Q.ヒスイの大地を独りで生き抜く方法は?   作:ZA

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〜原作主人公を添えて〜


パラセクトのキノコリゾット

 

 紅蓮の湿地は、常に湿った腐葉土と水の匂いがする。

 足を踏み出すたびに泥が音を立てるこの場所は、普通なら長居したいとは思わない環境だろう。

 しかし、それらを全て帳消しにするような長所が存在する。

 

 ───そう、食料調達! ここは食料の宝庫と言っても差し支えないほどの楽園である!

 

「……いた。あそこだ」

 

 息を殺して岩陰に身を潜め、俺は前方を見やる。

 視線の先───巨大な木の根元に、赤い傘を持った塊が鎮座している。きのこポケモン・パラセクトだ。

 背中の巨大なキノコが本体であり、下半身の虫は既に意識を乗っ取られているという、図鑑説明を思い出すと背筋が寒くなるポケモン。

 

 だが、今の俺が見ているのはその「生態」ではない。「食材」としての価値だ。

 

 おおっと、勘違いするなよ。俺はパラセクトを食べるわけではない。いや、ある意味パラセクトなのか?

 ……まぁともかく、原作としてのポケモンを知っている俺は、あまりその生命を頂く気にはなれない。

 

 だからこそ、俺が狙うのは────、

 

「よし、作戦通り行こう。絶対に殺すなよ、あくまで『散髪』だ」

 

 俺の合図で、背後から黒い影が飛び出した。

 

「ニューラッ!」

 

 飛び出したのは、鋭い鉤爪を持つマニューラ。

 言うまでもないが、俺とヒスイサバイバルを共にする頼もしい仲間の一人である。

 

 パラセクトが虚ろな白い眼をこちらに向け、反応しようとした瞬間――マニューラの動きが勝った。

 

「『つじぎり』」

 

 黒い残像を残し、マニューラがパラセクトの背後に回る。

 その鉤爪が狙うのは、虫の急所ではない。背中に生えた巨大なキノコの傘の端だ。

 ザンッ! という小気味よい音が響く。

 分厚い肉質のキノコの一部が、綺麗にスライスされて宙を舞った。

 ひとまずは食料確保。このまま撤退しようと────、

 

 キノコの一部を失ったパラセクトが怒りを露わにし、『シザークロス』を()()()()()()放った。

 

「────ッぶねぇ!」

 

 半ば反射的に地面を蹴り、横っ飛びで攻撃を回避する。

 今の当たってたら多分死んでたな……なんて他愛のない事を考えながら、俺は声を張り上げる。俺の背後には、頼もしい小さい影が尻尾を構えていた。

 

「エイパム、『おどろかす』!」

 

 突如現れた巨大な影──尤も、形は可愛らしいただの尻尾だが──を見たパラセクトは驚き、キノコの一部を残したまま湿地の奥へと去ってしまった。

 

「お疲れさん、二人とも」

 

 俺はマニューラが抱えている巨大なキノコの欠片を受け取った。

 ずしりと重い。表面は赤く、裏側のヒダは黄色味を帯びている。

 毒々しい色だが、ヒスイの文献(ウォロに売ってもらった)によれば、加熱すれば極上の出汁が出るはずだ。

 天敵が少ない影響か、黒曜に生息するパラセクトのキノコより毒素が少ないのもgoodだ。

 さて、これを一番美味しく食べる事のできる料理は───、

 

「鍋って言ってたが、やっぱ路線変更! 今日はこれでリゾットにするぞ」

 

エイパムが「えぱー!」と歓声を上げ、マニューラがフッと息を漏らした。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 湿地帯の乾いた高台に移動し、簡易拠点を設営する。

 さて、ここからは調理の時間だ。

 ヒスイで生きていくためには、ポケモンの力が欠かせない。

 それはバトルや精神的な意味だけでなく、生活のあらゆる場面で言えることだ。

 

「まずは下ごしらえだ。マニューラ!」

 

 俺がキノコの塊を平らな岩の上に置くと、マニューラが待っていましたとばかりに爪を研いだ。

 野生のマニューラなら人間を切り刻む凶器となるその爪も、今は最高級の包丁だ。

 

「『みだれひっかき』! 千切りバージョンで」

「ニュアッ!」

 

 目にも止まらぬ速さで爪が振るわれる。

 ゴムのように弾力があったパラセクトのキノコが、瞬く間に均一な薄切りになっていく。

 断面から土と森を凝縮したような香りが立ち上った。

 

 ついでに、道中で拾った「ゲンキノツボミ」と辛味付けの「あかぼんぐり」も細かく刻んでもらう。

 

「サンキュ。次は火だ。オクタン、出番だぞ」

 

 石を組んで作ったカマドに、小枝と乾燥した苔を詰めた。

 オクタンがその前にのそりと移動し、口をすぼめる。

 水タイプであるオクタンだが、こいつの技範囲の広さは異常だ。

 俺がこの旅でオクタンを重宝している理由がここにある。

 

「弱めの『かえんほうしゃ』」 

 

 ボッ。

 オクタンの口から、本来ならあり得ないはずの赤熱した炎が吐き出された。

 しかも、ただ燃やすだけではない。火力を微調整し、薪全体に均一に火が回るような絶妙なコントロールだ。

 

「よし、鍋を乗せるぞ」

 

 イチョウ商会から買った深底の鉄鍋を火にかける。

 持参したラードを溶かし、マニューラが刻んだ「ゲンキノツボミ」と「あかぼんぐり」を炒める。

 ジュワーッという音と共に、香味野菜の香りが広がり───そこに、主役のパラセクト茸を投入!

