鱗滝の養子   作:松雪草

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18話

 肩を軽く揺すられる感触で、ふっと意識が浮かび上がった。

 

「宗右衛さん。そろそろ起きてください」

 

 義勇の声だ。

 

 瞼を開けると、空はもうだいぶ赤く染まり始めていた。

 折れた木々の隙間から見える空の色が、さっきまでの白っぽい光から、じわじわと夕暮れの色に変わっている。

 

「……どれくらい寝てた?」

 

「半刻くらいだと思います」

 

 義勇の声は落ち着いている。

 色も、明るい青緑のままだ。

 

「そろそろ、今夜のことを相談した方がいいと思って」

 

「ああ、そうだな」

 

 身体を起こすと、少しだけ関節がきしむ。

 それでも、限界ギリギリというほどではない。

 

 視線を巡らせると、みんな怪我の手当てもそこそこに、荷物を整理したり、水を飲んでいたり、ぼんやりと空を見上げていたりした。

 

 俺は、彼らの周りに漂う「色」をざっと見渡した。

 

(……酷いな)

 

 正直な感想だった。

 

 半数近い参加者の色が、暗く沈んでいる。

 

 ぼーっと空を眺めているような者の色は深い沼のような暗緑色。

 恐怖が思考を塗りつぶし、自分が今どこで何をしているのかさえ曖昧になっているように見える。

 これでは戦力として計算できない。

 

 あるいは、黄緑に黒い澱みが混じった色。

 恐怖と焦燥が入り混じった色。

 何かあれば悲鳴を上げて逃げ出すか、混乱して味方に刀を向けかねないような危うい色だ。

 

(多分、この人たちは鬼を斬れない……)

 

 この最終選別は、鬼を斬れる剣士を選ぶ場所だ。

 

 本来ならば、ここで篩(ふるい)にかけられ、落ちるはずの者たち。

 けれど、錆兎が鬼を倒してしまったことで、本来死ぬはずだった彼らがここにいる。

 

(数は武器になる、と思ったけれど……。

 実際には“動ける数”と“動けない数”がいる。

 ……これも勉強と思って割り切るか)

 

 俺は小さく息を吐き出して、広場の一段高いところに腰を下ろした。

 その隣では、錆兎が刀を腰に佩き、立ち上がろうとしている。

 その周りには、燃えるような赤色が漲っていた。

 

「宗右衛。俺はもう一度、山を回ってくる」

 

 錆兎は迷いのない目で言った。

 

「まだ生きている奴がいるだろうからな。

 手ごわい鬼は減らせたが、他の鬼がいないわけじゃない」

 

「それなら僕も行きます」

 

 義勇がすぐに続く。

 昨夜の戦いを経て、義勇の色からは迷いが消え、静かな水面のような青が澄み渡っていた。

 

 二人とも、行く気満々だ。

 彼らの正義感は正しい。

 正しいが――。

 

「待て待て待て待て」

 

 俺は二人を制した。

 

「助けに行くのはいいが、少し待ってくれ」

 

「なんでだ?」

 

 錆兎が眉をひそめる。

 

「ここには動けない人間が何人かいる。

 全員が自由に動いたら、ここを守る奴がいなくなる。

 下手したら全員死ぬぞ」

 

 錆兎が口をつぐむ。

 俺は、視線だけで集まった参加者たちを示した。

 

「だからまずは、俺達で拠点を守る組と、救助に出る組に分けよう」

 

「……なら、誰が行くんだ」

 

 錆兎が唸るように言う。

 

 この状態の錆兎を防衛側に回したところで、何かがあれば飛び出すのは目に見えている。

 それなら――

 

「錆兎、義勇。それと――」

 

 俺は視線を巡らせ、一人の少年に目を止めた。

 黒髪を短く刈り込んだ、これといって特徴のない少年だ。

 

 識彩で見える色は薄い茶色。

 身のこなしから推し量るに決して強くはないが、「折れた色」をしていない。

 昨夜、震えながらも錆兎たちの背中を追ってきていたのを見ていた。

 

「そこの、あんた」

 

「えっ、お、俺!?」

 

 指名された少年が素っ頓狂な声を上げた。

 手招きをして近くに来てもらう。

 

「名前は?」

 

「む、村田……です」

 

「村田さん、話聞いてたろ?

 二人に着いていってくれ」

 

 村田さんは目を白黒させた。

 

「い、いや、無理だよ!

