クラフトゲーマーは王国をクラフトする!   作:おんせんみかん

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18話 狩るもの狩られるもの

 

 街門をくぐると、そこには懐かしさなど微塵もない、ただ荒んだ光景が広がっていた。

 鼻をつく腐敗臭と、ツンとした鉄錆の匂い。行き交う人々の顔に生気はなく、誰もがうつむき加減に歩いている。そこは入り口からして、既にスラムそのものだった。

 

「相変わらず辛気臭い街やなぁ。死んだ街の匂いがするわ」

 

 顔をしかめるトラの先導で、俺たちは路地裏を抜けていく。複雑に入り組んだ道を下り、彼が足を止めたのは、廃墟同然の石造りの建物の前だった。

 地下へと続く階段を降りると、澱んだ空気と共に異様な光景が視界に飛び込んでくる。

 薄暗いランプの灯り、空間を埋め尽くす鉄格子。そして、商品を値踏みするような卑しい視線を送る、柄の悪い男たち。

 

「……ここが、裏の奴隷市場や」

 

 檻の中に押し込められているのは、エルフ、ドワーフ、そして獣人たちだ。皆一様に骨が浮くほど痩せ細り、その瞳からは生きる意思の光が失われている。

 俺は視界の端に『マップ』を展開し、敵性反応が特に密集している一角へと視線をやった。

 

「……『黒犬』か」

 

 昼間から酒をあおり、下品な笑い声を上げている男たち。その革鎧には、牙を剥く黒い犬の紋章が刻まれている。

 俺は気配を殺し、意識を彼らの会話へと集中させた。

 

「――でよぉ、今回の『森狩り』はいつやるんだ?」

 

「へへっ、三日後の早朝に出発だ」

 

「そいつは楽しみだ! ……だがよ、あの城壁はどうすんだ? 普通の攻撃じゃ破れそうにねぇって話だぞ」

 

 手下の懸念に、もう一人の男が得意げに鼻を鳴らす。

 

「心配すんな。団長が大枚はたいて、例の魔術師様を使うってよ」

 

「あの銭ゲバ野郎かよ?」

 

「ああ。帝国の元軍属で、破壊工作専門のイカれた男だ……戦場魔術師(ウォーメイジ)だかしらねぇが、いけすかねぇ野郎だよ」

 

(……魔術師?)

 

 その単語に、俺は眉をひそめた。トラの言っていた通りのようだ。

 その時、男たちの一人が近くの檻を警棒でガンッと叩いた。

 

「おい! 起きろよ元兵隊長様よぉ! いつまでもふて寝してんじゃねえぞ!」

 

 檻の奥、薄汚れた藁の上に、片腕を失い全身傷だらけの虎の獣人が横たわっていた。

 それを見たトラの顔色が、一瞬で蒼白になる。

 

「……『隻腕のガガウ』。ウチらの師匠や」

 

 男たちは残酷な計画を口にする。

 森攻めの際、ガガウを見せしめとして戦場魔術師の標的にし、木っ端微塵に吹き飛ばすつもりなのだと。

 激昂し、今にも飛び出そうとするトラの肩を、俺は強く掴んで制止した。

 

「落ち着け! 今飛び出しても、全員死ぬだけだ!」

 

 

 俺は周囲に気を配りながら、狼狽しているトラの体を地下の壁側へと追いやる。

 クロが気を利かせてトラの狼狽ぶりをその大きな体で隠してくれているのがありがたい。

 地下の暗さと相まって、トラの異常な態度は周りの喧騒にかき消されて気付かれていないようだ。

 

「せやけど、師匠が……ッ!」

 

「分かってる。……俺に策がある」

 

 このままここにいるとまずいと感じて、トラを半ば連れ出すように、元来た道をとって返して、地上へと戻った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 市場を後にした俺たちは、裏通りの安宿の一室に集まっていた。

 地下から離れたことと、一応は落ち着ける場所にきたことで、ようやくトラは平静を取り戻したようだ。

 とりあえず情報を整理する。

 

「ガガウ様はウチらの師匠であり、親代わりみたいなもんなんや……なんとしても助けなあかん」

 

「とはいえ、あの地下から助け出すのはリスクが高すぎる。よしんば連れ出せたとしても、この街から弱ったガガウさんを連れ出すのは至難の業だぞ」

 

「ほな、どないしたらええねん!? ここで茶でもしばいとったら、神様が助けてくれるちゅーんかい!」

 

 トラは再び激昂して薄汚れたベッドから立ち上がる。

 今にも飛びかからんばかりの態度に、クロは落ち着かせようと、俺との間に立つ。

 どうやら、トラは激情しているが、クロは逆に冷静なようだ。

 

