クラフトゲーマーは王国をクラフトする!   作:おんせんみかん

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15話 覚悟

 

 この『気配察知』は優秀すぎるほどだ。

 一定範囲に敵性の反応が入ると、どれだけ深く眠っていようと強制的に意識が覚醒する。

 今日もまた、脳裏を走る警告アラートに叩き起こされた俺は、即座に『マップ』を視界に展開し、周辺監視へと移行した。

 拠点の塀の中には、安らかな青い点が複数。今日保護した獣人たちと、リファとルイの姉妹だ。

 そして黄色い点が一つ。これはまだ衰弱して横になっているピムだろう。

 問題は、外をうろつく赤い点だ。

 

(この動き……気になるな。壁の切れ目を探っているのか? ゴブリンやオオカミのような獣の動きじゃない)

 

 拠点に近づいては離れ、位置を変えてはまた探りを入れる。理性的かつ慎重な動きだ。

 俺は皆を起こさないよう寝台を抜け出すと、不寝番をしていたガルドが、こちらの気配に気づいて音もなく近づいてきた。

 

「ハルカ、深夜にどうした?」

 

「あー、いや。拠点の周りに妙な気配がしてな」

 

「お前もか。確かに嫌な気配を感じて、落ち落ち眠れんと思っていたところだ」

 

 肌がざわつくのか、左腕をさすりながら頷いてきた。

 

「……話が早くて助かる。ガルド、音を立てずについて来れるか?」

 

「誰にものを言っている。俺は獣人族だぞ。夜の狩りは庭のようなものだ」

 

 ガルドが不敵に鼻を鳴らすのを見て、俺は口の端を吊り上げた。

 壁の一角に手を当て、クラフトスキルを発動させる。

 音もなく石壁の一部が消失し、人間一人が通れるだけの穴がぽっかりと口を開けた。

 

「なっ……お前、本当に何でもありだな……」

 

「ただの即席通用口だ。行くぞ」

 

 呆気にとられるガルドを促して外へ滑り出ると、すぐに壁を修復する。これで退路かつ侵入経路は塞がった。

 俺たちは闇に紛れ、マップ上の赤点が示す方角へと疾走した。

 森は静寂に包まれているが、マップには明確な敵意を持った反応が三つ。

 拠点の防壁から距離を置いた木立の影。風下に位置取り、こちらの鼻を警戒しているあたり、素人ではない。

 

(……あそこか)

 

 ハンドサインで位置を伝えると、ガルドも鼻をひくつかせ、無言で頷いた。

 獲物を狙う捕食者の目になったガルドが右から、俺が左から回り込む。

 相手は人間だ。暗視スキルでもない限り、この闇で俺たちを視認することはできない。

 俺はインベントリからナイフを実体化させ、背後から音もなく忍び寄った。

 

「……おい、いつまで待機するんだ? もういい加減、中に忍び込んでもいいんじゃねーか?」

 

「馬鹿野郎、焦るな。あの壁、どう見ても普通の村の防壁じゃねえ。エルフの魔法使いがいる可能性がたけぇ」

 

「チッ、面倒くせえ。さっさと獣人どもを捕まえて売り飛ばしてぇってのに」

 

 男たちの潜めた話し声が漏れ聞こえる。

 やはり、ただの夜盗や迷い人ではない。明確に亜人を商品として狙う「狩り」に来た連中だ。

 俺はガルドと視線でタイミングを合わせ、同時に闇から飛び出した。

 

「なっ!?」

 

「うああっ!?」

 

 反応できた者はいなかった。

 俺は手近な男の口を背後から塞ぎ、喉元に冷たい刃を突きつける。同時刻、ガルドも残りの二人を瞬時に地面へねじ伏せていた。

 あまりにも呆気ない制圧劇。

 だが、目的は殺害ではなく情報の入手だ。

 

「……声を出すなよ。少しでも暴れれば、頸動脈を切る」

 

 耳元で低く囁くと、男は恐怖に引きつった顔で小刻みに頷いた。

 俺は拘束用の木の手枷を取り出し、()めさせると、手際よく三人を木の幹に縛り付ける。

 月明かりに照らされた男たちの装備は、薄汚れてはいるが質の良い革鎧。腰には短剣や捕縛用の鎖が見えた。

 

「さて、質問だ。お前ら、どこのどいつだ? 何人で来た?」

 

 ナイフの切っ先を男の鼻先に突きつけると、男は脂汗を流しながら口を開いた。

 