 俺なんて、昨日の夜も逃げ回ってただけで……二人みたいに強くないし、足手まといになるだけだ!」

 

「足手まといだと思ったら選んでないよ」

 

 実際、動けない参加者もいる中で、俺たちの会話に耳を傾けて、今後の動向を考えるだけの精神的な余裕がある。

 錆兎と義勇につけるにはちょうどいい。

 

 俺はできるだけ声を低く、落ち着かせて言った。

 

「こっちの二人は強い。鬼を斬るだけなら二人で足りてるんだよ。

 でも、怪我人を運んだり、周囲を警戒したりするには、手が足りない。

 あんたには、二人の足りない『手』になってやってほしい」

 

 それは半分本音で、半分は方便だ。

 

 村田さんの実力では、本気で走る錆兎たちの速度にはついていけないだろう。

 けれど、彼は「自分の弱さ」を知っている。

 功名心で突っ走ることもなければ、恐怖で動けなくなるほど脆くもないように見えた。

 

 錆兎と義勇という鋭すぎる刃を、走らせすぎないための「鞘」のような役割は果たせるはずだ。

 

 そして何より――彼は「善人」の色をしていた。

 

「……二人を手伝ってやってくれないか。頼む」

 

 俺が頭を下げると、村田さんは錆兎と義勇を交互に見て、それから覚悟を決めたように頷いた。

 

「……わかった。戦力にはなれないかもしれないけど、やるよ」

 

「助かる。

 二人とも、じっとしてられない性分だからしっかり見ていてやってくれ」

 

「じっとしてられないって、それ僕もですか?」

 

 義勇が怪訝そうに呟く。

 錆兎はというと、宍色の頭をかきながら苦笑いする。

 

「ははは、耳が痛いな」

 

 こうして、薄明りの中で捜索隊の三人が出発した。

 

 残されたのは、俺と、全体的に陰鬱な雰囲気の十人。

 

 俺は全員に聞こえるように声を張った。

 

「みんな、ちょっとこっち来てくれるか」

 

 立ち上がって声をかけると、自然と視線が集まる。

 

 錆兎や義勇にするように、つい仕切ってしまっているが、残りの人からも特に疑問もないようで素直に従ってくれる。

 

「聞こえてたかもしれないが、俺たちはここを守る。

 自分の身は自分で守るのが基本だけど、せっかく集まったからには、やり方を決めておく」

 

 俺はまず、彼らを色の状態で三つに分ける。

 

 比較的色が残っている者と、色が揺れて判断力が落ちている者。

 そして、怪我をしたり、色が完全に沈んでしまっている戦力外の者。

 

「夜になったら動ける奴らで円陣を組んで、辺りを見張る。

 鬼を見つけたら、声を出して周りに知らせろ。

 無理に攻める必要はない、最初の一撃だけ必ず防げ。

 飛び込んで来た奴を囲んで殺す。

 あとはやることはやる、休む時は休むだけだ」

 

 指示を出すと、全体の色が少しだけ落ち着く。

 これは裏長屋でも見たことがある。

 何をすればいいか分からない状態から、やるべきことが分かったことで安心に変わったのだろう。

 

 日が沈み始めると、山の空気が冷たく張り詰め始めた。

 俺は、広場の真ん中に薪を集めさせ、暗い色の人に火を起こすよう指示した。

 

「火なんて焚いたら、鬼に見つかるんじゃ……」

 

 誰かが不安そうに呟いた。

 

「逆だ」

 

 俺は、一番太い枝を火にくべながら答えた。

 

「十四人も人間が集まって、怪我人がうめき声を上げてたんだ。

 隠れようとしたって、匂いと音でどうせバレる。

 だったら、少しでも視界を確保したほうがいい」

 

 火を背にすれば、月がなくても影ができる。

 影ができれば、鬼が近づくのが分かる。

 それに、明かりは人の心に「ここが陣地だ」という境界線を引いてくれる。

 

「繰り返すが、鬼が来たら、まず大声を出すこと。

 それが一番の仕事だ」

 

 俺は刀を抜き、円陣の外側に立った。

 

「俺は、円の外を回って少し広めに警戒する。

 声が上がったらすぐに行く」

 

 夜が来た。

 

 予想通り、血の匂いを嗅ぎつけた鬼たちが、ぽつりぽつりと寄ってくる。手鬼のような大物はいないが、飢えた雑魚鬼たちだ。

 

「ひっ、き、来たぞ!」

 

 見張りの少年が裏返った声を上げた。

 

「落ち着け! 一人で相手をするな! 隣の奴とで囲め!」

 

 俺は指示を飛ばしながら、走り出す。

 闇の中で揺らめく赤黒い色。

 殺意の色。

 

