Q.ヒスイの大地を独りで生き抜く方法は? 作:ZA
【追記】
毒云々のくだりを修正しました。
毎度毎度申し訳ない……( ;∀;)
フカマルに加えて素材も確保したので、とりあえずは目標達成だ。
これくらいあれば、2週間は洞窟にこもっても飯には困らないだろう。
俺は頭に巻いた包帯を巻き直しながら、重くなった腰袋と、さらに重くなったフカマルを抱えて早足で下山を急いでいた。
「いいかエイパム、振り返るなよ。ウォロと別れたとはいえ、まだ近くに誰かいる気配がする」
「えぱ?」
「誰でもいい。とにかくメインキャラクターとの遭遇は俺たちの平穏なモブライフを脅かす。フカマルもゲットしたし、これ以上の長居は無用だ」
足元のフカマルは俺のブーツの踵をガジガジと噛みながら短い足で懸命についてきている。
この愛らしい殺戮マシーンを連れて山の麓へ帰るには、人目を避けるルートを選ぶ必要がある。
そう、俺は風のように去るのだ。
誰にも気づかれず、静かに、影のように────。
「あーーーっ!! 見つけましたよ、お兄さん!!」
背後から、全てを台無しにする元気な声が響き渡った。
俺は天を仰いだ。
振り返ると、岩場の向こうから青い忍び装束──ギンガ団の正装とも言う──に身を包んだ少女が、オオニューラから飛び降りて猛ダッシュしてくるのが見える。
「ハァ、ハァ、もう、逃げ足が速いんですから! 途中で見失ったのでウォロさんにも教えてもらって、急いできたんですよ!」
ウォロォ……!
ショウは俺の目の前で急停止し、膝に手をついて息を切らした。
「おぉ、それはよかった。じゃあな」
「ちょっと!?」
ショウは逃げようとした俺の手をがしっと掴み───そして、俺の足元でブーツを噛んでいるフカマルを見て目を丸くした。
「あ、フカマルだ! 可愛い~! ……って、お兄さん足から血が出てませんか?」
「これは愛の証だよ」
俺が塩対応を決め込むと、ショウはお腹をさすりながら、上目遣いで言った。
「ええと、お兄さん、ノボリさんとお弁当食べてましたよね? 私、朝からずっと調査で何も食べてなくて……イモモチも飽きたし……何か、美味しいもの恵んでくれませんか?」
言葉の後に、可愛らしい腹の音が続いた。
……英雄も腹は減る、か。
俺はバレないように軽くため息をついた。
ここで断って騒がれるより、餌付けして穏便に帰ってもらう方が得策か。
それに、腹が減っている子供を突っぱねてしまっては俺も良い気がしない。
「しょうがないなぁ。いいよ、ちょうど俺も小腹が空いていたところだから」
「やった!」
嘘だ。これで早くも今日3回目の料理である。この調子じゃ食料も1週間で尽きてしまいそうだ。
俺は岩陰の平らなスペースを見つけ、荷物を下ろした。
今日のメニューは以前から試してみたかった「アレ」でも作ってみるか。
「何を作ってくれるんですか?」
「まあ、そう慌てなさんな」
俺はボールからオクタンを繰り出した。
真っ赤なタコが現れると、ショウは「おおっ」と歓声を上げる。
「オクタン! すまんが『アレ』を出してくれ。調理用だ」
「オクッ」
オクタンは心得た様子で口をすぼめ、
名前はそのまま『オクタンの墨』だ。
かつては書画や染料に使われたらしいこの墨は、実は食材としても極上のポテンシャルを持つ。
ただし、生の状態では外敵の視界と嗅覚を奪う催涙成分が含まれているため、加熱処理が必須となるのはご愛嬌。
「うわ、真っ黒。それ、食べるんですか?」
「オクタンの墨程度なら大丈夫だ。そこまで強い毒性を持っているわけでもない」
俺は小麦粉(と偽っているが、すり潰した穀物)とたっぷりの墨を混ぜ合わせ、真っ黒な生地を作った。
次に具材だ。本来のタコ焼きならタコを入れるが、目の前にオクタンがいるのに料理に使うわけにはいかない。
倫理的な問題である。
「そこで代用するのが、これだ」
俺が取り出したのは『もちもちキノコ』だ。
加熱すると魚介のような食感になり、タコの代用として申し分ない。
俺は腰袋から一枚のまな板を取り出した。
非常になめらかで堅く耐熱性もあるため、俺が非常に気に入っている一品である。
トントントンッ!
ナイフを打ちつける音が岩場に響く。
俺はまな板の上で、もちもちキノコをサイコロ状に刻んでいた。
「手際いいなぁ。好きなんですか? 料理」
「料理が好きというか……空腹が怖かったから、それを満たすための料理が自然と上達したって感じ。ヒスイに来てからだよ、本格的に始めたのは」
駄弁るのもほどほどに、俺は刻んだキノコとネギ代わりのクスリソウを生地に混ぜ込んだ。
専用の鉄板はないので、たっぷりと植物油を含んだ鉄鍋に、生地を落として揚げ焼きにするスタイルだ。
「オクタン『かえんほうしゃ』!」
「オクゥーッ!」
ジュワアアアッ!
