Q.ヒスイの大地を独りで生き抜く方法は? 作:ZA
【追記】
主人公のまな板の色を変更しました。
完全な把握ミスです、申し訳ない……
迷いの洞窟という名の天然の迷路を抜けてようやく太陽の下に出たとき、俺は泥と汗にまみれた顔で深呼吸をした。
切り立った崖、崩れやすい足場、そして希薄な酸素。
人間がハイキング気分で訪れていい場所ではない。
だが、俺にはここに来なければならない理由があった。
それは、サバイバルのためでも、食料のためでもない。
───愛だ。
「……いた」
岩陰から覗き込み、俺は声を震わせた。
荒涼とした岩場の陰で短い手足をばたつかせている丸い影。
背びれのような突起と、体躯の半分を占める巨大な顎。
りくザメポケモン・フカマルだ。
一応は純白の凍土にも生息しているのだが、あっちはオヤブンガブリアスが幅を利かせているからね。
アレを相手にするのは命がいくつあっても足りない。
そんなこんなでやっと出会った、俺がこのヒスイ地方……いや、全ポケモンシリーズにおいて最も愛してやまない「ガブリアス」への第一歩。
最終進化系のガブリアスといえば、美しい流線型のフォルム、圧倒的な種族値、そしてシロナ戦でのトラウマ級の強さ。全てが完璧な芸術品だ!
その幼体であるフカマルもまた、丸っこくて愛らしい────、
ガリッ、ゴリッ、バキィッ!!!
……はずなのだが。
「思ったより凶暴なんだが」
視線の先で、フカマルが自分の体ほどもある岩を噛み砕いていた。
食事ではない。ただの八つ当たりか、歯固めか。
岩が粉砕される音がここまで響いてくる。
「えぱぁ」
肩の上のエイパムが、ドン引きして俺の耳を塞いだ。
ゲーム画面越しに見るフカマルは仕草もマスコット的な可愛さがあったが、いざ目の前にすると雰囲気が「足の生えたサメ」ないし「陸上適応型ピラニア」のソレである。
「だが、あれこそが俺の求めていたポケモンだ。逃げられる前に行くぞ、確保───!」
俺は気合を入れ直し、岩陰から飛び出した。
作戦は単純。
背後から忍び寄りモンスターボールを投げる、それだけだ。
俺は息を殺し、忍び足で近づく。
距離は約10メートル。
フカマルは岩を砕くのに夢中でこちらに気づいていない。
────いける!
俺がボールを振りかぶった、その瞬間。
ギロリ。
フカマルが首を180度回転させ、俺を見た。
野生の勘か、あるいは地面を伝わる振動か。
「あ、どうも」
俺が愛想笑いを浮かべたコンマ1秒後。
「フガァッ!」
フカマルがミサイルの如き勢いで突っ込んできた。
挨拶もなしに脛に噛みつこうとしてくる殺意の塊──『ロケットずつき』か!
俺は熟練の動きで後ろへ転がり、間一髪でその顎を回避した。
フカマルの牙が空を切り、硬質な音を立てる。
「───挨拶代わりの『こおりのつぶて』!」
俺の影からマニューラが飛び出し、フカマルを包囲するように地面へ向かって礫を放つ。
だが、フカマルはそれをバリボリといとも容易く噛み砕いてしまった。
冗談じゃねえ、4倍弱点だぞ!