 駆けながら呼吸を整える。

 

 俺の型は、錆兎のように力強くない。

 義勇のように綺麗でもない。

 だが、今の俺には「全体」が見えている。

 

 鬼が飛びかかろうとする予備動作。

 視線。

 殺気の矛先。

 

「そこッ!」

 

 鬼が爪を振り下ろすより速く、その腕の軌道を斬り上げる。

 悲鳴を上げて鬼が怯んだ隙に、悲鳴を上げていた少年が首を落とす。

 

「よし、次! 右から来てるぞ!」

 

 自ら斬り、時に指示し、危ないところへ駆けつける。

 「戦える者」と「戦えない者」を交互に配置した円陣は、恐怖で軋みながらも、なんとか決壊せずに持ちこたえていた。

 

 焚火が照らす光と闇の境界線で、俺たちは泥臭く命を繋いだ。

 

 深夜。

 森の奥から、駆け戻ってくる足音がした。

 

「宗右衛!」

 

 錆兎の声だ。

 飛び込んできた三人は、それぞれ背中に怪我人を背負い、あるいは肩を貸していた。

 村田さんも、息も絶え絶えになりながら、一人の少女の手を引いている。

 

「三人、見つけた! まだ奥に――」

 

 息を切らしながら踵を返そうとする錆兎の腕を、義勇が掴んだ。

 

「錆兎、駄目だよ。一人で行っちゃいけない」

 

「離せ義勇!」

 

「刀を見なよ。刃こぼれしてるだろ。

 それに、村田さんも少し休まないと動けないよ」

 

 義勇の静かだが強い口調に、錆兎が悔しそうに自分の刀を見た。

 おそらく手鬼と戦った時に欠けたのだろう。

 刀身の中程が無惨に欠けている。

 

 俺は錆兎の前に立ち、水筒を押し付けた。

 

「今日はここまでだ、錆兎」

 

「宗右衛……」

 

「これ以上連れてきても、守りきれない。休め。

 ……これは命令じゃない、お願いだ」

 

 錆兎は悔しそうに顔を歪めたが、やがて大きく息を吐き出して、その場に座り込んだ。

 村田さんが、へなへなと地面に倒れ込む。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「よくやったよ、村田さん。あんたのおかげで三人助かった」

 

 俺が声をかけると、村田さんは涙目で、それでも少し誇らしげに笑った。

 

 空が白み始める頃、鬼の襲撃は止んだ。

 拠点の人数は、十七人に増えていた。

 

 そうして、三日目、四日目と過ぎるにつれ、襲ってくる鬼の数は目に見えて減っていった。

 

 手鬼のような強い鬼が来ることも警戒したが、見かけるのは弱い鬼だけ。

 錆兎たちが手当たり次第に狩り、拠点を守るために俺たちも斬った。

 狭霧山での修行よりも、実戦のほうが遥かに消耗するが、同時に感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。

 

 五日目には、夜がただ暗いだけの時間になった。

 

 その間に、焚き火の煙のおかげでさらに二人の生存者が拠点に加わった。

 最終的に、拠点の人数は十九人になった。

 

 静かすぎる森で、パチパチと爆ぜる焚き火の音だけが響く

 

「……静かだな」

 

 六日目の夜、隣に座った錆兎が呟いた。

 

「ああ。たぶん、もうあらかたの鬼を斬ったんだろうな」

 

 正直、拠点では三日を過ぎた頃には殆ど鬼も見なくなっていた。

 そこから錆兎と義勇が隠れていた鬼も斬って歩くので、ほぼ全滅したのだろう。

 

 ふと、ここまで生き残った十九人を見る。

 見張りに立つ者もいれば、いまだに刀も握れない者もいる。

 

 この七日間で、本来なら死んでいたはずのやつらが、何人も生き残っている。

 

 それは、きっと良いことだ。

 ……たぶん。

 

 七日目の朝が来た。

 

 遠くから鐘の音が聞こえる。

 

 その音を頼りに藤の花の帯を抜けて、下山道まで辿り着いたとき、十九人の生存者たちは、誰からともなく安堵の声を漏らした。

 

 地面に額を擦り付けて嗚咽する者、互いに抱き合う者、空を見上げて呆然とする者。

 

 俺と錆兎と義勇、そして村田さんは、その光景を少し離れたところから見ていた。

 

「なんとか終わったな……」

 

 村田さんが、万感の思いを込めて呟く。

 

 錆兎は満足そうに、義勇は安堵したように、それぞれ息を吐いた。

 

