鱗滝の養子   作:松雪草

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13話

 あの夜から、少しだけ、山の空気が変わった気がした。

 

 変わったと言っても、朝は相変わらず騒がしい。

 

「錆兎ー、義勇ー、起きてー」

 

 声を掛けると、義勇がびくっと肩を揺らして、ぱちりと目を開ける。

 前よりも、その目に濁りが少ない気がした。

 

「……おはようございます」

 

「おはよ。錆兎も、起きる」

 

「……起きてない……」

 

「知ってる。起きよう」

 

 布団を引っ張ると、錆兎は布団ごとごろりと転がった。

 

「あと十年……寝ていたい……」

 

「十年寝たら、筋肉全部なくなってるよ」

 

「筋肉がなくなったら、また鍛えればいいだろ!」

 

「その根性を起床に使ってほしいなぁ」

 

 ぐずぐず言いながらも、二人とも立ち上がる。

 沢へ二人を送り出す。

 義勇の足取りは、昨日より少しだけ軽かった。

 

 一人で朝食の準備をしながら、鱗滝さんの無事を祈る。

 しばらくすると、錆兎と義勇の楽しそうな話し声が近づいてくる。

 戸を開けると、桶を持った二人が歩いている。

 義勇の周りには前みたいな黒は混じっていなかった。

 狭霧山の朝の寒さに肩をすくめながらも、ちゃんと前を見ている青だった。

 

 その日一番変わっていたのは、走り込みのときの義勇だ。

 

「今日は十周いくぞー。自分の速さでいいからな」

 

 そう声を掛けて駆けだすと、最初から義勇の足がぐっと速かった。

 俺が合わせる側になるくらいだ。

 この速さで十周となれば……さすがに俺でも厳しい。

 最近は後ろの方で、自分の調子を整えるように走っていたのに。

 

「……義勇っ、随分速くないか?」

 

 隣を走っていた錆兎が、少し息を切らしながらぼやく。

 

「今日は負けないっ!」

 

 短い言葉だったが、声ははっきりしていた。

 

(……昨日までとは、別人みたいだな)

 

 そう思いながら、俺も足を速める。

 例えそれが一周目だけだとしても、負けるわけにはいかない。

 負けず嫌いは、弟弟子たちも、俺も同じだった。

 

 案の定、二人は初回の勢いでは走りきれなかったが、二人ともほとんど速度を維持したまま四周目までは走りきっていた。

 その後は歩きみたいな速さになっていたが、それでもあの速度で四周も走りきったのはすごいことだ。

 

 俺はと言うと、最初の速さのまま十周走り切れた。

 二人が五周目を走っている間に何度も追い抜いて、すれ違う度に微妙な顔で見られていた。

 鱗滝さんの言った、身体が出来上がることの大切さを実感した。

 

 休憩中、義勇が、少しだけ照れくさそうに俺のそばに来た。

 

「宗右衛さん」

 

「ん?」

 

「この間は……すみませんでした」

 

 そう言って、ぺこりと頭を下げる。

 

「この間?」

 

「稽古のときとか、その……ご飯のときも。

 ろくに返事もできなくて」

 

「あー……」

 

「僕のせいで、雰囲気、変になって。

 宗右衛さんに、気を遣わせてばかりで……」

 

「いやいやいや」

 

 慌てて首を振る。

 

「俺の方こそ、なんか、うまく声かけられなくてさ。

 鱗滝さんがいたら、もっと上手くやれたんだろうなーって、内心ずっと泣いてた」

 

「宗右衛さん、泣いてました……?」

 

「心の中でね、心の中で」

 

 義勇が「想像できません」とくすりと笑う。

 

「でも、ありがとな。

 ちゃんと仲直りしてくれて。

 おかげで、鱗滝さんに泣き付かなくて良くなったよ」

 

「……はい」

 

「これからはしんどくなったら、ちゃんと言えよ。

 俺じゃ足りなそうなときは、鱗滝さんだっているんだから。

 あと錆兎も」

 

「なんで俺はついでみたいな扱いなんだ!」

 

 遠くから、苔色の帯を揺らしながら錆兎が叫んだ。

 

