Q.ヒスイの大地を独りで生き抜く方法は?   作:ZA

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行商人とコトブキあられ

 

 これは豆知識なのだけれど、ヒスイの土は場所によって踏み心地が結構ちがう。

 黒曜の原野はザクザク、紅蓮の湿地はズブズブ。

 そして、今歩いているこの道は、何もなさすぎて逆に足裏が痛い。

 

「えぱっ、ぱぁー!」

 

 頭上でエイパムが騒いでいる。

 見上げると、木の枝から逆さまにぶら下がり何かを俺の顔面に落とそうと狙いを定めていた。

 あぁ、また木の実取ってくれてんのね。

 基本やんちゃな印象だが、こういうところがあるので憎めない。

 

 ──────ポスッ。

 

 俺の頭に直撃したのは、青々としたボングリ……ではなく、泥団子だった。

 

「……おいエイパム。俺がその気になれば、寝てる間にその尻尾をモフってやることもできるんだからな」

 

 頭に被った泥を払いながら相棒をジト目で睨む。

 俺の脅しに屈したエイパムは「しゃーない、ご機嫌取りしてやるか」みたいな顔で、俺の肩へヒョイと飛び降りてきた。

 まぁ、少しは反省したならヨシ。

 

「あのな、いくら『どろだんご』がポケモンを疲れさせる効果があるからって俺に投げてどうする。捕獲する気か?」

「えぱぱ!」

 

 前言撤回。全然反省してねぇわコイツ……!

 エイパムは悪びれもせず俺の腰袋のポケットから勝手に干し肉を抜き取ろうとする。

 こいつは転移した当初こそ俺を警戒していたが、今では完全に「餌をくれる移動式止まり木」くらいに思っている節がある。

 

「まあいい。一応、泥団子も素材だからな」

 

 俺はため息をつきつつ、余った泥団子を腰袋にしまった。

 側から見れば、ヒスイの大地を一人彷徨う男が真顔で泥団子を大事にしまっている図だ。狂気である。

 

 そんな不審者ムーブをかましていると、風に乗って鈴の音が聞こえてきた。

 

 チリン、チリン。

 

 この規則正しいリズムと、妙に爽やかな足音。

 

(……来たな、ストーカー行商人)

 

 カーブの先から現れたのは、独特な帽子に巨大なバックパック。 

 そして顔に貼り付けたような完璧な笑顔。

 ────イチョウ商会のウォロだ。

 

 彼は俺を見つけるなり、大げさに両手を広げた。

 

「いやあ! こんな辺鄙な場所でお会いするとは! 奇遇ですねえ、旅人さん!」

「どうも」

 

 先週も黒曜の原野ですれ違ったばかりだろ、GPSでも埋め込まれてるのか?

 

「ええ、以前も名乗りましたが───イチョウ商会のウォロです。珍しい品、掘り出し物、なんでもござれ。……ところで」

 

 彼は俺の全身をジロジロと眺め、少し引きつった笑みを浮かべた。

 

「頭、泥だらけですが……ファッションですか?」

「ええ、まあ。泥浴びは肌に良いらしいので」

「ヒスイの流行は奥が深いですねえ」

「それでいいのか」

 

 ウォロは納得したような仕草をして、巨大な荷物をドスンと下ろした。

 

「まあ、出会ったのも何かの縁です。少し商売といきませんか? お手持ちの素材、買い取りますよ」

「おー、それは助かります。ちょうど荷物が重くて」

 

 俺は袋の中身を広げ、ウォロに見せた。

 

「……え?」

 

 あぁ、間違えた。

 これは泥団子を仕舞った方の袋だ。

 

 ────あー、あった。こっちだこっち。

 俺は改めて袋を開ける。

 

 「あかいかけら」に「ピートブロック」……ここら辺は貴重っぽいのでまだ売らない。

 問題は、俺が「使える」と判断して拾い集めた雑多なアイテムだ。

 

「あの、旅人さん。このキノコは?」

「これは黒曜に居たパラセクトから採取しました。煮出せば強烈な痺れ薬になりますよ。野宿のポケ──魔物除けに最適です」

「は、はあ。では、こちらの枯れ草は?」

「それはミノマダムのみのの一部です。編み込めば保温性抜群の靴下になります」

「……なるほど。あなた、見た目に反して生活がシビアですね」

「こちとら毎日野宿ですよ」

 

 ウォロは苦笑しつつも、しっかりと適正価格で買い取ってくれた。

 さすがは商売人、物の山から価値を見出す目は確かだ。

 俺は得た金で「キズぐすり」と「げんきのかけら」を購入する。

 薬は自分で調合するのめんどいからな。

 

「毎度あり。……おや、そうだ」

 

 取引を終えたウォロが、懐から小さな包みを取り出した。

 

「これ、オマケです。コトブキムラの新作保存食、『コトブキあられ』。試作品を押し付け……いえ、譲り受けましてね」

「あられ、ですか」

「ええ。とっても歯ごたえが良いらしいですよ」

 

 こっちの世界にもあるのか、あられ。

 俺は礼を言って包みを受け取り、中からゴツゴツした茶色の塊を取り出した。

 見た目は完全に砂利そのものである。

 恐る恐る口に放り込み、奥歯で噛んでみる。

 

 ガキィッッ!!