 

 鍋の中が一気に賑やかになる。

 最初はカサカサしていたキノコが油を吸ってしんなりとし、自身の水分を放出して艶を帯びてくる。

 

「毒々しい見た目のくせに、香りは完全にマツタケの上位互換だな」

 

 エイパムが待ちきれずに鍋を覗き込み、湯気で顔を濡らしている。

 キノコに火が通ったら、携帯していた生米を洗わずにそのまま投入。

 米が透き通るまで炒めたら、水を少しずつ加えていく。

 

 さて、ここからは根気勝負だ。

 米が水を吸っては足し、吸っては足し。

 焦げ付かないよう、常に木べらでかき混ぜ続ける。

 

「オクタン、火力そのままでキープだ。マニューラは……そうだな、周囲の警戒を頼む。エイパムも付き添いで」

 

 マニューラは「了解」といった風情で木の上に飛び移った。

 鍋の中では、米とキノコがとろりと一体化し始めており、キノコから溶け出した出汁で米が黄金色に染まっていく。

 仕上げに、隠し味として「ミツハニーの蜜」をほんの一滴。

 コクと照りを出すためには欠かせない一品だ。

 最後に塩で味を整え、火から下ろす。

 

「よーし、完成だ! 名前をつけるなら、そうだな───『パラセクトの森香るリゾット』!」

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 器によそうと、湯気と共に濃厚なキノコの香りが鼻孔をくすぐった。

 俺たちは焚き火を囲み、手を合わせる。

 もちろん、マニューラ、エイパム、オクタン以外の手持ちたちも勢揃いだ。

 

「いただきます」

「えぱぁ!」

 

 スプーンで一口すくって、熱々のリゾットを口に運ぶと――

 

「……ッ!」

 

 爆発的な旨味だった。

 キノコの繊維から溢れ出る汁が、米の一粒一粒に染み込んでいる。

 「ゲンキノツボミ」の爽やかな風味と、「あかぼんぐり」のピリッとした辛味がアクセントになり、濃厚なのに飽きが来ない。

パラセクトの持つ不気味な外見からは想像もつかないほど、繊細で深い命の味がした。

 

「あんま急いで食うなよ、喉つまらせんぞ」

 

 エイパムも夢中で頬張っている。

 オクタンも、自分の取り分を器用に触手で持ち上げ、吸い込むように食べている。

 マニューラは木の上から降りてきて、無言で皿を差し出した。「おかわり」の合図だ。

 他のメンツも、それぞれ違う様子で楽しんでいる。

 こうやって美味しそうに食べるポケモンたちを見るのも、結構俺は好きかもしれない。

 

 ふと、食べている最中に奇妙な感覚に襲われた。

 視界が少し、紫がかって見える。

 体の節々がポカポカするのだが、それが温かさなのか、微弱な痺れなのか判別がつかない。

 

(加熱処理は完璧なはずだが、微量の神経毒が残ってるのか? もうちょっと毒抜きするべきだったかぁ)

 

 脳裏に一瞬、暗い湿地の底から空を見上げるような──────自分の意思とは無関係に手足が動くような、奇妙な浮遊感。

 思わず箸が止まる。

 だが、不快ではない。

 むしろ、このヒスイの大地と一体化するような、深い陶酔感があった。

 

「おいエイパム。お前、変なもん見えてないか?」

 

 俺が聞くと、エイパムは口の周りを米だらけにしながら、ケラケラと笑って空を指差した。

 そこには何もいない。

 いや、エイパムには、極彩色の蝶々でも見えているのかもしれない。

 

「ま、いっか。美味いし」

 

 俺は思考を放棄して、スプーンを動かした。

 食べてみたら毒が残ってたことなんてよくあることだ。

 多少の毒も、幻覚も、この世界で生きていくためのスパイスとも言える。

 極論、死ななきゃなんでもいい。

 

 全員が満腹になる頃には、太陽が中天に昇っていた。

 満腹感と、少しのトリップ感で、手足が重い。

 

「夜が明けたら明日は探索に出発だ。次は凍土の方まで行くぞ」

 

 俺が言うと、ポケモンたちは満足げに鳴いて、それぞれの場所で休息を取り始めた。

 オクタンが残り火に『みずでっぽう』を掛けて鎮火する。

 ジュウッ、と白い煙が上がり、キノコの香りの残滓を空へと運んでいった。

 

 ヒスイの旅は続く。

 明日は何を狩って、何を食おうか。

 そんなことを考えながら、俺はリュックを枕に、短い午睡へと落ちていった───────はずだったのだが、マニューラの唸るような声で目が覚める。

 

