本国宛の外交行李の発送がある。ということは、本国からの外交行李の受け取りもまた、あるということである。オルクセンからマクシムープルまで、多くの荷物を送るとなれば船便である。そして、駐マクシムープル公使館の面々にとっては久しぶりの本国からの船便であった。
公使館と本国の行き来は、しばらくの間アスカニアとオスタリッチを鉄道で抜けてから地裂海航路に乗るルートに頼っていた。中尉が赴任してきた時の道程である。人員の移動には早くて便利だが、物資を運ぶには効率が悪い。それでもこのルートを使わざるをえなかった。原因はベレリアント戦争である。
開戦に伴いロヴァルナやグロワールはオルクセンとの国境の警戒を強めていた。もちろん外交行李や外交官は支障なく通れるのだが、駐マクシムープル公使館の面々がやっているのは密輸まがいの大量輸送である。開梱するのしないのでもめ事をおこして本国の世話になるわけにはいかなかった。そんなことになったらお礼の贈り物を増やさなくてはいけないので。
そういうわけで物資は比較的国境のゆるいアスカニア経由となっていたのだが、しかしながらそもそも鉄道輸送というのは効率がいいものではない。馬車に来ればれバはるかにましとはいえ、さすがにもっと伝統的な大量輸送手段には勝てなかった。船便、である。
しかしながら。悲しいことにこの本国との船便が、しばらくの間止まっていたのである。国有汽船も北オルク汽船もその船団のほとんどを戦争の為に徴用されていた。そうでなかった少数の船も、キャメロット行であるとか南星大陸行であるといった軍需のために必要な物資を輸入するための便にあてられていた。キャメロットなど外国の船会社も、軍需品や糧食をオルクセンに売りつけるための航路が最優先だ。そして当然ながら、マクシムープル便などという戦争に無関係な航路は休止となったわけである。
戦争が終わってようやく本国との航路が再開し、本国からの外交行李を降ろし、マクシムープルからのあれやこれやを積み込んで出港していったのが五日前。そして港の倉庫から公使館への搬入が終わったのが昨日のことであった。
「というわけで、今回の外交行李に合わせて本国から大量の物資が届いたわけです」
朝食の場で書記官殿がそう切り出した。周りの牡たちは静かに目をぎらつかせているが、中尉にはその理由がさっぱりわからなかった。
「中尉ぃ、わからんかねぇ?」
いつもの朝とは違う張りのある声で大尉はそういうが、わからないものはわからないのである。とぼけた顔をしていると彼は自慢げに言った。
「今回はなぁ、本国から食糧がたっぷり届いたのさぁ」
食糧? マクシムープルで日々おいしいイスマイル料理を食べられるというのに、いったい何を言っているんだ?
「いいか中尉ぃ、久しぶりにオルクセンのヴルストが食えるんだぞぉ。瓶詰だが、正真正銘のオルクセンのヴルストだ」
あぁ、確かにオルクセンのヴルストはおいしい。イスマイルでは豚肉食はあまり盛んではないらしく、マクシムープルにはいいヴルストがないのだ。だが、ベレリアントの山育ちの中尉にとっては、肉なんてそもそも御馳走であって毎日食べるようになったのはオルクセンに来てからのことである。だから肉に飢えるという感覚がなかった。そもそも何料理だろうが毎日腹いっぱい食べられるだけで幸せである。
そう正直に言ったのだが、大尉にはどうにも理解できないらしい。まったくこの若造はとしかりつけたい気持ちも若干湧いてくるが、しかし飽食はオルクセンが大国である証拠であり、そして大国になった原因でもある。飽食の時代しか知らない世代が一人前の軍人になっているのだから、さすがとしか言いようがない。まったく敵に回さなくてよかったものだ。
「だがなぁ中尉ぃ。本国から船便が来るときはライ麦も運んでくるんだぞぉ? どっしりとした黒パンを久しぶりに食べたくないかねぇ?」
黒パンが食べたい? 何かの冗談だろうか。マクシムープルでは毎日雪のように白いパンが食べられるというのに、なんでそんなものを食べなくてはならないのか。星欧において白パンが飽食の象徴なら、黒パンは貧乏の象徴である。そしてその黒パンすら不足するのがベレリアントの寒村での日々であったというのに……
だが、周りの公使館員たちも真面目な顔でうなずいている。確かに異国で長い間暮らしている彼らにとっては、故郷の味というのは恋しいものなのかもしれない。確かに薔薇のジャムを常用できる今でも、苔桃のジャムなら少し恋しい。
「大尉さん、それなのですがね……誠に残念ながら、今回の積み荷にライ麦はありませんでした」
居並ぶ牡たちが不調法にもカトラリーを床に落とす音が静寂の中に響いた。
書記官殿の歯切れの悪い説明をかいつまんで書くとこういう事である。戦争の影響で、マクシムープル宛の補給物資の選定を担当する役人が変わったそうだ。前任者が出征したためである。そして不慣れな後任者は、補給物資にライ麦なんかを送られる公使館を哀れに思って代わりに小麦粉をよこしたそうである。マクシムープルではそんなものはありふれているとも知らずに。
こうして、駐マクシムープル公使館始まって以来の珍事件、ライ麦騒動が始まったのであった。いまいちピンとこない中尉を置き去りにして……