斜陽の国のダークエルフ   作:生きるの辛之

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女の園にて

 今日の彼女の装いは、イスマイル式に仕立てたアンファングリアの軍装である。アンファングリア風のイスマイル民族衣装ともいう。カフタンもシャルワールも黒く染めた絹布で仕立てて、その上に肋骨飾りのついたベストを着る。いたるところに白銀樹模様の銀糸の刺繍が入っている、瀟洒なつくりだ。

 

 頭の上には、フェズというイスマイル風の帽子をかぶる。一般的なフェズは赤いフェルトを使うが、彼女のフェズは熊毛帽と同じ黒色で、てっぺんからは銀糸で作った房が生えている。胴には白銀樹とドングリのアンファングリアの記章が付き、女性は髪を隠すというこの土地の流儀に従ってベールがうなじまで垂れている。ただし、ダークエルフであることを示すために耳はしっかりと出るつくりになっていた。

 

 そして彼女のベストの左胸には、本国から外交行李で送られてきたベレリアント戦争従軍記章がぶら下がっていた。終戦間もない当時、原隊でもまだつけている者はいなかったが、今回の参内のために慌てて送ってきたのだ。彼女が女性であっても一人前の士官であることを示すために。そしてもちろん、騎兵中尉であることを示す記章もついているし、シャルワールの袖には袖章も刺繍されていた。

 

 「ははは、まるで元帥か役者にもなったような気分だな」

 

 などと彼女はつぶやいた。いくらオルクセンの国威とイスマイルとの友誼を示すためとはいえ、少々やりすぎではないかと思える。意匠をすべてナキエに任せたのがよくなかったか。いや、大尉殿とナキエが何やら話し込んでいたから、あの牡の趣味も入っているのかもしれない。まったく余計なことをしてくれて。

 

 だが、夏のマクシムープルの気候で本国式の制服など着ていたら、暑気あたりで命を失いかねないのも事実であった。時は星暦877年7月末。屋外は強い日差しが降り注ぎ、湿気を帯びたぬるい海風が吹きつける。まだ朝とはいえこれなのだから、昼間はこんなものではなく、大尉が昼間は寝ていたくなるのも仕方ないのかもしれない。

 

 宮殿の屋内も、うだるように暑い。ところどころに氷柱は立っているが、そんなものは気休めである。だが後宮の奥へとすすみ、応接間の中に入ると温度差で耳が震えるほど涼しかった。感を研ぎ澄ますといたるところから強烈な魔力を感じる。オルクセンから輸出された刻印魔術式冷却板を使った冷房がふんだんに使われているのだ。

 

 「これは見事だ」

 

 彼女は思わずそうつぶやいた。贅沢に使われた冷却板もそうだし、何より部屋の装飾の華美なること。シャンデリアのぶら下がった星欧式の広間であるが、壁面や天井の意匠はイスマイル式のもの。そして何より、床に敷かれた巨大な絨毯はイスマイルの特産品である。星欧の王侯貴族が莫大な金を払って買い集めているそれを彼女は土足で踏んでいるのだと思うと、何やらおかしみすら覚えてくる。

 

 「お褒めにあずかり光栄ですわ。ですが貴女のお召し物のほうが見事でらっしゃいますわよ」

 

 流暢なグロワール語が聞こえてくる。顔を上げると、豪華な衣装に身を包んだ夫人が中央の椅子に座り、その周りにも何人もの貴婦人がいる。そしてその後ろにはたくさんの侍女らしき女性や侍従らしき男性が立っている。

 

 「母后陛下にあらせられます」

 

 案内役の宦官に低地オルク語でそう言われて、慌てて敬礼をする。室内だが戴帽しているから挙手の礼だ。もちろんアンファングリア式に二指で。

 

 「まぁ凛々しいこと。さすが歴戦の勇士でらっしゃいますわね」

 

 「小官はただ戦列の端で震えていただけです。生きて帰れただけで幸運でした」

 

 彼女はたどたどしいグロワール語でそう返した。グロワール語はこの時代星欧の公用語であったから士官に任官するにあたって叩き込まれたが、宮廷でしゃべるような上品な話し方ができるほどには到底習熟していない。

 

 「ファスリン峠で黄金樹旅団と勇敢に戦って中尉に昇進したとお聞きしましたわ」

 

 「戦果はすべて部下の手柄。昇進は上官の負傷に伴うものです」

 

 「謙虚な軍人さんですわね。我が国の士官たちにも見習わせたいものでしてよ。もっと私たちに戦場のお話を聞かせてくださいな」

 

 まるで道化だな。そう思ったが、口には出さない。彼女たちは後宮からほとんど出ることなく過ごすと聞いているから、外の世界のものが珍しいのだろう。外国からの賓客の相手はするのだろうが、それらは貴婦人たち。戦地帰りの騎兵士官なんてそれは物珍しいだろう。

