフォースの記憶の中では、これほどの優しさなどを示してくれた人物は、夜天の書が闇の書へと変貌する遥か昔――夜天の書が製作された時、その製作者であり主であった少女しかいなかった。

 

「お前も、あの娘と試合の約束をしているのだろう。楽しみなのではないか?」

 

 転生者組から提案された模擬戦。

 

 闇の書事件解決した当日にシグナムとフェイトが交わした約束は、その試合で果たす事になっっている。

 

「テスタロッサの事か? あれは事件の最中、預けておいた決着を試合でつけるというだけだ。楽しみも何もないさ」

 

 リインフォースの質問に対し、シグナムにとって思い当たる人物――少女は1人しかいなかった。

 

 リインフォースの返答を待たずに、言葉を出し続けるシグナム。

 そんな否定にならないような否定をするシグナムではあるが、話す彼女の様子はとても楽しそうなものであり、口元が緩みきっている。

 

「そうか……では、そういう事にしておこう」

 

 リインフォースは、シグナムに気付かれないように微笑みながら、その事を指摘せず、静かに頷いた。

 

「お前もまだ、当分は大丈夫なのだろう?」

「大丈夫……と言いたいところだが……そう長くもないだろうな。半年保てば良い方だろう」

「短いな」

 

 シグナムの言葉に返すリインフォースの言葉は何か、何処か悟ったような想いを感じさせる。

 

 先ほどまでの暖かな日常的な雰囲気は消え去り、重い空気に変わってしまった。

 

「私を構成していたシステムの殆どは、闇の書の闇と共に……鉄鼠と共に消し飛んだ。竜人達のお陰もあり、防衛プログラムが再構築される心配はないが、その分、私も活動システムの再生を行えん」

 

 闇の書の闇を分離し、なのはとフェイト、はやての3人によるトリプルブレイカーによってコアを剥き出しにする事が出来た。だが、そのコアを鉄鼠が吸収し、その鉄鼠を倒す事で、同時に闇の書の闇を完全にとまではいかないものの消し去る事には成功した。

だが、防衛プログラムである闇の書の闇を破壊すれば、別の防衛プログラムが構築されるといったバグに似たもの――呪いとまで言えるようなものがリインフォースの身体を構成しているデータに含まれていたのだ。

 そして、その呪いと言える悪性プログラムを駆逐する事にも成功はした。成功した筈なのだ。

 だがそれでも、これまでの闇の書の主や闇の書の闇から受けたデータ改竄やそれらから副次的に生まれたバグの影響によって、リインフォースの身体を構築しているデータと魔力、そして何よりも大事なバックアップデータと言えるものは修復不可能な状態と言えるほどにボロボロなものになってしまっている。

 

「お前が消えるとなれば、我等が主も、竜人も悲しまれるな」

「それを想うと胸が痛いが……主とその兄上であられる竜人は聡く、強いお方達だ。私の消滅も、御身の糧として下さるさ」

「ああ……」

 

 リインフォースの浮かべる物悲しい笑顔を目にし、シグナムの胸に張り裂けそうなほどの痛みが疾走る。

 

「元より今が、片時の夢のような時間なんだ」

 

 最初――身体の中にあった悪性プログラムを除去した直後は、半年から1年間は保つ筈だとは考えてはいた。

 その筈だったが、想像以上に酷い破損状況の為に、今存在しつけているだけでも奇跡的なものだ。

 

「与えられた時間を、主の為、お前達の為、家族の為……闇の書の償いの為に、どう使えるか。それを考えれば、憂いている時間などはないさ」

「ああ……」

 

 リインフォースの強い言葉に対してシグナムは、ただただ静かに首肯いた。

 

 

 

「この件については、以上で良いな」

 

 アースラの代わりとして用意された海鳴市にある臨時本部――地球でのハラオウン家とも言えるように馴染みとなった家。その中の一室でクロノは自身に課された資料などを纏めている。

 その量は半端なものではなく、かなりのものである。だが、データとして纏められている為に、実際に目で見る事は出来ないのだが。

 

「うん。後はあたしが纏めとくよ。お疲れ、クロノ君。一休みしたら?」

「いや、はやてや竜人、騎士達の諸々の手続きもあるし、リインフォースの件も、いろいろ取次がなきゃいけない……」

 

 自身を案じて休憩するようにといったエイミィからの提案を聞き、笑顔を浮かべながらも作業を続けていくクロノ。

 

 昼食を食べた後から熟している作業も取り敢えずはこれでやっと一段落と言えるところだ。

 

 闇の書事件についての資料の殆どは既に提出は終えているが、だがそれでもまだ残っているもの――鉄鼠などといった外道衆といった存在やそれらが生み出した傷や損害などについての隠蔽、そしてリインフォースについての報告書を纏める必要が残念ながら残っている。

 

「まあ、そうなんだけど」

「……それに……というか今日はこの後、なのはの訓練に付き合う約束だ」

「ああ、そりゃ大変だ」

 

 来年にある模擬戦――試合に向けてなのか、「一対一の模擬戦と魔法訓練をして欲しい」といった頼みがなのはから来ている。

 普段のなのはは雄介達と訓練をしているが、「他の人とも訓練をしたい」といったなのはの要望を受け、それを了承したのだ。

 

「合間にフェイトちゃんの勉強も見てあげているでしょ? 暇が全然ないじゃない」

「別に、それほどでもない。やりくりは幾らでも出来るさ」

 

 そんな感じに多忙だと言えるほどのスケジュールのようなものに追い回されているように見えるクロノだが、彼は彼なりに考え、決めて行動をしている。

 無理せず無茶せず、自分の出来る範囲での行動。

 そういった事もあってか、クロノは苦しいなどといった事を感じた事はなく、余裕といった体を見せている。

 スケジュールを自身で決め、それを苦もなく熟す事がどれだけ凄い事なのか。

 

「そうねぇ。でもま、なのはちゃんやフェイトちゃんとの魔法練習なら、デスクワークの気分転換に丁度良いか」

「そういう事だ」

 

 エイミィとクロノは互いに笑顔を浮かべながら、自分がするべきだと判断した作業を熟し続けていく。

 

 本日中にしなければいけない事は粗方片付き、後はゆっくりと残った作業を熟しながら2人からの連絡を待つだけだ。

 

《もしもーし、なのはです!》

「ああ。準備は出来たか?」

《うん! フェイトちゃんと一緒に、もう現場にいるよー!》

「分かった、直ぐに行く」

 

 そうこう考えながら作業をしていると、なのはからの連絡が届き、それに応えるクロノ。

 

 自身の相棒であるS2Uとデュランダルを手に取り、転送ポートへと向かおうとするクロノ。

 

「じゃ、頑張って」

「ああ」

 

 そんなクロノに対し声を掛けるエイミィ。

 クロノはエイミィの言葉に短くもハッキリと応え、転送ポートでなのはとフェイトがいる地球から少し離れた次元世界へと転移を開始する。

 

 

 

「――あ、クロノ君!」

「ああ。待たせたな、なのは」

 

 転移が完了したと同時に、なのはとフェイトの2人の魔力のある地点(ポイント)へと向かうクロノ。

 

 そんなクロノが来た事を察知し、その姿を見付けたのか、大きな声を出して呼び掛けるなのは。

 

「ん? フェイトは一緒じゃないのか?」

『いるよー。南側上空。2人の戦いが、良く見える場所』

「そうか」

 

 フェイトの気を感じる事は出来るが、姿が見えない事に気付き、それをなのはに尋ねると同時に、その本人から念話が届く。

 

 フェイトからの念話による言葉を聴き、彼女の言葉に従って南側上空へと顔を向けるクロノ。

 そこには、しっかりとバリジャケットを展開し、観戦体勢に入っているフェイトの姿があった。

 大きく手を上に上げてブンブンと振っている彼女の様子が見て取れる。

 

「そう言えば君とフェイトは、普段雄介達と練習をしているらしいが……どうして僕と?」

「えっと……雄介君達は、レベルが違い過ぎるっていうか……フェイトちゃんと模擬戦をするのも良いんだけど、いろんなタイプの魔導師と戦った方が戦術の幅も広がるかなって?」

【I think so】

 

 可愛らしく小首を傾げて自身の考えを口にするなのは。

 

 そんななのはに対し、クロノは「なるほど」と小さな声で呟き頷く。

 

 雄介を始め、転生者組は特典を手にしてこの世界に生まれており、その殆どが世界を揺るがしかねない――滅ぼす事が容易だと言えるほどの実力者だ。

 そんな転生者達の持つ力の一端である技術や技能などの提供といった恩恵に似たものを受けはしたが、それでもやはり、彼もしくは彼女達転生者は圧倒的な強さを誇っている。

 

 そして、そんな転生者も実力の向上に向けた練習である修行をするのだが、追い付く事は難しい。

 実際に、目の前で行われるそれらを見て、何かを悟ったのか。

 