 出発の時と同じ祭壇のような場所で、白い着物を纏った耀哉様が居た。

 

「お帰りなさいませ」

 

 聞くだけで、ざわついていた心が凪いでいくような、不思議な響きを持つ声。

 

「ご無事でなによりでした」

 

 耀哉様は、並んだ十九人の顔を一人一人確かめるように見渡した。

 

 耀哉様の周りには、見たこともないような清らかな色が漂っていた。

 若緑や白藍、薄紅と言った白に近い透明な色。

 それらの帯を縁取るように金色が流れる、慈愛に満ちた色。

 けれど、その奥底に――不安の色が混じっているのが見えた。

 

(……ああ、この人も、分かっているんだ)

 

 心が折れてしまった者たちまで合格させてしまったことへの危惧。

 

 その色が、俺の胸に重く響いた。

 

 その後、耀哉様からこれからの説明があった。

 

 鎹烏のこと。

 隊服を作るための採寸のこと。

 階級を示す札に刻まれる“癸(みずのえ)”の文字の説明。

 

 一人に一羽ずつ烏が舞い降り、それぞれの肩や腕に止まる。

 俺の腕にも、一羽の烏が止まった。

 腕にかかるずしりとした重みは、烏だけの重みではなく、鬼殺隊になったという実感を連れているように感じた。

 

 淡々とした説明が続き、その後ろに控えた隠たちが、手際よく十九人の身体の寸法を測っていく。

 

「そして――」

 

 耀哉様が、少しだけ声を和らげた。

 

「鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼は、ご自身で選ぶのです」

 

 その言葉と同時に、耀哉様の後ろにあった布が取り払われる。

 

 いくつもの玉鋼が、台の上に並んでいた。

 

 銀とも鉄とも言いづらい、無骨な塊。

 

「日輪刀は、十日から十五日でお手元に届きます。

 どうか、ご自身の手で選んでください」

 

 最後に、自分の刀を作るための玉鋼を選ぶ段になったとき。

 

 一人の少年が、ふらりと列から離れて声を上げた。

 

 おかっぱ頭の少年。

 あの夜、俺たちに助けられた「正岡」という名の少年だ。

 

「……自分は、刀はいりません」

 

 正岡は、震える声で言った。

 

 周囲がざわりとするが、耀哉様が手を挙げてそれを静める。

 

「どうしましたか?」

 

 耀哉様が、優しく問いかける。

 

「自分は……鬼が、怖いです」

 

 正岡は、絞り出すように言った。

 

「今回生き残れたのは、あの人たちに……錆兎や宗右衛たちに助けられたからです。

 自分だけでは鬼を斬れませんでした。

 これから刀を持っても、きっとまた足手まといになるだけです。

 だから……辞退させてください」

 

 その言葉は、悲痛な響きを持っていた。

 

 耀哉様は、静かに頷いた。

 

「そうでしたか。

 君は自分の弱さを知り、仲間の命を重んじたのですね。

 とても優しいのですね」

 

 否定も、叱責もしない。

 

「それでも、君の中にはまだ、鬼を許せないという意思はありますか?」

 

「……殺してやりたい、です。

 家族の仇を、討ちたい気持ちはあります。

 でも、体が動きませんでした……」

 

「そうですか。

 それならば、『隠』という道もあります」

 

 耀哉様の視線の先で、一人の隠が一歩前に出る。

 事後処理や救護、武器の運搬などで隊を支える裏方だ。

 

 そして間をおいて言葉を続ける。

 

「剣を振るうことだけが戦いではありません。

 誰かを支えることもまた、立派な戦いです。

 君のその『生きて戻った経験』は、きっと多くの剣士を救うでしょう」

 

 正岡の顔が上がった。

 

 その目から、涙が溢れる。

 絶望の色が消え、新しい決意の色が灯るのが見えた。

 

「……はい! やります、やらせてください!」

 

 その声を皮切りに、さらに数人が列を離れた。

 「俺もそっちに行きます」「私も、戦うのは無理だけど、手伝いなら」と。

 

「鬼と戦う道を選んでくださって、ありがとうございます」

 

 耀哉様はそう言って、隠たちに目配せをする。

 

「鋼を選ばなかったみなさんは、あちらへ。

 詳しい説明は、別の場所で行いましょう」

 

 辞退した者たちが、隠に連れられて動き出す。

 その流れの中で、正岡が、ふとこちらを振り向いた。

 

 そして、隠に声をかけて列から抜ける。

 

