ご飯食べてから
「ご馳走様でした!」
「ご馳走様でした」「ご馳走様っぽい!」
「天照。夕立。行こっか」
「おーー!」「ぽーーい!」
わいわいと賑やかに食堂を出る。
廊下に出ると、食堂の温かい空気が背中から離れ、朝のひんやりした空気が肌に触れた。
時雨が横を歩きながら、鎮守府の案内をしてくれる。
「この鎮守府にあるのは、
司令部、ドック、工廠、埠頭・港湾、宿舎・寮、食堂・厨房、倉庫、演習場、観測所・通信施設、お風呂、図書室、医務室
だいたいこんなところだけど、天照。行ってみたいところはあるかい?」
指を口元に当て、少し考える。
「うーん、そうだなぁ。寮って、私の部屋もうあるの?」
「あー、提督から聞いてないかも……」
夕立がぴょこんと手を挙げる。
「じゃあ聞きに行くっぽい!」
「じゃあ司令室、行こっか」
三人で歩き出す。
朝の光が廊下の窓から差し込み、床に細い光の帯を作っていた。
どこかで整備員の声がして、遠くから海鳥の鳴き声も聞こえる。
日常の音が、風景が、温かい気配が、少しずつ私を包み込んでくれる。
「ねぇねぇ、天照〜。部屋にお菓子置いていいかな?一緒に食べるっぽい!」
「夕立ちゃん……まだ私の部屋あるかどうかの段階だよ……?」
「ぽい……!でも楽しみっぽい!」
「はは……ほんと、元気だね」
そんな会話をしながら、私たちは司令室へ向かう曲がり角をゆっくり曲がった。
──コンコン
「どうぞ、入ってくれ」
「失礼します」
大きな机には書類の山、窓から差し込む陽光が紙の端を照らしている。
提督はペンを置き、こちらに優しい眼差しを向けた。
「おぉ、ちょうどいい所に来たね」
その声に私たちは顔を見合わせる。
「…?」「…ぽい?」
提督は少しだけ口元を緩め、椅子の背にもたれた。
「いや何。天照の寮の部屋割りを考えていてな、3人さえ良ければ同じ部屋にしてもいいか聞こうと思っていてな」
「そういうことなら、いいっぽい!」
夕立の声が弾けるように響いた。
時雨もふっと表情を和らげる。
「うん。僕もいいよ。提督」
提督は満足そうに頷き、視線を私へ向ける。
「わかった。天照もそれでいいかな?」
ふたりと同じ部屋……同じ時間……同じ空気。
そんなの、嬉しくないわけがない。
「もちろんです!」
提督は机の引き出しを開け、銀色に光る鍵を取り出す。
光に照らされた鍵は、小さな未来のようにきらりと揺れた。
「わかった。ただ、今の部屋は3人だと狭いだろうから大きめの部屋にお引越しだ。場所は2階の角部屋だ。
風通しもいいし、窓から海もよく見える。
鍵を渡しておくから、好きなときに向かってくれ」
差し出された鍵を受け取ると、金属のひんやりとした感触が手に広がる。
「「「ありがとうございます!」」」
三人揃って頭を下げる。
「では、行ってらっしゃい」
「失礼しました!」
扉を閉めた瞬間、提督室の静けさから一転。
夕立はもう抑えきれないとばかりに跳ねた。
「お引越しっぽい!!やったっぽいー!!」
時雨も口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「……にぎやかになるね。天照」
「……うん。すごく嬉しいよ」
言いながら、自分でも驚くくらい自然に笑えていた。
窓から射し込む光が床を照らし、
三人の影が並んで伸びている。
まるで、新しい生活を歓迎してくれているかのように。
「じゃあ……新しいお部屋、見に行こっか!」
夕立が私の手をとり、時雨がそっと横に並ぶ。
寮へと駆け出していく。
……
…………
「ひっろーーい!」
「ここが私たちの部屋……」
部屋は4人部屋程の広さの部屋だった。
「早速荷物を持ってこようか」
「ぽい!天照、少し待っててね」
「おっけー、私は部屋の掃除でもしておくね」
「ありがとう、助かるよ」
「じゃあ、行ってくるっぽーい!」
「行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
二人が飛び出していった後の部屋には、急に静寂が落ちた。
窓から差し込む朝日だけが、まだ誰も住んでいない空間の中をゆっくりと照らしている。
部屋の中央に立って見渡すと、広々としているのに、どこか冷たくて寂しい。
家具は最低限しか置かれておらず、ベットが三つ置かれているだけの殺風景な空間だ。
「さて……掃除、しよっか」
私は小さく息を吐き、腕まくりをした。
まずは窓を開ける。