「じゃあ、トレーニング、宜しくお願いします」

「ああ。じゃあ早速、軽く模擬戦といくか」

 

 クロノは気持ちを切り替え、思考を中断し、なのはへと真っ直ぐに目を向ける。

 

「うんっ! 行くよ、レイジングハート!」

【Stand by ready】

 

 元から距離は離れていたが、更に距離を取るようにして離れ、飛行魔法を使用して移動するなのはとクロノ。

 

【Stinger Ray】

 

 魔力で構成された光の弾丸が高速でなのはへと向かっていく。

 その速さは、気も込められている事もあってかかなりのものであり、最早目視では対応出来ないほどのもの。

 

【Flash Move】

 

 だが、レイジングハートがなのはから自身に流れてきている魔力をなのはの靴に生えている光の羽であるAccel Finに注ぎ込み、なのはは向かって来るその魔力弾を軽々と回避する。

 

「今度はこっちの番だよ、クロノ君!」

【Accel Shooter】

 

 なのはの周囲に26個もの魔力弾が同時に生成され、その全てがホーミングレーザーのようにクロノへと迫っていく。

 速度も数も相当なものであり、回避する事は難しいものだ。

 

 だが、クロノは慌てる事もなく、落ち着いた様子を見せている。

 

 爆発が起こる。

 

 26もの魔力弾が一気に標的にぶつかり、その全てが炸裂したのだ。

 

 煙がモウモウと昇っていき、ゆっくりと晴れていく。

 

「レイジングハート……」

 

 手にしているレイジングハートを強く握り、目の前――煙の中にいるであろう黒色の少年を警戒するなのは。

 

 クロノの魔力も発せられている気の量も言葉に出来るほど減少はしていない。

 

「――す、凄い……」

 

 煙が晴れると同時に、クロノの姿が現れる。

 

 だが、そのクロノの姿をハッキリと直視する事は出来なかった。

 

 氷だ。

 大きな氷が盾のようにしてクロノの前に出現しており、浮かんでいる。

 その氷の盾には、傷はあっても凹み1つすらもなく、砕く事が出来ないでいた。

 

「クロノ君、氷の魔力変換資質持ちだったっけ?」

「いいや。これはデュランダルの性能のお陰だよ」

 

 全くの無傷とも言えるクロノとなのは。

 

 まだ、模擬戦は始まったばかりだ。

 

 氷の盾は、ゆっくりと水へと変化し、そして地上へと落ちて行く。地上では、局所的な雨が降っているような状況だろう。

 

「これで終わりか?」

「ううん。まだだよ、クロノ君」

 

 徐々に魔力と気を高めていくなのは。

 なのはは高めた魔力と気を同時運用し、一瞬で距離を詰める。

 

「――ッ!?」

【Flash Impact】

 

 なのはは魔力と気の両方を込め、クロノに身体ごとぶつかる。

 

「――な、な!?」

 

 ぶつかるのと同時に強烈な閃光が疾走り抜け、クロノは痛みに耐えながらも思わず目を閉じてしまう。

 

 その一瞬の間に、なのはは再びFlash Moveを使用して距離を取る。

 その距離は、模擬戦開始時に取った距離の2倍以上であり、魔力と気による補正がないと互いの姿を目視出来ないほどの距離だ。

 

【Load Cartridge. Excellion Mode】

 

 レイジングハートがカートリッジをロードし、Accel ModeからExcellion Modeへと一瞬で変形を済ませる。

 

 排莢された薬莢が地上へと落ちると同時に、環状魔法陣が発生してレイジングハートを取り巻く。

 

【Excellion Buster. Forth Burst】

 

 更に4回もカートリッジが読み込まれ、5つの魔力光球が発生する。真ん中に1つ、周囲に4つの魔力球だ。

 魔力が十二分にチャージされると同時に、4つの魔力球から魔力砲撃が放たれる。

 

【【Protection Powered】】

 

 クロノを守るように、S2Uとデュランダルの2機が同時に防御魔法を発動させる。

 そのお陰か、魔力障壁に阻まれ、4本の魔力砲による攻撃は防ぎきる事に成功した。

 だが、1番防がなければ駄目なのは、この後に来るであろう砲撃だ。

 それを理解しているのか、クロノ、そしてS2UとデュランダルはProtection Poweredを展開し続けている。

 

「ブレイク、シューーートッッ!!」

「――S2U、デュランダルッ!!」

 

 撃ち放たれた魔力砲撃には、気も込められている。

 

 それに気付いたクロノは、更に魔力を解放して、その魔力障壁に、なのは同様に気を込める。

 

 ぶつかり、大きな閃光と衝撃波を生み出す。

 

 上空でゆったりと流れていた雲の流れは逆転し、かなりの速度で動き始める。

 

 上空での戦闘であるにも関わらず、地上では大地にヒビが入り、隆起などといった現象が起きる。

 

「――くッ」

 

 二重のProtection Poweredによる防御は成功し、耐えてはいる。だが、なのはから放たれる魔力砲撃の速度と威力はクロノの予想よりも上であったのか、防御の体勢に入ったままジリジリと押され始めていく。

 シールドであるProtection Poweredを張りながら身体を上へと動かし、その魔力砲撃を回避するクロノ。

 

 だが、それと同時にクロノの身体はBindで止められてしまい、身動きが出来なくなる。

 

「――ディレイバインド!?」

 

 自身の動きを封じた事に驚きつつも、それを行なったなのはに対して感心と賞賛の気持ちを感じるクロノ。

 

「参った……僕の負けだ」

 

 素直に負けを認め、その言葉を耳にしたなのははBind魔法を解除する。

 

「はー……クロノ君、有難う御座いました!」

「凄いな、君は。また威力が上がってる」

 

 模擬戦時の緊張が一気に解けた為か、なのはは大きく息を吐き出し、思わず脱力しかけてしまう。

 

 お礼の言葉を述べるなのはに対し、クロノは感想を言葉に出す。

 

 そんなクロノからの賞賛の言葉を受けて、なのはは満面の笑みを浮かべた。

 

「えへへ……」

 

 頬を掻きながら、その顔を少しばかり赤くして照れるなのは。

 

 その様子を目にし、クロノは思わず顔を背けかけてしまう。

 

「クロノ、次は私とー!」

「ああ、待て待て、ちょっと休ませてくれ」

 

 フェイトの言葉に、肩で息をしながら返すクロノ。

 

「(段々相手にするのがキツくなって来るな……)」

 

 クロノは、息を整えながらフェイトの方を見遣る。

 

 フェイトは、なのはとクロノの模擬戦を見て気持ちが昂ぶったのか。今直ぐに模擬戦がしたい、したくて堪らないといった様子を見せている。

決して戦闘狂という訳ではないのだが、それでも彼女の興奮した様子から、そういった言葉が思わず頭の中に浮かび上がってくるほどだ。

 

「(まあ、成長してくるのは喜ばしい事だが……)」

 

 なのはとフェイト、彼女達2人の実力――戦闘力はかなりの速度で上昇をし続けており、今のクロノでは圧倒する事は出来なくなっていた。

 いや、正直に言うと今回のように負ける事が多くなって来ている。

 それに対し、クロノは喜ばしいという気持ちを感じながらも、何処か寂しいといった気持ちも感じていた。

 

「(僕もうかうかしていられないな……雄介やブロン達と同じレベルとまではいかなくても、それでも今よりも力を付けたい)」

 

 

 

「はー。ザフィーラのお腹は、もふもふやー」

 

 狼形態であるザフィーラに凭れ掛かりながら、その毛皮を触るはやてとヴィータ。

 

 触り心地はなかなかのものであり、毛並みも良く、中途半端に安いソファよりも安らかな気持ちになる。言わば、人を駄目にする狼だろうか。

 

「昔っから、寝心地はなかなか最高なんだ」

 

 ヴィータは自身の口にした言葉を訝しむが、それも一瞬の事で、直ぐに蕩けた表情になる。

 

 昔――歴代の主の元での活動時のデータがほんの少し残っており、それが朧気な記憶となったのだろうか。

 

 ザフィーラの方は、されるがままといいった風であり、リインフォースはそれを見て微笑んでいる。

 

「そーやーねー。あったかいしー」

「有難う御座います」

 

 ヴィータの言葉に同意を示したはやてに対し、ザフィーラは感謝の言葉を述べる。

 迷惑といった風でもなく、ただされるがままで、少し照れているのか顔を少し下に向けているザフィーラ。

 

「主はやて……楽しそうにしていらっしゃる」

「そうだな。ザフィーラもあれで楽しいのだと思うが」

「ほんとにね……」

 

 リインフォースとシグナム、シャマルの3人は彼女達の姿を見て、自然と微笑みを浮かべる。

 

 されるがままでいるザフィーラは、まるでただただ気性の大人しい大型犬そのものと言える。

 

