斜陽の国のダークエルフ   作:生きるの辛之

2 / 10
イスマイル式身支度

 マクシムープルに着任し、歓迎の昼食会を終えたら一週間の休息が与えられた。休暇ではない、休息である。医官の診断書がついて長旅の疲労と暑気あたりのため一週間の安静ということになったのだ。もちろん寝台から動けないほど体調が悪いわけでもなく、書記官殿の粋な計らいというやつである。軍規に従った休暇日数を消費しないためだ。

 

 やはりこの公使館、なんというか緩い。規律もゆるければ働いている牡たちもゆるい。書記官殿……後で一等書記官と判明したがとにかくこの書記官は学究肌で、エルフィンドで恐れていたオークの噂からは想像つかない愛嬌のある顔の好々爺だ。

 

 コボルトの大尉が彼女を除くと唯一の士官で上官なのだが、彼は豪快崩落を絵にかいたようないい加減な牡だ。好きなことは飯と酒と煙草と昼寝。イスマイルは日中暑いんだ、などと嘯きながら勤務中に堂々と午睡を……いや、それ自体はオルクセンでは広く認められているが、彼の場合日が暮れる間近まで寝ている。

 

 しかも朝も弱いのかなかなか寝ぼけた顔で食堂に現れて朝食を食べると、公館の応接間のソファーで堂々と二度寝に励んでいる。ろくでもない牡だ。短く切りそろえた毛並みのせいで目が大きく見えて、見た目だけはかわいらしいのが許しがたい。かわいさへの冒涜である。

 

 こんな奴が参謀科の記章をつけているのだから、オルクセン陸軍の行く末を心配したくなるが、本人はとっとと除隊してヴィルトシュバインでイスマイル料理屋のオーナーをするつもりらしいから平気だろう。公館の副料理長を引き抜く算段はすでに付いていると、ほかの公使館員の前でも平然と話しているのだからやはりここは緩い職場だ。

 

 さて、一週間の休息が終わると、イスマイル生活の支度を整えるための準備期間がさらに一週間与えられた。ひりついた戦場と対照的な空気に風邪をひきそうであるが、そんなことを言ったらさらに休息の診断書が出るに違いない。

 

 「中尉ぃ、仕立て屋が来たぞぉ」

 

 寝ぼけ眼の大尉がてこてこ歩いて呼びに来た。伝言なんて小間使いにさせればいいのに、この牡は何かと彼女にかまいたがる。一応階級で呼び合う仲ではあるが、なんともこの公使館の空気が緩いので、ちょっとしたら行きます、などと娑婆っ気に満ちた返事をしてしまう。

 

 公館の第二応接室に行くと、そこにはイスマイル人らしき中年女性が立っていた。恰幅のいい体にゆったりした民族衣装を着て、頭にスカーフを巻いている。

 

 「メルハバ。私がイスマイルで一番の仕立て屋のナキエよ。最高の服を作るから任せなさい」

 

 オルクセン公館出入りの仕立て屋となれば本当に腕利きなのだろう、と信頼して彼女は採寸を始めさせた。なんだかオルクセンで軍服を仕立てた時より採寸の仕方が適当な気がするが、きっと気のせいだろう。腕利きの職人の勘とかがあるのだ、たぶん。

 

 「ハイ採寸はこれで大丈夫よ。布選びましょう。布は大事よ」

 

 派手に染められた絹布の反物が何枚も何枚も小間使いの少女からナキエに手渡されていく。それを肌の色と見比べては、これぐらいの褐色ならもう少し濃い色でも見栄えがするかしら、などとつぶやいているのである。そんなシルクを湯水のように使う衣服なんて中尉の給料では払えないと思うのだが、ダークエルフに適応するイスマイル衣装の製作試験とかいう名目で書記官殿が官費から出してるらしい。いったいどうなっているんだここは。

 

 恐ろしいことに、この布地にさらに刺繡を手作業でびっしり入れるそうだ。しかもそれを日常着三つに晴れ着一つ。一体全体何千ラングかかるのかと褐色の顔が蒼白になりそうであったが、大尉殿曰くイスマイルでは布地はとても安いのだという。要するに職工の給与が安いのだ。

 

 イスマイル全体の物価が安いうえに職工の給与が安くて、そこに工場生産の安い絹糸が入ってきたのだから、これはもうすべてが安いのである。唯一高いのはナキエの工賃で、これはオルクセンの基準で支払う契約になっているのでそれなりにする。つまり布屋や下請けの職人から買い叩いて、公使館からオルクセン基準で工賃を受け取れば差額はナキエの儲けとなるわけである。イスマイル商人は小狡いところがあると風の噂で聞いていたがそういうことだったか。

 

 それ以外にもスカーフや靴に下着とそろえて、想像の一割以下で収まってしまった。出来上がった服はというと、カフタンというローブのような上着にシャルワールというゆったりしたズボンが基本で、ここにチョッキを着たりスカーフをかぶったりする。

 

 女性ながらに軍人ということで、男性らしさを加えた服と女性の伝統衣装両方が出来上がっていた。こんな豪奢な服をいくら格安とはいえ官費で仕立てていいのかと思っていたが、公務が始まってすぐに大活躍することになった。イスマイルの宮殿への参内である。

 

 イスマイルは近代化が進んでいるとはいえ未だに男尊女卑のというか男女分離の気風の強い国である。成人した男女が席を同じにするのはよくないとされていて、それは宮殿の中にも当てはまる。各国公使館は文官も武官も男ばかりで、宮殿の女性区画……後宮に入る社交向きの仕事は各国公使の妻の仕事だった。ところがオルクセン公使館の高官たちにはなぜか妻帯者がいない。であるから各国の夫人外交から蚊帳の外だったわけであるが、そこにアンファングリアの……つまり女の軍人が赴任してきたわけである。

 

 というか、彼女の考えるところではおそらく、アンファングリアから騎兵中尉を引き抜いてイスマイルに派遣したのはこのためだったのであろう。この時代星欧中を探してもめったに見つからない女軍人。それをオルクセンだけはまとまった数で抱えていたのだ。後宮に入れる駐箚武官なんてほかのどこにもいなかった。

 

 マクシムープルに着任して一か月。新任武官のあいさつということで彼女はイスマイルの王宮に参内した。新市街の埋め立て地に作られた星欧式の新宮殿で、20年ほど前からイスマイルの王宮は旧市街の伝統建築の宮殿からここに移ってきていた。

 

 「書記官殿、大尉殿、行ってまいります」

 

 イスマイル風の特注軍装に身を包みながら、アンファングリア式の二指の敬礼を姿勢正しく決めて、彼女は男性陣と別れて単身王宮奥深くの後宮へと入っていった。




「女の園にて」につづく
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。