「ついでじゃないって、むしろ褒めてたんだよ」

 

「本当だな!? 信じるぞ!?」

 

 そんな他愛のないやり取りをしながら、俺たちはまた走り出した。

 

 義勇の色は、まだところどころで沈むことはあったが、もう黒が見えるほどの暗さはなかった。

 

 

ーーー

 

 

 鱗滝さんが山を下りてから、三日ほど経ったころだった。

 

 いつものように午後の素振りをしていると、ふいに家の烏が屋根から飛び立った。

 程なくして、聞き慣れた足音が聞こえてくると、鱗滝さんが戻ってきたのだと分かり、知らず肩の力が抜けるような気がした。

 

「……帰ってきた」

 

 誰より早く気付いたのは、義勇だった。

 次の瞬間には、錆兎も俺も、同じ方を見ていた。

 

 山道の向こうから、一つの人影が現れる。

 天狗の面。大きな箱。肩に止まった烏。

 

「鱗滝さん!」

 

 三人で駆け寄ると、鱗滝さんは足を止め、少しだけ首を傾けた。

 

「留守を任せた」

 

「おかえりなさい!」

 

 声が揃う。

 鱗滝さんは、ほんの少しだけ雰囲気を緩めると、いつもの調子で続けた。

 

「休まず続けたようだな。

 苦労を掛けた土産がある。

 今日は少し早いが切り上げろ」

 

「土産ですか?」

 

 俺が首を傾げると、背負っている荷物を軽く叩く。

 

「お館様からのご厚意でな。

 町で流行りの甘味らしい」

 

「そうでしたか。じゃあ義勇、錆兎、そろそろ切り上げるぞ」

 

 そう言って振り返ったときには既に二人は居なかった。

 

「二人ならさっさと沢の方に走っていったぞ」

 

「普段からこれだけ元気に動いてくれれば言うこと無いのになぁ……」

 

 全員で沢の水を使って泥と汗を落とし、口をすすいでから家に戻る。

 竈には、昼の残りの汁がまだ温かさを残していた。

 

「疲れたでしょ、鱗滝さん。座っててください、俺が火を足します」

 

「よい」

 

 そう言いながらも、鱗滝さんは素直に腰を下ろした。

 背中から漂う疲労は濃いはずなのに、帯の色は静かな灰と青で揺れている。

 

「ああ、そうだ」

 

 ふいに思い出したように、持ってきた箱から包みを取り出した。

 

 錆兎が食いつく。

 

 布を解くと、黄色い生地の菓子が現れた。

 切り口がきめ細かく、甘い匂いがふわりと立ちのぼる。

 

「これ、町で見たことあります……。カステラ、でしたっけ」

 

 義勇が、目を丸くする。

 

「そうだ。お館様にこれが良いだろうと勧められてな」

 

「やったー!!」

 

 錆兎が、さっきまでの疲れを忘れたみたいに跳ねた。

 

 義勇も声は出さないが目はカステラに釘付けだ。

 

 四つのお皿に、同じ大きさに切り分けられたカステラが乗る。

 黄色い生地に、底の方だけ少し焦げ目がついている。

 

「では、いただきます」

 

 手を合わせて、一口かじる。

 

「……っ」

 

 口の中に、ふわっと甘さが広がった。

 干し芋の甘さとも、餅とはまた違う、卵と砂糖のまろやかな味だ。

 

「うまっ……」

 

 思わず声が漏れる。

 

「これ……すごく美味しいです……!」

 

 義勇の青の帯が、一気に白く明るくなる。

 

「しっとりしてて、甘い……! 山菜よりうまい!」

 

「山菜と比べるな」

 

 錆兎の妙な感想に、鱗滝さんが淡々と突っ込んだ。

 

「もう一切れ、とか言ったら、怒ります?」

 

「怒らん、好きに食え。ただ、喧嘩せずに分けろ。」

 

「はい!」

 

 そんな他愛ないやり取りをしながら、四人で甘い菓子を平らげた。

 

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 鬼狩りに出た鱗滝さんが無事に帰ってくる。

 こうして甘いものを提げて帰ってくる。

 