 今は、夜になったばかりといった時間であり、先ほど夕食――夜ご飯を食べ終えたばかりだ。

 

 台所からは水音が聞こえ、竜人が皿などの食器類を洗っているであろう事を理解させて来る。

 

 シャマルはお風呂場へと向かい、入れていたお湯を止める。

 

「あ、はやてちゃん、ヴィータちゃん。お風呂の準備出来ましたよー」

「はーいっ!」

「じゃあな、ザフィーラ」

「ああ」

 

 シャマルが風呂場からリビングへと戻って来、はやてとヴィータへと声を掛ける。

 

 そのシャマルの言葉に応え、彼女に抱きかかえながらはやては風呂場へと移動をする。

 ヴィータもシャマルとはやてに付いて行き、はやてと一緒にお風呂に入る準備を始める。

 

「さて、では私も……」

「ザフィーラ、今夜もか?」

「ああ。日課にしているのでな」

 

 自身の側にいた2人の少女が離れ風呂場へと向かったのを見届けるのと同時に、ザフィーラはヒト型へと姿を変え、リインフォースから投げ掛けられた質問に対して肯定の意を示す。

 そのまま家の外に出て、ランニングを始めた。

 

 

 

「はぁ……今年も、もう終わりなんだよね」

「うん……お正月は平和に過ごせそうで、何よりだね」

 

 クロノとの模擬戦も終了し、なのはとフェイトの2人は海鳴市を軽く散策していたが、時間ももう遅いので帰宅をする事に。

 

 夜になる時間である為に、空は暗く、街灯が灯り始める。

 

 冬の冷たい空気は夜になる事でより冷たくなり、吐き出す息は白くハッキリと見える。

 

「皆で旅行も、楽しみ!」

「凄いよね、3家族合同旅行なんて」

 

 なのはとフェイトの言う通り、正月辺りに3家族と数名が旅行に行く予定なのだ。

 

 年末と新年の始めである正月を迎えるための準備だけではなく、その旅行に行く為の準備をする必要もあったので、事件終了後はとても忙しいものだった。

 

「高町家とリンディさん御一家、すずかちゃんと忍さん達。それから……」

「私とお兄ちゃん、アルフ、アリサ!」

「雄介君、志蓮君、ブロン君!」

 

 数名が連れて行って貰えるとは言うが、その数は7人であり、それなりに多い。いや、一家族分よりも多いと言えるだろう。

 

「全部で20人の大旅行! ……はやてちゃん達も、一緒に行けたら良かったんだけど」

「ん……事件の事とかあったし……リインフォースも静養中だし」

 

 今回の大企画とでも言える旅行ではあるが、はやてを始め八神家の皆、そしてゾイルは不参加となっている。

 その事を、なのはとフェイトは残念に感じているのか、表情が少し陰る。

 

「春休みとかは一緒に行きたいね」

「うん……きっと」

 

 なのはもフェイトも、リインフォースの寿命が短いものだという事は理解している。

 だがそれでも、口にせざるを得なかった。

 

 日本には言霊というものが信じられており、今口にした言葉が実現するようにと祈るだけだ。

 

「あ、じゃあなのは、送ってくれて有り難う」

「ううん、フェイトちゃん。また明日ね」

「うん」

 

 話しながら歩いていると、見慣れたビルが視界に入って来る。

 

 フェイトを無事、ハラオウン家が所持している家――闇の書事件時の臨時作戦本部だった場所へと送り届け、別れの挨拶を済ませ帰宅するなのは。

 

 浮かんでいる月は綺麗なものであり、雲はその姿を隠す事も、光を遮る事もなかった。

 

 

 

「ヴィータ……その……今日も、良い天気だな……?」

「ああ」

 

 ヴィータとはやてが入浴を済ませ、ザフィーラが日課のラニングを完了し帰宅してから少しの時間が経過していた。

 

「…………」

「…………」

 

 2人しかいないリビングのソファで、リインフォースとヴィータは座りながら、テレビ番組を観ている。

 

「……ええと……」

 

 何か話す事はないかと思考を巡らせるリインフォースではあるのだが、思い浮かぶ会話のネタはなく、口を開けば取り留めもない事ばかりが出て来る。

 そして、先ほどの「良い天気だな……?」だ。既に夜であり、外は真っ暗。それにも関わらず、良い天気だと言ってしまう辺り、リインフォースがテンパってしまっている事が理解出来てしまう。まあ、雨が振らず、雲が月を隠したりといった事をしていない事もあり、良い天気だというのは間違ってはいないのだが。

 

「良いよ。話す事ねーんなら、無理して喋んなくて」

「……すまない」

 

 逆に気を使われたと感じたのか、リインフォースは思わず謝罪の言葉を口にする。

 

 そんなリインフォースに対し、ヴィータ自身もまた、どういった風にして接すれば良いのか理解らず、無意識のうちに顔を背けてしまう。

 

 そんな2人ではあるが、その様子を5人は別の部屋から伺っていた。

 ミッドチルダ式でいうところのサーチャーを使用し、それに気付かれないように偽装するといった手の込みよう。テンパり焦ってしまっている為か、リインフォースはその魔法に気付いてはいない。

 

「ヴィータとリインフォース、どう?」

「駄目です、まだまるっきり、ぎくしゃくしてます」

「何とかなるとええんやけどなー」

 

 リビングでの2人の様子を見る事が出来るのは、魔法を使用しているシャマルだけだ。

 

 はやてはそんなシャマルに訊いてはみるのだが、リインフォースとヴィータの仲の進展はあまり良いと言えるようなものではないようだ。

 

「ヴィータは昔からああですので……互いにどうして良いのか理解らぬかと」

「すみません、面倒な連中で」

 

 ザフィーラはそんな2人の事をしっかりと見ているのか、ヴィータとリインフォースの心情を推測し、それを言葉にする。その言葉からは冷静さを感じさせ、なるようになるだろうといった風な考えを持っているからなのだろうか。

 

 シグナムは、そんなリインフォースとヴィータの様子を聞いて思わず、主であるはやてに謝罪してしまう。その謝罪の言葉は、問題の2人だけの事なのか、それとも自分も含めて守護騎士と管制人格全員の事についてなのか。

 

「いやいや、まあ、仲良くしてくれたら嬉しいんやけど」

 

 謝罪をするシグナムの言葉を聞き、苦笑を浮かべながら否定をするはやて。

笑いながら時計を見遣ると、予定している時間が迫って来ている事に、はやては気付く。

 

「そろそろ時間やな……リインフォースとちょっと出掛けて来る。折角、お風呂入ったんやけどなー」

「帰って来て、もう一度入れば良い。しっかりと温めておくよ」

「そうやな。ほな、頼むな」

 

 少し悩むはやてに対し、適当に応える竜人。

 

 はやてが応えると同時に、竜人はお風呂場へとゆっくりとした歩みで向かった。

 

「主はやて」

 

 竜人が開きっぱなしにした扉からリインフォースが顔を覗かせて来る。

 リインフォースも時間に気付いたようだ。

 

「行ってくるな」

「はい。どうかお気を付けて」

 

 シグナムやシャマル、ザフィーラからの言葉に頷き、外へと出るはやてとリインフォースの2人。

 

 時間も時間であり、外は真っ暗で、人通りは全く無いと言える。

 

 念の為に封鎖領域を展開して、騎士甲冑を身に纏う2人。

 

 2人同時に背中の翼を動かして一気に空へと昇り、リインフォースを監督とした魔法の練習が始まった。

 

 

 

「闇の書事件の事後処理も、もう殆ど終わりだねぇ」

「そーだねえー」

 

 エイミィの言葉に同意をするアルフ。

 

 空間モニターにはその闇の書事件に関する資料が映し出されており、リインフォースなどに関する事の報告用の資料内容を再確認しているところだ。

 

「ただ、あれだけの大魔力を……次元世界を滅ぼしてしまう力を消し飛ばしたからな。少なくとも年内一杯……いや、2年3年の間警戒を続けないと」

 

 夜天の書を闇の書足らしめていた闇の書の闇。その力は次元世界を1つ崩壊させる力だ。そして、それを完全とは言えないものの、ほぼ消滅と言えるレベルまで追い遣り、闇の書を夜天の書に戻した転生者達の力。

 それら2つの力がぶつかり合う事で、この地球を中心にした世界には大きな歪みが出来てしまっている。

 その歪みと闇の書の闇が残した魔力が相互作用してしまうと、どうなってしまうのだろうか。

 更に、彼等転生者と闇の書の闇を吸収した鉄鼠がぶつかった事で、短時間の間で次元震が何度起こっただろうか。次元断層が発生して、この次元世界が消滅していたかもしれない。

 

「このまま何も年が開けて、観測チームに引き継げると良いんだけどね」

「だよねー。旅行行きたいもん」

 

