クラフトゲーマーは王国をクラフトする!   作:おんせんみかん

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12話 厄種

 森の中を疾走する。

 スキルで身体強化された肉体を持ってしても、今の俺にはその移動速度が遅く感じられた。気が急くあまり、走りながら余っていたポイントを全て『身体強化』につぎ込み、LV2へと引き上げる。

 途端、風圧で仰け反りそうになるほどの加速を得たが、それでもまだ遅い。

 視界の端にマップを表示しつつ、拠点へ向かって不整地を最短距離で駆け抜ける。

 マップ上、俺が露天風呂として設置したエリアに、味方を示す『青い点』と、今まで見たことがない敵対的か不明な『黄色い点』が表示されていたのだ。

 もう一つの青い点は家の中に留まっている。

 つまり、拠点の内部に正体不明の第三者が侵入しているということだ。

 

(くそ! あの風呂の青い点はどっちだ!? リファか? ルイか!?)

 

 可能性として高いのはリファだ。ルイを屋敷の中に匿い、リファが黄色い点と対峙している――あるいは、既に捕まっているのか。

 最悪の想像が脳裏をよぎる。もしルイが襲われているなら、リファが呑気に家の中にいるはずがないからだ。

 

「くそっ! 俺の馬鹿が!」

 

 家まではあと少し。だがマップ上の黄色と青の点は隣り合ったまま、動く気配がない。

 心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝う。

 俺は門のロックを解除する手間さえ惜しみ、強化された脚力で高い塀を一息に飛び越えた。

 着地と同時に地面を蹴り、中庭の奥、露天風呂エリアへと弾丸のように突っ込む。

 手には『鉄の剣』。相手が何者であれ、二人に指一本でも触れていれば、その瞬間に首を刎ねる覚悟で、俺は脱衣所の目隠しを乱暴に払いのけた。

 

「離れろぉぉぉ!!」

 

「キャッ!?」

 

「うわあっ!?」

 

 殺気全開で飛び込んだ俺の視界に入ってきたのは、白い湯けむりと、パシャパシャと楽しげに跳ねる水飛沫。

 そして──。

 

「……あ、ハルカ! おかえりなさーい!」

 

 湯船の中から、無邪気な笑顔で手を振るルイ。

 その頭の上に乗っかり、淡い光を放つ小さな“何か”。

 

「…………は?」

 

 俺は振り上げた剣を空中で止めたまま、硬直した。

 ルイの頭上にいるのは、手のひらサイズの少女のような姿をした、羽の生えた生物。

 そいつは俺を見てきょとんとした後、プンプンと頬を膨らませた。

 

「な、なんなのじゃお主は! いきなり『離れろ』とは野蛮すぎるぞ! レディの入浴中じゃぞ!」

 

「……よ、妖精?」

 

 黄色い点の正体。それは、お湯に浸かってルイの頭に居座っている妖精だった。

 

「騒がしいけど、どうしたの……って、ハルカ!?」

 

 騒ぎを聞きつけて、母屋からリファが飛び出してくる。

 俺はへなへなとその場に座り込んだ。全身から力が抜けていく。

 ルイも、リファも無事だ。

 ただ、ルイが未知の生物と風呂で遊んでいただけだったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「──で、こいつが森の主の使い、と」

 

 気まずい沈黙と再会の喜び(主にルイからのタックル)を一通り終えた後、俺たちは服を着てリビングのテーブルを囲んでいた。

 テーブルの中央には、先程の妖精がふんぞり返るように座っている。名前は『ピム』と言うらしい。

 リファは俺の隣に座り、沸かしたお湯──白湯を口にする。

 

「いかにも! 我は偉大なる精霊王様の養い子、12番目のピムとして、この地に新たに住み着いた人間……お主の様子を見に来たのじゃ!」

 

 ピムは俺の前に居住まいを正して真剣な表情を作った。

 

「単刀直入に言うぞ、人間。精霊王様がお主に頼みがあるそうじゃ」

 

「精霊王? 頼み?」

 

「うむ。精霊王様はこの森の主よ。そして、精霊王様の頼みは……この森の『亜人』たちを助けてやってほしいのじゃ」

 

