第4話、前回に引き続き時雨視点。
ハープーン到着から
見切り発車トレインシュポポ
──音がした。
いや、音というより、空気の切れるような鋭い軌跡。
耳ではなく体が先に反応した。
高速で迫る何か。
───────シュゥゥゥウウウン!!!
聞いた事の無いような、音。
近づいて、くる。
次の瞬間。
ドッ……ッガァアアア ア ア ア アアアアアアアッ!! !!!!
爆炎。
衝撃。
真っ白な閃光が視界を染める。
衝撃波で身体が後ろに弾かれ、息が詰まる。
視界が白く弾け、耳鳴りが世界を支配する。
一瞬の出来事。何が起こったか理解することが出来なかった。
(敵?味方?……こんなの見たことない………)
目の前に広がるのは爆発によってできた真っ赤に燃える海。
爆発の中心で、深海棲艦達の装甲が砕けた瞬間——黒鉄の艦体が裂け、その下から露出したのは機械とも、生物とも断言できない異質な構造。
捻じれた艦骨の間から、肉のような質感の組織が沈み出し、内部に埋め込まれた配線が神経のように痙攣している。
破片が空へ舞い、砲塔はまるで巨大な虫の関節のように折れ曲がり、歪んだ形で海へ沈もうとした。
その表面には焦げた外殻と、内部から滲み出した黒い液体が混ざっている。
油とも血液ともつかないその液体は海面に広がり、薄い膜となって波に揺れた。
そして──
耳をつんざく金属音に混じり、低く、くぐもった声が漏れた。
悲鳴か、単なる空気の抜ける音か。
判断できない。
ただひとつ確かなのは、それがまだ生きようとしている音だということだった。
割れた身体から黒い液体が再び溢れ、海面を濁らせる。
それは血のように重く、海水の中へと沈んでいく。
ゆっくりと、徐々に海色へと沈んでいく彼女達。
体を砕かれ、焼かれ、引き裂かれながらも──その目はじっとこちらを見つめいた。
怯えでも、怒りでもない。
無機質的な、冷たい感情。
喉の奥が急に熱くなった。
胃が反転するような感覚。
呼吸がうまくできない。
嘔吐く。
気持ち悪い。
「………ッォウェ……ッ………」
目の奥が熱くなる。
自然と眼球から涙が溢れ落ちる。
助かった。
救われた。
その興奮と、
目の前に広がる狂気的な光景。
頭が痛い。
脳みそが揺れている。
視界が歪み、輪郭が崩れていく。
力が抜ける。
先程まで張り詰めていた筋肉が、意志より先に弛緩していく。
「疲れた……な…………)
眠りたい。
でも、眠ってしまったら、もう立てない。
そう理解しているのに、まぶたが落ちる速度には抗えなかった。
視界が霞む。
世界が遠ざかる。
音も光も、沈んでいく。
(少し………やす………も………ぅ)
薄れていく意識の中、僕は。
(みんなに、早く会いたい……)
なんて、ありきたりなことを考えていた。
光が完全に閉じ、世界が静かに暗くなった。
───────────────────
…
………
………ぉーーい!」 「お"ーー〜い!」
(……おと……音!!)
体が跳ね起きる。
全身が強ばり、息が止まる。
──敵が来た!!
殺らなきゃ!!
そう考え、音の方向に主砲を構える。
……視界に飛び込んだのは、赤でも黒でもない。
爆炎でもなく。綺麗な朝焼けだった。
海面を照らす薄い金色の光。
優しい波。
まるで戦闘自体が無かったかのように燃える肉や血の匂いも、煙も深海棲艦自体姿がない。
「お、起きたぁ〜!」
音の…声の主は、僕の前にしゃがみ込むように覗き込み、目から涙を流しながらとニッと笑った。
声の主は女の子だった。
彼女の髪は長く、風に解けるように揺れ、キラキラと輝く。
海の波を糸に撚って作ったような、静かで柔らかな動き。
その色は——白。
雪のようでもなく。氷のようでもなく。
もっと透明で、透き通っている。触れたら消えてしまうような儚さ。
けれどそこに、髪の裏側に朱が差していた。
血ではなく、炎でもない。
朝焼けの名残のような色だった。
白と朱が混ざるその髪は、風が触れるたびに儚く、そして生きているかのように揺れる。
身に纏う真っ白な艦長服と帽子は、清潔さや威厳ではなく、
“この世界に染まっていない証”
のように見えた。
襟元の金糸が光を受け、
空と海の境界、そのほんの少し上で微かに煌めく。
そして——
彼女の目と合った瞬間、呼吸が止まった。
その瞳は朝日を反射した海のような綺麗な黄金色。
だけど、言葉にできない透明な色で、
水底より深く、星空より静かだった。
見られているのではなく、見透かされている気がした。
秘密も、恐怖も、痛みも、
僕の心を、どれひとつとして隠し通せない気がした。
それでも怖くない。
その瞳の奥には、ただただ優しさで満ちているようだったから。
世界から切り離されたような静けさ。
朝日が登り始めた淡い世界の中で——
彼女だけが、くっきりと存在しているように感じた。
そこに立つその姿は、まるで——
神話から海へ落ちてきた祈りのように。
美しかった。
……そんな瞳で私の顔を凝視する彼女。
私の体を支えている手が小刻みに震えているのがわかる。
「……アッ……ア" ノ"………」
声をかけようとしたけれど掠れて、まともに言葉にならない。
「……ぼ、ぼk」「良"か"った"ぁ"〜!」
彼女が僕の言葉を遮って勢いよく抱きつきてくる。
お互い、水に濡れ冷たいはずなのにとても暖かく感じる。
戦場の空気とは違う。
安心に近い温度があった。
「よかった〜。本気でっ……死んでると思ったんだからね?
呼んでも起きないし、揺すっても無反応だったから……」
大粒の涙を流す彼女。
僕は呆然としたまま口を開く。
「……寝てた……のか、僕……」
「3時間くらいかな?寝てたというより気絶してた感じだけれども」
自然と肩の力が抜ける。
そうだ、
「……みんなは……無事……?」
問い終えるより先に、少女は笑った。
「全員帰った、もしくは海域を出たと思うよ?ソナーから探知できないから。あなたの決死の覚悟を持った囮作戦のおかげだね」
風が吹き、朝日が少しづつ高くなる。
海が金色に反射し、静かな波音が続く。
僕はゆっくり目を閉じた。
戦場の喧騒ではなく、
断末魔でもなく、
砲撃音でもなく──
ただ、生きている海の音がした。
深く息を吸う。
潮の匂いは、昨日よりずっと優しく、心地良い。
僕は、小さなかすれた声でやっと答えた。
「……生きてて……よかった……」
少女は笑って、軽く僕の背中をさすった。
「うん。生きて帰ろう」
優しい声。
穏やかな海。
朝焼けの光。
少し前までの死を覚悟した世界とは違う景色。
朝日が完全に海から昇り──
新しい一日が始まった。
ハッピーコーンです
4話目、いかがでしたか?
今回は助けれたね、主人公。
[次回]
【帰港】