 クロノからの心配する言葉に対して応えるフェイトとエイミィの声は、やはり来年の旅行が楽しみなのか弾んたものになっている。待ち切れないといった気持ちが声だけではなく、2人の表情にも表れている。

 だが、クロノの方はそんな2人の少女とは反対とも言える不安な気持ちで一杯だった。それは、フェイトとエイミィによる言葉がフラグになるかもしれないと考えたからか。だが、それを指摘すると、更にそのフラグが強化される事も知っており、口に出す事はしなかった。

 

「まあ、大丈夫よ、きっと」

「何かがあっても、細かい案件なら、僕とランディ達が残れば良い。フェイトやエイミィ達の旅行は動かないさ」

 

 リンディの3人を安心させるかのような言葉に、クロノは書類整理をしながら母親の言葉に軽く補足を入れる。その熱心さからは、仕事の虫だといった言葉を思い浮かばせる。

 

「えー。クロノも一緒が良いよ。折角の合同旅行なんだから」

「ね」

「そーだよ」

 

 自身は行かないといったその旅行は他人事だといったように話すクロノを聞いて、フェイトは彼の言葉を否定する。

 そんなフェイトに強く同意をするエイミィとアルフの2人。

 

「そう言えば、あの娘……リインフォースは元気なのかしら?」

「うん。元気ではあるみたいだよ」

 

 ザフィーラから訊いていたのか、アルフはリンディの疑問の言葉に対して応える。

 

「流石にまだ体調は戻らないみたいで……はやての家で静養してます」

「そう。はやてさんや竜人さん、騎士達が一緒なら、回復もきっと早いわよね」

「うん」

「旅行、はやてさん達も一緒に行けたら良かったんだけどね」

 

 フェイトの言葉にリンディは首肯き、そしてまたフェイトも首肯き返す。

 

 希望的観測ではある事を理解してはいるが、皆が同様にリインフォースの回復を願わずにはいられなかった。

 

 体調が回復したように見えたとしても、それは元に戻ったという事にはならない。崩壊寸前の身体から起きる痛みなどを麻痺が起きたように感じなくなるだけなのだ。緩やかではあるが、確実に消滅への一歩一歩を歩み続けているのだから。

 だが、今日の昼に「主はやての魔法の練習に付き合いたい」といった連絡が来て、実際にその魔法の練習を行なっていたのだから、少なくとも今は大丈夫だという事だろう。

 

「さて。今日も食事の前に……」

「あ、練習!? 私もやる!」

「ああ、観測の次いでに少し遠出するんだが、それでも良いか?」

 

 夕食を済ませた事で、席を立ち、外出の準備に入るクロノへと声を掛けるフェイト。

 

「うん、勿論!」

 

 そしてフェイトは、クロノからの確認の声に元気良く応えてみせる。

 

「良し……じゃあフェイト、準備は良いか?」

「ばっちり!」

 

 昼も魔法の練習をしたが、それでも足り無いのか。フェイトはやる気に満ちた瞳をクロノに見せる。

 

「2人とも、気を付けてなー」

「はあい。それじゃあ……バルディッシュ・アサルト、セーーットアーーップ!!」

【Get set】

 

 アルフからの見送りの言葉に応えながら外に出るフェイト、そして後に続くようにして出るクロノ。

 

 バルディッシュは宝石部分をキラリと光らせ、フェイトの掛け声に従って変形、バリアジャケットを展開した。

 

「うん! 今日も絶好調! 魔法の練習、頑張ろう!」

 

 

 

「スレイプニール正常起動。慣性コントロール問題無し。リインフォース、これで平気かな?」

「はい、我が主……もうお独りでも充分に飛べていらっしゃいますね」

 

 星明かりしかない真っ暗な夜空の下で、はやてとリインフォースは飛行魔法であるSleipnirを使用している。

 

 2人はユニゾンをする事なく、はやては独力で飛行をし続けている。

 

 リインフォースとシャマルが昼に行なった模擬戦時に観戦をしていた時もそうではあったが、その時と比べると動きの方も少しマシになっており、空戦魔導師の平均的な飛行技術よりは上だと言えるくらいのレベルになっていた。

 

「いやいや。なのはちゃんやフェイトちゃん達は、もっとビュンビュン飛んでるやん」

「あの娘達も、鍛錬と研鑽を積んで来た故です……主はまだ、修練始めてから一週間足らず。この調子で鍛錬を続けて頂ければ必ず、誰よりも立派な魔導騎士になられます」

 

 なのはやフェイト達は舞空術を使用している事もあり、その速度は計り知れないものになりつつある。

 そしてその舞空術であるが、飛行魔法だけでなくある程度の魔法を収得すれば、舞空術などのその技術を教えて貰うといった約束になっている。

 

「そやな……リインフォースに教えて貰って、立派な主になってかな」

 

 リインフォースからの言葉に首肯き、笑顔を見せるはやて。

 

 魔法を知ったのは去年の誕生日、そしてその魔法を意識して使ったのはつい一週間前。なのは同様に出会って直ぐだという事もあり、その技術はまだ拙い。

 

 なのはの場合はその直後からずっと魔法を使い続けているが、はやての方は闇の書の闇による影響やそのリンカーコアや身体を酷使する必要はないといった考えからゆっくりと学んでいっている。

 それであっても、一週間で平均以上の魔導師レベルになるのだから、おそろしいものだ。

 そして、そこまでのものを手にするのにははやてなりの気持ちと覚悟、考えがあった。「最後の夜天の主が魔法を扱えないというのは如何なものか」といった考え、そして家族や友人である皆の期待に応え、負担を減らす為に。

 

「この身に賭けて……我が魔導の全て、お伝え致します」

「ん……! ほんなら今日も、トレーニングやってみよか!」

「はい……我が主」

 

 気合は十分であり、余りあると感じるほどに元気な声を出すはやて。

 

 はやては剣十字の魔導杖を握り締め、模擬戦を開始する為に戦闘態勢に入る。

 

 そんなはやてに対し、リインフォースは笑顔を見せ、その直後キリッとした風に表情を研ぎ澄ませ、意識を切り替える。彼女もまた、主であるはやてに応える為に、模擬戦開始と同時に魔力を解放する。

 

 最初に攻撃を放ったのはリインフォースの方だ。距離を取るのと同時に、Bloody Daggerを26本出現させ、それを放つ。

 

 両足に魔力の渦を出現させ、飛来する26本もの短剣を回避しようと試みるはやて。

 

 だがやはり、その短剣は既にはやてをロックオンしている為に回避し切る事は出来ず、追尾をして来る。

 

「それならっ!!」

 

 叫ぶように声を上げながら、魔法を発動させるはやて。

 

 それと同時に大きく爆発が起き、煙が発生する。

 

「ぁ……」

 

 思わず声を掛け、無事を確認しようとしそうになるリインフォース。だが、寸でのところでそれを自制し、煙が晴れるのを、警戒しながら待つ。

 

「あいたたた……」

「流石です、主はやて。Bloody Dagger同士をぶつけ合わせるとは……」

「いや……でも、少し喰らってもうたよ」

 

 煙が晴れると同時に、はやての姿が現れる。

 

 はやて自身に傷は無いが、彼女の着用しているバリアジャケットには、少しばかりの傷と汚れが付いている。

 

「では、再開します」

 

 その言葉と同時に、再び攻撃魔法を発動するリインフォース。

 

 今度の攻撃魔法は、スフィアから魔力弾を発射するだけのもの。だが、その数は半端なものではなく、スフィアの数だけでも7708個も存在している。目視だけで確認する事は難しい。そしてそこから発射される魔力弾の数は毎秒318個。

 Photon Lancer Genocide Shiftよりも遥かに強力かつ凶悪な魔法だと言えるだろう。

 

「流石にこれは、避けるのは……」

 

 その膨大な数を前にして、思わず冷や汗を流し、呟くはやて。

 

 魔力弾がはやてへと向かって行き、爆発が起きる。

 

 Panzerhindernisを使用して全方位に対しての防御を成功させるはやて。そのバリアの魔力光は、ヴィータの赤色とは違い、はやてのものは白色をしている。

 

 防御に成功はしたが、その張ったPanzerhindernisには無数の大きなヒビが入っており、今にも砕け散りそうだ。

 

「――っ!?」

 

 そのPanzerhindernisが砕け散るのと同時に、リインフォースの周囲にBloody Daggerが展開される。

 

 驚きを隠せないでいるリインフォースに、その隙を逃さずにはやてはその26本の短剣を発射する。

 

「やった……! 結構、上手く出来たんとちゃう?」

 

 そしてまた、3度目の爆発が起き、煙が晴れていく。

 

 中からは、傷一つないリインフォースが姿を見せる。

 

 いや、傷がないように見えたリインフォースだが、その黒い翼には少しばかりの傷と埃が付いている。

 

 魔力を注ぎ込む事で再生させて戦闘を続ける事は出来るが、はやてがリインフォースに一撃を入れた事で、この魔法の練習である模擬戦は終了となる。

 