 ピムの話によると、最近、人間の国による亜人狩りが激化しているらしい。

 エルフ、ドワーフ、獣人……魔力や身体能力に優れた彼らは、人間たちに見つかり次第捕らえられ、労働奴隷や性奴隷として売り飛ばされているという。

 そんな迫害を受けている亜人と呼ばれる人達は寄るべもなく、この森の中を安息の地を求めて彷徨っているという。

 そのうちの一つの集団がこの近くで、いるのだそうだ。

 

 精霊王はその現状を憂いているが、精霊という存在の性質上、直接的な物理干渉や人間社会への介入が難しいのだそうだ。

 

「そこで、お主じゃ。お主の作ったこの拠点、そしてあのオークを撃退した力……精霊王様は高く評価しておる。お主になら、迷える亜人たちを匿い、守ることができると見込んでおるのじゃ」

 

 ピムの言葉に、隣で話を聞いていたリファが痛ましげに表情を曇らせる。

 だが、俺の答えは決まっていた。

 

「……断る」

 

「なっ!? 即答か!?」

 

「悪いが……俺は正義の味方じゃない。ただのクラフターだ」

 

 俺はリファとルイを見た。

 俺が守りたいのはこの二人だ。顔も知らない誰かのために敵を増やし、リスクを冒すことはできない。

 亜人を匿えば、当然、それを追う人間たちがここへ押し寄せることになる。

 それは、平穏な生活の終わりを意味していた。

 

「悪いが、俺たちはここでひっそりと暮らしたいだけなんだ。他所に関わっている余裕はない」

 

「むぅ……やはり、人間は冷徹じゃな」

 

 ピムは呆れたように肩をすくめると、チラリとリファの方を見た。

 正確には、彼女の袖口から覗く、無骨な作り物の指先を。

 

「……その義手。随分と精巧な作りじゃな。お主が作ったのか?」

 

「ああ。生活に不便がないように、できる限り人間の手に見えるように作った」

 

 リファと出会った時、彼女はすでに片腕を失っていた。

 俺にできることは、不便を少しでも解消するための義手を作ることだけ。本物の手のように動かすことはできないが、いずれは動く義手も作るつもりだ。

 

「精巧じゃが、所詮は作り物じゃ。不便しておろう?……痛みも、温かさも感じぬ」

 

「……それがどうした」

 

 ピムはニヤリと、悪戯な笑みを浮かべた。

 

「結構。……ならば『取引』といこうかの?」

 

「取引だと?」

 

「うむ。森の精霊王様は森の生命の源流。その力を持ってすれば、枯れた大樹を蘇らせることも、失われた肉体を“元通り”にすることも造作もないことじゃ」

 

 俺は息を呑んだ。

 リファがバッと顔を上げる。義手の指先が、カタリカタリと微かに震えた。

 

「それって……まさか」

 

「お主らが亜人たちを救い、この拠点で保護してくれるなら……その娘の右腕、精霊王様の御力で再生させてやろう」

 

「ッ……!」

 

 俺はガタリと椅子を蹴って立ち上がった。

 喉が渇く。心臓の鼓動が早まる。

 もしそれが本当なら。

 彼女の喪失を、埋めてやることができるなら──。

 俺がどれだけスキルレベルを上げても、今のクラフト能力では決して作れない『生身の腕』が手に入るなら。

 

「……本当なんだな。その話」

 

「精霊に二言はない。契約は絶対じゃ」

 

 ピムは宙に浮き上がり、俺の目の前まで飛んできた。

 その瞳の奥には、どこか俺という存在を値踏みするような、奇妙な光が宿っていた。

 

 ──なぜ精霊王がそこまで亜人を気にかけるのか。

 

 そんな疑問が一瞬脳裏をよぎるが、今はそれどころではない。

 

「どうじゃ? 悪い話ではあるまい。お主は強固な拠点と食料を持ち、亜人たちは労働力や特殊な技術を持つ。彼らを助けることは、結果としてこの拠点をさらに発展させることにも繋がるはずじゃ」

 

 痛いところを突いてくる。

 確かに人手は欲しいと思っていた。だが、それ以上のリスクがある。

 

 しかし──。

 

 俺は横目でリファを見た。彼女は自身の義手を見つめ、唇を噛み締めている。

 失った腕が戻るかもしれない。その希望に、彼女の瞳が揺れていた。

 俺の覚悟は、その瞬間に決まった。

 

「……分かった。その依頼、引き受ける」

 

「ハルカ! でも、そんな危険なこと……! 私の腕なんて、このままでも十分よ。ハルカが作ってくれたこの腕があるもの!」

 

