帰港してから
(ちょっとだけ日常回?)
「あ、」
時雨がこちらに振り返った瞬間、その表情には明らかにやらかしたと書いてあった。
苦笑いとも焦りともつかない、曖昧でぎこちない顔。
(……伝えるの忘れてた……!!)
みたいな、そんな顔。
その光景に、周りの艦娘たちの視線が一斉に鋭くなった。
──そして。
夕立が一歩前に出て、指をぷるぷる震わせながら叫ぶ。
「時雨?……その子、もしかして?!」
間。
ざわつく気配。
そして──
「深海棲艦っぽい!?!?!?」
次の瞬間、空気が爆ぜた。
「え、深海!?」
「待って、武装持ってない!?」
「提督、距離取った方が……!」
「夕立それ本気で言ってるの!?」
視線が刺さる。
まるで囲むように艦娘たちが一歩ずつ距離を詰める。
中には震える子もいる。
中には殺気を隠さない子もいる。
時雨を護衛していた駆逐艦達がこちらに主砲を向ける。
先程までの穏やかな雰囲気は何処かへと消え去り、鳥肌が立つような恐怖を感じる。
たくさんの艦娘たちから、鋭く、警戒するような視線。
深海棲艦と戦ってきた世界。
私のような異質な存在を簡単に迎え入れるはずがない。
「ま、待って!違う!!違うから!!
この子は敵じゃない!!僕を助けてくれたんだ!!」
あたふたと手を動かし、慌てて弁明する時雨の声が裏返る。
そんな時雨を夕立は半泣きで時雨の服を引っ張る。
「っぽい……!そう言ってる時雨が深海化してるんじゃないかって、夕立ちょっと怖いっぽい……!!」
「なっ…!!僕は深海化してない!!そんな分類やめてくれよ!!!」
提督が咳払いを一つ。
その声だけで、喧騒が止まった。
静寂が戻る。
提督はゆっくりとこちらを見る。
その視線は警戒でも拒絶でもなく──
上官として、判断しようとする目だった。
「……では。まず、本人に聞こう。」
心臓が跳ねる。
提督は静かに、しかし逃げ場を与えない声で問う。
「君は我々人類の、日本の敵か。味方か」
風が止まり、世界が張り詰める。
私は息を吸い──ほんの少し迷ってから、答えた。
「……もちろん私は味方、だよ。
少なくとも……時雨ちゃんを守る側」
静かだった波がざわめき、誰かが小さく息を呑む。
そして夕立がぼそっと。
「……え、なんだかそれって……時雨の彼氏っぽい……?」
「か、彼氏?!!……そ、そんなんじゃ……」
「時雨……顔真っ赤っぽい……」
「ゆ、夕立!?」
生き残った緊張と、新しく生まれた混乱が混ざり合う。
不思議な空間。
そして、
「ごほん。みんな、説明するよ。
この子はさっきも言った通り、僕の命の恩人の……
時雨が言葉に詰まる。
(……そうだ。まだ誰にも名前言ってなかった。)
私は小さく息を吸い、前に出た。
足元の海風が制服を揺らす。
全員の視線が集まる。
緊張と好奇の混ざった空気。
足を揃え、私はほんの少しだけ笑って。敬礼のポーズをとる。
「私の名前は……」
言い慣れたはずの本名が喉で止まる。
それはもう、この世界に置いてきたものだから。
それにもう、私は海江田静月ではない。
この世界に来て、艦娘になって。
シーバットという潜水艦と同じ艤装を付けてる。
だから、ゆっくり、別の名を選んで告げた。
「かぃ……いや、SEA-BATです」
みんなが私の体をまじまじと見てくる。
(なんだか、少し恥ずかしい……)
「……えっと、その……潜水艦の子、っぽい?」
夕立が首を傾げながら言うと、
私は軽く微笑んで答えた。
「そうだよ〜!まぁ、潜水艦…と言っても原子力潜水艦なんだけどね…」
原子力?っとみんなが頭にハテナを浮かべる。
提督がふっと息をつき、微笑する。
「——SEA-BAT。まずは、時雨を、うちの艦隊を救ってくれたことに例を言わせて欲しい。
本当にありがとう。
────そして、佐世保鎮守府にようこそ」
この世界に来て、初めて受け取った“歓迎”だった。
心臓が少し跳ねた。
私はゆっくりと頭を下げた。
「……はい。これからよろしくお願いします!」
そう言った瞬間。
夕立が勢いよく時雨の肩を叩いた。
「ねぇ!提督!!この子絶対強いっぽい!