「そうは言ってねぇ。ただ、確実性を取るなら森に入るまでは待つべきだ。あいつらは見せしめにすると言っていた、それに今まで生かしてきたのにも意味があるからだ。今暴れようが助けるどころか、俺たちをはじめガガウさんだって危険になりかねないぞ」

 

 救出だけならクラフト能力を駆使すれば、容易くあの地下から逃すことはできるだろう。

 だが、最初にこの街から脱出した時と違って、ガガウは見た限り、相当に衰弱しているように見えた。

 自力で立てない大柄の獣人を抱えて逃げられるとは思えない。

 

「そんなことはわかっとる! ウチかてわかってるんや……でも、ずっと探してた人の一人が見つかったんや……」

 

 トラが悔しげに拳を固めて、奥歯を噛み締める。

 このどうしようもない状況に歯噛みしているのだろう。

 

「俺は別に助けないと言ってるわけじゃない。街の中ではって前提さえなければ助けることは容易い。だから、奴らが予定通りに森に入るまで我慢してくれ」

 

「せやな……街ん外やったら、ハルカはんとウチとクロで、ガガウ様を助けてあいつらをコテンパンにしたれる……」

 

「ああ。森の中だったら俺も奴らに遅れはとらん」

 

 俺はやる気を見せる二人に対して心苦しいことを言わねばならない。

 

「トラ、クロ。あんたたちは街に残れ」

 

「なっ!? 俺たちに隠れてろってのか!」

 

「違う。もっと重要な任務だ。『情報工作』をしてほしい」

 

 俺はトラに、手持ちの銀貨と宝石類――当座の資金としては十分すぎる額を渡し、意図を説明する。

 

 『黒犬』たちが森で全滅した後、「彼らは予定通り別の都市へ拠点を移した」という偽情報を流す。そうすることで、彼らの「失踪」を隠蔽し、本隊や後続の目を逸らす作戦だ。

 

「俺は一人で森に先行し、罠を張る。……だが、救出の瞬間に手が足りない可能性がある。そこで、もう一枚の『手札』を使う」

 

「手札?」

 

「ああ。森の拠点に残っている仲間を呼ぶ。奴の身体能力なら、混乱に乗じて檻を破り、ガガウさんを連れ出せるはずだ」

 

 俺はそっと、その名を呼んだ。

 

「ピム」

 

 呼応するように、俺のリュックのサイドポケットから、小さな人影が飛び出して肩のあたりに淡い光の燐光を残しながら着地して座る。

 背中には透き通るような羽。精霊王の使いである妖精、ピムだ。

 

「ピム。ひとっ走り頼む。森の拠点にいるガルドに『三日後の朝、指定ポイントで待機。合図と共に檻の人物を救出しろ』と伝えてくれ」

 

「ふむ。よかろ。精霊王様の願いでもあるからのぅ」

 

 彼女は了承すると再び光の筋となり、窓から森の方角へと矢のように飛び去っていった。

 

「ごっついなぁ……精霊王の使いをパシリに使うなんて、ハルカはんくらいやで」

 

「使えるものはなんでも使うのが、クラフターだからな」

 

「ガガウ様のこと任せてええんやな? 必ず助けてくれるんやな!?」

 

「ああ、命に代えるなんて言えないが、ゲーマーとしての誇りに賭けて救ってみせるよ」

 

 俺がクロたちに比べるとあまりにも貧弱な胸板を叩いて、ゲーマーの誇りに誓う。

 

「ゲーマーちゅーんがようわからんけど、誇りに賭けて誓うんやったら信じるわ。頼む。頼みます。ハルカはん。どうか、師匠を助けてください」

 

「おう!」

 

 俺は力強く返事を返すと、トラはようやく力を抜いていつものどこかとぼけた笑みを浮かべた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ――そして、決行の日。

 

 この三日間、ひたすら準備を重ねてきた。

 必要なものを揃え、必要なものを作り、そして必要な情報も揃えた。

 俺は黒犬が通るであろう進路を3ルートにに絞って、罠の設置を行っていた。

 黒犬の傭兵団が森に入ってから、丸一日ほど進んだ地点。

 ようやく小型の荷車が通れる程度の、鬱蒼とした獣道を黒犬の部隊が進んでくる。

 

(進路は予想通りか。まぁ、地形的にはこの進路が一番最短ルートになるからな)

 

 マップの表示を見ながら、動きを観察しつつ、木の上で待機する。

 森の中で一番、見通しやすい木に登って待機していたが、遠くの方に集団が見えはじめたので、上から見下ろして集団を確認する。

 先頭集団の中程に、派手なローブを纏った戦場魔術師らしき男。その後ろに荷馬車と、ガガウを乗せた檻が続く。

 俺は巨木の上、枝葉に身を隠しながらマップを再度確認した。

 敵集団の離れた側面に、青い光点――味方反応が一つ。ガルドが配置についている。

 あらかじめ合流し、手順は擦り合わせてある。

 

(……まずは最大の脅威、魔術師を排除する)

 

 俺はインベントリから取り出したクロスボウを構え、視界に浮かぶ半透明の照準(レティクル)を静かに重ねた。

 矢の先端には、爆裂矢と麻痺毒の二重加工。

 

 ヒュンッ――!