フカマルは「しけた味だぜ」と言わんばかりにペッと氷を吐き出し、興味を失ったように岩場へと戻っていった。
どうやら、俺たちは敵としても餌としても認識されなかったらしい。
「思ってたのと違うんだが」
岩陰に戻り、俺はガックリと膝をつく。
マニューラも同情するように俺の頭をポンと叩いた。
力ずくで弱らせて捕まえるのも手ではあるのだが、それではフカマルが大怪我をしてしまうリスクがある。
かといってタマザラシ一族やコリンク一族と違って滅多に見かけないため大した知識がなく、強いて言うなら好物くらい。
ううむ、どうしたものか。
「難儀していますねえ」
不意に、背後からねっとりとした声が聞こえた。
「うわあっ!?」
心臓が止まるかと思った。
振り返ると、そこにはいつもの胡散臭い笑顔。
イチョウ商会のウォロが音もなく立っていた。
「また、アナタか。俺のことつけてます?」
俺は思わず顔をしかめかけた。
つい先ほどノボリの洞窟でショウと鉢合わせそうになり、逃げてきたばかりなのに。
有名人との遭遇率が高すぎる。
ウォロに関してはここ一ヶ月で5回くらい会っている気がするんだが。
「人聞きが悪いですね。ここら辺には珍しい遺跡があるんですよ。商売のネタ探しです!」
ウォロは悪びれもせず、俺の隣にしゃがみこんだ。
そして、興味深そうにフカマルの方を指差した。
「あれを狙っているんですか? ……やめておいた方がいいですよ。あれは愛玩動物じゃありません。動く粉砕機だ」
「わかってるよ。けど、俺にはあれが必要なんだ」
「ほう? 戦力としてですか?」
「いや、愛でる用だ」
俺が即答すると、ウォロは目を丸くし、それから「くっ」と吹き出した。
「ハハハ! 愛でる用! あの鮫肌を! 貴方、本当に変わり者ですねえ!」
腹を抱えて笑うウォロ。
こいつに笑われるとなんか無性に腹が立つな。
「うるさいなぁ。あいつの進化系のフォルムが最高なんだよ。それに、いつか背中に乗って空を飛ぶのが俺の夢なんだ」
「おや」
ウォロの笑いが止まった。
彼の目が、鋭く細められる。
「貴方、知っているんですね。あいつが進化し、やがて音速で空を駆ける『ガブリアス』になることを」
しまった。
この時代の人間がポケモンの、それも気性の荒いフカマルの進化系の詳細を知っているのは不自然か。
だが、ウォロの反応は疑惑というよりは────同志を見つけたような、奇妙な熱を帯びていた。
「実はジブンもね、手持ちにいるんですよ。ガバイトが」
「へぇ」
「気性が荒くて手を焼きますが、その強さは折り紙付きです。なるほど、貴方が狙うのもわかります」
ウォロは懐からモンスターボールを一瞬だけ見せ、ニヤリと笑った。
そうか、そういやコイツもガブリアス使い(予定)か。
どこぞのラスボスの風格を感じさせる手持ち構成だが、今はただのサメ好き仲間として認識しておこう。
「で、どうするんです? 私から見てもあの個体は特に凶暴だ。近づけば指を持っていかれますよ」
「力ずくは趣味じゃないんでね。……搦手から攻める」
俺はリュックを下ろし、中からピンク色の物体を取り出した。
「これは? 『ゴリゴリミネラル』に見えますが」
「そう、こいつは洞窟で採掘してきた『ゴリゴリミネラル』だ。非常に硬度が高く、ミネラル分が豊富に含まれている」
「はあ。それを投げて気絶させる気ですか?」
「まさか! んな意味のわからないことをするわけない。料理するんだよ」
「そっちの方が意味わかりませんけど」
俺は簡易的な調理セットを展開した。
ナイフを取り出し、石の上で『ゴリゴリミネラル』を砕く。
ガチン! ガチン!
火花が散り、鉱石が粗い砂利状になっていく。
「もっと粗くてもいいか。あいつらは歯ごたえがある方が好きだからな」
続いて干し肉をミンチにし、砕いた鉱石をたっぷりと混ぜ込む。
側から見れば、ひき肉に砂利を混ぜて泥団子を作っている狂人の図だ。
「本気ですか? 食べ物に石を混ぜるなんて、正気の沙汰とは思えませんが」
ウォロが若干引き気味に見ている。
「アイツらには人間の常識なんて通用しない。ウォロさんもガバイトを持ってるなら知ってるだろ? あいつらの好物は宝石や鉱石だ。だけど石だけじゃ栄養価が足りないし、肉だけじゃ歯ごたえが物足りない」
俺は肉団子を掌で丸め、強く握りしめた。
「───だから、こうして一つにする。名付けて『特製!岩塩マシマシ・鉱石入りハンバーグ』だ!」
ウォロはハンバーグを見て、興味深そうにつぶやく。
「なるほど。この食欲を唆るニオイ───確かに、これは良いかもしれない」
「ウォロさんも食べる?」
「………」
──────────
風上からハンバーグの匂いを流す。
肉の脂の匂いと、独特な土とミネラルの香りが混ざり合う。
岩場にいたフカマルの鼻が、ピクリと動いた。
「……食らいついたな」
フカマルがキョロキョロと辺りを見回し、匂いの元へとトテトテ歩き出す。かわいい。
満を持して、俺は岩陰からハンバーグを放り投げた。
「フカッ」
フカマルの目の前に落ちた肉の塊。
警戒心は完全にゼロ。
フカマルは大口を開けてそれに食らいついた。
ガリッ!! ゴリゴリゴリ!!