 

 母后にすすめられるままにさらに奥の間へ進むと、そこは食堂であった。食卓に着くと、大量の小皿が運ばれてくる。イスマイル風の朝食である。イスマイルでは朝食を共にするのがおもてなしなのだと、書記官殿が言っていた。料理の説明はグロワール語でされても理解できないので、低地オルク語を話す侍従に頼む。が、侍従も料理用語まで把握していないのかよく説明がわからない。

 

 とりあえずパンはわかるので、そこに蜂蜜とクリームをつけて食べる。鉄海沿岸でとれる蜂蜜は実にうまい。パンだけでも数種類あってよくわからないから、周りの様子をうかがって真似して食べる。

パンを口に運び、茶を飲む。時々オリーブや野菜を口に運ぶ。みずみずしい胡瓜がなんともおいしい。

 

 「この胡瓜、なんで輪切りかわかる? 切らないと慰みに使うものが出るからなのよぉ?」

 

 比較的若いご夫人……皇帝の愛妾の一人らしいが、それがそんなことを言い始めた。これをきっかけに会話が血なまぐさい戦場の話から色めかしい話へと切り替わる。

 

 「ダークエルフって女しかいないんでしょ? 睦ごとはどうされてるのかしら?」

 

 そんなぶしつけな質問まで飛んでくる。女同士でする者はいるが基本的には淡泊……いいや、旅団長閣下はお熱かったな。すでに閣下と陛下の成婚は発表されていたが、さすがにその熱愛ぶりはまだ軍機だった。だから涼しい顔をがんばって維持して受け流す。耳のほてりを初心でかわいいなどとは言われたが。

 

 まったく、この後宮というのはなんやらアンファングリアに似てるな。女だらけで、下世話で人当たりがいい。ただ口調の上品さが違うだけだ。そんなことを思いながら果実に手を伸ばす。スイカやオレンジといった故郷の山村はおろかオルクセンでも珍しい南国の果物も、イスマイルでは身近なものだ。

 

 「しかしそのお召し物の素敵なこと。殿方のようでいて、可憐。凛々しくて、艶めかしい。あとでお写真を撮らせていただいてもよろしいかしら?」

 

 皇帝の妃の一人にそんなことを言われた。イスマイルの皇帝は複数の妃を持ったうえで、さらに愛妾までたくさん持つのである。オークどころではない絶倫なんだろうな、などと思うが消して口には出さない。みな美しくて品のある貴婦人たちだ。戦場向きではないが、白エルフどもよりずっと好感が持てる。

 

 食事を終えて応接間に戻ると、いつの間にか写真機が手配されていた。最新型の乾板式ハンドカメラだ。愛妾の中に写真が趣味のものがいて、まるで役者のように何枚も写真を撮られる。ここに来てやっと書記官殿がこの派手な服を作らせた理由が分かった。

 

 後宮のような女の園では、服装というのは何よりも強い武器なのである。今の彼女は異国の中性的な男装の麗人であり、しかも戦地帰りの女軍人である。このような物珍しい存在でなかったら、後宮の貴婦人方がここまで心を開いて話をしてくれなかったかもしれないし、そもそもたかが中尉が食事を共にできたかどうかも怪しいだろう。

 

 この場では道化であっても彼女は駐箚武官だ。彼女の評判は祖国の評判につながるし、彼女が聞いた話は全て軍務としての情報収集であるのだ。そんなことを思いつつも、和やかな空気を楽しんでいた時だった。

 

 「うちの軍隊にもあなた方のような可憐で勇敢な部隊が欲しいですわね」

 

 話の流れで愛妾の一人がそう言うと、場がそうねそうねと沸き上がった。時は星暦877年7月。4月に始まったロヴァルナとの戦争では善戦が報道されてはいたが、7月の半ば過ぎにはロヴァルナ軍はシプカ峠を突破し、イスマイル軍はプレヴネの要塞での籠城を余儀なくされていた。

 

 朝食の後のコーヒーの時間もすまし、後宮を辞した彼女は書記官や大尉たちと合流して、馬車にほんの僅かだけ揺られてオルクセン公使館に戻った。公使館と宮殿は歩いていける距離にあるのだが、こういう儀礼的な場で徒歩というのは格好がつかないのである。馬車の中で書記官が言った。

 

 「お嬢さん、後宮でロヴァルナとの戦争の話題は出ましたかな? 貴女には近々、観戦武官になってもらう予定です。まずは来週あたり、イスマイル陸軍への顔通しをするとしましょう」

 

 公使館でのゆるい暮らしも、そう長くは続かないようだった……




「老将軍との語らい」につづく
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