 

 風切り音さえ置き去りにする速度で、矢が放たれた。

 魔術師の男が「あ?」と間の抜けた声を漏らす。その時にはもう、結果は決まっていた。

 

 ドシュッ!! ドォン!!

 

 矢は正確に魔術師の首を貫通し、直後に炸裂した。

 戦場魔術師は、呪文ひとつ唱えることも、防壁を展開することもなく、首から上が吹き飛んで絶命する。

 

「え……?」

 

「せ、先生ェェェェ!?」

 

 あまりに唐突な死に、部隊の思考が停止し凍りつく。

 爆発の余波と飛散した麻痺毒で、周囲の数人も崩れ落ちたようだ。

 俺は混乱を待たず、即座に次のクロスボウをインベントリから取り出す。狙うのは、少し離れた巨木に引っ掛けられた木の板だ。

 

 カァァァァン!

 

 甲高い音が響き、板が砕け散る。

 板一枚でギリギリ支えられていた枝が弾け飛び――それがトリガーとなり、森に張り巡らせたワイヤートラップが一斉に作動した。

 茂みの中から無数の矢が飛び出し、逃げ惑う男たちへと降り注ぐ。さらに、限界までしなっていた枝が復元力で振り下ろされ、その先端に繋がれた棘付き鉄球が、頭上から襲いかかった。

 

「ぎゃああああ!」

 

「な、何だ!? 罠だ!!」

 

「落ち着け! 隊形を立て直せ!」

 

 団長の怒号が響くが、パニックは収まらない。

 今だ。

 

「行けッ! ガルド!!」

 

 俺は指笛を鋭く吹いた。

 その音が合図となり、茂みが激しく揺れる。

 

「ウォォォォォォッ!!」

 

 野性味あふれる咆哮と共に飛び出したのは、灰銀色の毛並みを持つ狼の獣人、ガルドだ。

 しなやかかつ強靭な筋肉が躍動する。彼は四肢を使って走る獣のように疾走し、風のごとき速さで敵部隊の側面を食い破った。

 

「な、なんだこの狼は!?」

 

「速いッ!? ぐあぁっ!」

 

 二振りの鉄剣が傭兵たちの武器ごと肉を断つ。邪魔する者を一瞬で切り捨て、ガルドは瞬く間に中央の檻へと到達した。

 そして鋭い牙を剥き出しにして吼えると、檻の錠前をその豪腕で強引に引きちぎった。

 

「ガガウ殿! お迎えに上がりました!」

 

「……おぬしは、ガルドか?」

 

「話は後! 背中に!」

 

 ガルドはガガウを背負うと、そのまま反対側の茂みへと驚異的な跳躍力で飛び込んだ。

 

「お、おい! 見せしめを持ってかれるぞ!!」

 

「させるかァァッ!!」

 

 それに気づいた『黒犬』の団長が、血走った目でガルドを追う。

 巨大な戦斧を振り上げ、ガルドの背中に迫る速度は、重装備とは思えない人外の速度があった。

 

「逃がすかよ野良犬がァァッ!!」

 

 団長が跳躍し、無防備なガルドの背へ戦斧を振り下ろそうとした、その時。

 

 キィンッ!!

 

 横合いから飛来した俺の鉄槍が、団長の戦斧を弾いた。

 さらに俺自身も木から飛び降り、団長とガルドの間に割り込むように着地する。

 

「……あ?」

 

 着地と同時に団長が立ち止まる。

 ガルドはその一瞬の隙に、ガガウを連れて森の奥へと姿を消した。

 

「テメェ……何者だ……!」

 

「ここから先は通行止めだ。団長さん」

 

 俺は二本目の鉄槍を取り出し、腰溜めに構える。

 獲物を逃した団長の顔が、怒りでどす黒く歪んでいた。

 

「ガキが……! 俺の部隊を、商品を台無しにしやがって!! ただじゃ死なさねえぞ!!」

 

「商品じゃない。あいつらもお前と同じ人間だ。……いや、お前らと比べたらあいつらに失礼か」

 

 団長が咆哮と共に突進してきた。

 速い。踏み込みの一歩で地面がえぐれる。

 ブンッ!!