 その事実が、言葉にできないくらい嬉しかった。

 

 

 

 夜、二人が寝静まったあと。

 囲炉裏の火が小さくなったころを見計らって、俺は鱗滝さんの隣に座った。

 

「……あのさ」

 

 火をつつく手が、ぴたりと止まる。

 

「留守中のこと、報告しておこうと思って」

 

「うむ。聞こう」

 

 簡単に、何日目に何をしたかを話していく。

 走り込みの回数。素振りの本数。

 飯の量も、ちゃんといつも通り食わせたことも。

 

 そして、少し言いよどんでから、あの夜のことを話した。

 

 義勇の色がどんどん暗くなっていたこと。

 立ち会いで足が固まってしまったこと。

 俺にはうまく声を掛けられなかったこと。

 

「それで、夜中に二人が抜け出して話しててさ。

 俺は、戸の陰で聞いてることしかできなくて……」

 

 拳を握る。

 

「止めた方がいいのか、任せた方がいいのかも分かんなくて。

 結局、全部錆兎が言ってくれて、義勇も、乗り越えようとしてくれて……」

 

 言えば言うほど、自分が何もしていないことを確認してしまう気がして、情けなかった。

 

「俺、あの場で何もできなかったんだ。

 兄弟子なのに」

 

 鱗滝さんは、しばらく黙って火を見ていた。

 灰色の帯が、ゆっくりと揺れる。

 

「お前は、よくやった」

 

「……え?」

 

「何事もなかったような顔をして、いつも通りに鍛え、いつも通りに飯を食わせた。

 それだけでも、あやつらにとっては十分な土台だ」

 

 静かな声だった。

 

「それに――」

 

 火箸で炭を転がしながら、続ける。

 

「己の未熟さを自覚したうえで、なお、その場から逃げずに見守るのも一つの役目だ」

 

「でも、俺、止めることも、支えることも……」

 

「お前が出ずともよい場面だった」

 

 ぴしゃりと言われて、言葉が詰まる。

 

「兄弟子だからといって、常に先頭に立たねばならんということはない。

 時には任せ、時にはただ見届けることも必要だ」

 

 天狗の面の奥で、目が細められた気がした。

 

「あの二人は、あの二人のやり方で、お互いに支え合った。

 それでよい」

 

「……はい」

 

「それに、義勇の匂いは、来る前よりずっと軽い。

 道の途中ではあるがな」

 

 俺は火を見つめながら、ふっと息を吐いた。

 

「……良かった」

 

 本当に、心からそう思った。

 

 

 

 それからの日々は、また一段階、きつくなった。

 

 走り込みの距離が増え。

 素振りの本数が増え。

 水の呼吸として刀を振るうことも、少しずつ求められるようになった。

 

 義勇は、まるで何かを取り返すかのように、黙々と鍛錬に打ち込んだ。

 あまりやりすぎるとまた潰れかねないので、その色を見ながら、適度に休憩を挟むよう気を配る。

 

 一方で、錆兎はと言えば――

 

「水の呼吸、肆ノ型……!」

 

 ある日の夕暮れ、錆兎が息を整えながら、ぎこちなく型をなぞった。

 呼吸はまだ不安定だが、その踏み込みだけはやたら鋭い。

 

「おお、今の踏み込み、ちょっとそれっぽい」

 

「だろ!?」

 

 錆兎の帯に、得意げな赤と白が弾ける。

 

(……これ、ちょっとやばいかもしれないな)

 

 冗談ではなく、そう感じ始めたのは、その頃からだ。

 

 体力や持久力だけで見れば、俺は三人の誰よりも上に立っている自信があった。

 一日中走り続けろと言われたら、多分一番最後まで足が動くのは俺だ。

 

 けれど、「一太刀の鋭さ」だけを切り取ると、話は別だ。

 

 ある日の模擬戦で、錆兎の木刀が、ぎりぎりのところで俺の脇をかすめた。

 色が見えていなければ、多分、避けられなかった。

 

(今の、危なかったな)

 

 そう思ったのは、一度や二度ではなかった。

 