凄まじい快音が響く。食事というより銃撃戦を想像させる。
普通なら歯が欠けているであろう音だが、フカマルにとっては極上の咀嚼音らしい。
恍惚といった風の表情で、口の中の硬いものを味わっている。
「すごい音ですね。ジブンのガバイトにも今度作ってみようかな」
「レシピ代は高いぞ」
ウォロが感心したように呟く。
確かに、簡易的なレシピ本なんて作ってみるのも面白いかもな、なんて思考を浮かべては取り払う。
──今だ。
捕獲するなら、食事に夢中になっている今しかない。
俺は『ヘビーボール』を構えた。
重くて飛びにくいが、不意打ちには最適なボールだ。
「いけッ!」
ボールが放物線を描き、フカマルの後頭部に直撃した。
バシッ!
フカマルが光に包まれ、ボールの中に吸い込まれる。
地面に落ちたボールが揺れる。
一回。
二回。
ガリッ、という音が中から聞こえた気がしたが───
カチッ。
ボールの動きが止まり、星が出た。
「よっし!」
俺は思わずガッツポーズをした。
滅多に見ないトレーナーのハイテンションな姿に、エイパムとマニューラが驚いた表情を浮かべる。
「お見事。愛の勝利、ですか」
「まぁ、片思いだけど」
「フカマルからしたらとんだ迷惑ですね」
「なんかその言い方嫌だな」
ウォロがパチパチと拍手をする。
俺は駆け寄ってボールを拾い上げた。
ずしりと重い。これが未来のエースの重みだ。
「よし、まずは挨拶だ。これからよろしくな、相棒!」
勝手に相棒の座を剥奪されたエイパムが頭をボスボス叩いてくるのを無視して、俺はボールのスイッチを押した。
光と共にフカマルが飛び出してくる。
さあ、念願の対面だ!
「フガァッ!」
現れたフカマルは俺の顔を見るなり跳躍し、俺の頭蓋骨をまるごと齧り付いた。
視界が真っ暗になる。
頭に食い込む牙。締め付けられる万力のような顎。
「痛い痛い痛い! 頭は食いもんじゃない! 離せ!」
俺がのたうち回ると、フカマルは「ガウガウ」と喉を鳴らし、さらに強く噛み締めてくる。
甘噛み? いいや、捕食だこれ!
「ハハハハハハ! 傑作だ!」
横でウォロが大爆笑している。
「笑ってないで助けろよこの野郎! こいつの顎どうなってんだ!?」
「いやあ、元気な子じゃないですか! 愛情表現ですよ、多分!」
「愛情表現で殺しにかかるとか新手のメンヘラかよぉ!」
──────────
十分後。
ウォロの協力により頭を引き抜くことに成功した俺は、岩陰で頭に包帯を巻いていた。
フカマルは満腹になったのか、俺の足元で丸くなって寝ている。
寝顔は天使だが、起きると悪魔だ。
「痛ぇ。頭蓋骨にヒビ入ったかもしれん」
「石頭で助かりましたねえ」
ウォロがニヤニヤしながら俺の治療を見守っている。
こいつ、絶対に楽しんでやがる。
「で、いくらだ」
「傷薬と包帯、しめて5000円になります」
「足元を見られた」
「人聞きの悪いことを言わないでください。命の恩人ですよ?」
俺は文句を言いながら、財布代わりの巾着から金を投げ渡した。
ウォロはそれを空中でキャッチし、懐にしまう。
「毎度あり。……ところでお客さん」
ウォロがふと、真顔に戻って俺を見た。
「アナタ最近、どさくさに紛れてタメ口を使うようになりましたね?」
「え?」
言われてみれば。
さっきに至っては「助けろよこの野郎」とか、完全に素が出ていた。
俺は慌てて咳払いをする。
「あー、いや、失礼。あまりの激痛に取り乱しまして……」
「いいえ、構いませんよ」
ウォロは遮るように手を振った。
「その方が話しやすい。それに、アナタのそういう『素』の部分、嫌いじゃありませんよ。同じ鮫使いのよしみですしね」
彼はそう言って、意味深にウインクをした。
調子狂うなぁ。
「ああ、それと! 知っていなければ結構なのですが、
「……いや、知らないな。まな板なら持っているけど」
「そうでしたか。残念ですが、仕方ない。では、私は遺跡の方へ……その子、大切にしてあげてくださいね。ガブリアスになれば、きっと最強の矛になりますから」
「言われなくても」
ウォロは背を向け、ひらひらと手を振って去っていった。
嵐のような男だ。
俺は彼の正体を知っているから、できるだけ関わりたくないのだけれど。
「さて、行くか」
俺は足元のフカマルを抱き上げた。
ずっしりと重い。
フカマルは寝ぼけ眼を開け、俺の腕を「ガブッ」と軽く甘噛みした。
今度は、血が出ない程度の力加減で。
「……お手柔らかに頼むよ」
俺の手持ちに、凶暴で大食らいの新しい家族が増えた。
頭の痛みは引かないが、足取りは重くない。
まな板が入る腰袋ってなんだよ