「はい……素晴らしいです」

 

 魔法を使用し始めたのがつい一週間前とは思えないほどの力を見せるはやてに対し、素直な賞賛の言葉を送るリインフォース。

 

「やっぱり魔法の練習は楽しいなー。リインフォースに教えて貰ってるから、余計にや」

「はい……(先の防衛システム切り離しの際……我が魔導の殆どは、闇の書の闇に持って行かれた分を除けば、主はやてにお預けしてしまった)」

 

 リインフォースの表情は、喜ぶはやて同様に笑顔が浮かんでいる。そんなリインフォースではあるが、内心の方は少しばかり落ち込んだものとなっていた。

 だがそれ以上にやはり、主であるはやてに対して明るい気持ちと感情を感じ、抱えている。

 

「(私が弱くなっているというものあるとはいえ……我が主も本当に、魔法の扱いが上手になられた)」

「放出制御がもうちょい、上手く出来たらなぁー。こう……こーかな?」

「(何より、才に溺れる事なく勉強熱心でいらっしゃる。(いず)れ本当に偉大な魔導騎士になられるだろう。それを最後まで見届けられないのは……少しばかり、寂しくはあるか……)」

 

 リインフォースから教わった知識やそれに伴って伝授された技術を総動員し、自力でのコントロールの調整を試みるはやて。

 

 向き不向きなどがあるとはいえ、自身の不足を補おうとする姿勢は良いものだと言える。

 

 リインフォースの感じた通り、この先、今目の前にいるはやては力に溺れる事なく、転生者達が観てきたというアニメに出て来たはやて同様に、強く優しい魔導騎士になるだろう。

 

「――あれ? 誰か、こっちに向かって来てるような……」

「……?」

 

 周辺に浮遊している魔力素(マナ)の流れが変容した事に気付くはやて。

近付いて来る魔力を感知して、そちらの方角へと顔を向けるはやてとリインフォースの2人。

 

 模擬戦に集中していた為に、誰かが接近して来た事に気付くのが遅れてしまったようだ。

 

「――!! この気配、騎士達ではない……何者だ!?」

 

 接近して来る魔力は、家族である守護騎士達のものに酷似している。そのものだと言えるくらいに。

 だが、近づいて来るその魔力は、彼女の持っている魔力とはまた違った質の魔力であり、大きな違和感と警戒心を否応無しに与えて来る。

 

「我が主、どうかお隠れ下さい」

「まだ体調が戻ってないやん。私が行くよ」

 そう言うと同時鬼反応のある場所へと向かおうとするリインフォースだが、それを制止するはやて。

 

 体調――というよりもリインフォースが力を殆ど失くしてしまっている事に気が付いているのか、心配するはやて。

 

 近付いて来る魔力の大きさはそれほど脅威に感じられるものではないが、それでもその実力を隠している可能性もある。

 

「ですが……」

「私が行くから、サポートしいて。戦うんは私がやる。リインフォースは少し離れたところから見てて。ええか?」

 

 模擬戦は何度も熟しているが、はやてはまだ、実戦の方は1度しか経験していない。まだ、魔法の行使、そして戦闘というものに不慣れなはやてのことを案ずるリインフォースだが、当のはやての方は前に出るつもりでいる。

 

「……はい……」

 

 そんなはやての瞳は真剣そのものであり、その言動を受けて、リインフォースの方は渋々といった風に主であるはやてのその決意を受け、少しずつ後退していく。

 

 そうこうしている間にも、魔力反応は段々と接近して来る。

 

 視界に入るまで近付いて来ると同時に、視認出来たその姿は見知った守護騎士の1人であり、癒しと補助が本職ともいえるほど得意な湖の騎士だった。

 

「あれ? シャマル?」

「…………」

『我が主、御注意を。様子が妙です』

 

 リインフォースからの念話を受けて、注意を払いながらシャマルらしき存在に対して声を掛けてみるはやて。

 

 だが、そのシャマルらしき存在は近くにいあるはやてと遠くにいあるリインフォースの2人を訝しむかのような様子を見せており、その瞳には2人同様に警戒の色がに染まっていた。

 

「小さな騎士と、融合騎。貴女達が何故、闇の書を持ってるの?」

「……はい?」

 

 その言葉に――シャマルらしき存在から放たれたその言葉を受けて、もわず目を大きく見開き、素っ頓狂な声を上げてしまうはやて。

 

「いややな。シャマル、どないしたん?」

「何処の何方(どなた)かは存じませんが……ひとの名を、気安く呼ばないで貰いましょう」

「……え……!?」

「闇の書は私達守護騎士が、命に代えても護るべきもの」

「リインフォース……これ、一体!?」

『理解りません……ですが、あれは我等の知る風の癒し手、シャマルではありません』

「そやけど……」

 

 シャマルらしき存在から放たれているのは、紛れもない敵意であり、そこから吐き出される言葉。

 

 それら全てに対して戸惑いを隠せないでいるはやてに対し、リインフォースの方も戸惑いながらも主であるはやてに警告を促す。

 

「さあ……! 返して頂きますよ!」

『――襲って来ます……! ここは私が制圧を!』

「あー……何や判らんけど、取り敢えず2人とも、落ち着こう!?」

 

 シャマルらしき存在は、宣言をすると同時にはやてに対してBindらしき魔法で拘束をしに掛かる。

 

 回避する事に成功させると同時に、リインフォースからの念話とシャマルらしき存在に対して言葉を返すはやて。

 

 魔力で起こした風を使い、攻撃をするシャマルらしき存在。

 

 その攻撃を回避しながらBloody Daggerを26本つくりだし、発射する。

 

 その26本の紅い短剣は真っ直ぐにシャマルらしき存在へと向かい飛んで行く。

 

 直撃コースだ。

 

「嘘……!? 私の攻撃が、まるで……」

「あかん……ちょう、やり過ぎた?」

 

 誘導制御型の魔法であるBloody Daggerでシャマルらしき存在に攻撃を当て、距離を置くはやて。

 

 攻撃を受けたシャマルらしき存在の着用している騎士甲冑は、ボロボロになっている。

 

「うう……この力、確かに闇の書のもの……く……あぁ……っ!」

「――シャマル……ッ!?」

『――コア構築が崩壊していく……やはり、これは……!』

 

 ダメージを受けていたシャマルらしき存在は、突然苦しみ出し、その身体を崩壊させていく。

 

 それを目にして、思わず飛び寄るはやて。

それまでのシャマルらしき存在が放った言葉もあってか、目の前で起きている現象を目にして確信を得たリインフォース。

 

「リインフォース、シャマルが……」

「落ち着いて下さい、我が主。これはシャマルではありません。偽物です」

 

 苦しんでいるシャマルらしき存在を目にして狼狽えずにはいられないでいるはやてに対し、リインフォースは接近をすると同時にそんなはやてを落ち着かせるようにして推測を話す。

 

「…………」

「……あ……消えてもーた……」

 

 苦しんでいたシャマルらしき存在の身体は一気に崩壊し、光となって完全に消滅をする。そのシャマルらしき存在を構築していたコアなどが、分解されると同時に魔力素(マナ)になったのだろう。

 

 

 

 地球から少し離れた次元世界への転移を完了させ、向き合うクロノとフェイト。

 

 互いに気合いは十二分にあり、魔力(オド)と気が充実している。

 

 いつでも模擬戦を開始する事が出来る臨戦態勢のような状態であり、2人は笑顔を浮かべながら口を開く。

 

「君も随分強くなって来ているが、年長者の意地として、僕も早々簡単に負ける訳にもいかないからな」

「私だって頑張るよ。なのはやアルフ達とも、ずっと練習してるんだから」

 

 自信満々といった風に笑顔を浮かべ、バルディッシュを構えるフェイト。

 

 クロノの方も当然な自信はあり、手にはそれぞれ2本のデバイス――S2Uとデュランダルを握っている。

 

 デバイスであるバルディッシュ・アサルト、S2Uとデュランダルの方も準備は万端であり、それぞれの宝石部分をキラリと光らせる。

 

「まあ、先ずは軽く一本だ。始めるか?」

「うん、お願いします!」

 

 そんな2人の言葉と同時に、場の空気は戦場のそれへと一変した。

 

 互いの間に実戦と言えるものに似た緊張が疾走る。

 

 睨み合うクロノとフェイトだが、一瞬の間だけと言えるが長時間睨み合っているようにも感じられる。

 

 最初に動いたのはクロノだ。

 

 即座に距離を取ろうとするクロノに対し、フェイトはそれよりも速いスピードでの接近を試みる。

 

「――!?」

 

 だが、そんなフェイトの動きは予想されていたのか、クロノが仕掛けていたDelayed Bindによって彼女の四肢は拘束されてしまう。

 

 模擬戦が開始する前に準備していたかと思えてしまうが、S2Uとデュランダルの2機を同時に運用している為だと言えるだろうか。

 

