頑丈な家を建てたのは、別に男の悲しい
一番の目的は──
「ハルカ、本気なの? 単身で森に入るって!?」
「ハルカどこかに行っちゃうの? どこにもいっちゃやだ!」
そう、俺は今、安全な拠点を離れて一人、森の中を探索しようとしていた。
「二人とも落ち着いてくれ。リファにも聞いたが、もうすぐこの辺りにも雪が降る。その前にどうしても塩が必要なんだ。塩だけじゃない。野菜や果物の種、石炭──燃える石とか。拠点をさらに安全に、快適にするには物資が足りなさすぎる」
今の食料といえば、俺がインベントリで作った肉と以前作った燻製肉、それに薬草に紛れて採ったハーブ類だけだ。
肉に関しては現状、向こうから襲ってくる獣を返り討ちにすれば手に入るが、完全に雪に閉ざされたらどうなるか分からない。
それに調味料だ。今は俺が料理をクラフトした際に付与される『謎の塩味』だけで凌いでいるが、そんな誤魔化しがいつまで通用するか。拠点の発展には、まだまだ資材が足りないのだ。
「あの壁と棘があるから、ここはまだ安全だけど……森は本当に危ないの! ゴブリンやオオカミだけじゃない。オークだっているし、話に聞いただけでも、オーガとか、デスストーカーとか……。山脈の方に行けばワイバーンなんていう大きな鳥みたいな魔物もいるって聞くわ!」
「ハルカ、一緒にいよ! ルイわがままも言わないから! 家も前の小さいのでいいから!」
リファもルイも、俺の翻意を期待して必死に説得するが、俺の意思はすでに固まっていた。
「二人とも、聞いてくれ。俺が一人で行くのは、その方が安全で確実だからなんだ」
俺は二人を落ち着かせるように、優しく、しかし力強く言葉を紡ぐ。
「俺には『気配察知』がある。敵がどこにいるか分かるし、いざとなれば逃げ足もある。でも、三人だとどうしても動きが遅くなるんだ。戦闘になった時、俺は二人を守りながら戦わなきゃいけない。それは、俺にとっても二人にとってもリスクになる」
俺の冷静な説明に、リファが唇を噛む。彼女も頭では分かっているのだ。足手まといになりたくないという彼女の想いは、痛いほど伝わってくる。
「それに、冬はもうすぐそこまで来ている。今の食料備蓄だけじゃ、雪に閉ざされたらジリ貧だ。塩がないといずれ体調を崩すし、燃える石がなきゃ、この広い家を暖めることもできない。だから、今行かなきゃいけないんだ」
「……絶対、帰ってくる?」
ルイが潤んだ瞳で見上げてくる。俺は屈み込んで、その小さな頭を撫でた。
「ああ、約束する。期間は一週間だ。それまでには必ず戻る」
俺はインベントリを開き、リビングの大きなテーブルの上に物資を取り出し始めた。
「留守の間、二人が困らないようにこれらを置いていく」
ドサドサと音を立てて積み上げられたのは、大量の燻製肉とハーブ類、万が一に備えて作っておいた薬類だ。一週間どころか一ヶ月は持つ量がある。
さらに、その横に革袋を置く。中身を取り出して見せると、リファが息を呑んだ。
「これ……銀貨? それに、この宝石は……」
「鉄を掘っていた時に出てきたレア素材だ。ルビーにサファイア、換金すればそれなりの額になるはずだ。万が一、俺が戻らなかったり、何かあってここを放棄する場合は、これを持って安全な街へ行け。これだけあれば当分は暮らせる」
「縁起でもないこと言わないで!」
リファが悲痛な声を上げるが、俺は真剣な眼差しで彼女を見据え、最後に一本の剣を取り出した。
「鉄の鍛刀」、制作時間がただの鉄の武器より遥かに掛かったが、ナイフより扱いやすさを重視した、軽量で切れ味鋭い業物だ。
「リファ、これを持っていてくれ。この家は頑丈だ。鍵をかけていれば魔物は入ってこれない。だが、相手が人間だと分からないからな。万が一の時の護身用だ」