 

 頭蓋骨に響く破砕音。───たぶん、ダメな音だ。

 俺の動きが止まった。

 

「……ッぐ、硬いですね」

「でしょう? 私も一枚食べたら顎が外れかけましてね。一人で苦しむのも癪だから……じゃなくて、美味しさを共有したくて」

「あんた今、本音漏れたぞ」

 

 横でエイパムが「寄越せ」とせがむので、一粒渡す。

 エイパムは嬉々として口に入れ──数秒後、エイパムは白目を剥いてあられを吐き出し、地面をバンバン叩いている。

 

「ハハハ! ポケモンには少し早かったかな?」

 

 ウォロは楽しそうに笑っている。

 この男、爽やかな顔をしておいて結構良い性格をしてるな。

 原作通りならば、この男がギラティナ云々の騒動を起こすはずなのだが、今のところは胡散臭い行商人といった感じ。

 

「……で、旅人さん」

 

 あられ騒動が落ち着いた頃、ウォロが急にトーンを落として切り出した。

 場の空気が、スッと冷える。

 

「前から思っていましたが───あなた、不思議な人だ」

 

 彼は探るような目で俺を見つめた。

 

「泥を被り、枯れ草を集め、イシツブテのようなあられを真顔で食べる……。普通の人間なら、もう少し『文化的な生活』を恋しがるものです。でも、あなたからはそういう悲壮感がない」

 

 一歩、距離を詰められる。

 あられは別に関係ないよな?

 

「まるで、この不便で危険なヒスイの大地を『楽しんでいる』かのような余裕がある。一体、何者なんです?」

 

 やけに緊張感が走る。

 俺は口の中に残ったあられを噛み砕──けなかったので諦めて、努めて冷静に答えた。

 

「ただの田舎者ですよ」

「田舎?」

「ええ。俺の故郷じゃ、こういう生活が普通だったんで」

 

 嘘である。

 俺の故郷(現代日本)には、コンビニもあればふかふかの布団もある。

 だが、ここで「未来から来ました」なんて言えば、この怪しい商人に何をされるか分かったもんじゃない。

 シンオウ神話──例えばディアルガあたりの話を出されて、延々と絡まれることになるだろう。

 

「ふうん。このヒスイよりも過酷な田舎、ですか。それはそれは興味深い」

「(なんか変な設定作っちゃったな……)」

 

 ウォロは怪訝そうに眉をひそめたが、それ以上追及するのは諦めたようだった。

 これ以上聞くと、俺から泥団子を売りつけられそうだと察したのかもしれない。

 

「まあいいでしょう。長話もなんですから。……この先、気をつけてくださいね」

 

 なんだその意味深な発言は。

 俺の怪訝な視線を無視して、彼は荷物を背負い直した。

 

「最近、空が妙なんですよ。時空が歪むというか、なんというか……巻き込まれると、とんでもなく強いポケモンが出るとか、あるいは……」

 

 彼は意味深に言葉を切った後、ニッコリと笑った。

 

「『あられ』より硬いものが降ってくるかもしれませんから」

「……それは勘弁だな」

「では、良き旅を!」

 

 ウォロは軽やかな足取りで去っていった。

 去り際、彼がこっそり自分の荷物から「コトブキあられ」の残りを道端に捨てていったのを、俺は見逃さなかった。

 

「あの野郎、在庫処分しやがったな」

「えぱっ」

 

 俺たちは再び歩き出した。

 相変わらず道は硬く、足が痛い。

 ───ふと、視界が明滅した。

 

 チカッ。

 

 空の色が反転し、世界の彩度が落ちるような感覚。

 風が止まり、耳鳴りがキーンと響く。

 

「ッ……?」

 

 空を見上げる。

 テンガン山の上空、雲がまるでバグったテレビ画面のように、ジジジと歪んでいた。

 

 ふと、雲から何かが落ちるような影が見えた。

 ───それも、人のような形をしていた気がする。

 

 不穏だ。圧倒的に不穏だ。

 ゲームなら、ここからレアアイテム拾い放題のボーナスタイムだが、現実で遭遇すると「世界の終わり」感が半端ない。

 

 俺はゴクリと唾を飲み込み、緊張感を高め――

 

「えぱぱぱぱ!!」

 

 突如、エイパムが俺の顔の前で変顔をした。

 なにやら、空の歪みを真似しているらしい。

 

「お前なぁ、今シリアスなシーンだぞ」

「えぱっ!」

 

 エイパムは俺の頭に飛び乗ると、髪の毛をグシャグシャとかき回した。

 

 緊張感が霧散する。

 察するに、ビビってんじゃねーよ的なことを言いたいのだろう。

 確かに一理ある。ここで怯えていても腹は減るだけだ。

 

「はいはい、分かったよ。……っし、行くぞ。今日は鍋でも食おう」

「えぱー!」

 

 空の歪みは数秒で消えた。

 俺たちは不穏な空の下、鍋の具材について真剣に議論(俺が喋り、エイパムが踊る)しながら、再び歩き始める。

 

 気付けばもう夕暮れ。

 ヒスイの一日が、終わりを迎えようとしていた。




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