 横薙ぎに振るわれた戦斧が、風を切り裂いて迫る。まともに受ければ、鉄槍ごと身体が両断される威力。

 だが、俺はそれを受けなかった。

 

「スパイク設置!」 

 

 ドゴォッ!!

 

 俺の目の前の地面に、お馴染みのトゲトゲが出現する。

 もちろん、先端が鉄のスパイク(改)だ。

 団長の戦斧が予期せぬ障害物に激突し、凄まじい火花を散らす。

 

「なっ……魔法だと!?」

 

「似たようなもんだ」

 

 硬いスパイクに阻まれ、戦斧が強制的に停止させられた瞬間、その衝撃で団長の体勢がわずかに崩れる。

 俺はその隙を見逃さず、スパイクの隙間から、逆に槍を突き出した。

 

「チィッ!」

 

 団長は反射的に腕で頭部を庇うが、俺の狙いはそこじゃない。

 槍の穂先が手甲に当たった瞬間、俺は槍から手を離し――インベントリからクロスボウを取り出し、ゼロ距離で引き金を引いた。

 

「グガッ!?」

 

 感覚だけで放った矢は、頭こそ外れたものの肩に深々と突き刺さる。

 だが、さすがは歴戦の傭兵。苦悶の声を上げながらも、戦斧を片腕の膂力だけで強引に振り回し、牽制してくる。

 俺はそれをバックステップで躱し、距離を取った。

 

「小賢しいマネを……! 正々堂々打ち合えねえのか!」

 

「殺し合いにルールを求めるなよ」

 

 俺は再びインベントリから装填済みのクロスボウを取り出し、油断なく構える。

 団長は肩に刺さった矢を忌々しげに引き抜くと地面へ投げ捨て、荒い息を吐きながら戦斧を構え直した。痛みすら怒りの燃料に変えているようだ。

 

(チッ! 明らかに手慣れている。隙がねぇ)

 

 睨み合う中、視界の端に微かに動く赤い点が映った。

 俺の死角、斜め後ろから、こちらを伺うように動く反応。

 仲間の動きに気が付いたのか、団長がいやらしい笑みを微かに浮かべる。

 

「うぉぉおぉおおお!! 死ねぇえぇ!」

 

 背後の茂みから、別の傭兵が剣を構えて突っ込んできた。

 俺は視線も向けず、手にしているクロスボウを抜き打ちのように背後へ向けて発射する。断末魔が聞こえるのと同時、スパイクを挟んで睨み合っていた団長が動いた。

 超人的な脚力でスパイクを飛び越え、空中から戦斧を振り上げ、俺の頭蓋をかち割らんと迫り来る。

 

「悪いけど、それは最悪手だわ」

 

 俺は団長との間の中空――その落下軌道上に、スパイクを設置する。

 

 ドズドズドズッ!

 

 設置面のない空中では、本来オブジェクトは固定できない。

 だが、システム上「出現した瞬間」だけは、その場に判定が発生し、一瞬だけ物理法則を無視して滞空する。

 それは元のゲームでも発生するバグ技だった。

 突如として空中に現れた鉄のスパイクに、団長の体が勢いよく串刺しにされる。

 戦斧が手から滑り落ち、地面へと落下する音。

 バグの代償に頑丈なはずのスパイクは地面へ落ちた瞬間には光の粒子となって霧散した。

 ドサッ、と重い音が響く。

 腹に風穴を開けられ、地面に叩きつけられた団長が、絶望と怒りの混じった目で俺を見上げる。

 

「ゴブォ……テメェ……何者だ……!」

 

「通りすがりの、ただのクラフターだよ」

 

 俺はインベントリから新たな鉄槍を取り出し、瀕死の団長の喉元へと切っ先を向ける。

 

 トスッ。

 

 命を刈り取るにはあまりにも軽い感触が手に伝わった。

 槍を引き抜くと同時に、鮮血が噴水のように舞い上がる。

 団長は喉を押さえ、声にならない音を漏らしながら、ゆっくりと自らの血の海へと沈んでいった。

 

【人間狂戦士を殺した。経験値2000】

【レベルが上昇しました】

8→9

 

 脳内に響く無機質なアナウンスを聞き流し、俺は血振るいをして鉄槍をしまう。

 マップを確認すると、ガルドたちはすでに安全圏まで離脱していた。

 残るは、森の中で指揮官を失い、恐怖に震えている敗残兵たちだけだ。

 

(……さて、残りの掃除だ)

 

 俺は冷たい目で森の奥を見据えた。

 その瞳には、入り口側――元来た道を逃げ戻ろうとしている傭兵たちを示す、無数の赤い光点が映っている。

 一人も逃さない。これは、俺たちの国作りのための(いしずえ)だ。

 俺は再び武器を握り直し、音もなく森の闇へと溶け込んでいった。

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