「お、俺たちは『黒犬』の傭兵団だ! た、頼む、殺さないでくれ! 俺たちはただ、依頼を受けて……」

 

「依頼? 誰からのだ」

 

「城塞都市の……貴族様だ! 森の奥に希少なエルフや獣人が逃げ込んだって情報が入って……それで……」

 

「仲間は? お前たちだけか?」

 

 俺の問いに、男は視線を泳がせた。

 その瞬間、俺は迷わずナイフを男の太ももに突き立てた。

 

「ぎゃあっ!!」

 

「声がでかい」

 

 悲鳴を上げようとした男の口を再び塞ぐ。

 

「次は指を落とす。答えろ」

 

 痛みに涙目になりながら、男は必死に首を縦に振った。手を退けると、男は喘ぐように情報を吐き出し始めた。

 

「ほ、本隊は……まだ来てない! 俺たちは斥候だ! ここの場所と規模を確認して、城塞都市に応援を呼びに行った!」

 

「応援だと?」

 

「あ、ああ……! 予想以上に数が多そうだったから、確実に捕らえるために……もう仲間が呼びに行ってる! 兵隊を連れてここに来るはずだ! だ、だからあんたも人間なら見逃してくれ! 分け前ならやるから……!」

 

「考えてやる。何時ごろそいつらはくる?」

 

「わ……わかん……、一週間ほどだ! お頭が仲間を集めてくるっていってたから!」

 

 なるほど。状況は理解した。

 こいつらは先遣隊。本命はこれから来る軍隊規模の捕縛部隊というわけか。

 最悪だ。国を作れだの言われた矢先に、戦争の火種が向こうからやってくるとは。

 

「兵隊の規模と装備は?」

 

「わ、わからねぇ! 多分30から40くらい! 装備はまちまちだが……」

 

「ハルカ、どうする。こいつらは……」

 

 ガルドが苦虫を噛み潰したような顔で俺を見る。

 俺は一つため息をつくと、男の太ももからナイフを引き抜いた。

 

「──っ! ふぅふぅ、な? 素直に言ったんだから、逃してくれよぉ。お頭にゃ、ここはもぬけの殻だったって、い……言ってやるよ! 無駄足だって! だからさ!」

 

「ああ、わかった……ご苦労だったな」

 

「へ……? あ、ああ! 分かってくれりゃいいんだ! へへっ、俺が上手に言いく……ガペッ!」

 

 男が安堵の表情を浮かべた、その時だった。

 ヒュッ、という風切り音と共に、俺は横薙ぎにナイフを一閃させる。

 鮮血が舞い、男の言葉は永遠に途切れた。

 首から崩れ落ちた男を見て、残りの二人が目を見開き、悲鳴を上げようと息を吸い込む。

 だが、それよりも早く、俺は流れるような動作で二人の喉を掻き切っていた。

 ゴボリ、と泡立つ音を立てて、三人の男たちは動かなくなった。

 マップ上の赤い点が、光を失うように消えていく。

 俺はナイフに付着した血を男の服で拭うと、静かにインベントリへと戻した。

 

「なっ……!?」

 

 絶句していたのは、敵ではなく味方であるはずのガルドだった。

 彼は信じられないものを見る目で、三つの死体と、それを冷ややかな目で見下ろす俺を交互に見た。

 俺はインベントリから水を取り出すと、手と地面に広がる血溜まりへとかけた。これで多少なりとも血の匂いは薄まるだろう。

 

「おい、ハルカ……! 貴様、今……」

 

「死体はインベントリに入れて処理するか。血の匂いで魔物が寄ってくると面倒だ」

 

「待て! 話を聞け!」

 

 ガルドが俺の肩を掴み、強引に振り返らせる。

 その顔には、怒りとも恐怖ともつかない色が浮かんでいた。

 

「殺したのか? 今、何の躊躇いもなく……こいつらは、お前と同じ人間だろう!?」

 

 ガルドの問いはもっともだ。

 亜人が人間を殺すのとは訳が違う。同族殺しは、どの種族にとっても忌避すべき行為だ。ましてや、命乞いをしていた相手を。

 だが、俺はガルドの腕を払い、淡々と言い放った。

 

「人間だろうが亜人だろうが関係ない。こいつらは俺たちの居場所を脅かし、リファやルイ、お前たちを商品として売り飛ばそうとした『敵』だ」

 

「だ、だが……!」

 

「ガルド。情けで生かして帰せば、こいつらは必ず情報を持ち帰る。それこそ襲撃がバレていると知られたら、逆奇襲のチャンスが永遠に失われる。……俺たちの全滅に繋がるんだよ。人間ってのは……それだけずる賢い生き物なんだ」