冷たい朝の風がふわりと入り込み、カーテンをやさしく揺らす。
外から聞こえてくるカモメの声と潮の匂いが、一気に空気を入れ替えてくれた。
部屋の隅に置いてあった掃除道具を手に取り、まずは床へと視線を落とす。
木目の優しい色をした床は、ところどころに薄く埃が積もっている。
箒を握り、ゆっくり掃く。
サッ、サッ──
木の床を滑る箒の音が静かな部屋に響く。
埃が舞い上がると太陽の光に照らされてキラキラと光る。
(……綺麗にしてあげなきゃ)
角や隙間に溜まった埃も丁寧に掻き出す。
床を掃き終えると、ぞうきんを水で湿らせ、手で固く絞った。
指先に水の冷たさが沁みる。
ゆっくり……ゆっくり……
雑巾を床に滑らせるたびに、ほこりや薄い汚れが取れていく。
拭いた部分は光を反射して、すこしずつ綺麗になっていく。
机の上も布で磨く。
指先が木のなめらかさを確かめるように動く。
新品ではない、でもずっと誰かに大切に使われてきたような優しい手触り。
次に窓の縁──
指でなぞると、薄く白い埃がつく。
「んっ……」
少し背伸びして拭き取ると、外の海がより鮮明に見えるようになった。
青が深くて、きらきら光っていて……
まるで「ここでの生活を楽しんでね」と言ってくれているみたいだ。
最後に軽くベッドの位置を整え、三人で並ぶように角度を揃える。
布団をふわりと広げると、ほのかな洗剤の匂いがした。
「……うん。これでいいかな」
掃除を終えた部屋は、さっきまでとはまるで違う顔を見せていた。
陽射しが柔らかく反射して、空気まで澄んだように感じる。
ここで三人で眠って、笑って、たくさんの朝を迎える。
そんな未来を少しだけ想像して、私は静かに息を吐いた。
「天照。戻ったよ」
遠くから時雨の声が聞こえる。
「もどったっぽーい!!荷物いっぱい!」
夕立の元気な声が重なる。
私は笑って部屋の扉へ向かった。
「おかえり。部屋、綺麗にしておいたよ」
2人は部屋を見て驚いた表情でこちらを見る。
「どうかした?二人とも」
「……天照、掃除上手なんだね」
「……ぽい、短時間でこんなに綺麗になるなんて……」
「そこそこ掃除は得意だからね〜。ささ、荷物置いちゃって」
「うん!」
「ぽい!」
布団や服、日用品を運び入れ、三人でわいわい言いながら配置を決めていく。
朝の光が差し込んで、まだ何もない大きな部屋が少しずつ生活の匂いを帯びていく。
しばらくして──
「設置完了っぽい!」
夕立が両手を広げて宣言する。
「僕もこれで終わり」
時雨が小さく満足げに笑う。
「いい感じになったねぇ。私たちの部屋、って感じがする」
部屋の真ん中でくるりと一回転すると、夕立が「ぽい!」と嬉しそうに笑い、時雨もどこか安心したように微笑んだ。
「寮も引越しは終わったし──次はどこに行く?」
「次は〜……。あ、私の艤装ってどこにある?」
訊いた瞬間、時雨が「あぁ」と手を打つ。
「艤装なら工廠にあるんじゃないかな。行ってみる?」
「行く!」
「わかった。じゃあ行こっか」
三人並んで部屋を出る。
引っ越したばかりの我が家はまだ新しい匂いがして、扉を閉めたあともどこか未練がましくその匂いが残った。
「じゃ、工廠にレッツゴーっぽい!」
「はいはい、走らないの」
「え、ちょっと待ってよ〜!」
そんな何気ないやり取りをしながら、三人で工廠へ向かって歩き出した。
……
………
工廠の金属音が、朝の空気の中で軽やかに響く。
油の匂い、冷えた鉄の匂い、そしてどこか甘い整備用洗剤の匂い──
この場所独特のにおいが鼻をくすぐる。
「明石、夕張。いるー?」
時雨が顔を出すと、すぐにひょこっと奥から緑髪がのぞく。
「明石さんは今いないけど、私ならいるよ」
「夕張さん、おはようございます!」
「おぉ!天照!艤装の名前変え終わってるよ」
「ほぇ?……あ!ほんとだSEA-BATからアマテラスになってる!」
「さっき提督に頼まれてね〜。本当はもっと兵装積みたかったんだけど、提督がダメって言うからさ〜……」
夕張が頬を膨らませる。
「あ、あはは……」
「で、3人とも何か工廠に用?」
夕張がくるっと回って聞き返す。
作業着の袖がひらりと揺れ、工具の金属光がちらりと光る。
「いえ、とくに用事がある訳では無いんですが。私の艤装がどうなってるかなって」
「なるほどね。それで2人は付き添いってことね。」
整備スペースへ向かって指を差した。
「じゃあ案内してあげる。アマテラスの艤装、すっごく面白いんだよ! 明石さんが目を輝かせて触ってたもん!」