 (なんだ? オヤブン個体だと面倒だな……)

 

 まどろみの中、紫色の蝶が視界の隅をヒラヒラと飛んでいるのを傍目に、草むらの方へ視線を送る。

 ガサガサ、と草を掻き分ける音がして、そこから一人の少女が転がり出てきた。

 

 赤いバンダナに、独特な青い装束。ギンガ団の調査隊員服だ。

 俺は思わず目を見開く。その顔に見覚えがあったからだ。

 このヒスイが舞台となったゲームの主人公────ショウだ。

 

 彼女はボロボロの姿で顔には擦り傷を作り、肩で息をしていた。

 そして、その視線は俺……ではなく、鍋へと釘付けになっている。

 

「あぁ……いい、匂い……」

 

 彼女の腹が、グゥゥゥと盛大な音を立てた。

 どうやら任務中に迷子になったか、あるいはオヤブンに追われて逃げてきたか。

 彼女はフラフラと鍋に近づき、残った汁をすくおうと手を伸ばす。

 

「待て」

 

 俺は慌ててその手首を掴んだ。

 ショウの体がびくっと震え、やっとこちらへと視線を向ける。

 

「え……? あ、ご、ごめんなさい! その、お腹が……」

「あー、いや、怒ってるわけじゃない。ただ、それは食わない方がいい」

 

 俺は視界の端でまだ飛んでいる幻覚の蝶を見ながら言った。

 

「このリゾット、慣れてない人間が食うと毒で死ぬ」

「えっ……!?」

 

 流石に、これからヒスイを救う英雄に対して毒キノコを食わせて廃人にするわけにはいかない。

 彼女の顔色は悪い。空腹と疲労で限界なのだろう。

 

「座って待ってろ。今、別のを作る」

 

 俺はリュックからアルミ製の飯盒──これもイチョウ商会で買ったものだ──を取り出した。

 近くの湧き水を汲み、オクタンの前に置く。

 

「オクタン、もう一仕事だ。今度は弱火で、じっくり頼む」

「オクッ」

 

 オクタンが慣れた様子で口から小さな炎を吐き出し、飯盒を温める。

 俺は腰袋から、乾燥させた食べれる野菜の諸々と岩塩を取り出した。

 毒気のない正真正銘安全な食材たちだ。

 

 沸騰した湯に野菜を放り込み、塩で味を整える。

 隠し味に、これも乾燥させておいたオレンのみの皮を少し──柑橘の香りが疲れた神経を鎮めてくれるはずだ。

 少なくとも、毒キノコリゾットを食うよりは安全だと思う。

 

「ほら、出来たぞ」

 

 蓋を器代わりにして、透き通ったスープを注ぐ。

 ショウは震える手でそれを受け取り、恐る恐る口をつけた。

 

「……っ!」

 

 一口飲んで、彼女の目が大きく見開かれた。

 そして、次の瞬間には涙目になって、夢中でスープを啜り始めた。

 

「おいしい……! 温かい……!」

「具はないが、体は温まるはずだ」

 

 ハフハフと息を吐きながらスープを飲む彼女を、俺はぼんやりと眺めた。

 パラセクトの毒のせいで彼女の周囲に後光が差しているように見えるが、あながち間違いでもないだろう。

 彼女はこの先、キングを鎮め、時空の裂け目を閉じる過酷な運命を背負っている。

 それに比べれば、俺の旅などちょっと危険なピクニックみたいなものだ。

 

「ふぅ。生き返りました!」

 

 最後の一滴まで飲み干し、ショウは深く息を吐いた。

 顔に赤みが戻っている。

 

「ありがとうございます、ええと……」

「あー、別に名乗るほどでもないし、適当に呼んでくれ」

「じゃあ、お兄さんはどうしてここに?」

 

 おお、好きに呼んでくれとは言ったが「お兄さん」は想定外。

 やや恥ずかしいが、なるべく感情を見せないように答える。

 

「ただの通りすがりだ。あっちの方角へ歩けば、ベースキャンプが見えるはずだぞ」

 

 俺はあえて名乗らず、帰り道を指差した。

 これ以上関わると、ボロが出る。

 

「ご親切に、本当にありがとうございます! この御恩はいつか必ず!」

 

 ショウは深々と頭を下げ、教えられた方角へと駆けていった。

 その背中には頼りなさが残るが、芯の強さも感じられた。

 

「……行っちゃったな」

 

 エイパムが、つまらなそうに欠伸をする。

 俺は空になった飯盒を片付けながら、苦笑した。

 

「いつか恩を返す、か」

 

 彼女が世界を救ってくれれば、それが最大の恩返しだ。

 俺にキングやクイーンと戦う度胸なんてないし、世界を救う宿命なんてものもない。

 俺たちが安心して、変なキノコを食って昼寝できるのも、彼女が世界を繋ぎ止めてくれるからなのだから。

 

「さて、そろそろ寝るか。まだちょっと、地面が揺れてる気がするけど」

 

 俺は幻覚の名残で少し千鳥足になりながら、寝袋で身を包む。

 英雄とは逆の、道なき道へと足を踏み出すために。




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