 リファが必死に止めようとするが、俺は彼女の義手の甲に、そっと自分の手を重ねた。

 硬く、冷たい感触。

 

「リファ。俺はお前の腕が戻るなら、悪魔とだって契約するし、国一つだって相手にしてやるよ。……お前のこれからの時間は、俺が最高のものにしてみせる」

 

「……っ、ハルカ……」

 

 リファの瞳から涙が溢れる。

 俺はピムに向き直り、不敵に笑って見せた。

 

「交渉成立だ、妖精。精霊王に伝えてくれ。──俺が全ての亜人を受け入れてやるってな」

 

「うむ、その意気じゃ!」

 

 ピムは満足げに頷くと、くるりと宙を一回転して喜びを露わにした。

 

「善は急げじゃ! 近くの集団へ案内するゆえ、付いてくるが良い!」

 

 陽はすでに斜陽から、間も無く夜に向かって闇の深みを増していたが、今の俺にはマップがある。

 ピムを先導役に、俺は警戒しながらも足早に森を進んでいた。

 

「あそこじゃ。気配を殺せよ」

 

 ピムが小声で告げ、ふわりと木の陰に隠れた。

 指差された先は、巨大な岩場が折り重なる天然の洞窟付近。そこに、彼らはいた。

 

「……酷いな」

 

 思わず漏れた声は、同情よりも現状の分析だった。

 岩陰に身を潜めるようにして固まっていたのは、ボロボロの衣服を纏った亜人たちだ。

 獣の耳を持つ者、背の低いドワーフ、肌の色が違う者、痩せ細ったエルフ。種族はバラバラだが、共通しているのはその瞳に宿る絶望と疲労の色。そして、体に刻まれた生々しい傷跡だった。

 

 数は二十人ほど。その半数は女子供が占めていて、動くのもつらいようで、うずくまっている。

 寒い中を身を寄せ合うことで、かろうじて体温を維持しようとしていた。

 

「誰だッ!」

 

 俺たちが姿を現した瞬間、鋭い咆哮が轟いた。

 反応したのは、集団の外縁で見張りをしていた狼の獣人だ。全身傷だらけだが、その眼光だけは死んでいない。

 

 彼が抜き身の剣――刃こぼれだらけの粗末なもの――を構えたのを合図に、動ける者たちが一斉に武器を取り、子供や負傷者を背に庇って殺気を向けてくる。

 

「人間……!? なぜここが分かった!」

 

「貴様、追っ手か! これ以上我らから何を奪うつもりだ!」

 

 憎悪。

 肌が粟立つほどの拒絶と殺意が、物理的な圧力となって押し寄せてくる。

 その殺気に反応して、全身が総毛立つ。

 

「待つのじゃ! 早まるでない、この唐変木ども!」

 

 一触即発の空気を裂いたのは、ピムの凛とした声だった。

 俺の肩から飛び立ったピムが、光の粒子を撒き散らしながら亜人たちの前に立ちはだかる。

 

「その姿……まさか、精霊様?」

「いかにも! 我は精霊王様の養い子、12番目のピムである!」

 

 狼の獣人――リーダー格の男が、驚愕に目を見開いて剣を下ろしかけた。

 だが、視線が俺に移ると、再びその顔が険しく歪む。

 

「精霊様が、なぜ人間ごときと一緒にいる! まさか精霊王様は人間側に寝返ったとでも言うのか!」

 

「馬鹿を言え。王は森の均衡を乱す人間どもを憂いておるよ。だからこそ、この者を連れてきたのじゃ。この人間は、お主らを匿い、保護してくれる場所を提供すると言うておる」

 

「保護だと……?」

 

 リーダーの男が鼻を鳴らし、俺を睨みつけた。

 その目は、獲物を品定めするものではなく、罠を警戒する獣のそれだ。

 

「笑わせるな。人間が我らを助ける? どうせ甘い言葉で誘い込み、奴隷商に売り払うつもりだろう! 我々は二度と騙されんぞ!」

 

「帰れ! 人間など信用できるか!」

 

 野次が飛び交う。無理もない反応だ。彼らにとって人間は、家族を、友を奪った悪魔そのものなのだろう。

 ピムが困ったように俺を振り返る。

 俺はため息を一つ吐くと、一歩前へ出た。

 