 

 俺の目を見て、ガルドが息を呑む。

 

「俺は、俺の大事なものを守るためなら、人間だろうが神様だろうが殺す。……それだけだ」

 

 冷たい月の光の下、俺の言葉だけが重く響いた。

 ガルドはしばらく口を開閉させていたが、やがて脱力したように肩を落とし、複雑な表情で俺を見つめた。

 

「……お前は、俺が思っていたよりもずっと……恐ろしい男だな」

 

「そうか? ただの合理主義者だよ」

 

 俺は死体を収納し、来た時と同じように無言で拠点へと歩き出した。

 背後をついてくるガルドの気配には、先ほどまでの「頼れる相棒」への信頼だけでなく、底知れぬ「怪物」を見るような畏怖が混じっていた。

 だが、それでいい。これから軍隊が来るなら、甘い考えは命取りになる。

 俺が手を汚すことで、こいつらが生き残れるなら、いくらでも悪党になってやる。

 

(……さて、忙しくなるぞ)

 

 安息の地どころか、いきなりの防衛戦だ。

 俺は頭の中で構築可能な防衛設備をリストアップしながら、静まり返った拠点へと戻っていった。

      

◇◆◇◆◇◆◇

 

 拠点の中へと戻った俺たちは、焚き火を挟んで向き合った。

 ゆらめく炎が、俺たちの影を不規則に躍らせる。

 その揺らぎを見つめていると、妙に凪いでいた心が、少しずつさざ波立ち始めたのがわかった。ストレス耐性で一見冷静だと思っていても、心の奥底までは騙せないらしい。

 

「ガルド……俺が怖いか?」

 

 向かいに座るガルドは難しい顔をして、こちらへと視線を向けた。

 

「怖くないと言えば嘘になる。正直、恐ろしいとは感じる。ただ、その行動が間違っていなかったことも理解している」

 

「そうか。……俺は、俺自身が恐ろしいよ」

 

 一度焚き火に視線を落とし、ポツリと呟いてから、俺は自分の掌を見つめた。

 

「俺は、ここへ来る数十日前まで、人はおろか生き物を殺したことさえなかった。それが今ではゴブリンを屠り、オオカミを殺し……そして今、人間を殺した」

 

「それで?」

 

「さっき初めて自分の意思で──明確に殺意を持って、同族を殺した。だが、殺してみた結果……もう、手も震えやしない」

 

 さっきまで血で汚れていた手。物語のように洗っても落ちない血の染みが見えるような幻覚はない。ただ、鼻腔の底に鉄錆のような匂いがこびりついているだけだ。

 

「普通は、吐き気がしたり、悪夢を見たりするもんだろ? でも俺の頭にあるのは、これから作る防衛設備の配置のことと、明日の飯のことだけだ」

 

 俺は自分の両手を目の高さに掲げ、じっと見つめる。

 指先は微動だにしない。まるで精密機械のアームのように、俺の意思に従順だ。

 

「……狂ってるよな。俺の心は、俺が思っている以上に、この世界に染まっちまったのかもしれない」

 

 自嘲気味に笑う俺を、ガルドは黙って見つめていた。

 薪が爆ぜる音だけが響く沈黙の後、ガルドは深く息を吐き出して立ち上がった。

 そして俺の隣にどかっと腰を下ろすと、その丸太のような腕で俺の背中をバシッと叩いた。

 

「ぐっ、……なんだよ、いきなり」

 

「馬鹿を言うな。本当に狂っている奴が、そんな顔で笑うものか」

 

 ガルドは焚き火を見つめたまま、独り言のように言葉を紡ぐ。

 

「俺はさっき、お前を恐ろしいと言った。だが、それは間違いだったようだ」

 

「……どういう意味だ」

 

「お前は何も感じていないわけじゃない。ただ、背負っているものが重すぎて、震えている暇がないだけだ。リファという少女、妹のルイ、そして俺たち余所者……。お前はそれら全てを守るために、自分の心を殺して、敵を手にかけたのだろう?」

 

 ガルドが俺の方を向く。

 その瞳に、先ほどまでの畏怖の色はなかった。あるのは、戦士が戦士に向ける純粋な敬意と、少しの哀れみ。

 

「手が震えないのは、お前の覚悟が決まっている証拠だ。それを『狂ってる』なんて言うな。……もしそれが罪だというのなら、その手に掛けさせた俺たちも同罪だ。一人で抱え込むなよ、若造」