 模擬戦のとき、錆兎の色が赤く燃え上がる瞬間が見える。

 その一瞬だけ、俺よりもずっと強い風が吹く。

 

(俺は長く走れるけど……)

(錆兎は、一瞬で力を出しきる能力が高い)

 

 そう理解したところで、すぐに受け入れられるほど、俺はできた人間ではない。

 

 兄弟子としての余裕は見せながらも、内心では、じわりじわりと追い詰められるような感覚を覚え始めていた。

 

 

---

 

 

 そして、とうとう、その日は来た。

 

「じゃあ、今日も締めに一本いくか」

 

 夕焼けに山の縁が染まり始めるころ。

 錆兎と向かい合い、木刀を構える。

 

「本気で行くぞ、宗右衛」

 

「いつも本気で来てるだろ?」

 

「今日はいつもより本気だ!」

 

 言葉の意味はよく分からないが、気迫だけは伝わってくる。

 

「行くぞ!」

 

 踏み込んできた瞬間、赤が線を引いた。

 

 いつもなら、その線の少し先で待ち構えて、刀を合わせる。

 ところが今日は、その線が、いつもより一歩分、深く入り込んでいた。

 

「――っ」

 

 木刀と木刀がぶつかり合う。

 木刀を受けた腕に、いつもより強い衝撃が走った。

 

(重い……!)

 

 瞬間的に、踏ん張る。

 だが、錆兎の色がまだ終わっていないことを告げる。

 

「水の呼吸――!」

 

 叫びと共に、もう一度踏み込みが来る。

 呼吸はまだ粗削りだが、足と腰の使い方だけは、やたらと素直で速い。

 

 受ける。いなす。流す。

 いつも通りのつもりで動いた、その瞬間だった。

 

 がんっ、と鈍い音がして、手から木刀が弾き飛ばされた。

 

「あ」

 

 自分でも間抜けな声が出る。

 視界の端で、俺の木刀がくるくると空へ舞い上がるのが見えた。

 

 錆兎は、俺の木刀を見上げながら、ぽかんと口を開けていた。

 

「……今の、俺……?」

 

 その顔に浮かんだのは、驚きと、達成感と、喜びと――

 

(――視線、上)

 

 条件反射のように、昔の自分の姿が重なる。

 

 山で視線を上げたとき、俺も櫛那も鱗滝さんに何度も叱られた。

 立ち会いで油断したとき、何度も地面に叩きつけられた。

 

 体が先に動いた。

 

「錆兎」

 

 がし、と腕を取る。

 ぐい、と関節の方向を変えてやると、錆兎の身体が簡単に地面に転がった。

 

「わっ、ちょっ、待っ――」

 

 うつ伏せになったところで、肘を極めて押さえ込む。

 

「山では視線を上にあげない。

 口酸っぱくして教えたでしょー?」

 

 できるだけ穏やかな声を心掛ける。

 

「いだだだだだだだ!? ちょ、折れる折れる折れる!!」

 

「折れない折れない。まだ大丈夫」

 

 口ではそう言いながら、内心はぐちゃぐちゃだった。

 

(……負けた)

 

 木刀の勝負は、完全に錆兎の勝ちだった。

 今、腕を極めているのは、ただの意地だ。

 

(負けた……!)

 

 悔しさと、情けなさと、鱗滝さんに対する申し訳なさが、どっと押し寄せてくる。

 

「ぎゃあああああ!? 宗右衛!? なんか、ちょっとさっきより痛くなってないか!?」

 

「気のせい気のせい」

 

 つい、ほんの少しだけ力が入ったのは、気のせいではなかった。

 

「やっぱり宗右衛は鬼だーーー!!」

 

 山に響き渡る錆兎の悲鳴に、遠くで義勇がびくっと肩を揺らしていた。

 

 

 

 その日を境に、宗右衛対錆兎の模擬戦は、「木刀だけの勝負」ではなくなった。

 

「次は絶対、組み討ちでも勝つからな!」

 

「お前、この間は『木刀以外で戦うのは男じゃない』って文句言ってたよね?」

 

「戦いとはそういうものだ!」

 

「言ってることが変わるなぁ」

 