ここが街から三日ほどの距離である以上、人が偶然辿り着く可能性もゼロではない。
「……わかったわ」
リファは震える手で剣を受け取ると、覚悟を決めたように顔を上げた。
「ハルカが私たちのために行ってくれるのは分かった。……でも、絶対に無茶はしないで。私たちのために傷つかないで。必ず、元気な顔で戻ってきて」
「ああ、約束だ」
「お兄ちゃん、指切り! 嘘ついたら針千本飲ますからね!」
ルイと指切りをして、リファとも視線を交わす。
二人は俺が門を出るまで、不安げながらも懸命に笑顔を作って見送ってくれた。
重厚な鉄の門が閉まり、ロックが掛かる音が響く。
マップを確認すると、家の中に二つの青い点が寄り添っているのが見えた。
「さて……行くか」
俺は一人になった途端、思考を『探索モード』へと切り替える。
センチメンタルな気分はここまでだ。今の俺は、効率的にリソースを回収するクラフターだ。
森の奥へと足を踏み入れながら、俺は目的を再確認する。
まずは『岩塩』と『石炭』。これは山岳地帯や洞窟の深い場所に行けば見つかる可能性が高い。マップの未踏破エリアを埋めつつ探すことになる。
そしてもう一つ、重要なのが『野菜の種』だ。
この世界──あるいはこのクラフト能力の謎仕様とでも言うべきか、特定の道具でアクションを起こすと、通常ありえないアイテムが手に入ることがある。
俺はインベントリから『鉄の鎌』を取り出した。
武器として作ったものではない。農業用ツールだ。
俺は道端に生えていた、何の変哲もない雑草の群生に狙いを定める。
「せいっ!」
──シュパッ!
[繊維×10を取得]
鋭い風切り音と共に草が刈り取られ、その瞬間にインベントリへと収納される。
種類の違う草を見つけては、藪を払うように鎌を振るう。
延々と森を山方面に向かい、ひたすら草を刈り続ける。
そしてついに、念願のログが表示された。
『謎の野菜の種×3を取得』
『ジャガイモの種芋×2を取得』
「……やっぱりな」
俺はそのログを見てニヤリと笑った。草を刈ると種が出る。
現実で考えれば意味不明だが、ゲーム的挙動としては「あり」だ。日本にいた頃にやり込んだサンドボックスゲームでも、草を刈って種を集めたものだ。この法則が適用されると分かったのは大きい。
これなら、森中の草を刈りまくれば多種多様な野菜の種が手に入るはずだ。
「よし、まずは森の草刈りだ。その後、山へ向かう」
鎌を握り直し、眼前に広がる広大な緑の海を見据える。
拠点に残した二人にお腹いっぱい美味い飯を食わせるため、そして暖かい冬を迎えさせるため。
俺の孤独で、しかし希望に満ちた一週間の採取生活が始まった。
◇◆◇◆◇◆◇
草を刈る。ただひたすらに、無心で草を刈る。
傍から見れば狂気の沙汰だろう。だが、俺の視界には次々と歓喜のログが流れていた。
『ニンジンの種×2を取得』
『小麦の種×5を取得』
『綿花の種×3を取得』
「……綿花まで出るのか。これでリファたちのちゃんとした服や、暖かい布団も作れそうだ」
森に入って半日。俺は既にインベントリの一角を、色とりどりの種で埋め尽くしていた。
野菜だけではない。イチゴやブドウといった果物の種、さらには薬草や解毒草の種まで手に入った。これらを拠点の近くに植えて畑を作れば、食料事情は劇的に改善する。
「よし、種集めはこのくらいにして、次は鉱石だ」
俺は視線を上げ、森の木々の隙間から覗く岩肌──山岳地帯を目指して歩き出した。
それから二日掛けて山の連なる場所を目指して歩き続けた。
道中、何度かオオカミに遭遇したが、強化された『鉄の槍』と『鉄の盾』、『ヘビーレザー鎧』で身を固めた今の俺の敵ではない。すべてインベントリの肉ストックへと変わった。
『ストレス耐性』のおかげで、生き物を殺す躊躇いも、返り血への忌避感も遮断されている。ただ淡々と、作業として処理していく。