「おい、勘違いするなよ」

 

 俺はあえて、冷ややかな声を響かせた。

 同情を買うような優しい言葉など、今の彼らには毒にしかならない。必要なのは、納得できる「理由」だ。

 

「俺は正義の味方じゃないし、お前らを可哀想だと思って助けに来たわけでもない」

 

「なんだと……?」

 

「俺は、こいつ……ピム──精霊王と『取引』をしたんだ」

 

 俺は敢えて尊大に振る舞い、値踏みするように亜人たちを見下ろした。

 

「俺の大事な家族が、お前らと同じように体の一部を失っている。精霊王は、俺がお前らを助ければ、その腕を治してくれると約束した。だから俺はここにいる」

 

 亜人たちがざわめく。

 同情や慈悲ではなく、明確な利害関係。

 それは冷酷に聞こえるかもしれないが、裏を返せば「俺がお前らを裏切れば、俺も報酬を失う」という保証でもあった。

 

「俺には頑丈な拠点がある。食料も、水も、風呂もある。追っ手が来ても撃退できる防衛設備もある」

 

 俺はリーダーの狼男を真っ直ぐに見据えた。

 

「俺はお前たちに衣食住と安全を提供する。その代わり、お前たちは働け。拠点の拡張、畑仕事、狩り……やることは山ほどある。ただ飯食らいを置く余裕はない」

 

「……我々を、奴隷にするつもりか」

 

「違う。対等な契約だ。嫌なら出ていけばいい。俺は止めない」

 

 嘘偽りのない本音。

 俺の言葉に、狼男は唸り声を上げ、葛藤するように視線を巡らせた。

 後ろには、熱を出してうなされる子供や、手当ても満足に受けられず衰弱していく仲間たち。このまま森を彷徨えば、いずれ全滅するのは火を見るよりも明らかだった。

 

「……その言葉、精霊王に誓えるか」

 

 絞り出すような声だった。

 

「誓うさ。俺は欲しい物のためなら、悪魔の手だって借りる。お前達に対する同情でも、情けでもない。これは俺と精霊王との契約だ!」

 

 狼男は深く息を吐き、剣を鞘に納めた。

 そして、その場に片膝をつき、頭を垂れる。

 

「……分かった。非礼を詫びよう。俺の名はガルド。この集団を率いている。……お前の言葉を信じ、命を預けよう」

 

「ああ、交渉成立だ。ガルド」

 

 俺はようやく肩の力を抜いた。

 ピムが「やれやれじゃ」と空中で胡座をかいている。

 

「話がまとまったなら急ごう。怪我人も多い。拠点までそれなりに距離があるぞ。動けるか」

 

「……ああ、なんとか」

 

 俺はガルドの手を取り、立たせた。

 その手はゴツゴツとして分厚く、震えていた。

 

「動けるやつは動けない奴に手を貸してやれ! 手が足りなければ、俺が抱える。人間の手を借りるのは癪だとか考えるなら、俺を上手く利用してやるぐらいの気持ちでいい」

 

 いまだに嫌悪の視線を向けてくる者もいるが、俺は気にせずに、まともに動けそうもない怪我人や衰弱している奴に声をかけて回る。

 その誰もが敵意を含んだ目を向けてきて、差し伸べた手を払って、意地でも自分で立とうとする。

 

「拠点の場所まで、ピムが先導しろよ。せめて、それぐらいは手伝え。それとガルド……」

 

 俺はインベントリから鉄の剣を出すと、ガルドへ放り投げた。

 

「こ……これは?」

 

「預ける。ピムの後ろに付いて、みんなを先導しろ。俺が殿を務める」

 

 受け取った鉄剣を見て、二、三度振ってみるガルド。

 彼は驚愕の表情を浮かべた。

 

「こんな業物を……自分に?」

 

 俺はなるべく傲慢に聞こえるように、フンっと鼻を鳴らした。

 

「腰に吊ってるナマクラじゃ、ゴブリンも斬れないだろう。さっさと移動を開始するぞ! もうすぐ夜が来る!」

 

 遥か遠くからオオカミの遠吠えが響く。亜人の難民達は疲れた身体に鞭を打ち、ノロノロと動き始めた。

 こうして、俺の拠点に二十人の新たな住人が加わることになった。

 間も無く夜の帳が下りる。それは、魔物の時間の始まりを告げていた。

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