「こ、怖いんだけど……?」
「大丈夫大丈夫〜。壊したら私が怒られるだけだから!」
「それはそれで怖いよ夕張さん!」
三人の笑い声が工廠の鉄骨に反響する。
……
…………
「天照、少しいいかい」
振り返ると、提督が工廠の入り口に立っていた。
相変わらず落ち着いた表情だが、どこか柔らかい声だった。
「あ、提督。どうかされましたか」
「あぁ、演習日時が決まったから。それを伝えにね
演習は5日後の13時00分だ。
よろしく頼むよ」
「はい!了解しました!」
胸を張って答えると、提督は小さく頷いて去っていく。
その背中を見送っていると、横から時雨が覗き込んだ。
「提督、なんて?」
「演習の日時が決まったってさ」
「そっか。じゃあ、5日後までゆっくりできるね」
「ぽい!その間に遊んだり楽しいことするっぽい!」
夕立がぴょんと跳ねる。
工廠の時計を見ると、いつの間にか夕方近くになっていた。
「ねぇ、2人とも、そろそろ寮に戻る?」
「もうこんな時間か……夕張の説明、長かったね」
時雨が苦笑する。
「うん……なかなか止まらないよね〜」
私も肩をすくめる。
「じゃあ、帰ろっか」
「帰ろ〜」
「ぽーーい!」
夕暮れの工廠をあとにして、私たちはのんびりと寮への道を歩き出した。
──寮へ続く道は、夕暮れ特有の柔らかい空気に包まれていた。
遠くでカモメの声、港で作業していた整備員たちの足音、寮の方からは夕飯の支度の匂いが漂ってくる。
「夕飯、なんだろうね〜」
「今日は確か、唐揚げって聞いたけど」
時雨が少し申し訳なさそうに振り返る。
「人気で、すぐ無くなるんだよね……早く行かなきゃ」
「ぽいっ!? それ先に言ってほしかったっぽい!急ぐっぽい!」
夕立が駆け足で前に飛び出す。
「わっ、ちょっと夕立!そんな走ったら転ぶ……って、あぁもう」
「夕立ちゃん元気だね〜」
くすっと笑って、自然に時雨の隣に寄る。
時雨は夕立の背中を見ながらため息をついたが、すぐにこちらの方を見て微笑んだ。
(なんだかドキドキする……)
胸がじんわり温かくなる。
「ねぇ、時雨ちゃん」
「なんだい?天照」
「私…ここに来てよかった」
「……そっか。それならよかった」
その一言で、時雨の表情がふっと緩んだ。
ちょうどその時、寮が見えてくる。
ほんのり灯った明かりは、冬の夕方にはやけにあたたかく見えた。
玄関の前で夕立が全力で手を振る。
「天照〜!時雨〜!はやくー!唐揚げが逃げるっぽい!!」
「夕立……唐揚げは逃げないよ」
3人で顔を見合わせ、笑い合い──
そのまま食堂の中へと走り込んだ。
ただの、平凡で幸せな夕暮れ。
そんな時間が、ずっと続くように思えた。
夕飯を食べ、お風呂に入った私たちは部屋に戻る。
「ふあぁ〜。眠いっぽい」
湯気の余韻がまだ肌に残っていて、ぽかぽかする。
「だね〜」
「まったく、ご飯を食べてる時は夜更かしするんだー!って息巻いてたのに」
時雨も、まだ髪先から湯の匂いがほんのり漂っている。
「それはしたいけど、夜更かししちゃうと明日に響いちゃうし今日はもう寝よっか」
夕立は布団にダイブするように倒れこみ、時雨は苦笑しながらタオルで濡れた前髪を整えている。
湯上がりの空気はどこか柔らかくて、ふたりとの距離がより近く感じられた。
「……ぽぃ………ねむぃっぽい」
夕立の声がすでにとろけている。
「じゃあ寝る準備しよっか。歯磨きした?」
「したっぽい〜……」
「天照も、もう寝る?」
「うん。今日は疲れたしね」
「わかった。じゃあ消すよ〜」
「はーい」「…………ぽい…………」
部屋は、夜の静けさに溶けていく。
薄暗い月明かりがカーテンの隙間から入り、二人の寝顔を淡く照らしていた。
横になった布団からは、柔らかな布の擦れる音と、時雨と夕立の小さな寝息が重なり合う。
──ゆっくりと瞼を閉じる。
ご飯の温かさ。
お風呂でほどけた身体の感覚。
そして、二人の穏やかな気配。
全部が心地よくて、胸の奥が満たされる。
徐々に、意識が溶けていく。
遠のいていく。
けれど最後に、すぐ近くで聞こえた声があった。
「……おやすみ……天照……」
時雨の寝ぼけ声。
返事をする気力ももうなくて、でもその声だけで、身体の力がすとんと抜けた。
(……おやすみ……)
意識はふわりと沈んで──
静かな夜に、完全に溶けていった。
ハッピーコーンです
9話目、いかがでしたか?
日常回大好きです
嵐の前の静けさってね
[次回]
【演習】