山道に入ると、気温はさらに下がり、足元から冷気が這い上がってくるようになった。ヘビーレザーの上に皮のコートを羽織ってなんとか耐えているが、元の世界なら真冬の気温だ。いつ雪が降ってもおかしくない。
足場は土から、ゴツゴツとした岩場へと変わっていた。
遥か遠くに天のように見える影を見ると巨大なトカゲのような物が飛んでいた。
(あれがワイバーンかな? 今の装備じゃ、とてもじゃないけど勝てないな)
視界の端で表示しているマップを確認する。周囲に赤い点があった。
俺は咄嗟に腹這いになり、身を隠した。
前方、大きな岩陰に一つ。だが、これまでのオオカミよりも一回り大きな点だ。
「……オーク、か」
四十メートルほど先──岩の向こうから、豚の鼻を鳴らすような下品な呼吸音が聞こえてくる。
身長は二メートル近い。粗末な革鎧を纏い、錆びた棍棒を引きずっている亜人だ。リファが恐れていたモンスターの一つでもある。
俺は息を潜め、インベントリから『鉄のクロスボウ』を取り出した。出発前に作った遠距離武器だ。
岩陰から半身だけ出し、クロスボウを構える。スコープのような補正が表示され、照準がオークの頭部に重なり、赤く変色した。
──ビュンッ!
風を切り裂く音と共に、鉄の矢が吸い込まれるようにオークの胸に突き刺さる。
「ブギィッ!?」
当たりどころが悪く致命傷には至らなかったが、オークが怒り狂ってこちらを向いた。
俺の姿を認めると、雄叫びを上げて突進してくる。その巨体から繰り出される突進は、まともに食らえばただでは済まない迫力がある。
だが、俺は至って冷静だった。
(距離10メートル……5メートル……今だ)
頭の中で設置をタップした。建築メニュー『スパイク』。
──ズドンッ!!
突如として、俺とオークの間に凶悪な棘の柵が出現した。
完全に意表を突かれたオークは、止まることもできずスパイクに激突する。
ズブリ、という鈍い音と共に、勢いのついた巨体が鉄の棘に深々と食い込んだ。
「悪いな。これは必勝パターンなんだ」
俺はクロスボウを捨て、インベントリから“すでに弦が引かれている新たなクロスボウ”を取り出すと、スパイク越しに悶えるオークの頭へ狙いを定めた。
放たれた矢は、今度こそオークの眉間を正確に貫いた。
オークは断末魔を上げる間もなく、その巨体をスパイクに預けたまま絶命した。
[オーク戦士を殺した。経験値800]
[レベルが上がった。6→7]
「おー、なかなか良い経験値が入ったな」
俺はオークが落とした棍棒を一応回収し、周囲の安全を確認してから奥へと進んだ。
目的は戦闘ではない。資源だ。
山の中腹あたりで、黒ずんだ岩肌が露出している場所を見つけた。
ツルハシで軽く叩いてみる。
──カキンッ。
『石炭×2を取得』
『石炭×3を取得』
「当たりだ!」
思わずガッツポーズが出る。
これで燃料問題は解決だ。木炭を作る手間も省けるし、火力も段違い。冬の暖房もこれで安泰だ。
俺は夢中でツルハシを振るった。
黒いダイヤとも言える石炭が、次々とインベントリに吸い込まれていく。1スタック、2スタック……。
数え切れないほどの石炭を確保し、ついでに鉄鉱石も補充した後、俺はさらに探索範囲を広げた。
◇◆◇◆◇◆◇
そろそろ、拠点を出てから四日が経とうとしていた。
クラフターとして素材を採取し、それらを使って何を作ろうかと夢想する時間は楽しいものだが、ふとした瞬間に一人の寂しさが胸をよぎる。
最後の狙いは『塩』だ。
こればかりは運が絡む。内陸のこの地では、岩塩層を探すしかない。
白っぽい岩を見つけてはツルハシで叩くが、大半は石灰石だ。これも有用だが、肝心の岩塩が見つからない。
(そもそも、岩塩ってどんなふうに埋まってるんだ?)