「……ちょっとだけ、いいですか」

 

 そう言って、俺の方へ小走りに近づいてきた。

 

「宗右衛さん」

 

「ん? 俺?」

 

「今回の試験は、あんたたちには助けられた。

改めて、礼を言わせてくれ。

ただ俺は、一人じゃ多分、鬼と戦えない」

 

 それは正直すぎる言葉だと思った。

 

「だから、剣士になるのはやめようと思った。

 でも、逃げたくてやめるわけじゃないってことは、聞いてほしかった」

 

 ぎゅっと拳を握る。

 

「宗右衛さんが言ってくれた通りにさ、『ここから先は自分で決めよう』と思ったんだ。

 だから、俺は俺なりに、別の場所で鬼と戦うから。

 あんたたちが前で戦うなら、俺は後ろで、その背中を支えられるようになりたい」

 

 まっすぐな言葉に、返す言葉を少し探す。

 

(なんで、そんな大事な話を、わざわざ俺にしてくるんだろう……?)

 

 本音を言えば、そう思う。

 正岡にとって、一番の命の恩人は錆兎のはずだ。

 

 それでも、わざわざ俺のところに来た。

 

「そうか」

 

 短く答えて、それから、ちゃんと顔を見て言う。

 

「正岡が決めたなら、それが一番いいと思う。

 俺は前で鬼を斬るよ。

 だから、正岡が後ろで鬼と戦ってくれるなら、安心できる」

 

 言ってから、自分の言葉に少し驚いた。

 

 でも、嘘ではなかった。

 

「……俺も頑張るから」

 

 正岡が、少し照れたように笑う。

 

「だから、あんたらも、ちゃんと生き残れよ」

 

「ああ、約束するよ」

 

 右手を軽く上げると、正岡も同じように手を上げた。

 

 その背中に見えた色は、さっきまでよりもずっと白に寄っていた。

 

 最終的に、玉鋼を選ぶ台の前に残ったのは、俺たちを含めて数人だけだった。

 

 それを見て俺は、ほっと息を吐いた。

 

 彼らは「選ぶ」ことができたのだ。

 死んでいたら、辞退することさえできなかった。

 

「……さすが、宗右衛だな」

 

 横で、錆兎が小声で言った。

 

「え?」

 

「俺も頑張んなきゃな」

 

 錆兎は、自分のことのように誇らしげに笑った。

 俺はなんと答えていいか分からず、ただ曖昧に頭をかいた。

 

 玉鋼選びは、一瞬だった。

 全員どれがいいかなんて分からない。

 

 錆兎は「わかんねぇな!」と直感で一つを掴み取り、義勇は静かに一つを選び取った。

 俺はほんの少しだけ櫛那の紅色が見えた気がした、いびつな塊を選んだ。

 

 そうして説明が終わり、解散となった。

 

「帰りは……歩きか」

 

 山道を下りながら、錆兎が不満げに言った。

 

「行きはあんなに丁寧な案内がついたのに、帰りは放置なんだな」

 

「そもそも何人生き残るか分からないんだし、仕方ないんじゃない?」

 

 俺がなだめると、義勇が深く息を吸い込んで、空を見上げた。

 

「……帰れるんですね、狭霧山に」

 

 その顔は、憑き物が落ちたように穏やかだった。

 選別の間、張り詰めていた義勇とは別人のようだ。

 

「俺は、来るときも案内なんてなかったぞ……」

 

 一緒に下山していた村田さんが、羨ましそうにぼやいた。

 

「いいなぁ、そんな優しい育手がいて。

 俺なんて、大体の場所と山の名前だけ言われて、追い出されたんだぞ……。

 俺もそっちの先生のところ行きたいよ……」

 

「村田さんなら、いつでも遊びに来ていいよ。

 狭霧山、遠いと思うけど」

 

 義勇が苦笑しながら答える。

 

「本当か? 絶対行くからな!」

 

 村田さんは、分かれ道で手を振って去っていった。

 

 隠の道を選んだ正岡たちも、別の道へ案内されていった。

 

 残ったのは、三人。

 行きと同じ、三人だ。

 

 でも、背負っているものは違う。

 俺たちはもう、ただの子供じゃない。

 

「帰ろう」

 

 俺が言うと、二人が頷いた。

 

「鱗滝さんが待ってる」

 

 道を行く足取りは、行きよりもずっと軽かった。

 

 夕暮れの光の中、俺たちの影が長く伸びていた。

 

 その先に、あの懐かしい天狗面が待っているのを想って、俺たちは足を速めた。

 

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