「これは一体、どういうことなんだ」
歩兵連隊の射撃教練を見た彼女は、思わずそうつぶやいた。彼らが手にしている小銃は、ベレリアント戦争で飽きるほど見たメイフィールド・マルティニである。厳密にはセンチュリースター製のコピー品らしいが、そんなことはどうでもいい。撃ち方もエルフィンド軍と同じ立射や膝射。しかしそれを見て、これほどの脅威であると感じる日が来るとは思わなかった。
イスマイル軍は白エルフのやつらと違って、きちんと防御線を作ってそこに散開して射撃をする。ここの兵舎の演習場は広くないからやらないが、実戦では何重にも防御線を重ねた堡塁を作るらしいと士官が砂板を使って説明してくれた。
しかもイスマイル軍は、なんと2800メートルの距離で射撃を始めるように訓練をするらしい。そんな距離ではさすがのエアハルトでもまともな戦闘は厳しいと思うのだが、イスマイル軍の秘訣を老将軍はいとも簡単に教えてくれた。
「なぁに、砲兵戦の応用じゃよ。陣地を構築したら、戦闘予定地に目印を置いてそこまでの距離を測っておく。それで曲射でやっつけるわけだ。砲兵ならずっと昔からやってることじゃよ。ただちょいと歩兵に応用しただけじゃて」
簡単に言ってのけるが、そんなことはオルクセンの教範では考えもしないことである。オルクセン軍ならまだ戦場に向かって行軍している距離だ。彼女も戦場でマルティニの流れ弾がずいぶん遠くまで飛んでくるのは理解していたが、それをきちんと測距して弾幕を張るというやり方でやられたらかなわないと思わされてしまった。
しかもそれだけではない。この遠距離からの弾幕射撃を潜り抜けて敵陣地に接近したら、新式小銃がその先に待ち受けているのだ。これは射撃場での教練を見せてもらっただけだが、恐ろしいものだった。
見た目はマルティニによく似ている。だが、まったく違う点がある。連発式なのである。一度まとめて弾を込めたら、レバーを動かすだけで何発も連続して撃てるのだ。
「中尉、よく見ておけ。あれがイスマイルの秘密兵器だ。弾は拳銃弾程度の代物だが、なにぶん射撃速度が段違いだ。後々で待ってるアレは……いや、閣下の秘密を明かすのはよろしくないな。覚悟しとけ」
そんなことを言われたら気になるじゃないか。いったい何があるのか、というのはその直後の騎兵の教練でよくわかった。連発銃は騎乗しながら片手で装填して撃てるのである。ベレリアント戦争でエルフィンド軍を不利にしたレバーアクションが、ここではよい効果を出していた。
突撃をかけながら、小銃を連射してくる騎兵。自分たちアンファングリアはグラックストンで騎兵の歴史を塗り替えたと思っていた。騎兵は乗馬歩兵となり、素早く展開して射撃陣地を作る存在だと。
だがイスマイル騎兵はそんな時代の趨勢を嘲笑うかのように、騎乗しながらの弾幕射撃をやってのけるのである。しかもこの連発式小銃、今でこそ拳銃弾程度の弾しか打てないが、小銃弾を使えるように改良が進められているらしい。
しかし、しかしである。彼女が一番度肝を抜かれたのはそれではなかった。歩兵連隊と騎兵連隊の後に待っていたもの……コサック騎兵旅団だ。ロヴァルナ軍で名高い、騎兵界の頂点ともいうべき存在。
赤子のころから馬の上で育つ彼らは、騎射に新型小銃の片手撃ちすら必要としない。手綱から手を放し、前後左右自由な向きに体を向けての精密な騎射だ。襲歩で進む馬の上から的の中心を見事に射貫く。長射程のマルティニでも、連射のできる新小銃でも。
「勇士ちゃん、彼らはロヴァルナの地を追われてイスマイルにやってきたのじゃよ。それが今、復讐を果たそうと牙を磨いとる。ベレリアント戦争の結果に燃え立っておるよ」
イスマイルは老いた大国、その軍も大したことないだろうと心の底では軽んじていた自分を恥じざるを得なかった。遠距離からの弾幕、中距離での狙撃、近距離での連射。そこで消費される大量の弾薬を用意するだけの経済能力。何より初めて見た本物の騎兵。コサックと比べたら、アンファングリアはおろか、黄金樹旅団ですら騎兵の真似事だ。
「さてさて勇士ちゃん、これからがとっておきのお楽しみじゃよ。頼んだぞ毛玉君」
なに、まだあるのか。今度はどんなものが待っている。新式大砲か? 閣下は砲兵の親玉だ。
「中尉、こっちだぞ。早く着替えてこい」
彼女が大尉につれられるままに兵舎の部屋に入ると、そこには先日の参内で着たばかりのアンファングリア風イスマイル服が用意されてた。こっそり持ってきていたのか。訳が分からないままそれに着替える。こんな服を星欧式の軍服をキメた閣下の前でしていいものなのか。