なんだか時雨、すごい子お持ち帰りしてきたっぽい!?」
「……って!だから、そういうのじゃないよっ!?」
港に笑い声が広がる。
海風が優しく吹き抜ける——
私の入港を祝ってくれているような、そんな風。
……
……………
──コンコン……
小さく、均等なノック音。
少し空気が引き締まる。
「入ってくれ」
提督の声は落ち着いている。
だが、その奥には確かな緊張が潜んでいた。
「失礼します」
扉を開け、時雨と私は部屋へ足を踏み入れた。
執務机の上には書類が乱れなく並び、壁には地図と作戦資料。
大きな窓から差し込む光が、空気の透明さをさらに冷たくしていた。
「時雨、SEA-BAT。待っていたよ」
私はすぐに頭を下げる。
「お、お待たせしてしまってすみません!」
「顔を上げてくれ、別に叱るわけじゃないんだ」
「ただ……いや、単刀直入に聞こう」
提督の視線が、真っ直ぐこちらに向く。
「──SEA-BAT。君は、何処の所属の艦娘なんだい?」
空気が止まった。
「えっ…」
時雨が横で驚いた顔で私を見る。
「そ、それは………」
少し紙をめくる音。
提督は視線を資料に落としながら言葉を続けた。
「実は、上に報告するために君のことを書かないといけなくてね。
何処の所属なのか聞いていなかったから、
君の艤装、名前、構造。海外艦をベースに作られた日本艦だと考えた。
そこで各国資料、旧軍記録も調べた。だが──」
視線が再び私に戻る。
「どこにも君の名も型式も、存在していない。
まるで“歴史に存在しない艦”なんだ。」
心臓が、強く跳ねた。
私は口を開きかけ——
「あ、あの……実はわた、私。」
喉が震える。
言葉がこぼれる。
「未来か………ら……………?」
その瞬間——世界が、崩れた。
ぐわん、と視界が歪む。
色がぐしゃりと溶けるように混ざる。
音が遠ざかり、空気が重くのしかかる。
息ができない。
肺が縮む。
心臓が針で刺されたように痛む。
──いたい、イタイ、イタぃ。痛い。
身体全体が、拒絶反応のように悲鳴を上げる。
細胞のひとつひとつが燃えるように痛み、血管が凍りついたかのように軋む。
指先が痙攣し、脚の力が抜けていく。
私は直感的に理解した。
〖この情報を言ってはいけない〗
そんな“世界の縛り”が、私の身体を壊しに来ていると。
本能が叫んだ。
瞬間、胸が内側から殴られたように凹む。
肺が空気を奪われ、息が吸えない。
喉が痙攣し、声が無理やり絞り出される。
「─────っ……っぐ……ぁ……あぁ……ッ……!」
体が硬直する。
筋肉が引き千切られるような痛み。
骨がひび割れ、血管が何か太いものに押し広げられる感覚。
ただの痛みじゃない。
時雨が叫ぶ。
「SEA-BAT!大丈夫?!僕の声、聞こえる?」
聞こえる。ちゃんと聞こえている。
だけど。
返せない。
舌が重い。
唇が麻痺し、顎の感覚が消えていく。
呼吸と共に強制的に身体中に流れる刃物のような"痛み"が、意識を切り裂く。
目の奥が焼ける。
視界の色が滲み、赤と黒が混ざり合う。
そんな私は冷静ではいられず、時雨に手を伸ばそうとする。
手を伸ばす。
ただそれだけの動作なのに、指先が鉛の塊になったように動かない。
それでも、必死に上げようとした。
次の瞬間。
──バチィッ!!!
全身を電流が駆け抜けた。
神経が焼き切れる感覚。
心臓を誰かに鷲掴みにされ、押し潰される。
自分の身体が自分ではない。
制御が消え、ただ壊されていく。
ばたり。
床に叩きつけられた衝撃が来る前に、
身体感覚が消えていく。
冷たい。
暗い。
遠い。
まるで海の底。
光も、声も、熱も届かない。
──圧倒的な孤独と静寂。
意識が深い闇に引きずり込まれる。
抗おうとしても、思考さえ指一本動かない。
最後に残ったのは、あの日初めて知った恐怖。
──私、死ぬ。
誰かの声が聞こえる。
「──医療班を!!早く!!」
遠く。
遠くで世界が走り回っている。
でもその音も、徐々に濁り、歪み、水の底に沈むように小さくなっていく。
視界は完全に黒に溶け、最後の小さな意識が泡のように浮き上がる。
──闇の中、私は海を泳ぐ。
何も見えない海の中。
ただ、ひたすらに。大切な使命を背負い泳いでいる。
……─〜♪♬
──闇の中に音が落ちてきた。
最初は、ただの微かな震え。
水を伝う遠雷のような、かすかな振動。
けれど、それは徐々に形を持ち始める。
弦の震え。
木管の息遣い。
柔らかく広がるハーモニー。
まるで海底に沈んだ古い蓄音機が、ゆっくり目を覚ますように。
やがて、それは旋律になる。
──モーツァルト。
交響曲第40番。
「誰か、いるの?」
問いかけても返事は無い。
交響曲がゆっくりと強さを増す。
まるで誰かの心臓に合わせるように。
ドクン。
ドクン。
ドク……
『───やまと』
そして、音楽がふっと軽くなり、
世界に色が戻り始める。
白い光。
温度。
空気。
私の心臓が、再び強く。
──ドクン、と脈を打った。
ハッピーコーンです
ちょっとした日常回だった第6話。いかがでしたか?
最初ちょっと夕立ヘイトだったかな……
少し影薄かった主人公。
もっと濃くしていかないとね
[次回]
【朝日】