Q.ヒスイの大地を独りで生き抜く方法は?   作:ZA

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極上とろとろマンムー・ポタージュ

 

 カイと別れて再び歩き始めた純白の凍土は、昨日以上に容赦のない猛吹雪に見舞われていた。

 白い視界の中を、鋭い氷晶が横殴りに吹き付けてくる。

 

「……視界が完全に閉ざされたな」

 

 マニューラに命じ、雪煙を切り裂くように進んだ先、巨大な氷の塊のような構造物が見えた。

 アレは─────シンジュ団の集落か。

 

(迂回は不可能。燃料切れで凍え死ぬ方が馬鹿らしい)

 

 俺はそう判断し、集落の端に近づいた。

 

「そこの者! 動くでない!」

 

 鋭い声が響き、雪の中からシンジュ団の見張りらしき数名が、槍のような武器を構えて飛び出してきた。

 

「おっと失礼。俺は旅の者です。申し訳ないのですが、吹雪を避けるためにここを通過させてほしい」

 

 両手を上げて『許しを乞う』ポーズをしながらも、背後にマニューラを忍ばせる。

 もし彼らが襲って来た場合、こちらも反撃の準備を取らねばなるまい。

 ()()()()ポケモンバトルは随分と久しぶりなのもあって、少し心配だが──────、

 

「待て! そこを動くのは、まかりならぬ!」

 

 集落の中心から、凛とした声が響いた。カイだ。

 口調を聞いた感じ、今は里の長モードか。

 彼女は俺の顔を見るなり、驚き、そしてすぐに安堵と威厳をないまぜにした表情を作った。

 

「旅の者……無事だったか」

「ええ。まぁ、あれから一日しか経ってないですけど」

 

 カイはコホンと一つ咳払いをすると、集まった団員たちに向けて高らかに宣言した。

 

「皆の者、武器を収めよ! この男は怪しい者ではない! 昨夜、遭難しかけた私を救い、あの極寒の洞窟で一夜を共にし、私を温めた恩人だ!」

 

 おい、大丈夫かその言い方。

 

 ────ざわっ……

 案の定、集落に激震が走った。

 団員たちが「一夜を……?」「温めた……?」「長が、男と……?」とヒソヒソ話を始める。

 

「え? あ、いや! 違う! 物理的に温めたという意味で……いや、それもおかしいか!? とにかく、この者は私の客だ! 粗相のないように!」

 

 カイは顔を真っ赤にして叫んだ。

 誤解は解けきっていない気がするが、とりあえず命拾いはしたようだ。

 集落の中に通されると、そこには厳しいながらも温かい生活の営みがあった。

 厚い獣皮のテント、雪を固めた壁。

 そして何より、子供たちの活気だ。

 

「わあー! なんだこのポケモン!」

「つるつるしてるー!」

 

 俺がリュックを下ろすや否や、子供たちがポリゴン2に群がってきた。

 この時代には存在しない人工的なフォルムが、彼らには新鮮な「おもちゃ」に見えるらしい。

 

「こらこら、叩くなよ。スイッチが入って爆発するぞ」

「えーっ!?」

「嘘だよ。つか何でポリゴン2まで驚いてんだ。……ほら、抱っこしてみな。温かいぞ」

 

 子供の一人が恐る恐るポリゴン2に抱きつくと、「あったかーい!」と歓声を上げた。

 それを見たエイパムも負けじと子供の帽子を奪って逃走し、鬼ごっこを始めてしまう。

 あっという間に、俺の周りは託児所状態になった。

 

「……ふん。よそ者が、騒々しいねえ」

 

 そんな様子を冷ややかに見ていたのは、集落の調理場を守っているらしい腰の曲がった老婆だった。

 彼女は巨大な鍋の前で仁王立ちし、よそ者を拒絶するオーラを放っている。シンジュ団の「お局」様といったところか。

 

(こんな人、ゲームに居たっけ……)

 