俺が知っている岩塩は、店のミルに入っているようなピンク色の塊だ。天然の岩塩など、テレビでさえ見たことがない。
散々オークを狩り、巨人(身長十メートルはある)を避けつつ山を探索しても、塩らしき岩は見つからなかった。
(明日で五日目か。軽く探して見つからなかったら、一度帰らないとな)
約束の期限もあるが、冬の気配が日に日に強まってきているのが一番の理由だ。
昨日は少しだが雪がちらついた。遥か遠くに見える山は、すでに雪を被っている。
外で目立つポータブル要塞を作ると巨人に目をつけられかねないため、俺は夜風を凌げる洞窟を探して仮眠を取ることにした。
入り口をスパイクで固めれば、とりあえずの安全は確保できる。
(ん……洞窟?)
ふと、ゲーム内のシステムを思い出した。ゲームでは、洞窟こそがレア鉱石やレアキノコの宝庫だったはずだ。
だが、現実のアウトドア知識では「洞窟の奥には入るな」が鉄則だ。危険なガス、崩落、そして何より迷ったら出られない。そのため、これまでは入り口付近でしか過ごしていなかった。
(いや、元の世界ではそうだが……今の俺なら十分に注意すればいけるか? 最悪、壁を掘り抜いて脱出もできる)
俺はクラフトで松明を作り、それを片手に慎重に洞窟の奥へと足を踏み入れた。
松明はなるべく低い位置に構える。ガスや二酸化炭素が溜まっていれば、炎が反応して危険を知らせてくれるからだ。
進むこと十数メートル。揺らめく灯に照らされて、洞窟の壁面が何か光った気がした。
俺は警戒を強めつつ、光の元へとジリジリと近づく。
そして──松明の明かりを受け、ピンク色にキラキラと輝く結晶の壁を見つけた。
「これは……」
ツルハシでその結晶を削り取り、恐る恐る指につけて舐めてみる。
強烈な塩辛さが舌を刺激し、俺は思わず顔をしかめた。
「岩塩だ……!」
料理の味が劇的に変わる魔法の砂。そして保存食作りの要。
俺は石炭の時以上に興奮してツルハシを振るった。
カキン、カキンと小気味良い音が響き、岩塩ブロックが崩れてアイテム化していく。
これで燻製肉も美味くなるし、野菜の漬物だって作れるかもしれない。
必要なものは、これで全て手に入った。いや、予定よりもずっと早い成果だ。
インベントリを確認する。
野菜の種、石炭、岩塩。道中で手に入れたオークやオオカミの素材、鉄鉱石も十分な量が集まっている。
「……これで、帰れるぞ……」
俺は寝食を忘れて岩塩を採掘し続けた。
ようやく家に帰れる。そう思うと、疲れなどどこかへ吹き飛んでしまった。
翌朝、洞窟で仮眠を取るとすぐに山を降りる準備を始めた。
今回の成果は満点と言っても良い。
岩塩はすでに2スタック以上確保したが、鉱脈はまだまだ続いていた。マップにピンを刺しておけば、いつでもまた来られる。
「さて、帰ろう。我が家に!」
俺は意気揚々と洞窟を後にし、懐かしい二人の待つ家を目指して山を降り始めた。