 生み出したその隙を利用して、しっかり十分だと思える程度の距離を取る事に成功させるクロノ。

 

【Stinger Ray】

 

 動きが止まってしまったフェイトに対し、デュランダルから水色の魔力弾が発射される。

 

 真っ直ぐに近づいていくそれはかなりの速さを誇っており、空気を切り裂きながらフェイトへと向かっていく。

 

 Bindを解除する事に成功し、回避運動に入るフェイト。

 

【Load Cartridge. Haken form】

 

 その回避をすると同時に、バルディッシュが排莢を行い変形する。

 

【Haken Saber】

「ハーケン、セイバーーーッッ!!」

 

 Haken formへの変形を完了させたバルディッシュを力強く振るい、金色の魔力刃をクロノへと向けて飛ばすフェイト。

 

 魔力刃は三日月の形から円形型へと回転をしながら次第に変形していき、クロノへと向かっていく。

 

 回避を選択しようとするクロノだが、自動誘導性能を持つHaken formはそんな彼を追尾する。

 

【Stinger Snipe】

「スティンガースナイプッ!」

 

 デュランダルとS2Uそれぞれから合計26もの魔力光弾が発生と同時に発射され、半数が自身に向かって来るHaken Saberへ、もう半数は術者であるフェイトへと向かっていく。

 

 螺旋を描きつつ進んでいく13発分のStinger SnipeはHaken Saberとぶつかり、大きく爆発を起こす。

 

 残ったもう半数の方のStinger SnipeをS2Uが処理及びコントロールしており、デュランダルは別の魔法の準備に入る。

 

「――スナイプショットッ!」

 

 13発分のStinger Snipeは、クロノの言葉(キーワード)に反応して加速しながらフェイトへと向かっていくが、彼女はそれを易々といった風に回避を成功させてみせた。

 

【Stinger Blade Execution Shift】

 

 発生速度はそれまでの魔法と比べて遅いと言えるが、そのStinger Bladeの数は比べ物にならないほどに多い魔力刃が生み出される。

 318もの魔力刃は、平均的な魔導師からするとExecutionという名前通りに処刑宣告のようなものに感じるだろう。

 

「…………」

 

 これら全ての魔力刃には気も込められており、かなりの速度で飛来して来る事が想像出来、それに対してフェイトは少し焦りを感じてしまう。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 

 水色をした318の魔力刃は、フェイトの予想以上もの速さで彼女へと向かって飛んで行く。

 

 その魔力刃は、驚愕の表情を浮かべたままのフェイトを素通りして行く。

 

「――な、何!?」

 

 その光景を目にし、驚きを隠せないでいるクロノ。

 

 そんなクロノの背後に、信じられない数の魔力刃に貫かれた筈のフェイトが、無傷の状態で彼に迫ろうとしていた。

 

「……バルディッシュ」

【Blitz Rush】

 

 フェイトの呼び掛けに対してバルディッシュの宝石部分が応えるようにしてキラリと光り、彼女のスピードが増し、クロノに攻撃を仕掛ける。

 

「――っ!!」

 

 近付いて来るフェイトに気が付いたのか、クロノは身体を反転させて対応しようと試みるのだが、彼女の行動の方は速かったのか、間に合わない。

 

 Haken from状態のバルディッシュから発生している金色の魔力刃が、クロノの首元で寸止めされた。

 

 クロノが手にしているデュランダルの先端部分もフェイトへと向けて前に突き出されているが、彼女には届いていない。

 

 リーチの差とフェイトの持ち味である速さが生かされた結果だろうか。

 

 Stinger Bladeに貫かれた方のフェイトは、幻だったかのようにその姿を歪ませ、消滅する。

 

「あ……危なかったぁ……」

「っとと……しまった。今回も取られてしまったか」

 

 互いのデバイスを引っ込め、息を整えようとするクロノとフェイトの2人。

 

「一本取れたのは嬉しいな」

 

 クロノから一本を取る事が出来た事で、フェイトのその声は何処か(はしゃ)いでいるかのように感じさせて来る。

 

「そうだな。良い動きだった」

 

 喜ぶフェイトに対して、笑顔で賞賛の言葉を送るクロノ。

 だが、心からの笑顔を浮かべているフェイトとは違い、クロノの表情は笑顔のそれだが、内心は少しばかり焦りなどの気持ちを感じていた。

 

「じゃあクロノ、もう一回!」

「待て待て、ちょっと休憩させてくれ。取り敢えず、次は……」

 

 笑顔を浮かべ続けているフェイトに対して、クロノの方は肩で息をしており、疲れた様子を見せている。

 

 純粋な疲れから来ているものなのか、それとも首元で止められた魔力刃に対しての恐怖から来ているのか、クロノの息は平時と比べると少しばかり速く荒いものになっている。

 

 少し時間を置き、クロノの息が整うのを待つ。

 

「それにしても驚いたな……残像拳を使うなんて」

「うん。飛行魔法も便利だけど、気を使用すると、魔力以上の速さで動く事が出来るみたいだし……ブロンや兄さんが組手をしている時に見て、参考にさせて貰ったんだ」

「(やはりまだ、目だけで追う癖が抜けていないか……気を追う事が出来ていれば、簡単に対応出来ただろうが。次からは気を付けよう)」

 

 ゾイルから教わった波紋の呼吸法を使用する事で、あっという間にクロノの息は整い、顔色も良くなる。

 

 模擬戦を再開しようとするクロノとフェイトの2人だが、そこに通信が入った。

 

《クロノ君、フェイトちゃん、一緒にいる?》

「エイミィ?」

「一緒にいるぞ。どうかしたか?」

 

 エイミィからの通信を受けて応えるフェイトとクロノだが、クロノは嫌な予感を感じた。

 

《さっき、市内で結界が……正体不明の結界が発生したの。なのはちゃんとアルフが調査に出てくれたけど、通信が途切れがちで……》

「そんな……」

 

 エイミィからのその報告を受けて、改めてなのはとアルフの2人が発しているであろう魔力と気を探りに入るクロノとフェイト。

 

 結界によって遮られて入ろうとも感じ取る事が出来る筈ではあるのだが、何かに邪魔をされているのか、上手く感じ取る事が出来ない。

 感じ取れないという訳ではないが、彼女達2人の魔力と気は不鮮明になっているように思え、感じ取る事が難しい。

 魔力を使用した念話や気を使用したテレパシーで通話及び通信を試みるのだが、なのはとアルフの2人に繋がらない。

 

《それに、2人が今いる世界でも、結界が現れてるの》

 

 通信によるリンディからの言葉を聴き、辺りをサーチしてみると、確かに結界が張られている事に気が付くクロノとフェイトの2人。

 

 模擬戦の方に集中し過ぎていたのか、その指摘を受けるまで気が付かなかった。

 

「理解った。フェイト、手分けをしよう。僕はこちらの結界を確認しに」

「私は戻って、なのはとアルフに合流する。必要があれば助ける!」

「そうだ」

 

 互いにそれぞれの役割を決め、確認をするクロノとフェイト。

 

 クロノは結界が張られている地点へと向かい、フェイトは地球へと単独での転移を行った。

 

 

 

「…………」

 

 自分以外誰も存在しないであろう家の中で1人、俺は何かから逃げるようにして一心不乱に修行をしている。

 

 地下24階にある修行用の空間内に存在している魔力(オド)や空気などの流れは乱気流などとは比べられないほどに激しく、この空間を壊しかねないと思えてしまうと思えてしまうほ暴力的なものだ。

 

 その暴力的な流れを持った魔力(オド)と空気の流れは、次第に身体を傷付けていき、擦り傷を増やし続けていく。

 が、波紋の呼吸の副次的効果が働きで、出来たばかりの傷は即座に修復されていき、最初から無かったかのように綺麗な肌へと戻る。

 

 波紋の呼吸が仙豆の代わりとなり、消費した気と魔力はほんの少しではあるが、それが回復したのを感じ取る。

 

【Milliard doubler】

 

 指輪の形をしたデバイスであるリュミエールは、発生させている重力を更に倍加させていく。

 

 その倍加した重力は最終的に10億倍になり、身体に大きな負担が掛かる事で、思わず両手を床につけて膝を落としそうになる。

 

「まだ、だ……はああああああああーーーーっっっ!!!」

 

 気を充実させて、身体に力を入れる。

 屈しそうになった四肢に再び力が入った事で、倒れそうな状況から立ち直る。

 

「かー、めー、はー、めー……」

 

 両掌に気を集中させて、圧縮していく。

 

 魔力を込めている事もあり、両掌の間には虹色に光り輝く魔力気弾が発生し、それを限界まで小さくしていく。

 

 その虹色の光は明滅を繰り返しており、空間内は名状しがたいものになってしまっている。

 

「――波ああああああああああああーーーーーーっっ!!!」

 