 そう考えて間もなく、俺の目は老婆ではなく、彼女の背後にある「石竈」に釘付けになった。

 

「……おおおお!!」

 

 俺は思わず駆け寄った。

 堅牢な石積み。完璧な排気構造。内部の熱を逃さない密封性。

 野営の焚き火とは次元が違う、文明の調理器具だ。

 

「ばあさん! この竈、使わせてもらえませんか」

「あん? 調子いいこと言うんじゃないよ。薪は貴重なんだ。よそ者に貸す火なんてないよ」

「薪は使いませんよ。俺にはコイツがいる」

 

 俺はボールからオクタンを繰り出した。

 真っ赤なタコが現れ、老婆が「ひっ!」とのけぞる。

 

「こいつの火なら、薪を使わずに一定温度を保てます。……それに、お詫びに俺が皆に飯を振る舞いますよ。さっき見ましたが、倉庫の奥に『硬すぎて余っている干し肉』がありますよね?」

 

 老婆の眉がピクリと動いた。

 凍土の保存食である干し肉(特にマンムーの肉)は、石のように硬い(らしい)。

 原作知識のある俺がポケモンを食うのは少し抵抗があるが、振る舞うくらいは問題ないだろう。

 

「あんな石ころみたいな肉、どうしようってんだい」

「俺に任せてください。極上のスープに変えてみせます」

 

 調理場に立つ俺の周りには、いつの間にか暇を持て余した団員や子供たちが集まっていた。

 

「おい、あのよそ者、料理する気か?」

「マンムーの干し肉だぞ? あんなの靴底より硬いのに」

 

 疑いの視線が集まる中、俺はマニューラを呼び出した。

 

「マニューラ。頼むぞ」

「ニューラッ!」

 

 俺がカチカチの干し肉を空中に放り投げる。

 マニューラが跳躍し、空中で爪が閃いた。

 

 ズババババッ!!

 

 着地と同時に、肉は繊維の一本一本まで断ち切られ、粉雪のようなミンチとなってボウルに収まった。

 

「なっ……!?」

「すげえ! 『早業』だ!」

 

 団員たちがどよめく。

 ちなみに早業ではない。というかアレ使い方が分からん。

 さらに俺は、凍土特産の「カゴのみ」と、隠し味の「クスリソウ」を取り出す。

 

「オクタン、竈に着火! 火力は『かえんほうしゃ』で予熱した後、『ねっとう』の蒸気で蒸し焼きだ」

 

 石竈の中にオクタンが炎を吹き込むと、冷え切っていた鉄鍋が一気に熱を帯びる。

 ラードを引き、干し肉を投入。

 

 ジュワァァァァァ……!

 香ばしい音と匂いが、一瞬で寒気を吹き飛ばした。

 

「いい匂い……!」

「肉が焼ける匂いだ!」

 

 子供たちが鍋の周りにへばりつく。

 俺はそこへ、運んできた(疑似)モーモーミルクを惜しげもなく投入した。

 

「仕上げだ。これで硬い肉も、凍えた体も、全部溶かす!」

 

 最後に、ここまでの道のりで見つけた「めざめいし」の欠片を砕いた粉末をパラリと振る。

 とろみのついたスープは、ミルクの白と野菜のアメ色が混ざり合い、美しい真珠色へと変化した。

 

「完成だ。『極上とろとろマンムー・ポタージュ』」

「さあ、まずは……ばあさんから!」

 

 俺は最初の一杯を老婆に差し出した。

 老婆は訝しげに器を受け取り、フウフウと冷ましてから一口啜る。

 

「…………っ!」

 

 老婆の目がカッ!と見開かれた。

 そして、みるみるうちに顔が緩み、ほうっと幸せそうな溜め息をついた。

 

「……うまい。なんてこった、あの靴底肉が、口の中で解けちまったよ……」

「ミルクの効果です。体も温まりますよ」

 