黒い生地が油の中で踊る。墨の香ばしい匂いが立ち上り、ショウがゴクリと喉を鳴らした。
オクタンの墨を生地に混ぜ込み、オクタンの炎で加熱する。
タコ自体は入っていないが、まぁたこ焼きと呼んでもバチは当たらないはずだ。
やがて表面がカリッと焼け、中がトロッとした状態で引き上げる。
仕上げに、特製の甘辛ソース──ナナのみと醤油を煮詰めたもの──と、削ったスイートトリュフ──イチョウ商会で買った──をかければ完成だ。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」
「いただきます!」
ショウはハフハフと息を吹きかけながら、黒い団子を口に放り込んだ。
「んんっ!?」
彼女の目が大きく見開かれた。
「おいしぃい! すごく、すごく美味しいですよ、これ! 外はカリカリで、中はトロトロ! このキノコ、本当のタコみたい! それにこの黒い生地、すっごくコクがあります!」
「食レポ上手いな」
「すごい……ギンガ団の食堂なんて、毎日イモモチと漬物ばっかりで! こんな味、久しぶりだ……懐かしい」
ショウは涙目になりながら、次々と口に運んでいく。
その姿は英雄というよりは、ただの腹ペコな少女だ。
「それと、お兄さんって呼んでましたけど、またご馳走になっちゃいましたし、やっぱり名前……」
「前も言ったけど好きに呼んでくれ。そっちの方が君も名前を覚える負担がなくて楽だろ」
「じゃあ、やっぱりお兄さんで! 私のことはショウって呼んでください。団員とか調査員とか、堅苦しいのはナシで!」
屈託のない笑顔。
俺は「わかったよ、ショウ」と短く返した。
そうして暫く雑談をしながら食べていると、ギンガ団の話になった瞬間にショウは堰を切ったように話し始めた。
「────聞いてくださいよぉ。デンボク団長ったら、何かあるとすぐに『相撲をとるぞ!』って脅してくるんです。私、女の子ですよ? 相撲って何ですか相撲って」
「やっぱそういう感じなんだ、あの人」
「シマボシ隊長も厳しいし……ラベン博士は図鑑タスク無茶振りしてくるし……もう、ポーチパンパンなんです。アイテム整理するだけで一苦労で」
おお。愚痴が止まらない。
話の端々には、やはり現代シンオウ地方の記憶が見え隠れする。
───俺と同じく時空を超えてきた迷い人。
だが、俺と違って彼女はアルセウスという神に選ばれ、この世界の命運を背負わされている。
(まだ中学生くらいだろうに。大変なこった)
……まぁ、特に使命も託されずにこっちに飛ばされてサバイバルを強制されている俺も大概かもしれないが。
心の中で同情しつつ、追加のオクタン焼きを彼女の皿に乗せてやった。
「食べな。愚痴を吐き出すにもエネルギーがいる」
「うぅ、優しい味……。お兄さん、ギンガ団に入りませんか? 厨房担当で」
「魅力的な提案だが、断るよ。俺は自由がいい」
「うーん……じゃあ、私専用のシェフでも構いません! 毎朝しっかりと味噌汁でも作ってもらいましょうか!」
「もっと自由からかけ離れたな」
ショウは「どう言う意味ですかそれ!」と頬を膨らませながらも、口の端についたソースを拭った。
エイパムもフカマルも、こぼれ落ちたオクタン焼きを巡って小さな戦争をしている。それを保護者面で眺めるオクタン。
束の間の、平和な食事風景。
やがて鉄鍋が空になった頃。
ショウは満足げに息を吐き、手を合わせた。
「ごちそうさまでした! ……あー、元気出た。これでまた頑張れます」
彼女は立ち上がり、パンパンと膝の砂を払った。
その表情は、先ほどまでのただの少女から少しだけ「調査隊員」の顔に戻っていた。
「そういえば、お兄さんは何しにテンガンざ……じゃなかった、この天冠の山麓へ?」
「俺はただの素材集めと、フカマルのスカウトに。ショウこそ、こんな危険な場所へ何しに?」
「いい質問です!」
ショウはビシッと人差し指を立てた。
「それはですね、私、実は時空の歪みを調査しに来たんです! 最近、この山麓での発生頻度が異常に高くて……ノボリさんも『ダイヤが乱れている』って心配してて」
「へえ。時空の歪みか」
俺は空を見上げた。
群青の海岸でセキも言っていた。歪みが活発化している、と。
「はい。ラベン博士の仮説だと、この山麓の磁場が影響してるんじゃないかって……わっ!?」
ショウが言葉を続けようとした、その瞬間だった。
バリバリバリッ!!!
世界に亀裂が入るような、不快な音が響き渡った。
空気が一瞬で重くなる。
肌にまとわりつく静電気。耳鳴り。
「えぱぁ!?」
「ガブッ?」
ポケモンたちが騒ぎ出す。
俺たちの頭上の何もないはずの空間に、極彩色のノイズが走り始めた。
────歪んでいる。
空が、空間が、あり得ない色に染まっていく。
「……噂をすれば、ってやつか」
「嘘……! こんな至近距離で発生するなんて!」
ショウがモンスターボールを構える。
俺たちの周囲を、ドーム状の結界のようなものが包み込んでいく。
逃げ場はない。俺たちは、発生したばかりの時空の歪みの内部に取り込まれてしまったのだ。
歪みの奥から、この時代のものとは思えない、異質な咆哮が聞こえてくる。
「お兄さん、下がっててください! ご飯を食べさせてもらったお礼です!」
ショウが前に出る。
俺は鉄鍋を構え直し、オクタンとフカマルをボールに戻す。
お言葉はありがたいが、流石に一人の少女に助けられるだけでは格好がつかないというものだ。
「……デザートの時間にしちゃあ、ヘビーすぎるな」
穏やかなランチタイムは終了だ。
俺と英雄と、サメとサルとタコ。
奇妙なパーティによる、時空を超えたサバイバル戦が、唐突に幕を開けた。