混乱しながら部屋に出ると、そこにはイスマイル服を着た大尉がいた。自分のものとはいくらか違って、カフタンに刺繍はないがその代わりに色糸を使って模様を入れた派手な布だ。フェズではなく毛皮飾りのついた円錐形の帽子をかぶっていて、そこから自前の毛の生えた耳もちょこんと覗いているのがかわいらしくて憎たらしい。暑い日だがそろそろ日が暮れてきたからこれでもいいらしい。マクシムープルは火が落ちると急に涼しくなるのだ。
ここの兵舎に慣れてるらしい大尉に連れられて再び外に出ると、そこには天幕が張ってある。その前にいるのは確か閣下の従卒だ。それに案内されて中に入ると、そこには閣下と数名の老人、その周りにも壮年の男たちがいる。そしてみな、派手な民族衣装に身を包んでいた。
「勇士ちゃん、カフタンの夕べにようこそじゃ」
快活な声で閣下はそういって、周りの老人たちを紹介してくる。聞けばみなイスマイル軍の重鎮ばかりではないか。将軍に歴戦の退役軍人。いくらか若い男たちも高級将校がいたかと思えば、下士官だったりもする。階級は違えどみな長い軍歴を持っている。
「とりあえず乾杯じゃよ」
民族風の盃に革袋から葡萄酒が注がれ、みな豪快に飲み干す。天幕の中にイスはなく、絨毯の上にそのまま座る仕組みだ。運ばれてきたメゼは床に置かれた板の上に並べらえれる。
「おひぃ様は床に座るにもなれとるか」
どこからかそんなイスマイル語が聞こえてくる。
「そういや毛玉君は最初は苦労しておったの」
閣下がそう返す。そうか、確かにオルクセンでもみな椅子と机の生活だったな。故郷で狩りに出て野営するときは地べたに布一枚しいて寝食を行っていたから、それが特別なこととは思っていなかったのだ。
次々に料理が出て、勧められるままに酒を飲む。だがメゼで驚いている場合ではなかった。天幕の扉が開き、閣下の従卒が二人がかりで巨大な塊を運んでくる。
「おもてなしといえば羊の丸焼きじゃよ。昨日の夜から焼いておったんじゃ。わしのとっておきじゃ」
なんと、「とっておきのお楽しみ」とは閣下の自慢の手料理であったか。緊張していた自分があほらしくなって、酒をあおり肉をかじる。それぞれがナイフで切り分けながら肉を食べるのも、何やら故郷の祭りを思い出す。彼女が故郷から持参したモリム鋼の山刀を抜いたら、老将軍たちが集まってきてこれはいい刃物だと褒めたたえてきた。いい刃物を見ると目を輝かすのはいい狩人の証拠だ。老将軍たちは閣下と同じようにイスマイル内の辺境の出身者が多く、狩りを好み愛する。
一人片言ながグロワール語を話す、華国に近い東の果ての遊牧民出身の騎兵少佐がいた。彼はカフタンとも違う、風変わりな民族衣装に身を包んでいた。その彼が、故郷では馬に乗り鷹を使って狩りをするのだと教えてくれた。いつかオルクセンに行って大鷲の狩りを見るのが夢らしい。オルクセンでは大鷲にのる飛行兵ができたと言ったら、大鷲にのれるならば死んでもいいなどと赤ら顔で言っていた。彼は人間にしては小柄な男だったから、何とか飛ぶくらいはできるかもしれない。戦場で仲良くなった大鷲がいる、帰国したらこっそり頼んでみよう。
皿代わりのパンの上に肉を置き、みなで葡萄酒を呷る。なんと愉快な会か。閣下以外は低地オルク語はしゃべれず、宮廷のようにグロワール語を話せるものもほとんどいない。だが戦地を抜けてきたものとして魂で通じ合うものがある。戦傷自慢が始まって、みな自慢のカフタンを脱いで半裸になりはじめたのは笑ってしまったが。
楽しい宴会が終わり、夜も更け天幕から出た。星を見ながら皆で西瓜をかじる。そんな時に閣下が言った。
「このカフタンの夕べはな、連隊上がりの将校のためのものなんじゃよ。最近の士官学校上がりの坊主どもは頭でっかちでいかん。指揮官の職は長く軍務についた歴戦の勇士に与えられるべきじゃ。座学では勇気は身につかん。そう思わんかね」
よくわからないので大尉に助けを求めると、なんでもこういうことらしい。イスマイルでは数十年前からの軍制改革で士官学校を始めとした軍学校が整備されているが、将校の中には兵隊上がりのたたき上げもまだまだ多い。そして両者の間には対立があるのだそうだ。この会は後者のたたき上げの士官たちと、もうじきそうなるであろう軍歴の長い下士官が集まった一種の結社なのだそうだ。
「中尉、貴様は士官学校を出てないだろ。そのうえ戦場帰りだ。だから閣下たちに認められたのさ」
「あれ、大尉殿は士官学校出では……」
「だから貴様と違って俺は大変だったよ。この中に入るまでに何百杯ラクを飲んだかもう思い出せないぜ」
ははは、銃弾にも勝る盃か。これがこの牡の戦争なのだ。駐在武官にも実戦があるのだな。などと思うとだんだん神妙な気持ちになってくる。
老軍人が皆で民族衣装を着て伝統料理を食べ、昔を懐かしむ。ただの懐古趣味ならいいが、軍内の対立があるとなると話は別だ。反乱勢力かもしれない。星欧化は今のイスマイルの国是でもあった。
まぁ、今宵は楽しく飲んだ。それでいいとするしかない。
「宴のあと」につづく