 老婆の「うまい」という一言が、合図だった。

 周囲で見ていた子供たちが、我先にと器を持って押し寄せた。

 

「俺にもくれ!」

「私も!」

「僕もー!」

「はいはい、順番だ! 押すな、鍋に落ちるぞ!」

 

 集落の中心に、湯気と笑顔が溢れる。

 よそ者への警戒心は、美味しい匂いと共に空へと消えていった。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 やがて、喧騒が落ち着いた頃。

 俺は鍋の底をさらい、最後の一杯を持って、少し離れた場所にいたカイの元へ行った。

 

「どうぞ」

「……すまない」

 

 カイは器を受け取りながら、少し複雑そうな顔で笑った。

 その姿を見るに、今は里長モードじゃないらしい。

 まぁ、皆んなの見ていない時くらい、休息は必要だろう。

 

「あなたは、本当にすごい。たった一杯のスープで、警戒心の強いみんなの心を溶かしてしまった」

「空腹は最大の敵ですからね。腹が満たされれば、誰だって仲良くなれます」

「そうだな。……あなたが作ったこの景色、悪くない」

 

 カイはスープを口に運び、ホッと息をついた。

 その横顔は、集落の長という重荷を少しだけ下ろした、年相応の少女のものに見えた。

 

「おいしい。昨日、洞窟で食べた時よりも、ずっと温かく感じる」

「そりゃ、こんな大勢で食べれば、味も変わりますよ」

「……ふふ、そうかもね」

 

 カイは俺を見て、小さく微笑んだ。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 夜になり、宴の余韻も静まった頃。

 俺が里の中で寝袋を広げようとしていると、カイがやってきた。

「旅の者、私の家に来て」

「え? いや、俺はここで十分です。団員たちの手前、里の長と同じ屋根の下というのは……」

 

 昼間の「一夜を共にした」発言のせいで、ただでさえ変な噂が立っているのだ。

 これ以上はまずい。

 

「何を遠慮してるの」

 

 カイは呆れたように腰に手を当てた。

 

「何を今更、という話よ。あなたは吹雪の洞窟で、私の命を守るように一晩を過ごした仲じゃない。それに……」

 

 彼女は少しだけ視線を逸らし、モゴモゴと言い訳を並べ始めた。

 

「あなたの、ぽりごん……つー? は貴重な熱源だから。それに、私の家には集落で一番大きな石竈がある。……そう、あくまで合理的な判断。あなたが近くにいた方が、私も、その……よく眠れる気が──」

「……?」

「いいから来て! これは長の命令!」

 

 結局、俺は強引に連行された。

 カイの家は、厚い毛皮と石竈の余熱で驚くほど暖かかった。

 俺は寝台の脇、床に敷かれた毛皮の上に寝袋を敷いた。

 「普通に寝ればいいのに」と言われたが、もう寝袋無しでは寝られない体になってしまったんだからしょうがない。

 俺はこの寝袋と一生を添い遂げる覚悟を持っている。

 

 明かりを消すと、静寂が訪れた。

 すぐ隣、寝台の上から、カイの気配がする。

 

「……ねえ、旅の者」

 

 暗闇の中で、カイの声がした。昼間の威厳あるトーンではなく、普通の少女の、少し甘えたような声。

 

「なんですか」

「ユキワラシ団子よりは、静かね」

「? そりゃあ、俺は寝相がいい方ですから」

「……そうじゃなくて」

 

 カイは布団の中で小さく笑った。

 

「ユキワラシは、体が冷たいの。……貴様は、温かいから」

「……竈の熱と、スープのおかげですよ」

「ふふ、そういうことにしておくわ。おやすみ」

 

 すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。

 俺は寝息を立てるポリゴン2を湯たんぽ代わりに抱きしめ、天井を見上げた。

 外は相変わらずの猛吹雪だが、ここには確かなぬくもりがある。

 ……まあ、たまにはこういう夜も悪くないか。

 俺は温かいスープの余韻を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

 




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