 限界かと思えるくらいまで圧縮させた気と魔力の塊を一気に解放し、目の前に放つ。

 

 放ったかめはめ波は空間内の壁際を疾走り、光の壁とも言える膨大なエネルギーの奔流が自身の元へと戻って来る。

 

 後ろへと振り返り、両手を前に向けてかめはめ波を受け止める。

 ジリジリと後ろに退がってしまうが、脚に力を込め、踏ん張りを利かせる。

 

 大きな爆発と煙を起こし、空間が一瞬だけではあるが大きく歪んでしまう。

 

 そこで予め設定していた時間が来たのか、アラーム音が室内に鳴り響く。

 

 鳴り続けるそのアラームを切るのと同時に、リュミエールは発生と倍加させていた重力を解除する。

 

【Est acclamations pour un bon travail】

「ああ、ありがとう」

 

 高めていた気を抑え、平時のそれへと落としていく。

 

 あれだけ暴力的だった空間内は静かなものになり、一気に落ち着きを取り戻していく。

 

【Venez pour penser à elle, Qu'arrive-t-Konosaki?】

「そうだな……」

 

 リュミエールからの唐突な質問を受け、どう返すか悩む。

 

 この先に何が待ち受けているのか。どういった事件が起きるのか。

 

 魔法少女リリカルなのはシリーズにおいては、ジュエルシード事件、闇の書事件、ジェイル・スカリエッティ事件といった大きな出来事が存在している。

 そしてその期間の間にも、何かしらの事件が幾つか起きていた筈だ。

 

「そう、確か……闇の――ッ!?」

 

 リュミエールへの解答を考えながら、地上にある2階の自室へと向かう途中で、歩きながら自身の腕――手へと何となしに目を向けてみる。

 

 一瞬、一瞬ではあるが、その手が血で真っ赤に濡れているように見えてしまった。

 

「…………」

 

 改めて見てみると、そんな事はなく、肌色をしたただの手だ。

 

 だが、それを見続けていると、やはりあの時の感触を思い出してしまう。マッドの身体を貫いてしまった時の感触を。

 

【Êtes-vous d'accord?】

「ああ……大丈夫だ」

 

 戸惑いながらも、心配をしてくれるリュミエールに応える。

 

 あれから数日が経過したが、毎夜の如くその時の事、転生から意識を醒ました数日後にした事を――悪夢を見て、(うな)されてしまっている。

 トラウマになっているのだろうか。

 稀少技能(レアスキル)でそのトラウマをどうにかしたり誤魔化したり記憶を改竄したりすれば、幾らかましになるのだろう。

 

 だが、そんな事をしようという気はあまり起こらない。

 

【Il est une continuation de la question, s'il vous plaît répondre】

「ああ。闇の欠片事件……この時期に起こる筈だ。闇の書事件が解決して暫くといった時間軸の話だった筈―― !?」

 

 闇の欠片事件とはどのような事件だったのかを朧気(おぼろげ)になった記憶の中から引っ張り出して思い出そうとした時、見知った気が移動し、それらが感じ取り難いようになったのに気付く。

 

【Maître, il a été détecté, comme la magie anormale. Barrière magique ont été élargis】

『ブロン……こちらクロノだ !』

『ブロン君、聞こえるっ!?』

 

 リュミエールからの報告と同時に、クロノとエイミィからの通信が入った。

 

 空間モニターは展開されず、念話による音声だけがこちらに届いて来ている。

 

『どうした?』

 

 大体の予想及び予測は出来るが、確認の為に2人に対して質問を投げ掛けてみた。

 

街中(まちなか)に結界が発生してるんだ』

『アースラスタッフや皆に調査出勤を掛けたんだけど……そっちの方も、注意して』

 

 2人が口にした情報は、リュミエールの報告と殆ど変わらないものだ。

 

 どうやら闇の欠片事件が開始した、起きてしまったようだ。

 

『(成る程な……先ほどから感じていた魔力と気の移動、そして感じ取り難いようになったのはそういう事か)……了解した……どうやら、俺が今いる場所の近くにもあるようだから、行って確認をして来る』

『なのは達もその結界に向かっている。すまないが、頼めるか?』

『ああ。だが、どうしてこう事件が立て続けに起こるんだろうな?』

『……わからない……』

 

 俺からの質問に似た言葉に対し、答を出さないでいるクロノとエイミィ。

 

 神代ならば兎も角として、今の地球の動物では先祖返りをする事でしかリンカーコアを発現させる事は出来ない。先祖返りをする者もかなりの少数であり、そういった存在は何故かここ海鳴市に集中している。

 

 そしてジュルシード事件や闇の書事件、外道衆の襲来などといった異常事態も頻繁に起こっている。

 こういった事が起こり続ける海鳴市(ここ)は、最早、特異点と呼んで良いだろう。

 

 そういった出来事が起こる原因の1つは、簡単に想像する事が出来る。転生者だ。転生者という存在が、そういったものを引き寄せているのではないだろうか。

 

 それを配慮してなのか、無言を貫くクロノとエイミィに対して感謝の気持ちを抱かずにはいられない。

 

「まあ、そんな事はどうでも良いさ……今は、目の前の事に専念するだけだ」

 

 クロノとエイミィからの通信は終了し、戸締まりを済ませる。

 

 誰かに見られないようにと細心の注意を払いながら、住宅街の家々の屋根の上を疾走る。音を立てないように、家の中にいる誰かが異変に気付かないようにひっそりと、それでありながら速く。

 だが、誰かに見られないようにとは言うが、光の速さに匹敵する速度で動いている為に、気付くというのは無理だと言えるだろう。まあ、気付いたとしても、それは大きな音が鳴っているように思えるだけの事。

 

 

 周囲にいる人々は、いつも通りの日常を過ごしており、今ここで行われている非日常的な魔法のやり取りには気付いていない。

 

 路地裏へと移動し、展開されている結界魔法の術式(プログラム)を解析し、その結界内への侵入を試みる。

 

「……彼奴(あいつ)等」

 

 最寄りの結界の中へと入ると、見覚えのある少女2人がデバイスを起動した状態で空に浮遊し、向き合っているのが見えた。

 

 片方の少女は敵意を隠そうとする事もせず睨みを利かせ、もう片方の少女はそれに対して戸惑った様子を見せている。

 

「ヴィータちゃん!」

「…………」

「丁度良かった! 一体何が起きてるの?」

「…………」

「こんな結界、一体誰が……」

 

 片方の白い少女――なのはの質問に対して、無言を貫き通すヴィータらしき存在。

 

 そんなヴィータらしき存在はなのはへと確かな敵意を向けてはいるのだが、その瞳には光が無かった。その瞳は何処か空虚だと言えるものであり魂が抜けている、と言うよりも人形のように作り物のような印象を与えて来る。

 

「誰だ、てめェは?」

「誰って? なのはだよ……高町なのは!!」

 

 口を開いたヴィータらしき存在ではあるが、やはりその様子は可怪しいと言える。

 ヴィータらしき存在から放たれるその声は低く、変わらず敵意を(さら)け出している。なのはの事を忘れたかのように。いや、最初から知らないでいるかのようだ。

 

 そんなヴィータらしき存在に対し、何かの冗談かと思ったのか笑いながら名乗るなのは。

 

「どっかで会ったか? 悪ィが、いちいち覚えちゃいねえ」

「ヴィータちゃん……?」

 

 そんなヴィータらしき存在の言葉を聞いて、(ようや)く訝しみ、警戒を始めるなのは。

 

「うるせーな……あたしには、やらなかやならねー事があるんだ」

「ちょ……ちょっと待って、どういう事!?」

「うるせーっつってんだ! 邪魔する奴は、ブッ潰す!!」

 

 狼狽え、戸惑いの様子を見せているなのはへと向けて、喚きながら飛び掛かるようにして攻撃をしようとするヴィータらしき存在。

 

 記憶を失ったかのような言動を取り攻撃をするヴィータらしき存在に戸惑いながら、回避をするなのは。

 

「ど、どうしちゃったの!? ヴィータちゃん!?」

「――なのは! そいつはヴィータじゃねえ!!」

 

 今直ぐ介入をしようと考えた俺だが、別の場所から聞き覚えのある少年の声が聞こえて来る。

 雄介だ。

 

 なのはの側に辿り着くと同時に、彼女を護るようにして前に出る雄介。

 

 雄介の視線はヴィータらしき存在へと向けられている。

 

 それに対し、ヴィータらしき存在の瞳は空虚であり、視線が定まっていないかのように虚ろかつ不安定なように見える。

 

「どういう意味なの? 雄介君!?」

「話は後だ……来るぞっ!」

 

 もう一度、グラーフアイゼンらしきものを振り翳し、攻撃を仕掛けて来るヴィータらしき存在。

 だがその動きはこちらに対して、何か違和感のようなものを感じさせて来る。

 