 木刀を合わせると、俺は錆兎の間合いから半歩ほど多めに距離をとる。

 まともに打ち合えば負けると自分から言っているようで悔しいが、事実だから仕方がない。

 

 そうしてしばらく木刀のぶつけ合いが続いて、錆兎の集中が切れ始めた頃を見計らって、距離を詰める。

 足を絡ませ、肩がぶつかる。

 錆兎が俺の袖を掴んで下に引きずり込もうとするが、もう遅い。

 なんとか組み敷くが、絞めも関節もとらせてなるものかと錆兎も抵抗する。

 

「それでも男か!」

 

「戦いに男も女もあるか!」

 

「理屈で返すな、悔しい!」

 

「あーもう、袖引っ張るなって!」

 

 どちらかが参ったを言うか、どちらも泥だらけになって日が暮れるまで続く。

 お互い参ったを言うことがないので、だいたい泥だらけで終わる。

 

 少し離れたところで、義勇がひとり、真面目に木刀を振っていた。

 

「……あの、宗右衛さん。

 これって、稽古なんですよね?」

 

「稽古だよ!」

 

 錆兎を地面に押さえ込みながら、何とか答える。

 

「こういう稽古もある!」

 

 錆兎も俺と体勢を入れ替えようとしながら叫ぶ。

 

「あるかなぁ……」

 

 義勇は諦めの混じった表情で二人を見ていた。

 

 そんな、訳の分からない取っ組み合いを、鱗滝さんは腕を組んでじっと見ていた。

 止めもせず、ただ、時折「そこ、足が甘い」とか「腰が浮いておる」とか、要所だけを指摘する。

 

 天狗の面の奥で、少しだけ口元が緩んでいる気がしたのは、気のせいだろうか。

 

 

---

 

 

 それでも、ふざけてばかりいたわけではない。

 

 錆兎も義勇も、着実に強くなっていた。

 

 走り込みでは、途中で膝に手をついていたのが、今では十周走り切れる。

 素振りも、最初は百本で腕が震えていたのが、今では二百、三百と振れるようになった。

 

 そして、もう一つ。

 

「……いけるかもしれん」

 

 ある日の夕暮れ、鱗滝さんが岩場に立った。

 

「錆兎。義勇。

 試してみるか」

 

 目の前には、俺がかつて切り裂いた、大岩がある。

 その隣に、新しく据えられた、ひと回り小さな岩が二つ。

 

「これを、斬れたら藤襲山へ行く準備に入る」

 

 錆兎の帯が、真っ赤に燃え上がる。

 

「やってやる!」

 

 義勇の青も、静かに燃えるように揺らぐ。

 

「……はい」

 

 その日、一度目の挑戦で岩が割れることはなかった。

 二度、三度と型をなぞり、呼吸を整え、足を運ぶ。

 

 何日もかけて挑戦は続き――

 

 ある朝、山の空気がひときわ澄んでいた日。

 錆兎の一太刀が、岩をまっすぐに割った。

 

「――っしゃあああああ!!」

 

 錆兎が跳び上がる。

 帯から、白と赤がまぶしいほど溢れた。

 

 それから少し遅れて、義勇の岩も、静かな一太刀で割れた。

 

「……っ」

 

 義勇は声を出さなかったが、握り締めた拳がわずかに震えていた。

 その周りに、澄んだ青と、柔らかな白が広がっていく。

 

「よくやった」

 

 鱗滝さんが、短くそう言った。

 

 錆兎と義勇が、互いの岩と顔を見比べて、へへへと笑う。

 

 その横で、俺は自分の割った岩に手を当てた。

 

(……追いついてくるなぁ)

 

 嬉しさと、寂しさと、負けていられないという焦りと。

 いくつもの感情が、胸の中でごちゃ混ぜになって、熱くなる。

 

(でも――)

 

 錆兎に弾き飛ばされた木刀の感触を、腕が覚えている。

 あのときの悔しさも。

 

(負けっぱなしで終わるつもりも、ないけどな)

 

 心の中で、そう呟いて、木刀を握り直した。

 

 山の上には、もうすぐ夏が来る。

 藤襲山の最終選別の日も、少しずつ近づいてきていた。

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