 

「……若造って、俺はお前より年上かもしれないぞ」

 

「ふん、そのひょろっとした身体でか? 百年は早いわ」

 

 ガルドがニッと野性味のある笑みを浮かべる。

 その不器用な慰めに、俺の胸の中に澱んでいた黒い塊が、少しだけ溶けていくような気がした。

 

 ……そうか。俺は守るためにやった。その事実は変わらない。

 なら、今はそれでいい。感傷に浸るのは、全てが終わってからで十分だ。

 

「……ありがとな、ガルド」

 

「礼には及ばん。飯の恩もあるからな」

 

 俺たちは一つ頷き合い、表情を引き締めた。

 場の空気は感傷的なものから、張り詰めた軍議のそれへと切り替わる。

 

「さて、湿っぽい話はここまでだ。今後の方針を決めるぞ」

 

 俺はインベントリから紙とペンを取り出し、簡易的な地図を描き始めた。

 

「捕らえた斥候の話が本当なら、敵の本隊は準備も入れて十日以内にはここへ来るだろう。数は三十から四十。装備の質は不明だが、正規兵ではなく傭兵崩れやゴロツキの集まりと見ていい」

 

「数だけならこちらの男手で対抗できなくもないが……武器がない。それに、亜人の多くは栄養失調で、まともに戦えるコンディションじゃないぞ」

 

「ああ。真っ向勝負になれば被害は甚大だ。リファや子供たちに危険が及ぶ可能性も高い」

 

 俺が作ったこの拠点、城壁は強固だが、出入り口を封鎖して籠城すれば、いずれジリ貧になる。火攻めや兵糧攻めを選ばれれば厄介だ。

 何より、俺はこの場所を戦場にしたくない。せっかく作った我が家だ。血で汚すのは御免だ。

 

「だから、俺が出る」

 

「出る? どこへだ」

 

「『城塞都市』だ。敵の拠点を叩く……とまではいかないが、偵察と工作を行う」

 

 俺の言葉に、ガルドが目を見開いた。

 

「正気か!? あそこは敵の本拠地だぞ! 一人で乗り込むなんて自殺行為だ!」

 

「向こうはまだ、俺たちの戦力を正確に把握していない。斥候が戻らないことで警戒はするだろうが、『たった一人で人間が乗り込んでくる』なんて想像もしないはずだ」

 

 それに、と俺は続ける。

 

「俺には『マップ』があるし、姿を隠す手立てもある。敵の規模、指揮官、出発の時間……それらの情報を持ち帰るだけでも、勝率は大きく変わる。場合によっては、出鼻をくじいて足止めできるかもしれない」

 

 待っていては守れない。

 攻撃こそ最大の防御。こちらの情報を隠蔽しつつ、相手の情報を丸裸にする。それが生存確率を上げる唯一の方法だ。

 ガルドはしばらく唸っていたが、やがて渋々といった様子で頷いた。

 

「……お前の実力は見た。確かに、お前ならやれるのかもしれん」

 

「理解が早くて助かる。そこで、ガルド。お前に頼みたいことがある」

 

 俺はガルドの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「俺がいない間、この拠点の『留守』を頼みたい。リファとルイ、そしてお前たちの仲間を守ってくれ」

 

「俺に……指揮を執れと言うのか?」

 

「そうだ。壁の防御機能については後で説明する。お前なら、万が一敵が先行してきても、俺が戻るまで持ちこたえられるはずだ」

 

 ガルドは亜人たちのリーダーだ。統率力は申し分ない。彼に任せられるなら、俺は後顧の憂いなく動ける。

 ガルドは太い腕を組み、ニヤリと笑った。

 

「いいだろう。命を救われた礼だ。お前が戻るまで、蟻一匹通さんことを誓おう。……だが、必ず戻ってこいよ? 戻ってきたら、またあの美味いスープを食わせてもらわんとな」

 

「ああ、約束する。次はもっと豪華な飯にしてやるよ」

 

 交渉成立だ。

 俺は立ち上がり、夜空を見上げた。東の空がわずかに白み始めている。

 

「出発は夜明けと同時だ。……忙しくなるぞ」

 

 俺は拳を強く握りしめた。

 単身敵地への潜入。

 ゲーム時代にもよくやったプレイスタイルだが、今回は自分の命がかかっている。

 だが不思議と恐怖はなかった。背中を預けられる相手ができたことが、これほど心強いとは。

 俺たちはそれぞれの準備に取り掛かるために動き出した。

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