 その違和感の正体は直ぐに理解出来た。

 闇の書事件時に戦った時の動きと比べると、明らかにぎこちがなく、遅いのだ。

 

【Accel Shoooter】

 

 なのはの周囲に桃色の魔力弾が展開され、それがヴィータらしき存在へと真っ直ぐ飛んで行く。

 

 放たれたAccel Shooterの直撃を受けてしまうヴィータらしき存在。

 

 無理はないだろう。

 

 ヴィータらしき存在は闇の書事件時のヴィータよりも遥かに弱い力であり、なのはの方は魔力と気を同時に使用しており、更になのはは修行した事でその時よりも強くなっているのだから。

 

【Suppression is completed】

「うん……だけど…… !」

 

 Accel Shooterは、ヴィータらしき存在の小さな身体を見事に貫通し、穴が空いたその身体は四角い光の欠片になって、消えようとし始める。

 

「う……うあああっ!?」

 

 悲鳴を上げながら、その身体を崩壊させていくヴィータらしき存在。

 驚愕の方が勝っているのか、そのヴィータらしき存在が浮かべている表情は痛みによるものではないように見える。

 

「――あ……ヴィータちゃん!? ……き……消えちゃった……?」

 

 ヴィータらしき存在が身体を完全に崩壊させ消え去るのとほぼ同時に、なのはと雄介、そして離れた場所にいる俺に向けての通信が届く。

 

《なのは!? こちらユーノ!》

「ユーノ君!?」

《雄介も、ブロンもいるんだね。丁度良かった!》

 

 結界内にいるこちらの魔力を感知しているのか、ユーノは通信でこの場にいる3人を確かめた。

 

 なのはと雄介の2人は、ユーノのその言葉を聞いて始めてこちらに気付いたのか、ビルの屋上で立っている俺の方へと視線を向ける。

 

《今起こってる事の確認が出来た。街の中に発生している結界は、闇の書の闇の残滓なんだ。消えずに残った小さな欠片が、記憶や魔力を集めて再生しようとしている》

 

 闇の書の闇は、闇の書だった夜天の書から分離させ、それを吸収した鉄鼠を撃破した事で消滅させる事に成功したと言える。

 だが、闇の書の闇のコアは、トリプルブレイカーを受けてコアが剥き出しになる際に、その物理的データを構成していた魔力は四散した。そして、その魔力が周囲――海鳴市全域で漂う事になり、かつての闇の書の闇としてのプログラムを頼りにして、修復しようとしているのだろうか。

 

 リインフォースの体内に巣食っていた悪性プログラムの除去も成功はしたが、それでも足り無いのだろうか。

 

「じゃ……じゃあ、今戦ったヴィータちゃんは……」

《そう。闇の書の闇から生まれた……言わば、闇の欠片。本物じゃない、ニセモノだ》

 

 ユーノの言葉を聴いて、ホッといったように胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべるなのは。

《やっぱりこれも、知っていたの? 雄介、ブロン?》

「ああ」

 

 ユーノからの確認のような質問に対し、首肯く雄介。

 

 だが、俺の方はハッキリと首肯き、応える事に抵抗があった。

 

 話すべき事なのかもしれないのだが、この先起こるであろう未来の事を話して良いのかどうか。その結果起こるであろう事に責任を持つ事が出来そうにないのだから、話さないでいる事の方が良いのだろうか。

 

 そんな考えが浮かびはしたが、ついこの前感じた事――今を生きるという考えが再度浮かび上がる。

 

「……ああ」

 

 雄介の返答から少し遅れて、俺も首肯く。

 

 ウジウジと悩む事はいつでも出来、それは前世で諦めるのと同じくらいに嫌というほど繰り返して来た事だ。

 

 この世界はアニメや漫画などの中の世界という訳ではない。

 

 話す事で自分の知る未来とは違う結果になるかもしれないという恐怖や不安を感じはするが、どのようになるかが解らないというのが本来のものではないだろうか。

 という事は、未来について話すべきではないだろうか。

 などという無限ループに似た思考の迷路に迷い込んでしまい掛ける。

 

「…………」

「どうしたの? ブロン君?」

「何でもない。そのうち、お前達にこの先起こるかもしれないであろう事件についてを話さないとな、なんて思ってな」

 

 心配だといったような表情を浮かべながら顔を覗かせて来るなのはに対し、俺はぎこちない笑顔を浮かべながら応える。

 

 雄介の方をチラリと見てみると、彼も同じ事を考えたのか表現し難い顔になっていた。

 だが、そんな表情も一瞬の事であり、真面目な表情へと切り替わる。

 

《なのはさん? リンディです》

「はいっ!」

 

 リンディから通信が入り、なのはは驚きながら応える。

 

 浮かび上がっている空間モニターに映るリンディの背後には見覚えのある家具などが置かれており、彼女が地球での自宅で待機している事が出来た。

 

《さっき、本物のヴィータと連絡が取れたわ……偽物が出たって聞いて怒ってた。それから、なのはは無事かって》

「はい……バッチリ無事です!」

 

 リンディからの報告とその話の中のヴィータの言動を耳にして、なのはは元気一杯に応えた。

 

『高町なのは、フェイト・テスタロッサ、上条雄介、保和歩栄……聞こえるか? 私だ』

 

 覚えのある気と魔力が地球に転移して来るのを感じるのと同時に、リインフォースからの念話が届く。

 フェイトの名前も呼んだあたり、彼女も近くにいるのだろう。

 

「リインフォースさん」

『闇の書の残滓が迷惑を掛けているとの事で……本当にすまない……形になって現れているのは、この街で戦った魔導師や騎士達の、記憶と願いだ。燃え残った願い、苦しんでいた記憶。そんな負の感情が形を取っている』

「だったら……助けてあげなきゃいけないですね」

 

 リインフォースによる説明を受けて、なのはは優しい表情を浮かべながらも、その瞳は真っ直ぐとしたものになっている。

 

『頼めた義理では無いのだが……それでも頼む。闇の欠片達を……眠らせてやって欲しい』

 

 闇の欠片が出て来てしまった事に、そういった現象が起きてしまっている事態に対して強い責任を感じているのか、リインフォースの声は酷く落ち込んでいるように低い。そして、その彼女の言葉は震えており、懇願しているかのように感じさせた。

 

「大丈夫です……任せて下さい!」

 

 そんなリインフォースに対し、なのはは元気良く、そして力強く応えてみせる。

 

「そうだな。俺達が眠らせてやろうぜ……いや、悪い夢から醒まさせてやると言うべきか……」

 

 なのはと雄介の2人の言葉を聴いたリインフォースは、安心したといったように大きく溜め息を吐き、それと同時に通信と念話が終了した。

 

 

 

『はやてちゃん。はやてちゃん、聞こえる?』

『なのはちゃん!? うん、聞こえます!』

 

 なのはからの念話に驚きながらも、慌てる事はせず応えるはやて。

 

『何だか妙な事態が起こってるの。海鳴市内を中心に、いろんなところでヘンな反応が……』

『不安定で不定形の魔力反応……闇の欠片が、幾つも……』

『うん。リインフォースから聴いとるよ』

 

 フェイトからも念話が届き、そんななのはとフェイトの2人の言葉に応えるはやて。

 

『闇の書事件の事後処理……クロノや私達の仕事だ』

『うん。私もやるよ』

『はやてちゃん!?』

 

 フェイトの言葉に応えるはやてだが、それに対して驚くなのは。

 フェイトの方も、言葉に出してはいないが、驚いているのが判る。

 

『闇の書の後始末なら、夜天の主の成すべき事や』

『理解った。クロノ達にも連絡するよ』

 

 今は夜天の書であるが、闇の書の主としての責任を感じ、はやては強く宣言をした。

 

 そんなはやての強い気持ちを汲み取ったのか、なのはとフェイトの2人はそれを承諾した。

 

『気を付けてね。ピンチの時はいつでも連絡を!』

『うん。』

 

 なのはからの言葉に感謝の気持ちを示し、はやてはリインフォースの方に顔を向ける。

 

「竜人兄ちゃんやシグナム達にも手伝ってもらお。それからリインフォース、付いて来てくれるか? 」

「はい……何処まででも。(闇の書の呪いは、やはりそう簡単には消えてくれないか……それに、壊れたこの身では、主にお力を貸す事も……)」

 

 命令ではなく頼み込むといったかたちで話すはやてを前に、リインフォースは笑顔でそれに応える。

 だが、リインフォースの内心は自身の無力さを強く悔み、歯噛みするものであった。

 




「あけおめ」と言えず、バレンタインといった時期が近づいて来たこの日……今年初投稿だ。
日数を掛けてゆっくりと書いていたら、いつのまにか3万文字以上に。分けたりするのが面倒臭いから、これを1話として投稿。
長いくせして内容は全く無いと言えるほど薄っぺらい。
読み難いのは相変わらずで、ただただ文章の羅列、長いだけ。

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